8 父王への相談 (ラルフ、十六歳)
すでにイヴの夜会用のドレスは出来上がり、準備も進んでいるだろう。
先にイヴをエスコートし、後からミラベルを…
駄目だ。僕がミラベルをエスコートするところをイヴに見せたくない。例え、夜会の会場に連れて行くだけであっても。
養護院から戻ってきたイヴは、僕の様子が違うことに気が付いていた。そもそも家にいるなら、僕は養護院に同行するべきだったのに、何も言わず家にいたんだ。気にならない訳がない。なのにイヴは、
「今日は早かったのね。それじゃあ、夕食も早めにいただきましょう」
と言っただけだった。
夕食の席で、イヴは今日の養護院での様子を語ってくれた。だけど僕が家にいたことも、何をしていたかも聞き返すことはなかった。それはイヴのいたわりなのかもしれない。結局僕はそれに甘えてしまった。
「今度の夜会、…エスコートできない」
急に切り出した僕に、イヴは食事の手を止め、
「何かあったの?」
と聞き返した。
きちんと話せば、わかってくれるだろうか。だけどその理由を言い出すことができず、ただ
「…すまない」
と返した。
「一人で行ってみようかしら」
おどけたように言ったその言葉が、知っている、と言われているように聞こえた。
僕が他の誰かと夜会に行くことを。それを見届けようか、と言われているかのようだ。
だけど僕の顔色を読んで、すぐに
「…やっぱり、ここで大人しくしておくわ」
そう答えて、薄い笑みを浮かべた。
いつもこうやってイヴはすべてを飲み込んでしまう。そうさせているのは僕だ。
ミラベルを連れて行くリスクにきちんと対処しておく必要がある。今のアディンセル家はあまりに危うい。
僕は父に事前に相談しておくことにした。
僕が招いたトラブルでありながら、父は思いのほか僕の話をちゃんと聞いてくれた。
代替わりしたアディンセル家がもはや中立派ではなく、傾いてきた家を立て直すこともできず、没落の道をたどりつつあることも把握していた。僕が知っているくらいだ。父が知らない訳がない。
婚約破棄など脅しにもならないと、もっと強気で対応してもよかったのかもしれない。けれど…
「…同行を承諾したのはまずかったな」
「申し訳ありません」
「だが、事前に相談してくれたのはよかった。何の予告もなく妙な女を連れて来れば、茶番かどうかの見分けもつかん」
父は足を組み、指先で椅子の肘掛けを数回叩きながら考えをまとめ、ぴたりと指の動きを止めた。
「令嬢の対応は、おまえに任せる。アディンセル家との婚約は現状維持だ。要望により解消となったとしても、入れ替えは認めない」
要望により解消…。その言葉が僕の思考を奪った。
硬直してしまった僕に気が付いたのだろう。父はそんな僕を鼻で笑った。
「家同士の約束が解消されたところで、本人に意向を聞けばいいだけだ。自信がないのか」
「自信なんて、…あったこと、ありません」
父はしばらく僕を眺めた後、小さな溜め息をついた。
「…力で閉じ込めたところで、自分のものになるわけじゃない。おまえの母もそうだった」
そう語った父は、僕に母を重ねて見ているようだった。
「今までイヴリンがおまえのそばにい続けたことは、それなりに意味はあるのだろう。だが、それを婚約という縛りでしかつながらないと感じているのなら、いつかは終わりが来る」
父は、亡き母を愛していたのだろう。王という絶対的な力を使ってでも閉じ込めておきたいほどに。だけど閉じ込めてなお、心を得ることはなかった。
僕もまた、イヴを守るつもりで結局閉じ込めていただけなのかもしれない。イヴは本当に僕といたいんだろうか。それはイヴの意思だっただろうか。ただ婚約の履行だけを考え、無理をしていたんじゃないだろうか。
僕は一礼して父の執務室を出た。