第13話
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
まさか、そういう表現の天井に生涯で出会うことになるとは思わなかった。
「ここは……」
白いベッドから身体を起こそうとして、牢屋の中での出来事がフラッシュバックする。
まさか、と思いながらおそるおそる右腕を見ると、そこにはしっかりと、私の右腕であるアルカントゥルムがつながっていた。とりあえず、胸をなでおろす。
よくよく回りを見渡すと、あのころの牢屋とは打って変わってものすごく良い部屋だった。
身体にも丁寧に包帯が巻きつけられており、良質な治療が施されているのをうかがわせる。
クルクルと右肩を回すと、多少身体に痛みが走るものの特に問題なく動き出せそうだった。
ベッドから降り、身体をグイーッと伸ばす。しばらく身体を動かさなかったせいか、パキパキと骨の鳴る音がする。
「起きたのですね! アカネ!」
と、大きな声が部屋に響き渡る。ディヴァースがアルカントゥルムの中からその姿を現した。
「全く、寝すぎですよ!」
「え? そんなに?」
「3日ですよ! 3日!」
3日!?
私は驚愕のあまり、声を失う。
言われてみると、やけにお腹が空いている気がする。口周りは水で湿らせてあったが、のどはカラカラだ。
「そうだ! あの後どうなったの!?」
ドラゴンの身体を突き抜けて、指輪が割れていたのを見て、それから……。
だめだ、そこからの記憶が全くない。
「私達がドラゴンの身体を突き抜けたとき、私達の身体は城外にありました。 どうやら、ドラゴンの成長スピードがかなり早かったようで、ドラゴンの端が城外に飛び出していたんです」
そういえば、ドラゴンの方を振り返ったとき、夜空が見えていた気がする。
「そして、そこで気を失ったあなたはそのまま落下して、城壁に突き刺さりました」
「城壁に突き刺さりましたぁ!?」
それはまた何というか、豪快な状況である。自分の話を聞いていると言うのに、なんだかそんな気がしない。
改めて自分の身体を確かめるが、そんな事態が自分に起こったとはとても思えない。
「アルカントゥルムで身体の頑丈さも上がっていましたからね。身体的にはかすり傷と火傷があったくらいで、問題はありませんでした」
「へー」
もはや、驚く気力すらなくなってしまった。
アルカントゥルムはどこまで私を人外にしていくつもりなのか。
「それで? その後どうなったの?」
「あなたを捜索に来た勇者達の手で運び出されていきました」
「え、内藤くんたちが?」
それは意外だ。結構な勢いで殴ったから、しばらく起き上がれないかと思っていた。
「じゃあ、この部屋に運んできたのも?」
「ええ。フェイリィさんの指示でここに勇者達が運んできました」
なるほど、ということは、だ。
「隷属の指輪の影響は消えたんだね」
「指輪を破壊した時点で、その力は失われたようですね」
「よかったー!」
ぼふん、とベッドへと倒れこむ。正直、破壊したときに隷属の指輪の影響が消えなかったらどうしようかと思っていた。
「それにしても、国王はどこに指輪を隠し持ってたんだろう」
「肌身離さず付けなければ効果を十全に発揮できないことを考えると、体内に埋め込んでいたんじゃないでしょうか」
体内……。確かにそうすれば常に身体から離さずに持ち運べるけど、そこまでしてあの指輪を手放したくなかったということか。
ふー、と一息つく。この国はどうなるのだろうか。隷属の指輪の影響からは全国民が脱しているのだろう。しかしそれが意味するところは、帝国の崩壊なのではないだろうか。
支配されていた人たちが解放されて、はい、そうですかと言って元の生活に戻るとは到底思えない。
「アカネさん!」
そんなことを考えていると、フェイリィさんが扉を開いてきた。
「あ、フェイリィさん」
「ようやく起きたのですね! 3日も眠っていたのですよ!」
ディヴァースと同じ事を言ってくる。フェイリィさんの顔はよく見ると、涙目だった。
「本当に、このまま目が覚めなかったらどうしようかと……!」
そう言って、本当にフェイリィさんが泣き始める。
「わわわ、フェイリィさん泣かないで! ほらこんなに元気いっぱいだから!」
がばりとベッドから飛び起き、元気なことをアピールするために屈伸をし始める。ちょっと骨が鳴ったが、動きはスムーズだ。
「あっ、茜! 起きたんだ!」
次から次へと来客がある。今度はゆかりちゃんだった。パレードのときに着ていた踊り子のような服はもう着ておらず、いつもの学生服を着ている。
「おお! ようやく起きたんだね!」
「いやー良かった!」
千住松くんと内藤くんも入ってくる。こちらも、学生服に戻っていた。
にわかに部屋の中が騒がしくなってきた。
「待った、待った! 皆、もう大丈夫なの?」
「うん、漆ちゃんから殴られた場所はまだ青あざになってるけどね」
そう言いながら、千住松くんがお腹をペロリと見せてくれる。
そこには見事な青あざが出来上がっていた。
「ご、ごめんね」
「いや、いいよ。 あんな事になっていた僕達を助けてくれたんだから。 ありがとう漆ちゃん」
千住松くんが頭を下げてくる。あわてて止めに入るが、千住松くんはたっぷり10秒は下げ続けてくれた。
「そうそう、あのまま操られていたら、俺達どうなっていたことやら」
と言いながら、内藤くんは私の寝ていたベッドの隣に置かれていた、果物のようなものを一つ手に取り、そのままかじり始めた。
「ちょっと!それ茜のなんだけど!?」
「いいじゃん、1つくらい」
ゆかりちゃんに怒られながら、二つ目に手を伸ばそうとするが、フェイリィさんのにこやかな冷たい笑顔が飛ぶ。
それを見た内藤くんは、すごすごと引き下がった。。
そこで、フェイリィさんが思い出したように手をパンと叩く。
「そうでした! こうしては居られません。 お母さまにアカネさんの無事を伝えなければ!」
そうして、失礼しますといって、フェイリィさんが部屋の中から退出していった。
残された私達は情報を交換し合うことにした。
ちなみに、もうディヴァースは3人と知り合いになっていた。
交換はしたのだが、かたや数日前にこの世界に来た人で、かたやもう少し前からここに来てはいたものの、その大半を操られて過ごしていた人達なので、たいした情報はないように思われた。しかし、ジョブの話になったときにその状況は一変する。
「え、茜のジョブで帰れるかもしれないの!?」
「といっても、私のジョブ……帰望者って言うんだけど、スキルがなくてほぼ役立たずなんだけどね」
「え? じゃあ、あの強さは一体なんなんだよ」
内藤くんが私に殴られたお腹の辺りをさすりながら聞いてくる。
そう言うことをされると、なんだかこっちが悪い気がしてくるからやめてほしいのだが、無意識だろうから責めるに責められない。
「あれは、この籠手、アルカントゥルムのおかげだよ」
「アルカントゥルムっていうんだ、それ」
千住松くんが興味深そうに私の右腕を見つめてくる。確か、彼は空手道場に通っていたはずで、やはり武道に携わる人からすると、興味を引かれるものなのだろうか。
「アルカントゥルムは私が名付けました」
えへん、と言わんばかりに胸を張るディヴァース。なぜかは分からないが、他の3人からおおーと言う声と共に拍手されていた。
「アカネ、ジョブの話が出てきたので、とりあえずもう一度確認してみてはいかがですか?」
ディヴァースにそう言われ、確認するだけなら無料だしと思い、ジョブオープンと唱える。
すると、この世界に来た日に開いた窓枠が再び私の目の前に現れた。
「んん?」
その窓枠の帰望者と書かれているところを見ると、1本の線が伸びているのが見える。その線の先を目で追うと、新たな文字が書かれていた。
「きたく……ぶ?」
そう、そこにはしっかりと帰宅部という文字があった。
「え? 帰宅部?」
「帰宅部ってあの帰宅部?」
「あの家に帰ることを部活って言い張る、あの?」
口々に内藤くん、千住松くん、ゆかりちゃんが詰め寄ってくる。というか、ゆかりちゃんの言い方がなかなかに棘がある。
「アカネ、そのキタクブというのは、帰望者に連なっていますか?」
「うん。 線が伸びてる」
「それがスキルです!」
「え、それじゃあ」
「ええ! 帰れるかもしれませんよ!」
帰れるかもしれない、と言われてもあまり実感が沸かなかった。
当たり前か。実際にこのスキルで帰れるかどうかは分からないのだから。
内藤くん達も同じようで、さっきまでにぎやかだった室内はすっかりその息を潜めてしまった。
「そのスキル、使ってみたら?」
そうゆかりちゃんが提案してくる。
それもそうか、と思ったところで千住松くんがストップをかけてきた。
「いや、それを使うと、漆ちゃんだけ帰っちゃう可能性があるよ。 まあ、部活って書いてあるし、対象が単体とは思えないけど……いや、帰宅部は1人でも帰宅部って言うか」
「まあ、細かいことは置いといて、だ。 せめて、フェイリィさん達に帰れるかもしれませんって事を伝えてから使うべきだろうな」
確かに内藤くんの言うとおりだ。特にフェイリィさんにはこの世界に来たときにお世話になったし、改めてお礼の言葉を伝えておくべきかもしれない。
それに、全員帰れてしまったら、人が4人急に消えてしまうことになる。
「それにしても、何で急に茜のジョブにスキルが出てきたんだろう?」
「それな。 ジョブが成長したって事だろうけど、確かジョブの成長条件って……なんだっけ」
「スキルを使うか、ジョブに沿った行動をとること、だね。 いくら操られていたからって、それくらい覚えときなよ、内藤。」
「でもそうだとすると、茜の帰望者って……帰ることで成長するって事?」
ゆかりちゃんの言うとおり、私もそう思っていた。家に帰るとか、どこかに帰ることで成長するものだと。
だが、実際はそうではなく……
「推論にはなりますが、アカネの帰望者は帰ること、ではなく、帰りたいと思うことで成長するジョブなのかもしれません」
コクリ、と私は頷く。
「うん、きっとそうなんだろうね。 行動することでジョブの成長が起こるって、私も思っていたから、思うだけで良いとは思わなかったな」
それにしても、帰れるかもしれないという状況に、ようやく私の胸が躍りはじめる。
ふと、ここで私は少し気になったことがあり、3人に質問する。
「そういえば、3人のジョブって何なの? なんか、ビームみたいなの出したりしていたけど」
「ああ、そうだよな、気になるよな」
「漆ちゃんのジョブも教えてもらったし、僕達だけ教えないっていうのも不公平だよね」
そう千住松くんが言って、各々のジョブのことに関して教えてもらった。
まず、内藤くんのジョブが『光操者』。こう書いて、プリズムと読むらしい。光操者のスキルは、今の所『小光線』のみのようだが、その貫通力はすさまじいとの事。まあ、確かにあのレーザーは驚異的だった。というか、あれで小だったのかと思うと、肝が冷える。
次に、千住松くんのジョブが『拳聖』。ブレイカーと読むようだ。スキルとしては、突きを繰り出すと衝撃波が出たり、瞑想すると怪我が治ったりと、様々なものがあるらしいが、武道に携わるものとしてあまりそういうのを使いたくないようで、もっぱらジョブの影響で上昇した身体能力で戦っていたとの事。あの戦いの時にそういったものを使われなくて本当に良かったと思う。
最後にゆかりちゃん。ゆかりちゃんの攻撃と言えば、鎖を出してきたり、雷を飛ばしてきたりと、まるで魔法使いを彷彿とさせるものだったけれど、実際の所、ジョブは『記憶者』と書いて、メモリアルと読むものらしい。その名のとおり、スキルには、瞬間記憶に記憶容量増加・小があるとの事で、これで魔法の呪文を覚えて使用していたようだ。
一通り説明が終わって、さあどうしましょうかという段になって、部屋のドアが音を立てて開いた。
すると、そこにはメイドさんが立っていた。そういえば、生でメイドさんを見たのはこれが初めてかもしれない。
「おくつろぎの所、申し訳ありません。王妃様がお呼びです」