表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者は姉のように  作者: 河辺 螢
婚約者は弟を越えて
21/25

11 セザール公爵邸 (ラルフ、十六歳)

 友人がお祝いをしてくれると言ったけれど、用があるからと断り、離宮に戻った。剣の大会を見に来ていた人で道は混み、離宮に着いた時には薄暗くなっていた。

 早くイヴに会いたかった。

 すぐにイヴの部屋に駆け付けたものの、先に帰ったはずのイヴはいなかった。どこかに立ち寄っているんだろうか。執事のディーンもいなかった。


 しばらくして馬車が戻って来た。しかしイヴは乗っていなかった。ディーンに聞くと、

「イヴリン様の祖父に当たるセザール前公爵からお呼び出しがありました。お帰りは公爵家で送迎いただけるそうで、特にご予定は聞いておりません」

 セザール前公爵は、イヴの母方の祖父だと聞いたことがあった。母親は結婚を反対され、半ば駆け落ち同然でアディンセル家に嫁いできた。家格は充分なのに祖父の機嫌を損ねたためになかなか関係は修復せず、祖父母に会ったのはイヴの母が生きているうちに二度ほど、うちの一度は親類の葬儀の席で、ゆっくりと話をすることもなかったと聞いていた。

 母親が亡くなると、もともと希薄だったつながりは絶たれ、父親が亡くなった時は葬儀にさえ来なかった。

 そんな頑なだった前公爵が何故突然イヴを呼び寄せたのか。妙に引っ掛かり、不安になった。

「…イヴを迎えに行く。先触れを出してくれ」

「このような時間に、面識もない公爵家に伺うのは…」

「早くしろ」

 ディーンはすぐに先触れを送ったが、返事は遅く、来るなら翌朝にするよう言われて戻ってきた。

 それを聞いたディーンが、少し恐縮気味に切り出した。

「実は、…夜会の日にセザール前公爵が離宮までお越しになりまして…」

 夜会の日に…?

「何故それを言わなかった」

「イヴリン様が、祖父が訪ねて来ただけなので言う必要はないと…。ですが、お伝えしておくべきでした。申し訳ありません」

 体を深く折り曲げて謝罪するディーンに、それ以上責める気にはなれなかった。

「おまえが悪いんじゃない。…明日、朝一番に出かける。朝の稽古は行けないと伝えてくれ」

 一礼をしてディーンは下がった。

 イヴは侍女にも何も告げていなかった。侍女にイヴの部屋を確認してもらうと、鞄が一つと、服が数枚なくなっていた。今日一日の宿泊のつもりなのか、しばらく滞在するのかさえわからない。ただ不安ばかりが募った。


 翌日、他家を訪れるのに失礼に当たらない時間ぎりぎりにセザール公爵邸に向かった。

 イヴの伯父に当たる現セザール公爵が応じてくれたものの、招かれた部屋にイヴはいなかった。

「先に申し上げましょう。今イヴリンはここにはいません」

「どこですか」

 公爵は穏やかに接しようとしていたが、僕はいら立ちを抑えきれなかった。そんな僕を公爵は無礼な若者だと言いたげに少しあきれた様子で見ていたが、それでも王子である僕に礼を欠くことはなかった。

「私の父と共に、我が公爵領へ行きました」

 セザール公爵領は南部にあり、中心都市サミュエラは王都に次ぐ大都市だ。馬車で移動すれば五日ほどかかる。様子からして、昨日のうちには出発しているだろう。時間稼ぎのために、あえて今日来るように言ったのだ。僕とイヴが会わないようにするために。

「父は、イヴリンを離宮に閉じ込めながら、夜会に別の女性を連れて行くあなたはイヴリンの婚約者にふさわしくないと考えています。私もまた同じ意見です」


 僕は愚かだった。

 あの夜会で誤解は解けたと、そう思い込んでいた。

 しかし、あの行動が新たな誤解を生んでいた。そしてそれは前公爵だけでなく、イヴをも誤解させているかもしれない。

 公爵はいい。だけど、イヴの誤解だけは解かなければ。


「公爵領、ですね。わかりました。ではそちらに伺います。その旨お伝えください」

 僕の申し出に公爵は露骨に嫌な顔をした。

「お越しにならなくて結構で」

「何もしなかったくせに」

 それは八つ当たりだった。そんなことはわかっていた。それでも言わずにはいられなかった。

「母を亡くし、父も亡くしてつらかったイヴに、父親の葬儀にも行かず、家で肩身を狭くしていても何もしなかったくせに。今さら連れ去って身内面するのか。どこかの貴族にあてがって、幸せにしてやったとうそぶくのか。イヴが一番つらかった時に何もしなかったくせに!」

 人のことを言えた義理じゃない。僕もまた、離宮にいたイヴに充分なことができていたわけじゃない。今、イヴが僕の元を離れたのが、何よりもその証拠じゃないか。

 続く沈黙の中、自分の愚かさだけが身に染みていった。

「…すまない。言い過ぎた」

「いえ。…おっしゃることはごもっともです」

 公爵の声は、少し小さくなっていた。

「…領の屋敷に、お伺いするとお伝えいただきたい。イヴが会いたくないなら、それでもかまわない。そう本人が言うなら、あきらめがつく。王家の名で縛るようなことは、…しないと誓う」

 公爵の返事も待たず、一礼をして部屋を出ると、旅支度のため急いで離宮へと戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ