1 幼い婚約者 (イヴリン、十二歳)
とかくもめごとの種にならぬように。
第三王子であるラルフ殿下のお相手は中立派にして野心もなく、目立たない家から。そんな理由で我がアディンセル家が選ばれ、一人娘だった私が婚約者に選ばれた。
ラルフ殿下は母である第二王妃を病気で亡くしたばかりだった。
第一王妃には二人の王子がおり、国を継ぐのは確定。それでも第三王子の存在は気になるようで、後ろ盾を失くした王子に「わざわざ」このタイミングで無難な婚約者をあてがって安心したがっていると聞いた。
それにしても…。
五歳になった王子に十二歳の婚約者って、あんまりじゃない?
どう見ても弟にしか見えない。婚約者、自分の結婚相手だなんて、絶対思えない。
ラルフ殿下は王城ではなく離宮に住んでいた。まだ母の死を受け止めきれないのか、傷心の王子は顔合わせの席でも笑顔を見せることなく、私に興味はないようだった。まあ、そうよね。
どう考えてもこの縁談がうまくいくとは思えなかったけれど、王と王妃の意向がある限り変わることはないだろう。
「イヴリンです。よろしくね」
私が差し出した手をつかんだ手は小さく、丸くてかわいかった。
私も四年前に母を失くしていて、母がいない淋しさは充分身に染みていた。だから、同じく母を失くして落ち込んでいる王子を放っておけなかった。
婚約者にはなれなくても、きっと家族にはなれる。
私はラルフの遊び相手になり、相談相手になり、息抜きの相手になることにした。
この年で大人しく数多くの講義や武芸を学ぶラルフにとって、私が来る時間は遊び時間。
街で流行りのお菓子を用意して自ら毒味役になり、つまみながら城内の面白い人、つまらない人の話をしたり、カード遊びをしたり、絵を描いたり、馬に乗ったり、ラルフがやりたいと言ったことを許される範囲で自由にやってみた。
王と第一王妃の子供は王城で暮らし、ラルフはかつては母と、今は一人離宮に住んでいた。世話をしてくれる家令や侍女はいて、第一王妃から疎まれてはいても表立って嫌がらせを受けることもなく、命を奪われるようなこともない。ただ自分の子供たちの地位を、王位を脅かすことは許さない気構えははっきりと見せていた。
それでも母親を亡くした五歳の子供がたった一人で食事をしている姿は、私の目にはいじめと変わらないように見えた。複数の妻を持つ家にはよくあることなのだろうだけど。