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第10話

 フカフカの絨毯を踏みしめながら、廊下を歩いていく。あれからしばらくの間、断続的に兵士達がやってきたが、全員真っ向から殲滅させていただいた。

 本当に死んでいないか確かめさせてもらったが、皆ちゃんと気絶しているだけで、死んではいなかった。まあ、何人か骨が折れてしまっているような気もしたけれど。

 あんな魔法のように炎の玉が出たり、ビームが出たりする世界だ。きっと人を回復させるようなものもあるに違いない。

 そう自分を納得させて先へと進んでいった。


「うーん」

「どうされたのですか?」

「いや、耳鳴りかなぁ。なんだか、あっちの方から声がする気がするんだよね」

「声、ですか。私は何も聞こえませんが」


 ディヴァースに聞こえていないとなると、いよいよ私の耳がおかしくなってしまったのでは、と思ってしまう。

 小さな声で何を言っているのかはよく分からないのだが、どうも上のほうから誰かの声が、それも1人ではなく何人かの声が聞こえてくる。


「幽霊でも出るのかしら、このお城は」

「そうだとしたら、よっぽど変な幽霊ですね」


 ここの国王ではなくて、あなたにちょっかいを出しているのですから。そうディヴァースが付け加える。

 確かに、おかしな幽霊もいるものだ。

 それでも、この声はなんだか気になる声だ。何と言うか、私の本能に訴えかけてくる感じがする。


「こんなときに何なんだけど……この声がするほうに行ってもいい?」

「構いませんよ」


 即答だった。


「え?ホントに良いの?」

「私はあなたと共に、あなたは私と共に。最初に言った言葉ですよ」


 確かにそんなことを言っていた覚えがある。それでもこの大事なときに、奇妙な声の方に行くというとんちんかんな提案を呑んでくれるとは思わなかった。

 付き合いも短いせいか、いまいちディヴァースの考えていることは分からない。

 まあ、行ってもいいというのだから、いいのだろう。私は声が聞こえてくる方向へと歩みを進めた。

 時折、迫りくる兵士達をあしらいながら、ずんずんと先へと進んでいく。少しずつ声が大きくなり、何とか聞き取れそうな音量にまでなったところで、私は大きな扉の前にたどり着いた。


「この中から聞こえる……けど」

「ここは中々に怪しい場所ですね」


 ディヴァースの言うとおり、豪奢な装いのその扉はいかにも王様が居そうな雰囲気を漂わせていた。謁見室とかいう場所だろうか。

 こんな夜にここにいるというのも変な話な気もするが、それよりもこの声のほうが気になる。

 私は扉に手をあてると、思いっきり押し込む。すると、重厚そうな音を立てて、扉が開き始めた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 そのことわざはこの世界でも有効なんだ、と思いながら扉を開いていく。ようやく人1人が通れそうな幅が開いたところで、その身体を滑り込ませる。

 そこは、キラキラと光る、それこそまるで異世界に来たかのように装飾がなされていたような場所だった。


 上からつるされず、宙に浮かんでいるシャンデリアに黄金の刺繍がされているタペストリー、黄金の燭台に西洋剣がクロスされて真ん中に盾が置かれている呼び方が分からない装飾品などなど……。なんとも目によろしくない空間だった。

 そして、中央奥の方、きらびやかな椅子に座っていたのは、例の国王様であった。その周りには、私のクラスメイトである例の3人がいた。3人とも、虚ろな表情をして国王の側に控えている。


「待っていたぞ、ウルシ アカネ」


 遠い位置にも関わらず、よく通る、その聞きたくもない声を聞いた瞬間、だらりと私の身体の力が抜けた。

 唐突なことに頭の処理が追いつかない。


「アカネ!? どうしたのですか!?」


 ディヴァースが私の側で呼びかけてくるが、反応することが出来ない。指先一つ動かすことが出来ず、身体のすべての自由を奪われたような感じだ。


「無駄だよ」


 国王の声が脳を揺さぶる。甘くとろける様な感覚が体中を走り抜ける。まるでこの世のものとは思えない果実を食したかのように。


「そいつはもう支配させてもらった。 なかなか、このガキが『独立の宝石』を手放さず、お前の名前を言わんから苦労したよ。 もっとも、お前も渡世人だったようだから勇者どもに聞くだけでよかったんだがなぁ」


 くっくっくっ、と意地の悪い笑みを浮かべる国王から目を離すことが出来ない。

 このガキとは勇者達のことではないようだ。だとすると、フェイリィさんのことだろうか。

 そんなことを考えていると、国王の椅子の右脇で少し何かが動いた。動かせない視界で何とか見ると、それはまさかのフェイリィさんだった。四つん這いの裸にされて、首には首輪を付けられている。

 人間を人間とも思わないその所業に国王への怒りが湧き上がる。


「まあ、そう怒るな」


 その一言だけで、私の中に出現し始めていたはずの怒りがどこかへと消えてしまった。

 動かせない身体に制御されてしまった私の心。まだ思考は何とか出来ているが、いつこの思考まで奪われてしまうか気が気でない。


「しかし、これで4人目の勇者が手に入った。しかも精霊付きと来たもんだ!これこそ神の思し召しだな!」


 何が神の思し召しだ。神様っていうのは、こんなにもひどい仕打ちを好むものなのか。


「それにしても、お前もなかなかいい身体をしているじゃないか。こんな女が2人も手に入るとは、『勇者召喚』さまさまだなぁ」


 いつの間にか近付いてきていた国王が、胸を腹を下半身を、まるで自分の物かのようにその手を這わせてくる。かなり気持ち悪いが、私に拒否するだけの動きは許されていない。

 そうしながら、べらべらと国王が何かをしゃべり始めるが、今度は全く耳に入ってこなかった。それよりも気になる声が聞こえてきたからだ。


 ……たい。


 これは、この扉に入る前から聞こえていた声だ。


 かえ……。


 まただ。何人かの人がブツブツと呟いている。

 これは、いったい……。


 かえ……たい。


(かえり、たい……?)

 確かにそういっているように聞こえる。

 帰りたい、帰りたい、帰りたい。帰りたい。

 一度意識し始めると、その言葉は明確になって聞こえてくるようになった。

 その呟きは4人の人間によるものだった。

 そして、その4人を私は知っていた。

 内藤くん、千住松くん、ゆかりちゃん、そしてフェイリィさん。


(いや、あともう1人)


 ずっと聞こえていたのだろうけれど、聞かないでいた声もあった。

 それは、私自身の声。


(そうだ、私の願いは……)


 帰りたい。ただそれ一つだけのはずだ。


(でも、どうする?)


 今の私に出来ることは、帰りたいと念じることだけ。そう思っていたところで、別の音が耳に飛び込んでくる。

 歯車と歯車が、キャリ……キャリ…と噛み合う小さな音だ。


 ―――それは感応武具というあなたの思いに応じて、その強さを変える武具


 ディヴァースの言葉が思い起こされる。

 このアルカントゥルムは私の帰りたいという思いによって最も反応する武具。

 私のジョブ、帰望者。

 帰る事を望む者。

 

 それは何も、私1人だけではない。

 ここにいるあのくそジジイを除いた5人全員の望み。

 内藤くん達は、自分の世界に帰ることを。

 フェイリィさんは、元通りになった帝国に帰ることを。

 その望みは、その思いは、私に聞こえている。

 

 願え。


 思え。


 叫べ。


 私は、私の望みは。


「帰りたいッ!!」


 ガラスが割れるような音が聞こえてきた気がした。


「な、なんだッ!?」


 右手が動く。左手も口も動くようになってきた。

 怒りの感情も戻ってきて、支配の影響から逃れたことを直感的に悟る。


「よくもやってくれたわね、くそジジイ……!」

「ひっ、ひぃっ!なぜ支配の影響が!」


 わたわたと国王が私の元から離れていく。追いかけようとしたが、足の支配が解けたのが一瞬遅く、玉座まで逃げられてしまった。


「よくぞ戻ってきましたね、アカネ!」


 ディヴァースがうれしそうに私の周りを飛び跳ねる。


「ウルシアカネ!ウルシアカネ!」


 そして、狂ったように私の名前を叫ぶ国王。

 だが、先ほどのように私の身体の力が抜けるようなことはもうない。


「なぜだぁッ!隷属の指輪は絶対のはず!」


 そんなことを言われても困るのはこっちだ。ただ一つだけ言える事とすれば、それは決して絶対の力ではなかったということだろう。


「くそッ!おい、勇者ども!そいつを殺してしまえ!」


 その命令と共に、内藤くん達の目に暗い光が灯った。


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