基地 5
傭兵はまだ残っていて、完全に制圧したとはいえない。
客室で休んでいた傭兵も、警報器が鳴っていた以上、まだ寝ていることはないだろう。
本当ならすぐにでも、そちらの対処をすべきだが、リンダとデュークの二人だけでは、どうしようもない。まず、スタッフの安全を守る方が優先だし、彼らがどのような行動をとるのか、全く読めない。
残りの傭兵が団結して、スタッフ達を再び制圧しようとしたら、正直言えばなかなか苦しいものがある。
また、捕らえた傭兵の中でも、軽傷のものは油断をすれば逃げ出す可能性が高い。
リンダは傭兵たちから武器を没収すると、一部のスタッフにレイガンを持たせ、見張りを手伝わせることにした。
訓練をしていない人間がレイガンをうまく使えるかどうかは別として、やはり銃がないのとあるのでは違う。
「デューク、停電を、直してきてくれる?」
リンダはデュークを手招きした。今度は『守る』立場だ。暗闇は味方にならない。
それに、これだけの人間が生きていくのに、電気がないのは不便だ。食事の用意をするのにも、怪我の手当てをするのにも、不自由をきたす。
「一人で大丈夫ですか?」
まだ脅威は去っていないので、厨房から娯楽室まで以外の場所は安心できないし、いつ残りの奴らが襲ってくるかもしれない。リンダ一人でこれだけの人数を守るのは難しいし、武器を持たせても素人はそれほどあてにはできないだろう。
ただ、ここでデューク以外の人間を復旧に行かせては、何かあった時に対処ができないのは間違いない。
「デュークこそ、一人で大丈夫?」
デュークの懸念はもっともだが、あえてからかうようにリンダは質問を返した。
「何言っているんですか」
デュークはゆっくりと首を振る。
「確かに他に方法はなさそうなので、まあ、今日のところは挑発に乗りますよ」
「頼りにしているわ。ダラスにも連絡しておくから。くれぐれも気を付けなさいよ」
「了解」
デュークは手を挙げて出ていった。
スタッフ達も、デュークがいなくなることに不安を感じてはいるようだが、ライフラインを復旧させることは重要だと理解している。
「さて。もう夜も遅いし、あっちも寝てくれるとありがたいわね」
リンダは大きく息をつき、娯楽室側の扉を見張る。
夜はまだ明けない。もっとも夜が明けたところで事態は好転するわけではないけれど。
傭兵がどの程度『仲間意識』を持っているのかも、重要だ。場合によっては、今ここにいる者たちをすべて見捨てて、勝手に宇宙船に乗って逃げる可能性もゼロではない。
──もっとも、それはある意味でありがたいけれど。
犯罪者が目の前で逃亡するのはあまりいい気持ではないが、危険の方が去ってくれるなら、楽でいい。リンダの仕事は傭兵たちを捕まえることではなくて、基地のスタッフを解放し、守ることなのだから。
「ヘミルトンさん、お茶でもいかがですか?」
「ありがとう」
ハンドールが入れてくれたカップを手に取り、リンダは微笑んで見せる。
リンダの内にある焦燥を彼らに悟られてはいけない。圧倒的な自信があるように見せつけることは、スタッフたちの安心につながる。
──さて。軍はいつ来るのかしら。
聞かれてはならない愚痴を、リンダはそっと頭の中で呟いた。
外へ出ると雨はやんでいた。空には星が瞬いている。
土はぬかるみ、歩けば水音がしそうだ。
足もとの悪さにデュークは眉をひそめた。
念のため、足を踏み出す前に、耳を澄ます。
森の木々のざわめきの他に、かなり近い位置で、ピチャピチャという音がした。
デュークは明かりを消し、その音がする方を見つめる。音は次第に近づいてくるようだ。
何かの足音だ。
獣の可能性は低い。おそらくは非常口から外に出た傭兵だ。
防火扉を閉めたとはいえ、非常口は封鎖していない。
警報器が鳴ってからかなりの時間が立っている。今、飛び出たわけではないだろう。おそらく通信室に転がっていた男を見つけて、現在がどんな状況なのかは推察しての行動に違いない。
彼らが拠点にしていたのは娯楽室と食堂だ。交戦目的でなく偵察目的の可能性もあるだろうが、なんにせよ、放置するわけにはいかない。
デュークは目を凝らす。
音が聞こえてくるのは壁の右側の方角。
デュークは壁に張り付いたまま、レイガンを持った右腕を壁に沿わせた形で構える。
──厨房側からの侵入を狙うなら、必ずこちらに来るはず。
足音とともに、ほのかに壁の先に明かりが見えた。
──暗視スコープまでは用意してないらしい。
もっともそれは、デュークも同じだが。
彼らとて、突然のことだ。全てを備えている方がおかしい。
──先手必勝だな。
デュークは息を止める。一撃で仕留めない場合は、遮蔽をとりにくいデュークの方が不利だ。
明かりが角を曲がって、デュークの方に向かって伸びた瞬間、デュークはその明かりの方角にレイガンを放つ。
そしてその手ごたえを確かめる前に、壁から一気に離れる方角に走った。
閃光がデュークの頬をかすめる。先方がレイガンで応戦してきたのだ。
──そっちか。
デュークは走りながら、レイガンのトリガーを引いた。
「ぐっ」
うめき声と共に、影が地面に倒れ伏した。明かりが転がり明後日の方角を照らす。
デュークはさらにレイガンを構えた。
動くモノは見当たらない。
「ふぅ」
デュークは息をつく。どうやら、この男、一人だったようだ。
「一撃で仕留められなかったのは、反省点かな」
倒れた男の荷物を回収し、男を担ぎ上げた。
「あと、何人いたっけなあ」
デュークは思わず独り言つ。
頭上には星が降りそそぐように輝いていた。