船影
二度目の異空間転移に入った。
バリボリと音がしているのは、三毛猫のサンが食事をしているからだ。ダラスは小休憩ということで、ブリッジから離れている。
「デューク、あんた、客人になんか喧嘩でも売ったの?」
リンダが呆れたように声をかける。どうやら、少し前の休憩でイリア・サンダースに何か言われたらしい。
「俺は別に、スペースジャケットを着てほしいと言っただけです」
「彼女は、プラナル・コーポレーションを侮辱したとか言ってたのだけど」
リンダは首を傾げている。
「ああ、それは、きっと『情報が洩れている』可能性について、少し話したからでしょうかね」
デュークは苦笑する。
あれだけでのことで、侮辱とは、大企業の社長令嬢は頭が良いにしろ、心が狭い。
「彼女は、この船が狙われているなどとは全く考えていないみたいですけど」
「なるほど。なんとなく理解したわ」
リンダは大きくため息をついた。
「まあ、狙われないに越したことはないんですが」
「あんたの気持ちもわかるけど、一応客人の機嫌は損ねないように頼むわ。相手が若い綺麗な女の子で、緊張するのはわかるけど」
「誰が緊張しているんですか」
デュークはムッとして口をとがらせる。
緊張して、失言した訳ではない。相手が非常識だっただけなのだ。
「だって、ほら、デュークは彼女とかいないでしょ」
「それとこれとは関係ないです」
どうしてそういう話に変わってしまうのか、デュークには理解できない。
もっとも、リンダはわざと話の内容を違うものに変えているのかもしれないが。
「あら。彼女だったら年齢的にも釣り合っているし、逆玉じゃない? 少しは仲良くなりたいなーくらい思うでしょ?」
「思いませんよ」
デュークは大きくため息をついた。
「そもそも客人に懸想するなんて、論外です」
「……真面目ねえ」
リンダは感心したように呟く。
ちょうど扉が開く音がして、ダラスがブリッジに戻ってきた。
「ちょうど時間ね。サンダースさん、異空間から出ます。艦内照明を三分後に落とします」
リンダは艦内放送を入れる。
「発光現象に入ります」
ダラスの声と共に、辺りが真っ白になっていく。
「座標点まで、五十、四十九」
デュークはサングラスをかけ、ゆっくりと数値を読み上げていく。
異空間の風景は、漆黒の闇だ。通常空間に戻る瞬間は眩しい光に包まれる。
一瞬のことではあるが、特殊なサングラスをかけていなければ、世界の色がなくなるほどの眩しさだ。
「十、九、八、七」
デュークは、その時に備える。
「三、二、一、座標点到達、光速飛行に切り替えます」
「重力反応なし、周囲はオールクリア。艦内の照明点灯。ダラス、位置を確認」
ブリッジの消されていた照明が点灯する。
「ラスカラス星系近郊、座標位置、間違いないと思われます」
「デューク、Fの六の方角に姿勢変更」
「了解」
デュークはエンジンを噴射し、方角を補正する。
「進行姿勢変更完了、三分で、ラスカラス第六惑星の軌道に到達します」
通常空間の航行だと、ひとつの星系を移動するのに半日程度だ。もっとも、惑星の位置などによってもっと時間がかかることもある。惑星は公転するものだから、その時その時で、条件が変わるのは当然だ。
「Dの四の方角に船影」
ダラスの声に、ブリッジに緊張が走った。
「進行方向は、Gの9の方角。いえ、軌道変更してます」
不意に、赤い閃光弾が辺りを照らした。
「停船を要求してきたわね」
リンダの声が硬い。
「中型の船と思われますが、船籍を表す識別信号は出ていません」
船籍の識別信号は、連邦法で必ず出すことに決まっている。それがないということは故障しているのか、もしくは、違法な船ということだ。停船要求ということは、普通ならば救助要請だが、識別を出していない時点で、かなりあやしい。
「こちら猫丸号。貴殿の船籍を教えていただけますか?」
リンダが公用回線を開いて、誰何するが反応はない。
「デューク、第六惑星の衛星を確認できる?」
「盾にしますか?」
「物わかりが良くて助かるわ。振り切って」
「了解」
デュークは、補助ブースターを使って姿勢を変えて、惑星の衛星ギリギリの位置を狙って飛ぶ。
「熱源反応。ミサイルです」
「名乗りもせずに、ぶっ放すなんて、無礼千万だわ」
リンダは迷わずミサイルを迎撃する。全てのミサイルが粉砕され、ぱっと辺りが明るくなった。
「加速します」
デュークはエンジンを全開にして、相手の視野からはなれるべく、惑星の衛星に接近する。
「任せたわ」
猫丸号は不審者から隠れるかのように衛星の影に入った。もちろん一時的なものだが、わずかに余裕が出来る。
もっとも見えないのはお互い様で、必ずしもこちらに有利に動くとは限らない。
「さて。どうしようかな」
リンダは楽しそうだ。
「ダラス、ラスカラス星系の地図を出して」
「了解」
正面のモニターに立体星図が映し出された。
ラスカラス星は、D型の恒星で、第三惑星は移民可能で少しずつ移民が進んでいるが星系国家としてはまだ未発達で、隣の星系であるホバル星系の植民地のような扱いだ。
隣といっても十光年先であり、こんなふうに戦闘がおこったとしても、すぐに軍がかけつけるような地域ではない。たとえ、ここで通報したところで、ホバルの軍が来るのは、何時間も先だろう。
「デューク、このまま加速して第六惑星と、第五惑星の間にある周囲にある小惑星群を抜けて、奴らを振り切るわよ」
「正気とは思えませんね」
デュークはにやりと笑う。
「ダラス、星図データはどの程度信頼できる?」
「十年前のデータだ。精度七割ってとこだろう」
「上等だ」
小惑星群は、航路の難所だ。本来なら、出来るだけ避けるべきだし、まして加速して進むべきではない。
それに、船籍不明の船は、おそらくこの宙域を縄張りにしている。地の利はあちらにあって、当然小惑星群のことも熟知しているはずだ。
「ま、向こうは、本気で攻撃は出来ないしな」
海賊はたいていの場合、『船の積み荷』が目的なので、根本的に船を破壊しようとはしないのだ。むろん、エンジンを破壊したりとか、航行不能なダメージを与えようとはするけれど、船自体を破壊してしまったら、実入りはゼロになってしまう。
もっとも、全ての海賊にそこまで繊細な攻撃ができるとはいえず、船そのものを破壊されて終わりなどというケースだってあるのだが。
「ダラス、右舷、Tの六、三分後に、レーザー砲発射」
リンダは激しくコンソールを叩いている。短い時間で、幾通りもの計算を繰り返しているのだ。
「衛星を離脱、出力七十パーセント。小惑星群まで、二分三十秒」
「社長、右舷の方角に船影」
ダラスが叫ぶとほぼ同時に、レーザー砲が放たれた。
「着弾したわね。これで諦めてくれれば儲けものだけど」
リンダは船影を睨みつける。
「熱源反応、ミサイルです」
「小惑星群突入。任せろ。振り切って見せる」
デュークはさらにエンジンの出力を上げた。