6 強引なファン (ラルフ、十五歳)
その年の結果は例え学年ベスト4でもそれなりに評価されたらしく、僕の剣を見て練習中に黄色い声を上げる令嬢が増えていった。
正直に言えばうるさくて耳についた。だけどそれまでイヴ以外の女の子と接する機会などほとんどなかった僕は
「試合、とても素敵でした」
「ずっと応援しています」
「すてきです」
そんな誉め言葉にどう対応したらいいのかわからなかった。軽くうなずいてその場を離れると、キャーッと悲鳴のような声が上がった。それは僕だけでなく、あの大会で上位にいたものはみんなそういう待遇を受けていた。
ずいぶんこそばゆい反応だったけれど、自分が今まで頑張ってきた剣の腕を褒められるのは悪い気はしなかった。
プレゼントを渡してくる人もいたが、受け取らないようにしていた。中にはずいぶん積極的な子がいた。何度いらないと言ってもアタックしてきて、しまいには無理やり手を握られ、プレゼントをつかまされ、走り去って行った。
木の陰で、何人かの女の子が「うまく渡せた?」と確認しあい、励ましあっていた。
渡されたものをどうしたらいいかさえわからず、次に見かけた時に
「僕には婚約者がいるから、こういうものは受け取れない」
そう言って渡されたものを戻すと泣かれてしまった。本当に困った。悪気がないのもわかってはいたけれど、
「すまないけど、遠慮してほしい」
そう言って立ち去ろうとした僕に、クラスメートのジェシーが
「いいじゃないですか、それくらい受け取ってやっても」
と言って、せっかく彼女に返したプレゼントをもう一度僕に手渡してきた。
「ラルフ殿下はお堅すぎるんですよ。婚約者って言ったって、親が決めたものでしょ? 自由にできるのは学生のうちだけ。もっと気楽に楽しまなくちゃ」
ジェシーの言葉に沸いたのは反発心だった。だけど友人にきつい言葉を投げるのも遠慮されて、口ごもった途端、
「ありがとうございます!」
と彼女はジェシーに感謝し、僕はそれを受け取らざるを得なくなった。
以後は持ってこないよう言うと、何か勘違いしたのか、他の女の子たちに
「私のプレゼント以外受け取らないから、彼に渡さないで」
と言っているのを耳にした。
少し気味が悪くて、僕はその子から距離を置くようにした。
校舎は男女別で、学年も違うおかげで剣の練習をしているとき以外はほとんど会わずに済んだけれど、知らない間に歪んだ噂話が広がっていた。
僕が興味をもった子がいる。それが僕の「お気に入り」になり、ついには「恋人」扱いされていた。
放課後の練習を毎日のように見に来て、他の令嬢と同じように騒いでいる、それなのにどうして特別視されているのかわからなかった。強引にプレゼントを渡された時に手を握られた以外触れたこともなく、親しく話すことさえないにもかかわらず噂ばかりが先行し、気が付けば僕には「年上の婚約者から逃れたがっている、真実の愛を見つけた王子」という訳のわからない設定が割り振られていた。
それは、夢見がちな令嬢たちが作ったくだらない妄想だった。それに悪乗りする者たちがいて、僕は早くくだらない噂が消えるのを待つしかなかった。
やがてもっとスキャンダラスな噂話が広がると、入れ替わるように噂は聞こえてこなくなった。
だけど安心していたのは僕だけだった。周りはそれを事実として結論付けていて、何より噂の元となった彼女が、自分を妄想の主人公と信じ、突然こう言ってきた。
「可哀そうな私の王子様。あんな年上の婚約者とは別れさせてあげますからね」
彼女の名は、ミラベル・アディンセル。
イヴのいとこだった。
「イヴリンなんかが王子様の婚約者になるなんて、ずっとおかしいって思ってたんです。あんなに年が離れているのに。無理をされてたんでしょう?」
「僕は無理なんかしていない」
何を言っても彼女の耳には届かなかった。
「そう言わされているんですね。でももう大丈夫です。今のアディンセル侯爵は私の父ですから」
そう言ったミラベルは、まるで女神が慈悲を与えるかのような笑顔で、悪魔の言葉を吐いた。
「アディンセル家の婚約ですもの。お父様がお断りすれば、解消なんて簡単です」
「余計なことだ。僕はイヴリンとの婚約を解消するつもりはない。金輪際この話を持ってくるな。不愉快だ」
ミラベルは僕の言葉など聞く気はなく、自分の中の妄想を実現することしか考えていなかった。