第18話
一体どれだけの時間が経ったのだろうか。短い睡眠を挟みつつ、私は何かが起きるのを待っていた。というより、それくらいしかすることがなかった。
突然、部屋の外から爆発音が響いた。
何事、と思っていると、今度はその爆発音がより大きく聞こえてくる。
連続した爆発が部屋を揺らす。
そして、一際大きい爆発音が響いたと思うと、部屋のドアらしき物体がものすごい勢いで私の頭上を通り過ぎていく。
「はっはっはー! 私を舐めんな!」
ゆかりちゃんの声が聞こえてくる。
「ちょっと声大きいってば!」
「いや、もう今さらだろ」
千住松くんに内藤くんも居るようだ。
「みんな!」
「やほ、茜。 助けに来たよ!」
そう言って、私の拘束を解こうと皆が近寄ってくる。
「内藤、さっきみたいにレーザーで」
「ん、そうだな」
千住松くんの提案に、内藤くんが私の身体の拘束を焼き切っていく。
「私の爆発魔法のほうが早いのに……」
「そう言って、俺の身体を煤だらけにしたのはどこのどいつだ!」
どうやら、内藤くんは相当乱暴な方法で解放されたようだ。
ゆかりちゃんが最初に助けに来たのが私じゃなくて心底良かったと思う。
そして拘束が解け、見事自由の身となった私は、改めて右腕を確認する。
やはり、そこにアルカントゥルムは存在しなかった。もちろん、私の右の肘から先も。
「茜……」
ゆかりちゃんがこれ以上ないくらい悲痛な顔をしている。
内藤くんや千住松くんも顔を伏せてしまった。
「ま、大丈夫だって! 見つかればくっつくだろうし」
そう言って、右腕をヒラヒラと動かす。
この短期間に2回も失えば、少しは慣れというものも出てくるものだ。
「ところで、3人はどうやって抜け出したの?」
「ああ、それは……」
「私の『記憶者』をフル活用しただけだよ!」
聞くと、支配されている状態のときは、まともな思考が出来なかったため思いつかなかったが、『記憶者』を使えば、本来詠唱が必要な魔法を、記憶としてストックすることが出来るらしい。
ストックした魔法は即時射出が可能で、ここに閉じ込められて意識を取り戻してから、しばらくは脱出のために爆発魔法をストックしていたようだ。
そのため、助けに来るのに時間がかかったとのこと。
「まだまだストックはあるはずだから、戦力としては期待してちょーだい!」
というのは、彼女の言だ。
「よし、とにかく漆の右腕とアルカントゥルムを取り戻して、こんなとこ脱出しようぜ」
内藤くんが、そう言って部屋の入り口から出て行こうとする。
「待った、内藤。 漆ちゃん、ディヴァースの場所、分かったりしない?」
千住松くんに言われて、私は目を閉じ、耳をすます。
ディヴァースはアルカントゥルムの中に居る。
だから、ディヴァースが帰りたいと思ってくれているのなら、その声も聞こえてきて、その場所が分かるはず。
だが、ディヴァースの声は聞こえてこない。
「ごめん、聞こえないや……」
「うーん、特殊な状況じゃないと聞こえないのかな? それとも、アルカントゥルムがないから……?」
千住松くんが色々と考えてくれている。
確かに、あの声が聞こえてきたときは、結構極限の状態だったし、アルカントゥルムも持っていた。
「まあ、悩んでたってしょうがないだろ! こうなりゃ行動あるのみだ!」
「ごめんね、皆」
何だか申し訳ない。私の右腕さえ付いていれば、後は脱出するだけだったのに。
「何言ってんのよ! 私達だって助けてもらったんだから!」
「そうそう、ここら辺でちょっと返済しとかなきゃね」
ゆかりちゃんと千住松くんが慰めてくれる。内藤くんはというと、もう部屋の入り口まで行っていた。
「……うん! 分かった!」
もうクヨクヨするのやめだ。
私は、3人の後ろについて、閉じ込められていた部屋から1歩を踏み出した。
廊下を歩いていると気づいたが、そこかしこに焼け焦げた跡が残っている。
聞くまでもなく、ゆかりちゃんが吹っ飛ばした跡なのだろう。
人が倒れたりしていないことだけが唯一の救いか。
「流石の私も人に向かっては打ってないからね?」
「あれ、何で分かったの?」
「いや、分かるよ……」
そんなに顔に出ていただろうか。
「さて、特に何も決めずに出てきたわけだけど、とりあえず奥の方に行くってことでいいか?」
内藤くんがそんな無責任なことを言う。いの一番に部屋から出て行ったくせに。
「それでいいんじゃないかな。 他に行く当てもないし、案内板も見当たらないしね」
と、千住松くんが賛同する。何とも行き当たりばったりなパーティーである。
それにしても、警備員らしき人とかが出てこないのには少し意外である。時々、逃げ遅れたのであろう研究員らしき人は居たものの、皆、私たちを見ると逃げてしまった。
右腕を切り落とすなんて非道なことをする連中だ、拳銃くらい持っている奴が居てもおかしくないと思ったのだが、誰もそんなことをする人はいなかった。
そうして進むこと数分。一番最初に堪忍袋の緒を切らしたのは、なんとゆかりちゃんだった。
「ねえ、もう私の爆発魔法で床を吹っ飛ばした方が早くない?」
ついに爆破ジャンキーと化してしまったかと思ったが、提案自体は悪くない気がする。
なんせ、この施設、やけに複雑なのだ。階段はあっても1階分しかなかったり、エレベーターはカードキーらしきものが必要だったりと、とにかく先に進むのに苦労する。
「まあ、映画の定番的に言えば、こういうのって最下層にあったりするもんだよな」
「内藤、それは映画の中だけだよって言いたいとこだけど、一理あるね」
意外と内藤くんと千住松くんも爆破作戦に乗り気である。
「よし、じゃあやろっか。 GO! ゆかりちゃん!」
「アイアイサー!」
ビシッと敬礼を決めると、ゆかりちゃんが遠くの床に向かって指を向ける。
その瞬間、とんでもない爆発音と共に床が爆ぜた。爆風が、私の髪をなびかせ、耳がキーンと鳴る。
隣を見ると、内藤くんと千住松くんは耳をふさいでいた。こんなことになるのなら、先に言っておいて欲しかった。
「くぅぅぅ! これこれこれぇ! ストレス解消にはもってこいだね!」
私の気も知らずに、ぴょんぴょん跳ねるゆかりちゃん。
本当にどうしてしまったのか、ゆかりちゃんは。結構学校では優しくておっとりした性格だと思っていたのに、異世界に行ってネジでも外れたのだろうか。
「人って変わるもんだねぇ」
「それをお前が言うのか、漆よ」
「そうだね、漆ちゃんは人の事、言えないと思うよ」
呆れたような顔をして、2人がそう言ってくる。
はて、何の話だろうか?
「ほらほら3人とも、下に降りるよ!」
見ると、ゆかりちゃんがもう穴の傍で手をこまねいている。
穴を覗き込むと、意外と分厚い床だったそれが円形にその口を開いており、下にはまた空間が広がっていた。
とりあえず降りる事にしたのだが、私はアルカントゥルムを失っており、身体能力が人並みまで落ちているため、ゆかりちゃんに抱えてもらって下に降りることになった。別に内藤くんとか千住松くんでも良かったのだが、流石に気恥ずかしかった。
下に降り立つと、そこもまた廊下のようだった。
とりあえず一番下まで降りてみようという話になり、ゆかりちゃんが爆発魔法をバカスカ打っていく。途中この建物は大丈夫なのだろうか、と思ったが、もうここまできたら先に進むしかない。
穴を空けながら降りること十数階。途中で気づいたが、窓が一切ないところを見ると、ここは地下なのだろうか。そんなことを思いながら、ゆかりちゃんの掘削作業を見守る。
「あっ!なんか雰囲気違うところに出たよ!」
ゆかりちゃんが少し興奮した声を上げる。
下に降りると、そこは今までと違って広い空間になっていた。中央にはなにやら機械が大量に繋がった何かが置かれていた。
そして、その何かの傍には見知った顔がいた。
「スレイル……!」