白銀の少女は罪科を拭う
ソレイユとその姉コライユ、そしてノエルは島のメインストリートを歩いていた。
「ミクモ博士ってどんな人なんですか?」
ノエルは自らの故郷にして北の果て、ネヘトサハエノヴェラリドリンスク(今後はネヘトと略す)を目指すために、旅の計画を始めようとしていた。しかし、ノエルは長く険しい前人未到の旅をするにはあまりにも幼く、無知であった。そこで、町の物知りであるミクモ博士という人物に話を聞きに行こうとしていた。
「うーん、アタシも顔見知り程度で詳しいことは知らないけど、あんたと同じくらいの背丈の女の子で、海洋学やら地質学やらに精通してるって噂だよ。あと魔法も出来るって言ってたかな…?」
コライユは淡々と続けた。
「確か…数年前に極東にある列島の方から来たって言ってたよ。この辺の海底に用があるとかなんとかで。」
「へぇ…」
先程、屋台で買った魚の串焼きを食べながらソレイユはこう言った。
「あたし、ミクモ博士の研究所には良く遊びにいってるから仲いいんだよね。変な機械ばっか置いてあるし、暗くてジメジメしてて柱にキノコとか生えてるけど、慣れれば結構楽しいところだよ!」
「変な機械?」
ノエルは串をかじりながら聞いた。
「うん、なんかやたら大きくて…バカみたいにデカい音で動くんだよね…。前に何の機械なのか聞いてみたけど全然理解できなかったよ」
「頭いい癖して教えるのが下手くそな先生いるよね」
「なんてこというのノエルちゃん…あ、こっちだよ!」
3人が狭苦しい街路の間を抜けた先に見えたのは、トタン張りのボロ小屋だった。見た目のみすぼらしさの割に、結構な面積があるように見えた。
「うわ、あの博士こんなところに住んでたのか……」
「こんなところとか言わないの!ほら行くよ!」
ドアの横についている怪しげなボタンをソレイユが躊躇なく押した。
しばらくすると、はーいと返事が帰ってきて、ドアが開いた。
ブラウンのモコモコした羊のような髪の毛にまんまるの黒い目、おでこに防護用のメガネをつけていて、白衣を纏っている。
小柄でかわいい少女が現れた。
「あ、ソレイユたんいらっしゃい。それと…?」
「どうも、姉のコライユです。」
「あ、あぁーーー!!お姉さんか!!通りで似てると思ったよ!…それで、この子は?」
「わたしはノエルです。ネヘトサハエノヴェラリドリンスクに帰りたくて来ました」
「なんて?」
「ネヘト…なんだっけ?一回言ったら忘れました」
「…まぁ、とにかく入ってよ!あ、あんまり機械触ると爆発とかするから気をつけてね~!」
「お、お邪魔します…」
玄関から続く長い廊下には乱雑にメカらしきものがいくつも置かれていた。ミシンのような形のものから銃のようなものまで様々だった。
「あっ!なにこれかっこいい!」
ノエルが機械に触れた刹那、凄まじい閃光と爆音が空間全体を包み込んだ。
「お゛っ゛! ?」
壁を貫通した爆風は余裕で屋根も吹き飛ばした。
周囲はあっという間に炎に包まれ、研究所は跡形もなく吹き飛んだ。
ノエル達の耳鳴りが収まった頃、空からは書類やら尖った金属片やらがバラバラと降ってきて、4人をかすめた。
あたりを静寂が包む。
「そっか……なるほどね……」
ミクモはしみじみとそう呟いて、少し進んだところで止まった。
「ノエルたん……機械に触らないでって5秒前に言ったよね……?」
「すみません……研究者ジョークかと思ったんです……」
「研究資料とか全部燃えちゃったよ…?どう責任取ってくれるの…?」
「あ…あの、わたしお金とか持ってなくて……あっ!!か、身体!?身体で責任取ります!!!?!?」
「いや、無理でしょ…」
ミクモは悲しげな背中を見せたまま床の瓦礫を退けている。
震える声でソレイユは言った。
「は、博士…?とりあえず避難しませんか…?」
「そ、そうですよ博士、ここは危険ですから…まだ燃えてますよ周り」
「え…?あっ、大丈夫大丈夫。まだ使えるからこの研究所…」
「博士!?しっかりして博士!?」
ミクモは瓦礫まみれの床から扉を見つけだして開こうとしている。
「いや、本当に使えるんだって。ほら、ここに扉があるでしょ?」
「地下室ですか…?いや、それにしたって」
「スイッチ、オン!!」
ミクモが謎のスイッチをオンにしたことを声高に宣言すると、なんと吹き飛んだ壁が元の形を取り戻していく。
それどころか、書類や機械類、すべてがどんどん元通りになっていく。
「な、なにこれぇ!?」
逆行しだした時間の中、ドヤ顔のミクモは嬉しそうに説明し始めた。
「この世界の物質には全てに座標データが存在するの。その座標データは基本的に神的存在によって制御されてるんだけど、こうやって人が魔法で物を操る場合にも使えるの。私はこの部屋の全ての物質の座標データを事前にバックアップとって記録してたから、その座標ベクトルをこの浮遊動作装置で再現することで、このように…!」
目の前には、きれいに完治したミクモの研究室があった。
「部屋を丸ごと元通りに出来るのだー!ようこそ、私の研究室へ!」
ポカンとする3人の前でミクモは話を続ける。
「いやぁ、まさか本当に使う時が来るとは思わなかったよ!家の中に爆発物置いておいたらいつか爆発すると思ってたから、対策しておいて正解だったねぇ~!」
「博士、そもそも家の中に爆発物を置いておかなければ良いのでは…?」
「なにをおっしゃる!?そんなのスリルがないでしょスリルが!いや~、結構派手に吹き飛んだからアウトオブレンジしちゃうかと思って焦ったけど、意外と大丈夫だったねぇ!」
ミクモが一人で楽しそうに盛り上がっている中、ノエルは罪悪感と意味のわからなさで震えていた。
「あのぅ…博士?もしかしてわたし、許されたんですか…?」
「もちろんだよ!」
「やったぁ!許された!」
こうして、ノエルは許されたのだった。
まだ続きます。耐えてください。