朱色の盃(さかずき)
代理人制度
前回からの続き
サンセットにビーチが赤く染まる頃、商人の千石船に老人と息子夫婦と孫夫婦の計五人がやってきた。
老人は草臥れてはいるが紋付袴の二本差しの正装で来た。
老人達を長椅子、長テーブルの一番上座に座って頂いた。
老人以外は日本人っぽさは無くなっており、日本語も喋れないとの事であった。
船員総出で釣った「イエローフィンツナ」と言う名の鮪と少し色鮮やかな鰹の二つを使った鮪の刺身とかつをの土佐造り、所謂鰹のたたきのメインとは別に一汁三菜のセットをお出しする。
一汁三菜は魚の煮物、里芋の煮っ転がし、ほうれん草と茄子のお浸しに味噌汁に麦飯、沢庵漬であった。
味噌汁は合わせ味噌の豆腐とわかめにネギ刻みを入れたシンプルな物であった。
日本酒での乾杯から食事が始まり、老人一家も箸を付け始める。
ふと見ると老人が涙をいっぱい溜めながら食べていた。
幼少の頃、無い食材の中から似た物を選び、やり繰りし和食を作っていた母親を思い出したそうだ。
老人
味噌汁が染みる・・
そう言うと涙をポロリと落とす。
沢庵漬を食べる時には無言で号泣していた。
商人は交渉の件を持ち出すつもりでいたが思い出につけ込む様な方法で切り出すのを躊躇い止めた。
そして、この地では商い出来んでもええやないか!とさえ思う様になった。
老人は色々な船員達に日本の事を聞いては船員達の質問に答えていった。
商人が老人に日本酒を注ぎに行く、老人の所には朱色の盃があり、それに日本酒を注ぐと老人は静かに口を付けると美味い!と言う
商人は「ごゆっくり」と席を離れようとした時に老人に呼び止められる。
老人
何か困っておるのでは無いか?
商人
御見通しで御座いましたか?
老人
ここまでして頂き恩義を返さぬのも武士の名折れ
ここで呼び止めねば貴殿は何も言わぬであろう・・そこが日本人っぽいと言えばそうではあるが、海外では狡いくらいで無いとなりませんぞ。
商人はここまでの経緯を話す。
老人
然もありなん、南蛮人は強かにして異国の支配を目論んでおるのは父上からも聞いておる。
太閤様「※ 豊臣秀吉の事」や将軍様「※ 徳川家康の事」が一部、宗教を併用した南蛮人の日本人信徒の奴隷貿易が発覚し、その脅威を取り除く為に伴天連の禁令や追放令に繋がったと聞いておる。
純粋な信仰だけで有ればジャスト様も追放にはならなかったのに・・
どうも老人も南蛮人には思う所がある様だ
商人
日本人信徒の奴隷貿易!?
そんな事があったんでっか?
老人
多くの者がアステカやマヤと呼ばれる所の銀山で使役されたとの事だ。
商人
そんな話があるとは・・そんなん聞かされたら意趣返しの一つでもと思てしまいますなぁ・・一つお手伝いお願いしてもよろしいでっか?
老人
拙者でよければ手伝おう
日本で高く売れそうな物であれば少し思い当たる節もある。
商人
おおそれは頼もしい!
扱ってる品自体が解って無いんでさっぱりやったんです。
老人
この地は高価な物より、調味料や食品とかの需要が高い
食べ物自体が甘い、辛い、塩っぱいとハッキリしており、暑いので酢を料理によく使う、酒類も人気であるな。
商人
おお、堺で米、乾物に日本酒、薩摩で黒酢や芋焼酎に緑茶、琉球では黒砂糖や泡盛、台湾では老酒や小麦粉に烏龍茶を大量に積んでまっせ
老人
うむ、その品揃いなら物々交換で話をしておこう
明日、あちこちを回ったら船まで来よう。
早ければ、その日の内に来るやも知れぬ。
商人は報酬の話をするが食事の礼だと言って老人は辞退するのであった。
高潔で清貧な伴天連の老人にせめてもの気持ちにと酒を注ぐ商人であった。
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