3 共に暮らす (ラルフ、十歳から十一歳)
イヴは侯爵家を出ることを考えていたようで、王城で侍女を募集していると聞くと応募しようかと本気で悩んでいたけれど、そんなのはありえない。仮にも王子の婚約者だ。
家にいるのが嫌なら、僕のいる離宮で暮らせばいい。父の承諾を得て、イヴの部屋を離宮に用意した。
イヴは僕の申し出を受け入れ、離宮で僕と一緒に暮らすことを選んでくれた。
イヴが離宮に来てから、朝晩の食事を一緒に取るようになった。
毎日誰かと一緒に食事をとれるなんて、夢のようだった。
ただそこにいて、食事をとるだけなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。どうしてこんなにおいしく感じるんだろう。料理人が変わった訳でもないのに。
まだイヴより背が低いのも気になっていたけれど、きっと追い越してやる。いつかイヴを見下ろし、抱きしめた時には僕の胸に収まる日が来るはず。そんなことを想像すると照れくさくて妙にドキドキした。
離宮での生活は、イヴにとって時間を持て余すものだったかもしれない。
庭の一区画を花壇にしたいと言って、庭師と相談しながら庭いじりを楽しんだり、本を読んだりして過ごしていたようだ。
離宮や王城の使用人にも仲の良い者ができ、いろいろなアドバイスを受けていると聞いた。イヴの作ってくれたジャムはほんのりとした甘さでおいしかった。時々施設に慰問に行く時にジャムやお菓子を持っていくと、みんな喜んでいた。あまりに気前良くふるまうので、僕の分がなくなるんじゃないかと心配したけれど、必ず僕の分は別に取り置いてくれていた。料理人が作ってくれたものは別にあったけれど、イヴが作ってくれたものを全て他の人に振る舞えるほど、広い心の持ち主にはなれなかった。
同じ頃、長兄の婚約者となったチェルシー・ヘイワード侯爵令嬢の王妃教育が始まり、王城は少しにぎやかになっていた。
イヴも一緒に学ばないかと誘いを受けていた。厳しい王妃教育を一人で受けるのは息が詰まるようで、共に話せる人を欲していたようだった。学ぶことを厭わないイヴなら引き受けるかと思ったけれど、自分には荷が重すぎると断っていた。
イヴは時々王妃やチェルシー嬢のお茶会にも呼ばれていたようだ。
次兄のクライヴが王妃の催すお茶会に参加していると聞いて、そこにイヴが呼ばれるのに少し嫌な気持ちになった。何人かの令嬢を招き、クライヴの見合いを兼ねているようだったけど、イヴは僕の婚約者だ。クライヴの選択肢の一つじゃない。
不愉快ではあったけれど、王妃主催では行くなと止めることもできない。
「すまない」
力のない僕を責めることなく、イヴは小さくうなずいて、
「チェルシー様もいらっしゃるの。将来の継母ですもの、きっと殿下の伴侶を見定めたいのね。…大丈夫よ」
と笑ってくれた。
そうしないうちに王妃のお茶会はなくなった。王妃が子供を身ごもったからだ。妊娠中は悪阻がひどく、安定期に入っても周りを警戒し、人を招いて食事をとることを避けていた。
一年後、無事生まれた子供は女の子だった。王も王妃も次は女の子を望んでいたようで、唯一の姫に子育てに夢中になり、お茶会どころではなくなったようだ。妹ではあったけれど、僕が会うことはほとんどなく、他人と変わらなかった。両親に溺愛される妹をうらやむ気持ちは芽生えず、むしろ荒ぶる神への供物のように思え、このまま王妃の関心を引き続けてくれることを願った。
イヴが王妃に関わらなくなってほっとした。王妃の意向一つで、僕の運命は簡単に変えられてしまう。
僕はいつになれば強くなれるんだろう。イヴに守られ、心配をかけてばかりの自分が嫌だ。イヴを失うことを恐れることなく、安心して暮らせるようになるのは、いつ…。