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婚約者は姉のように  作者: 河辺 螢
婚約者は弟を越えて
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9 抗論の夜会 (ラルフ、十六歳)

 夜会の日、アディンセル家が伝えてきたミラベルの装いをあえて外し、僕は一番シンプルで飾りの少ない紺のコートを身にまとった。

 アディンセル家まで迎えに行くことはせず、城の入り口で馬車を迎え、降りて来たミラベルの手を取った。

「今日はピンクで行きますってお伝えしたのに。ラルフ殿下ったら」

 僕が衣装を揃えて当然という言い方で、頬を膨らませ拗ねてみせたけれど、何の反応もせず黙々と歩いた。


 約束通り王城の大広間まで同行する。派手なピンクのドレスが目立ち、僕の腕をとっていることで周りの目はくぎ付けになっていた。また悪いうわさが広がるのだろう。

 会場に案内すると、友人を見つけたミラベルは僕の右腕に両手でしがみつき、僕を引っ張って行こうとした。この状況を自慢したいのだろう。だが僕は止めた足を動かさなかった。

「案内はここまでだ。約束は果たした」

「あら、今日はエスコートするって約束ですよ」

「会場に連れて行くだけの約束だ。あとは自由にくつろいでくれ」

 相変わらず人の話を聞かないミラベルは、僕の腕を離すことなくなおも友人たちの元へ引っ張って行こうとした。その手を自分の腕をひねってほどき、目が合うとおびえたような顔をした。

「女の子を乱暴に扱うなんて」

 乱暴と言われるほどのことはしていないのに、同情を引こうと声を大きくした。その効果はあり、周囲の視線が集まった。僕もそれに乗っかることにした。

「君こそ不敬が過ぎる。同行の約束は果たした。これ以上、君のわがままに付き合う気はない」

「駄目です! あなたは私の王子様よ! 私を選んで一緒にここに来たんでしょ?」

 あえて声高に、周りに聞こえるように話すそのやり方で、学校での噂を真実だと周りのものに吹聴しようとしているのは明らかだった。もくろみ通りに事が進み、遠くでアディンセル侯爵も愉快そうに眺めていた。

 しかし、ミラベルの言葉が端的に語っていた。彼女が望んでいるのは「王子」だ。僕じゃない。

「私にはイヴリンがいる。私は君のことはよく知らないし、君も私のことを知らないだろう」

「知ってるわ。あなたはラルフ王子、この国の王子様。私はあなたの住むお城に招かれたの。いつか私はあなたと一緒にこのお城で暮らすんだから」

 なんて愚かな夢物語だろう。

「私は城に住んでいない」

「えっ?」

 僕の言葉にミラベルは目を見開き、ぽかんと口を開けていた。

 短慮な子だ。思ったとおり何もわかっていない。自分の抱いた夢を現実だと思っているんだ。

「私が住んでいるのは離宮だ。ここには住んでいない。剣を鍛えているのは東の辺境領の拝領を目指しているからだ。私は間もなく王子ではなくなる」

「東の…、辺境領?」

 僕が離宮に住んでいることなど周知のことだ。先日父親と一緒に離宮まで来ていながら、それでもまだわかっていなかったんだろうか。僕がそこに住む意味さえ疑問に思わない、僕が王家で疎まれていることさえ知らない、その程度で侯爵令嬢を名乗るとは。

 前侯爵の死で急に侯爵位を得た当主自身、僕に王位などという言葉を軽々しく口にする程度だ。底が知れている。何せ昔から侯爵家に仕えていた優秀な使用人をことごとく追い払い、自分達に合った同程度の人間で固めていたのだから。


 ほんわりと架空の恋で染めていた赤い頬が熱をなくし、現実味のない夢想をしていた自分に気が付いたのだろう。誰の目から見ても明らかなほど、ミラベルの僕への、仮面の王子への執着心が消えて行くのがわかった。

「辺境なんて、…嫌よ。お城に住めない王子様なんて、意味ないわ」

 あまりに稚拙な発言。夢見がちな子供でさえ、こんな公の場では口に出さないだろう言葉をミラベルは平気で口にした。そして、色あせただろう僕ににっこりと形だけの笑みを見せた。

「ここまでご案内ありがとうございました。あとは一人で大丈夫です」

 気品の感じられないおざなりな礼をすると、そのまま学校でいつも一緒にいる令嬢たちの元へ向かって行った。


 さすがのアディンセル侯爵も、婚約者を入れ替える計画が失敗したことを悟っただろう。ミラベルは僕が名ばかりの王子であったことさえ知らず、そんな僕への興味をなくしたことをこの噂高い貴族たちの前で表明したのだ。

 近寄るミラベルに対し、少し引き気味で接している友人たちがいた。僕とミラベルの噂を創作した夢見る乙女たちだろう。うまくいけば王子の将来の妻と友人になれるかも、くらいの打算はあったかもしれないが、今この状況のミラベルと関係があると思われることは決してプラスには働かないだろう。

 僕は握りしめられ、しわになっていた袖を軽く伸ばし、一呼吸ついてから王城に来た来客への応対に務めた。


 いつもなら僕に関心を寄せるものなどいなかったが、あんなことがあったせいで次々と声をかけられた。噂の真相はどうなのか。ミラベルと付き合っていたんじゃないのか。ほんとにミラベルのことは何とも思っていないのか。イヴリンとはどうなっているのか。

 言い訳できる機会が早々に巡って来るとは思わなかった。口がうまい方ではなかったけれど、ミラベルのことは剣の稽古中に周囲に集まる者の一人にすぎず、碌に話をしたこともないこと、イヴとミラベルを比較する気にもならないこと、この先、東の辺境領を拝領できるならイヴと一緒に行くつもりであることを話すと、思った以上に周囲の反応は良かった。

 僕らのことはもっと否定的にとらえられているんだと、僕が勝手に思い込みすぎていたのかもしれない。特に前アディンセル侯爵を知る人たちからは、温かい励ましの声をもらった。


 ようやくひと段落着いた、そんな気分だった。

 いつも早々に引き上げていた夜会に結構遅くまで残ることになってしまい、夜会から戻るとイヴはすでに眠っていた。話をしたかったけれど、起こすのは忍びなかった。眠るイヴの頬にそっと口づけて、部屋を出た。


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