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雨夜に蠢く

作者: 奥林 匹斯

元々はピクシブに投稿してたものだが、タイトルを変えてこっちに移す。


シナリオ感を重視して書いたものなので、承と転の部分がやや硬い。

第1章


 すべては雨の夜から始まった。


 大学最後の課題を提出した後、僕、タク、ショウとカズは、約束通り車旅に出た。

 彼らとはこの四年間ずっと一緒に過ごしてきた仲だ。学生として最後の2か月、存分に遊ぼうという感じで、誰だか覚えてないが、こんなアイデアを出した、「行くあてもない旅に出よう」と。カーナビを外してずっと道路に沿って車で気ままにどこまでも行く、交差点や分けれ道があったら、多数決を取る、意見がバラバラで決まらない場合はその時の運転手に任せよう。僕だけ免許持ってないけど、道はあの三人に任せても問題はないだろう。どの道、3月下旬の卒業式に間に合えればいいから、この間の日数の半分を超えたら帰るかどうか、いつ帰るかを決める。

 とても僕ららしいというか、皆これに頷いた。どうせ今の時代はスマホもネットもなるし、帰る時は道に迷うことはないだろう。道路に沿って行けば、標識もある、休憩する施設も必ず見つかるし、最悪の場合男4人で車中泊するだけだから、特に心配はなかった。

 楽しかった。本当に楽しかった。

 急に雨が降ってきたあの日までは。


 旅が始まって10日くらい経つが、冬の高気圧の影響かな、その間はずっと晴れだった。3月4日、僕らは中国地方で山道をぐるぐる回ってた。具体的にどの県なのかははっきりわからなくて、ただひたすらに民家、田んぼ、トンネル、木と木が通り過ぎて行くのを車窓から眺めてた。朝はスーパーで2食分の飯とおやつを買ったから、例えこれからずっと山道でも、当面とうめん食には困らなさそうだった。

 そんな午後になると突然空が暗くなって、大雨が降ってきた。雨も旅行の楽しみの一つだと思ってたから、特に誰も気が滅入ることはなかった。このまま進んで、人気ひとけのある場所についたら、休憩する場所を探そうという結論に至る。

 だが、約2時間進んでも、全然山から出られ気配はなかった。店どころか、民家ですら1時間程見当たらない。いつの間にか対向車線からは車が来なくなって、道もどんどん狭く、自動車一台分しか通れない幅になってた。もうすぐ5時になる。冬は暗くなるのが早いせいで今更引き返せないし、できたとしても2時間の道を延々と行くだけだから、いっそうこのまま進んで、出れたら何より、出れなかったら平坦な場所を見つけてこのまま泊まろうと、当時運転してるカズは主張した。全員一致したということで、もう30分くらいは進んでみようという結論に至った。


 だが、そんなことも、許されなかった。

 5分くらい進んだところ、前方の道が塞がれてしまったことに気付く。土砂と倒れた木に埋もれて、既に壊滅状態だと言える。雨の勢いが減ることもないから、皆諦めて車の停められそう場所を探す。それについてショウは反対した。雨のせいで土砂が崩れたなら、ネットも電波もないここにいるのは危険すぎると。けどカズは「もう暗くなったし、電灯も標識もない山道を進むのはもっと危険だよ。道を逸れてどっかの崖から落っこちたらそれこそたまったもんじゃない。」と主張する。両方とも一理あるだと思って、意見を折衷し車を停める場所を探すことにした。だがそのためにも、10分くらい来た道を引き返した。

 結果として、夜がこの山を覆いつくす前に平坦なところ見つかってよかったとも言える。全く見開いた場所ではないが、さっきの道と比べればまだマシ。こういうのは山間部というかな?よくわからないけど。

 「ここさっき通った?何か記憶と違うなぁ。」タクのさり気ない一言が、皆をビビらせた。

 「うわやめろ、怖えぇ。なんかあったら俺の責任になっちゃうじゃん!」カズが半笑いで言った。「すっかり暗くなったし、周りもよく見えない。でもずっと一本道だから、間違えるわけないよ。今何時?」

 「5時45。」ショウはすぐ答えた。

 多分皆も腹減ってるだろう。「よし、飯だ!」


 夕食を済ませた後、僕ら四人はだらだらと過ごした。事前にこういう状況に備えるため、ゲーム機を持って来させたのは我ながら名案だと思う。ネットがなくてもローカル通信で一緒にゲームをやって時間を潰せる。

 そして、雨の勢いは弱まることなく降り続けていた。

「タク遅ぇなぁ…」シートにもたれかかってるカズがそう呟く。

 夕食から2時間、僕らはずっとゲームしていた。今は休憩中だが、用を足しに行ったタクが30分経っても一向に戻ってくる様子がない。

 ついさっきから、外はゴロゴロと雷もし始めた。

「さすがにちょっと心配だ…見てく…」

「あっ、戻ってきた。」カズがレインコート取り出そうとした時に、外に懐中電灯を持ってる人影が見えて、車に向かって走ってきた。

 タクだ。

 カズがドアを開く。「ったく遅ぇよ!」

「それかけて言ってるのか、さむっ!」タクが笑いながら入ってきて、畳んだレインポンチョを足元にパシャっと置いた。

「お前、大の方は30分もするのか、初めて知った。」ショウが言う。

「違ぇよ。発見があんだよ。あそこに屋敷があんだ。」

「屋敷?!」

「うわ、こっわっ!」

 タクは続く。

「さっきすっごい雷あっただろ?あそこのガラスがあれの光を反射してたんだ。そんで俺あそこに屋敷があるって気づいたんだ、あの林の向こう。」

「そんで確認しに行こうと思ったんだけど、林に入った途端怖くなって戻ってきた。」

「チキンじゃん!」僕が笑う。

「まぁ確かに怖ぇわ…」ショウも頷く。

「んで、一緒に行こうって?」カズが嫌そうな表情で鼻ほじり始める。

「ちょっと様子見に行くだけでいいよ。人がいんなら泊めてもらえるか聞いてみようぜ。車の中よりはマシだろ。」

「進んで2時間標識の一つもない山奥に屋敷って、いや、どう考えても怪しすぎるだろ。」

「だ~から~ちょっと様子見だけだって。人がいなかったら戻ってくればいいし。4人なら何とかなるさ。大体、お前ら今やることないだろ?寝るにしても今の時間は早いし。」

 そうだった。現代人に対して一番の敵は恐怖やホラーではなく、ネットのない環境だった。結局反対してたショウも説得され、4人で探検しに行く羽目になった。


 確かに林の向こうに、屋敷はあった。

 結構立派な洋館がポツンと空き地の上に聳えている。懐中電灯の照明を当てて外部から様子を調べてみたが、窓の並びから見ると、せめて三階はあるだろう。どの窓も閉まっていて、外からは何も見えない。もっとも、照明を当てたら窓際に人影が見えた方がよっぽど恐ろしいけど。

 まぁこんな屋敷でも、この暗さであれば山の中では見つかり難いものだ。現に人の気配もない。それに、この光景を見ると、どうしても心の中に違和感が拭えない。なんていうか、原生林の中に置かれたベビーカーの様な不調和感。山奥なのにここまでの地形があまりにも平たいこともなんかひっかかる。認めたくはないが、どうやらまだ足を踏み入れてないのに、僕はもう「怖い」と直感した。違和感が背筋に取り付いて、体がこの場所を拒んでいるようだ。

 怖気づいてここを離れようと提案したいが、

「コッコ」。木製のドアを叩く音。カズがノックをした。

「……」

応答なし。

続いてもう一回、今度は力強めに叩いた。

……

が、やはり返事はない。

多分本当に廃屋なんだ。

「もう帰ろ。何か嫌な感じがする。」僕は提言する。

「おおもう怖いのか?まぁちょっと待ってよ」ショウが逆にノリノリでドアノブを回す。

すると、

「トカン!」って、鍵ごとドアノブが解体して落ちた。

「なんだ、ただのボロ屋敷じゃん。」カズが呟く。

「そ、そうだな、ホラーだったらここは…ドアが自分で開くパターンなんだがな。」タクが補足。お前、なんか声が震えてねぇ?

「入ってみよう。」カズとショウが玄関周りに照明を宛てて確認した後、一緒に入って行った。

「…」僕とタクはちょっと躊躇したが、ここは一緒に行動した方がいいという結論で、後を追う。


 こうして4人一緒に屋敷を軽く探索してみた。

 内部の床も壁も階段も全部石造で、木造が基本の日本の建物とは思えないものだった。

部屋の配置は割とシンプル。一階には一室の大きい広間しかなく、その中に家具なども置いてなかった。入口から入って右手の廊下の突き当りに階段はある。どうやら階段は一か所にしかないみたい。二階には部屋いくつかあるが、広間と同じ空だった。三階には部屋3つある、階段から1番目の部屋は空だが、2番目にはベッド3つあって、3番目の部屋にはベッドが2つ置いてあった。更に奥はトイレと思われる場所だが、便器などが設置されてなく、排水溝みたいな構造と穴しか残ってない。三階左の突き当りには浴室と思われる所もある。湯船と蛇口はあるが、やはり水は出ない。

 1階と3階の構造は同じ、廊下を歩いて左側が窓、広間も部屋も全部右手側にある。2階だけは違って、八方に部屋がある。階段から進むと、本来なら細長いと思われる廊下はなんか短く感じ、部屋に囲まれている窮屈な感覚も拭えなかった。この建物の部屋全てドアは付いてないのに、なぜかそう思わずにはいられない。僕らは土木や建築の学科じゃないので、こういうのは詳しくないが、見たことのない内部構造だった。

 それに、屋敷に入る前から僕に取り憑く不安と違和感が探索中にどんどん広がってく。


 一応探索を終え、1階に戻ってここからどうしようと話し合うつもりだったが…階段を下りてすぐ、僕らは気づいた、


 カズがいない。


……恐怖が僕らの間で蔓延する。

とは言いたいものの、流石に二十年は男として無駄に過ごしてきたわけでもない。すぐに「一緒に探しに行く」ことを決めた。ここで手分けするとか馬鹿な真似やったら餌食になるというホラー映画の経験に基づく正しい行動だと、僕は思う。

 1階と2階とも部屋が空なので、一番有り得るのは3階の部屋に隠れていると、ショウは判断した。よって1階の広間と2階の部屋にはぱっと照明を当てて確認をした後、僕らはすぐに3階へ向かい、ベッド一つ一つ調べてみたが、やはりいない。


 困惑と焦りに苛まれながら、もう一度1階から調べ直そうと、降りる僕ら。

 二階まで行った時、突然物音がした。

緊張で頭皮がムズムズしてきたが、ゆっくり照明を回りに当てる。


すると突然、


「ガァッ!」

って飛び出すカズだった。

一瞬で筋肉が固まって動けない僕らを見て、カズが涙が出るくらい爆笑した。

一体何が面白いのだろう。

男三人がお互いを引っ掴んでビビってる場面がそんなに笑えるのか?

僕らはカズに説教と文句をしながら、この屋敷を出た。カズが笑いを堪えながら口にする謝りの言葉が林にも響き渡る。

 外はまだ、大雨。


第2章


 林を通って一応車に戻るつもりだったが、それが無理だった。

 元々車が泊めてあった場所に土砂が崩れ落ちて、地形そのものが変わり果てたとも思える程に斜面ができている。車が跡形もなく消えている、その地面と共に。あまりにもあり得ない光景に僕らは佇んだ。脳が理解するのに時間を要したのでしょう。気が付いたら、湧き上がるのは現実の理不尽への怒りとこれからへの不安。「どうしてあんな場所に車を泊めた」と、さっきまでふざけていたカズに向かって怒りをぶつけようとするが、逆に考えれば僕らはそれで命拾いをしてしまったのだ。自然を軽く見た僕らのせいでもあるだろう。そう思うと責めようもないし、誰もこんなことが起きるとは思わなかったから、責める道理もない。他の三人の顔を見ると、多分同じことを考えているだろう。皆気まずそうな表情で互いを見る。今の状況は僥倖とも呼べるでしょうか、とにかく屋敷へ戻ることにした。


「やばぁぁ…」洋館に入ってすぐタクが呟く。「こんなのあり得るのか…」

カズもショウも途方に暮れているような顔で黙り込んでる。

でも、僕は思う。ここはショックや落ち込むより、まずやるべきことがある。

「手持ちの物を確認してみよう。こうなったら以上、まず雨を凌いでこの山を出ることを考えよう。」

僕は言う。

さっきまでこの洋館に対して僕が感じた不安感も、どうやら目の前の困難を乗り切ろうとする意気には勝てないみたいだ。そう、まずは生き残ることだ。


「リュックは全部車に置いてきたからな。」

「あんだけ買った食いもんも全部パーかよ。」

確認の結果、今僕ら四人とも着ているレインコートとポンチョ、手持ちの携帯、懐中電灯以外は、ほぼ全滅。幸いなことに、僕のポケットに飴が幾つかあった。そしてショウはベルトポーチを付けていて、その中にうまい棒6本とゲーム機を入れてた。

「今ある物はこんぐらいかー…」

「なんで飴持ってんだよ、関西のお婆かよ」タクは不意に笑ってツッコんだ。緊張をちょっとでも解せようと思ったのでしょう。

「それより水がない。」

「3階の蛇口は使えないでしょ?」

「使えたとしてもこんな廃屋の水俺は飲まねぇぞ。雨を啜った方がよっぽど健康的だと思う。」

「それもそうか。ここら辺大気汚染とか心配なさそうだから、一晩だけなら雨の水を飲んで凌ごう。明日雨が止まなくても山を出る。サバイバルは経験ないが、山での遭難時の対処法は昔ネットで読んだことあるからな。」

「そういや携帯でGPSとかできないの?」

「……」

カズの一言で皆目が覚めた。そうだった、ネットがなくてもGPSは使えるはずだ。なぜ今まで誰も思い出せなかったんだ。カズは普段バカなのに、こういう時は気づきがいいなおい!

「…」

でも、おかしい。

GPSアプリを開いたけど、どうしても現在地が表示されない。

4人とも自分の携帯でやってみたけど、ダメだった。

「知ってたらこの山に入った時に見とけばよかった…」

「今更言ってもしょうがないだろ。俺らは自然をナメすぎたんだよ。」

「あっ、やばい、電池が30%しかない、明日まで持つかな。」「予備バッテリーは?」「車ん中」

「先に電源切った方がいい。万が一の時に備えて、今から4人で携帯は1つだけ使う。他の三人は電源オフにして。」

「OK~」「おおー」

「んで、水はどうする?雨水を集める方法は?」

「ポンチョあるだろ、窓を開けてどっかに掛けて展開すれば集められるはず。窓がダメなら外の木の枝とか。2つ作れば大丈夫そう。」

そうやって、僕ら四人は自分の知恵を振り絞って、何とかして明日まで生き延びようとした。持ち物はとりあえず使わずに各自で温存することを決め、今夜は早めに寝ようと僕は提案する。3階にはベッドがあるし、この屋敷の元主人には済まないが、水の流れないトイレでも用の足しには十分だ。3階の窓を開けて水集めるためにポンチョを設置する。

そうと決まれば、僕らは3階へ足を運ぶ。

途中で2階を通過した時、タクはカズに聞く、さっきはどこに隠れていたのかと。

「こっちの左手の部屋。」カズが指さす。「どうせこの階の部屋は全部すっからかんだし、適当に隠れてた。」


三階に上がると、僕らはポンチョを張ったり、ベッドの状態チェック、手持ちのものの確認など各自作業に入っていた。同じ部屋で寝た方が安全だと考えて、隣の部屋からベッドを一つ借りて、元からベッド3つ置いてあるこの部屋に移動した。

「でもよかったな、この廃屋他の家具はないが、なぜかベッドだけは残ってる。」

「布団はないが、今はこんなしょぼいマットレスがあるだけでもありがたいな。」

「これだと夜寒さで目覚まさねぇか?」「体を丸めて自分で何とかしろ。男同士で寄せ合って寝るのは嫌だな。」

ショウとタクの会話を聞くと、ふと一握りの違和感が心の中でまた浮かび上がる。

なんだろう、何か気になるような所あったっけ?疲れているからかな。

その違和感の正体を考えているうちに、他のベッドからは軽い鼾の音が聞こえた。そして段々僕の意識も深く、雨の音に沈んでいった。


第3章


「カズーーどこにいんだよ。」「また隠れてるのか?いい加減そういうの厭きたけど。」

「おーーーい、カーーーズーーーー?」

 僕らはまた、カズを探してる。

 外の雨は止むことなく、絶え間なく硝子と壁を叩いてる、ときにかみなりも混ざって。館内には、僕ら3人の声だけが響く。

 返事がない。3階は全てチェックしたが、見当たらない。

「この前は2階の部屋に隠れていたな?」

「2階は部屋多いからな、手分けして探そうか。」

ショウの提案を聞いて、タクが言う。「でもまた同じ場所に隠れてるとは思わねぇな。まあどの道探すしかないっか…」

 そうやって僕らはそれぞれの担当区域を決めて2階での捜索に入る。とは言って3人手分けならこの階は2分も要らずで全部回り切れるし、あまり心配はしてない。

僕のやることはただ電灯の光を部屋中に満遍なく当てていくだけ。隅々までチェックして、いなかったら次の部屋へ行く。

「いない。」

「おーーい、カズ~?……うう…」

 3つ目の部屋に入る直前、ここはさっきカズが隠れていた所だと僕は気づく。階段から左手にある部屋、さっきカズはここに指さしてたな。

まさかとは思うが、見てみよう。

一歩踏み入れて、照明を床から周りに当てようとした時、忽然電灯の光が消えた。

壊れた?電池切れ?と疑問に思った瞬間、僕の心拍が激しくなった。

言い表せない不安が突如僕を襲う。照明はないが、僕は周囲を見渡す。

すると、不安が恐怖に変わった。

 部屋には、窓が一つある。外も結構暗いが、微かな光が硝子を通して差し込んでいるから、それが窓だと認識できる。それを見て僕は気づいた。距離感が違う。さきほど入口にいた僕は、いつの間にか部屋の中まで入っていた。

 そして窓周りには微弱な光はあるが、僕の元には届かない。遠すぎる。この部屋の距離感がなんか変だ。光は見えるのに、それが遠いものだと感じる。僕は闇に包まれているみたいだ。手を目の前に出しても全然見えない、自分とこの空間との区別がつかなく程の、単純な闇。そして息切れしそうな感じがした。何かに見つめられているような感覚。この部屋には多分他の人はいないのに、僕は何かに見つめられている。ゆっくりと、その僕を見ている「何かの目」が、複数に増えた気もしてきた。これは不安ゆえに頭がおかしくなって勝手に作った妄想だと、自分に言い聞かせたくても、心臓は脳の処理に追い付けない。

逃げないと、このままじゃ溺れる、この闇に飲み込まれる!僕はそう思った。

だが足は言うことを聞かない。

他の二人は?耳を澄ましても、その声は聞こえない。ドアの外には足音も電灯の光もない。

今僕は独りぼっちで無力だと、そう思えて来る。自分がどんどん広がる暗闇と反比例に、縮んでいくようだった。

という時に、窓の外に、稲妻が走る。

本来ならばそれが周囲を照らして、僕の救いになるはずだったが…それのせいで僕はもっと恐ろしいことに気付いてしまった。

この部屋は空ではない。その逆だ。

僕は囲まれている。感じた多くの目線は錯覚ではなかった。

雷が映し出したのは、店で並ぶマネキン程等身大の、素体の人形だった。

僕の周りに十体、いや数十体が僕を包囲している。そのマネキンたちに目が付いてるかどうかは見えなかったが、確実に顔の部分は僕の方に向かってると分かっちまう。

まるで、自分の意志を持って動けるみたいだ…

珍しいものを見るために集っている人間の様だ…

閃きはほんの一瞬だが、その光景を見て凍った僕の感覚、止まった心拍が、その一瞬を何分も過ぎているように感じさせてくれた。

「これはなんなんだ。初めて2階を探検してた時、ここの部屋全部空っぽだったぞ!」

「カズ…さっきカズがここに隠れていた時も、こいつらは既にいたのか?」

ずっとこいつらに見られていたと思うと、身の毛がよだつ。

恐怖のせいで筋肉が強張っていたが、無理矢理体を動かす!

ここから出る!僕はそれしか考えられなくなった。

背後にもいるかどうかは知らんけど、出口はたった一つ。ならば一秒でも早く、ここを出るべきだ!

来た方向に踵を返す。

感覚が麻痺した足に力を入れて、踏み出す。

ここから、逃げるんだ!

でも、僕は転んだ。

いや、引き留められたんだ。付け根が掴まれてる感じがした。

足元を見ると、床から一本の手が突き出てる。こんな暗闇の中、なぜかそれだけがはっきり見えた。禍々しい蛍光を発しながら、まるで草やカビの生長を倍速で見ているように床から手がどんどん生えてくる。

引き込まれる!やばい!

…振解かないと、

早く立てないと…

走るんだ!


「ハッ!」

ベッドから突然起き上がる僕には、自分の荒い息と心拍しか聞こえなかった。

直接脳内で響いている脈拍、もはや「ドキドキ」じゃなくて「ドカンドカン」に聞こえてくる。

緊張感が収まらない、背中は冷え汗でびっしょりだ。

「夢…」

不意に口から漏れる言葉。

さっきのは、夢なのか?

現と夢の境目が曖昧でわからない、頭がまだ完全に醒めてないからか?

夜はまだまだ冷えている季節なのに、汗がまだまだ止まらない。

しばしベッドで呆然と座っていたら、だいぶ冷静を取り戻せる。

ちょっと水を飲もう、と。僕はベッドから下りる。

……

電灯の光で周りを確認したら、

カズとタクが寝ていたはずのベッドに誰もいないことに気付く。

僕はまた夢の中のシチュエーションを思い出してぞっとした。

まさか、と思って一瞬で焦り出した。いやいやない、二人が同時にいないってことは、多分どっかで暇つぶししているのだろうと、自分に言い聞かせる。

…真っ先に考えられるのはトイレだ、同じ3階でそう遠くはない。

僕は懐中電灯をつけて急ぎ足で探しに行った。が、そこには誰もいない。

次はどこを探そうと考えながら、トイレを出ようとして振り向いた時、斜め向かいの浴室にある鏡が照明を反射して何かを映し出す。

誰かがいる、鏡の前に立って何かしている。

勇気とは変なタイミングで出て来るものだ。その時不安が脳裏を過るが、それでも僕はゆっくり近づいてみた。

そのものは右手を腹の前で横に置き、左から右へ引く動作を繰り返している。他の部分は動かず、ただ右手が揺らいでいるブランコのように無機質な行動を何度も何度も、腹を横切る。音も立てず、電灯の光にも反応しない。

異様な光景。

顔が見える距離まで来て、その者がカズだと僕は気づいた。

その眼はただぼーと鏡を見て、顔に表情という物が見取れない。僕がこの距離まで来てもなお無反応のままそれを繰り返している。

手には何も持ってないが、その動きは僕から見るとまるで切腹に失敗して、何度も何度も自分の腹を切り裂こうとしている様だった。でも少なくともそれはカズの意志で行っているには見えない、その機械的な動きに何の意味があるかもわからない。まるで抜け殻みたいだ。

ただひたすらに、この光景があまりにも非現実的なものだと感じ、悪寒が走る。

『何とかしないと』と思って、彼の傍へ迫った。

「パンッ!」

何すべきかわからず、とりあえず思いっきりピンタを一発入れる。

すると、「ふーふー」

カズが重い息を立て、目に生気が戻る。どうやら効いたみたいだ。

困惑な表情を見せながら荒い呼吸を立て、「お、よお…」と、意味不明な声を出す。

こっちが知りたいよ。

「何があった、タクは?一緒じゃないのか?」

「はあ?…ふう、ふう…何言ってんだ…?」

カズが考え込む。呼吸はまだ整えられず。

そしてまた疑問を帯びた眼光で鏡と左右を見て、僕に聞く。

「俺、さっきまでずっと寝てたんだぞ。何でここにいるんだ…」

「こっちが聞きたいよ。覚えがないのか?」

彼は首を横に振った。

「じゃあタクの行方も知らないか…タク見た?」

「見てない…何?いないのか?」

僕は難しそうな表情で黙り込んでた。するとカズは僕に聞く。

「じゃショウは?お前一人で行動してたのか?」

……

…!!

 そうだ、ショウを忘れてた。部屋を出る前に確認できたのは二人のベッドが空いてることだけ、確かにその時ショウのベッドにはちゃんと人がいたから起こす気にはなれなかった。

でも安全のため一応一緒に行動した方がいいと既に決めていたから、やっぱ戻って起こしてからタクを探さないと。

僕はカズの腕を引っ張って戻ろうとする。突然、

『ポトン、パシャ』と、何か重い物が水に落ちた音。

僕は照明を周りに振ってカズと見渡す。

湯船からだった。

目線が光に追い付いて湯船に向けた途端、僕らは固まった。

水が出ないはずの蛇口からは、液体が滴って出る。外の雨がうるさいからか、その音には今まで気づかなかった。

湯船の八分目くらいは既にその液体で満たしている。

さらに僕らの不安を煽るのは、その液体が黒く、粘り気があること。

それが何なのかですらも考えたくはない。脳が拒絶している。

だけどこうも固まっている間に、脳が完全に機能停止してはいない。たった一つのことを考えている。

何が落ちた。

すると徐々に、耳鳴りがしてきた。頭の中でシンバルに似ている響く『カシャン、カシャン』の音がまるで何かを予言している。

湯船のそこに何かがある。そして、もうすぐ浮び上ってくる。その予感が強まるに連れて脳内の音が益々大きく、速くなった。

『ポッ』と、液体の表面に突起が出来て、何かが現れた。

それがバレーボール大きさのもので、液体まみれのせいでよくわからなかったが、形が不規則で凸凹が付いてる。

さっき見た夢と、カズが取った奇怪な行動と、黒い液体。これらが重なって僕の心を圧迫して来た。

恐怖感が衝撃になって、頭がジンジンに痛くて、耳鳴りも酷くなる一方。

そんな中、何故かわからんが、その黒い液体まみれの物が、人の生首に見えた。

まるで肉が付いていて、目玉も僕を睨んでいるように感じた。

そう思った瞬間、頭の中で響いていた音が炸裂して、目の前が真っ白になった。

その眩暈から意識が戻った時、僕は既にカズを連れて走り出した。

「?!さっきのあれ…」

「いいから逃げろ!」

自分でも信じられないスピードを出して、カズを半ば引き摺りながら部屋の前へ着いた!

「ショウ!起きろ!何かやばいこ…ッ!」

ショウがいない!

ベッドで寝ていたはずのショウも消えたというのか!

「どうする?」

カズもどうやらついにこの状況がやばいことに気付いた。真剣に聞いてくる。

「ここを出る!」

緊張のせいか、僕は怒ってるみたいな口調で端的に言った。

「あの二人は置いていくのかよ!」

「ごめん、簡略し過ぎた。」…僕は手で顔をこすって、改めて言う。

「下りて二人を探しながら、ここを出る。まずポンチョを着ろ、付いて来い!」

もう言葉を選ぶ余裕もなくなった。

窓の外に展開していたポンチョを掻っ攫い、僕らは駆け足で階段を降りていく。

「カズ、電灯!」「あっ、お!」カズも照明を付けた。

「ショウ!タク!」叫んで二人を呼ぶ。無事でいてよな、お前ら!

2階全ての部屋を僕らは走りながらチェックしたが、やっぱりいなかった。

「次、下!」カズの浮かない顔を見て、僕は即断する。

だが、大広間まで駆けつけても、誰も見つからなかった。

これからどうするかを考えている時に、カズが僕を呼んだ。

「来て来て!」

カズが僕を階段の方に呼び寄せ、そしてその裏の影を照明で照らした。

トラップドア…そう呼ぶんだっけ?縦に開くドアが床にある。

どうやらこの屋敷に、地下室はあるみたいだ。こんな所にあったら、今まで気づかなかったのも不思議じゃない。

僕はもっと詳しく調べようと近づいた途端、脳裏にあの金属音がまた蘇り、キンキン響く。

あそこにも何かがいると直感した。

でも気づいたら、カズが既にドアの凹み部分を掴み、それを開けた。

音がまた強くなる。

「底が浅い、入ってみるよ。ドアは閉めないで。」照明で確認しながら、カズが言う。

僕が声出して止める前に、彼はもう飛び降りた。

行動が早すぎんだよって、僕は舌打ちしながら思った。

でも二人がまだ見つからない以上、一人にしちゃ危険だ。

そう思って、僕は身を乗り出して下へ続く道を確認する。

確かに底までは2.5mくらいの高さしかない。一面に降りるための固定梯もある。カズは既に奥へ行ったのか?ここからは見当たらない。

……

顔を上げてこのトラップドアがまた視線に入った時、ふと僕は、この屋敷に入ってからずっと感じてた得体の知れない違和感の正体がわかった。

ここは廃屋なのに、汚れや埃など全然被ってない。ここだけじゃない、どの階のどの部屋も、ベッドのマットレスですら、埃が一番溜まりやすい所なのに。所々が毎日掃除しているみたいにきれいだ…むしろきれいすぎた。たとえ人を沢山雇っても、こんな屋敷の隅々まで塵一つなく拭くのは無理な所業。それに、虫やクモの巣なども見たことがない。

ここは廃屋じゃなかったのか?今でも使われていたのか?…それとも、虫ですらここを避けているのか?

不可解だ。ますますここが怪しい。

「カズ?下はどう?」

……

「…カズ?」

……

返事がない。

正直ここまで来て僕はもう混乱した、どうすればいいのかわからない。

例え出たとしてもあの雨の中で山を一人で降りることはできないだろう。二人は見つからないままだし、カズのことも心配だ。

それに、あの金属音が頭から離れない。それらすべて僕を追い詰める。

10秒くらい躊躇した結果、先にカズの安否を確認した方が穏便だろうと、結論を下した。

それが正解か間違いかはわからないが、とにかく電灯を口に銜えて僕は降りて行った。

梯子半分くらいを降りた頃、電灯の光が消えた。

そしてまるで僕の選択が間違いだと言っているように、上の方から『パタン』という音がした。

「!!!」

しまった、と思って駆けあがってく。

『パン、パンッ、パンッ!』

トラップドアが閉まった。何度も肘をぶつけてみたが、開かない。

なぜだ!下からは開かない仕様なのか?それとも鍵が掛けられたのか?あれは閉まったじゃなくて閉められたのか?!どうなってんだこの屋敷は!

カズは、カズはどこだ?!クソ、周りが真っ暗で何も見えない!

一瞬で不安が怒りに化け、僕の心に過よぎったが、怒りの潮が引いた後に露わになったのは夢で見た光景。

雨の音が届かない地下で、『カシャン、カシャン』の耳鳴りだけが響く。

どこともなく夢の状況に似ている。

耳鳴りがそれの到来を知らせているように、どんどん強くなった。

わかる。僕にはわかる。夢の中で見たマネキンも、液体から浮かび上がるものも、正体は掴めてないが、僕はもう包囲されている。

暗闇の中、それらはどこにでもいる。

頭が痛い、息が詰まりそうだ。

近づいてくる。何かが、こっちまで来ている。

誰か、せめて頭の中のこの音を消してくれ。もう爆ぜそうだ。

カシャン、カシャン、カシャン、カシャン

カシャン、カシャンカシャ

カシャ、カシャカシャカシャ、カシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ

その音が極限に達した時、懐中電灯の照明がついた。

目の前が一瞬、白くなる。

その時見た物が、僕の最後の記憶となった。



終章


再び目が覚めた時僕が見えたのは、白い天井だった。

気が付いてまもなく、白衣を着ている人間が、スーツ姿の二人の男を連れてきた。

……

その二人、いや、警察からは幾つか質問をされ、聴取されてた。

そして信じがたいことを、彼らから聞かされた。

車は山の中で土砂崩れに遭い、僕だけが現場の近くで発見されたって。

車体はほぼ埋められていて、掘り出しても他の三人は見つからなかった。今は事故と見て調査を進めているらしい。

正直何を訊かされたのか、まったく覚えていない。ただしどの問題についても、僕の答えは首を軽く横に振るだけだった。

事故の状況を警察から聞いた後、頭が恍惚していて、生きてる実感すらしなかった。

あの夜のことが頭の中で沸き返る。あれが現実だったのか?それとも瀕死時の妄想?

自分ですら判断できないことを、警察に教える気もなかった。

あの二人が帰った後も、僕はずっと最後に見た光景を思い出そうとする。なぜかわからないが、話を聞いたら、あの三人はもう帰ってこないと確信した。問題なのは、何で僕だけが生き延びたか。

僕はずーっと、病室の天井を見て考え込んだ。医者が回診しに来た時も、僕は考えていた。時間など気にする余裕もなく、寝込んだまま夕日を見送って、いつの間にか夜も深くなった。

一体何時なんじになったんだろう、突如頭の中から、また金属音が響き出す。

カシャン、カシャン。カシャン、カシャン。

なぜかその音はもううるさいと思わない。

その音がどんどん大きくなるに連れて、目の前で黒と白がフラッシュバック。


照明がつき、視界が一瞬で白くなった。

僕の目の前に立っていたのは、沢山のマネキンでもないし、気持ち悪い生首でもなかった。

あれは闇。人の形をしたただの闇。

電灯から発した光はその輪郭に触れただけで飲み込まれ、まるでそこの空間を切り抜いたみたいに、人型ひとがたの闇が出来ている。

その瞬間に僕は意識した。今対面しているのは人形や幽霊、ましては死体などではなく、もっと始原的な恐怖であること。

古い記憶に封じ込められていた一番純粋なホラー。

逃げられない、勝てない、どう足掻いても無駄。

それを思った時、僕が凍り付く。

それは身体が固まっただけではなく、時間が止まったように見えた。

背筋で蔓延る寒さは瞬間で広がり、周りのすべてが冷たく感じた。

空気が氷点下なる、という恐怖を体験した人は少なかろう。

そして、闇が突進してくる。

目の前の空間が本当に凍ったみたいにそれにぶつかって飛散。反応もできないうちに僕に襲い掛かり、その細長い腕で僕の胸元をこじ開けた。

痛くない。まったく痛みを感じ取れない。でも目に映るその光景に対して、脳が叫び出す。「痛いはずだ。」

そう認識した痛みは、まるで自分の物ではなく、テレビやパソコンの画面で見たグロ映像のような、

仮想の痛み。

おかしなことだ。自分の身に起きているのに、その感覚は網膜を通して非現実的に出来ている。

その闇が自分を押し入れるように、僕の心臓に潜り込もうとする。

痛みを感じないのに、僕は叫ぼうとした。

でも、非現実的な痛みと同じ、僕の声もまた無音。

叫び出したが、音がない。

闇がまだ僕に入り切れず、その状態が続いている間に、僕は気を失った。仮想の痛みに耐えられなくて、そのまま気絶した。

それがその夜に起きた全て。

思い出したら、もう恐怖を感じれなくなった。

耳鳴りも消えて、闇の中の全てがはっきり見える。

違う病床に寝ている人の鼾、廊下を歩く人の足音、遠くからは車の轟音。

次は誰からか、どうやって招き入れようか。


夜はまだ、続く。

いつもの作者ツイッター枠:https://twitter.com/OlympusTarbot

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