田沼主従の密談
明和4年8月11日 相良陣屋
法螺吹きと山師が密談している頃、田沼主従もまた密談をしているのであった。
先日の相良陣屋での会合において、その日陣屋を留守にしていた国家老井上伊織は自ら蔑ろにされたとは思ってはいないが、国元の内政を引き受ける立場として城代家老三好四郎兵衛のみが例の計画を話されたことそのものを面白くは思ってはいなかったようだった。
「三好殿、いくら殿と若殿の後ろ盾があるとは言え、山師風情に領内を勝手にされては国政を預かる拙者としては些か不愉快に思う。殿から委任された内政に何か不満でもあるのか?」
「井上殿、けして其様なことはない。故に具体的に着手するかいないかは返答しておらん。それは若殿もその場におられたゆえご承知のはず。某が認めたのは油田探索のみ。その差配も彼の者らに任せたゆえ、その責は彼らに負ってもらう」
「両者の言い分はよくわかっておる。父上も余もそなたらを蔑ろにするつもりはない。そして、そなたらの働きに満足しておる。だが、我らには時間がないのだ」
「時間がない? それは如何なることか?」
井上は怪訝に思い尋ねる。彼は主君らが何を考えているか、これが不明であるが故に引き留めるべきか、それすらも判断しかねていたのだ。
「父上が側用人に出世したのはその方らも知っておろう? 父上はいずれ老中筆頭になる。そして、余も父上が老中である間に若年寄になることだろう。その時までに今以上に地歩を固めねばらなぬ」
確信に満ちた様子で語る意知に違和感を覚える二人の家老であった。
「若殿、何故そのように確信したかのような……」
「みなまで聞くな。今はまだ話すべきときではない。だが、あ奴らはその言葉通りに相良の地に新たな資源、産業の源を発見したではないか? ならば、彼の者の言葉を信じてやるべきではないか?」
意知の庇う様な言葉に彼らは反発を覚えないでもないが、そこはそれ、感情論ではなく怪しい点を追求しなくてはならない。
「しかし、若殿、あの者、有坂は何か隠しておりまする。確かに草水、石油と言いましたか? それを見つけたのでしょう。しかし、発見したこと以外にはなんの報告もしておりませぬ。主君たる、殿や若殿を信じることは臣下としては当然でございましょう。されど、彼の者を信じよと言うならば、彼の者は我らに真を示さねばなりませぬ」
「三好殿の仰る通りですぞ、若殿。我らは信じるに足るモノを手にしておりませぬ。発見の報だけでは、信じるには不足しております。我らも殿より国政を預かる身、主君が道を過てば正すのも臣下の役目でございますれば」
二人の忠臣は御家大事と慎重な取り計らいを求める。彼ら自身の立場ではなく、取り立ててくれた主君を守るための言葉である。その言葉は意知の心に訴えるモノがあった。それだけ彼らが真剣に田沼家の未来を思っていることがその表情と言葉に宿っていたのだ。
「そなたらの考え、承った。明日、有坂、平賀を吟味するが良い。各務、そなたは江戸にて父上を交えてあの者たちの話を聞いておるし、三好、井上の両名が未だ知らぬことを知っておるな。故に口を挟まなかったのであろう?」
「左様でございます。ご両名には申し訳なく思うておるが、これも田沼家の御為。今暫くは有坂、平賀の両名の味方をさせて頂く所存」
これまで一切口を挟まずに事態の推移を見守っていた各務だがここで法螺吹きと山師に味方すると明言したのだ。三好、井上の両名と同じく意次に引き立てられたが各務であっても主君に命じられ、行動を共にしてきたことから少なくとも言うほどの嘘吐きには思っていないのであった。
「余からも伏して頼む。あの者たちのことを今暫くは様子見をしてくれぬだろうか」
意知が実際に襟を正して頭を下げたことから家老三人は慌てて頭を下げて了解するしかなかった。
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