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第8話

 私は普通の女子高生だった。今はもうアルカントゥルムやらディヴァースやらで、普通とは呼べなくなってしまっているけど。

 そう、私は、成城学園に通う高校1年生。季節も2学期に入り、暑さも峠を過ぎたが、残暑と呼ばれるくらいには暑い日々が続いていた。


 そうだ、私は家から学校までの道のりをバスに一本乗って普通に登校して、普通に友達と昨日あったテレビの事なんかを話して、普通に先生が来てホームルームが始まるのを腕にあごを乗せて待っていたはずだ。


「今日はおねむなのかな、茜は」


 そう話しかけてくるのは、私の親友だ。名前は丸橋 彩可。


「ううーん。そういうわけじゃないんだけど」


 と、勝手に私の口が動き出す。その言葉には、私も聞き覚えがある。きっと、この世界に来る直前の会話だ。


「まあ、それくらいやる気がないほうが茜はいいよ。あんたはネジが飛ぶと、変に勇敢になるというか、無謀になるというか」


 失礼なことを言ってくる親友である。確かに少し前におばあさんがひったくりにあったのを見て、原付に対してママチャリでチェイスしたばかりだけれど。あれは中々に骨が折れる思いをした。

 それにしてもやけにリアルな夢だ。夢の中だというのにというか、夢の中だからなのか、なんと辺りを見渡すことが出来た。


 内藤くんや千住松くん、ゆかりちゃんの姿もある。

 その他、ホームルーム前ということもあってか、クラスメイト全員がその場にいた。

 私は、彩可と他愛のない話をして、その時がくるのを待つ。


「そういえばさ、今日なんか工事が入るらしいよ」

「え?なんの?」


 うちの学校に、そんな工事が入る場所があっただろうか、と思ったのを覚えている。


「なんか、水道管が老朽化しているとか何とか」

「へー」


 ザワザワとしていた教室内が、先生のバタバタとした足音と共に、徐々に静かになっていく。

 そうして先生が扉を開けるのを待っていると―――。


「っは!」


 変な息遣いと共に、ぱちりと目が覚める。

 あちらの世界からこちらの世界に来て、そんなに時間が経っていないというのに、なんだかもの凄く懐かしい夢を見たような感覚だった。

 頬を通して、地面の冷たさが身体へと伝わってくる。どうやら石畳の上に寝転がされているようだった。


「うう……」


 頭がズキズキと痛む。内藤くんは何の手加減もせず、私の頭を打ち抜いたようだった。

 右手を地面に付き、何とか立ち上がろうとしたところで、私はバランスを崩し、再び地面に頬を打ちつけることとなった。

 ザワリと背筋に何かが走ったような感覚を覚える。ブワっと冷や汗が体中に吹き出てきた。

 おそるおそる、自分の右腕を見る。


 そこには、そこにあってしかるべきの、私の右腕が―――。


「―――ッ!?」


 声にならない声が口から漏れ出てきた。

 何度見ても、私の右肘から先が存在しなくなっていた。右ひじには赤く染まった布が乱雑に巻かれている。

 遅れてやってきた痛みに、私は歯を食いしばって耐える。


「どうして……なんで……?」


 そう呟くが、頭ではなんとなくその理由がわかっていた。

 おそらく、私の武装解除をするにあたってアルカントゥルムが外れなかったのだろう。

 私も何度か外そうとしたし、ディヴァースにも色々聞いたが、全然外し方がわからなかったのだ。


 それにしても、と思うが頭の中は妙に冷静だ。

 左手で痛む右腕を押さえ、周囲を見渡す。

 一面、灰色の石で覆われている、まるでというかまさしく牢屋の中なのだろう。ゆらゆらと揺れているロウソクの炎が心もとない。


 これから、どうする?


 私に残されたのは、ジクジクと痛む右腕に、妙に冷静な脳みそのみ。アルカントゥルムが外されたからか、あの体中を満たしていた力も感じなくなっている。

 牢屋の入り口は木製のドアがはめられているが、今の状態では吹き飛ばしたりは出来そうにない。


 大体、なぜこんなことになっているのか。


 いつの間にかこの世界に呼び出され、あれよこれよという間にこの国の革命まがいのことに巻き込まれ。流されやすい自分にも少し問題はあるかもしれないが、どうもこの世界にやってきたのはこの国が『勇者召喚』とやらをやったせいだというではないか。

 それを聞いたときは、ああそういうこともあるのかな程度にしか思わなかった―――今思い返せば、いろんなことが起こって情報処理が追いついていなかっただけかもしれない―――が、よくよく考えなくともバカげた話である。

 勝手に呼び出しといて、かたやピラミッドの中のような場所を走り回らされ、革命のお手伝いに、最後は右肘から先をぶった切られて?かたや、隷属の指輪で支配され、軍事侵攻のお手伝いをさせられていて?


 いったいどうなってんだ。


 グルグルと回り始めた頭と共にふつふつと怒りの炎が心の奥底から込みあがってくる。

 私は自分のことを、短気な人間だとは思わないし、どちらかといえば温厚な人間だと思っている。だがしかし、自分や自分以外の人間に行われてきた仕打ちを思うと、とても心穏やかにはいられない。


「ふざけんな……!」


 込みあがってきた炎が、ついに頭の中へと到達した。

 力強く立ち上がると、扉に向かって駆け出す。

 そして、扉についている鉄柵を乱暴に掴むと、ガタガタと強くゆらす。


「こ・こ・か・ら・出せぇッ!」


 大声で叫ぶが、私の声は通路を反響し、やまびことなって帰ってくるばかりだった。

 その後も、無駄な抵抗とわかりながら、押したり引いたり叫んだりを繰り返したが、扉はびくともしなかった。それどころか、見張りの兵士らしき人もくる様子がない。

 私は体力の限界を感じ、ヘタリと部屋の中央に倒れこんだ。

 私を支配していた炎もすっかり消え去り、今度は涙がぽろぽろと流れ出してくる。


「どうして、こんな……」


 もはや、わけが分からなかった。

 ぶつけどころのない怒りを吐き出しきり、私に残ったのはただただ、寂しさと帰りたいという思いだけだった。

 帰りたい、かえりたい、カエリたい、カエリ、タイ……。

 どれだけの時間が経っただろうか。私の中の想いが帰りたいでいっぱいになり、それが声として外にこぼれ出る。


「帰り、たい……」


 ガタン、とどこかで音がなったような気がした。

 だが、私は気にも留めず、ただただ帰りたいと呟き続けた。

 外がにわかに騒がしくなってきた気がする。

 何かと何かがぶつかる音がより大きくなって近付いてくる。

 私は、涙を左手でぬぐい、扉のほうを見る。

 外の騒ぎがいっそう大きくなってきた気がした。

 なんだろう……。

 そう思っていると、木製の扉が爆裂音と共に吹き飛んできたではないか!


「ひっ!?」


 身を縮めて、粉々になった木の扉から身を守る。

 おそるおそる木の扉があったはずのところを見ると、そこにはアルカントゥルム兼私の右肘から先がふわふわと浮かんでいた。


「はあっ!?」


 怪奇現象としか思えないその光景に私は恐れおののき、思わず後ずさる。


「ようやく見つけました! 私の予想だともう少し早くたどり着けると思っていたのですが」


 大きなため息が聞こえてくると同時に、アルカントゥルムの中に住む精霊様、ディヴァースがその姿を現した。


「ディヴァースぅ!」


 この暗さの中で薄ぼんやりと光り輝く、その半透明の姿はまさしく精霊としか言いようがなく、私はどうしようもない安堵感に包まれた。


「ほら、呆けてないで。 右腕の包帯を取ってください」


 なぜ?と思ったが、言われるがままに右腕をきつく縛ってあった包帯を取り去る。ポタポタと血が垂れ始め、それと同時に痛みも強くなったような気がする。今更になって痛みで、少し涙がこぼれてきた。

 すると、拳をこちらに向けていたアルカントゥルムが逆方向を向き、こちらへとものすごい勢いで射出された。


「うわあッ!」


 ビクッと身体がはねるが、アルカントゥルムは狙い過たず、私の右肘に命中した。頭の中では、ヒーロー戦隊ものの機械が合体するときのような音が鳴り響いた。


「終わりましたよ、アカネ」


 何が終わったのだろう、私の命かな?などと思っていると、右肘から先の感覚が戻ってきていることに気づく。グーパーとすると、私の右手もしっかりと動いていることが分かった。


「なおったぁ!?」

「まあ、この程度アルカントゥルムなら楽勝です」


 と、ディヴァースが偉そうに胸を張る。凄いのは、アルカントゥルムであってディヴァースではないはずなのだが、野暮なことは言うまい。


「ありがとう、ディヴァース、アルカントゥルム」

「礼には及びません。そんなことよりもさっさとこんな場所からは脱出しましょう」


 ディヴァースが見る影もなくなった入り口を指してそう言う。

 私もそうしようと思ったが、ここで先ほど消えていたはずの怒りの炎が再び燃え上がってくるのを感じた。


「ディヴァース。 脱出はなし」

「……え?」

「あの元凶に一発入れてやらないと気がすまない」


 そう。すべてはあいつが悪いはずだ。あの国王様とは言えないようなジジイがすべて悪い。

 こんなに支配が進んでいる国で、『勇者召喚』などというのをたくらむ奴はあいつしかいるまい。ぱきぱきと戻ってきた右腕を鳴らす。


「ぶん殴る」


 ポツリとそういい残して、私はずんずんと入り口から外へと出た。

 自分でも分かるが、どうやら夢の中で彩可が言っていた、ネジが外れる、という状態になってしまったようだ。


「……まあ、アカネがそうするというのなら、私は付いていくだけですよ」


 言葉とは裏腹にどこかウキウキとした雰囲気を出しているディヴァースだった。

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