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法螺吹きの絵に描いた餅

明和4年(1767年)8月 遠江相良


 田沼邸での密談からここに至るまでの一ヶ月弱の間、田沼意次様は当座の資金と仮住まいを用意してくれたことで私、有坂総一郎は衣食住に困ることなく野垂れ死ぬという悲惨な目に遭わずに済んだ。


 その代わり、現代における静岡県牧之原市、つまり相良藩領の産業を元にした「相良産業革命5ヶ年計画」を提唱したことで、私は超多忙を極めている。まずは今後数年間の基本方針を示し、それに対しての適正な工期を弾き出すだけで10日も費やした。その後、各工区への人員の算出と賃金などの諸経費計算が10日、都市計画のそれが3日かかったのだ。


 そしてたった今、田沼意知様、平賀源内(源ちゃん)、各務久左衛門殿と共に品川から海路にて相良入りを果たしたばかりだなのだ。


 本来ならば、田沼家世子である意知様がこんなところに居てよいわけがないのだが、意次様は上様御用の側用人、江戸城に詰めていないといけないことから代理人としての下向となった。また、江戸詰家老の倉見金太夫殿も江戸詰家老としてやることはいくらでもあること、同じく深谷市郎右衛門殿も意次様の右腕左腕であることから同行出来ないという現実から、代わりに田沼家では算術に秀でている江戸詰家老である各務殿を引き抜いたのである。


 で、肝心の意知様だが、江戸定府の意次様に代わって領内検分とするという建前で上様家治公に特別に許可を頂いて同行していただいた。とは言え、非公式であるため海路で移動することとしたのだ。当然、大名行列なんて仕立ててない。んなもん仕立てたら相良2万石の収入なんてあっという間に消滅する。意知様の今回の仕事は、私と源ちゃんの後ろ盾であり、藩主及び世子の直裁であるという証文といった意味もあるのだ。


 そうそう、私は今回、意知様の側用人という役を頂いている。いきなりの大出世である。というか、そういうことにしないと城代家老、国家老相手に話を聞いてもらえない。そもそも、田沼親子にすら山師扱いなのに、世にも名高い山師の源ちゃんと一緒じゃ尚の事信用してもらえないという事情が背景にある。


 よく源内こんなのを仲間に加えようとしたもんだよ、意次様……。


 というわけで、相良の港から相良陣屋……まだ相良城は築城すら始まってない……へ向かい、城代家老の三好四郎兵衛殿、国家老の井上伊織殿に会い、話をしなくてはならないのである。国家老の井上殿は兎も角、城代家老の三好殿は地元相良の廻船問屋の出身であるというから期待が持てる。話を通すならば、三好殿が適当なはずだ。


 やっとの思いで相良陣屋に到着すると流石は当主代行の意知様、あっさりと陣屋内に通してもらえた。


 だが、問題はこれからだ。城代家老三好殿を味方につけなければ相良領内の産業革命は絵に描いた餅だ。大仕事はここから始まる……いや、スタートラインにすらまだ立っていない。気を引き締めないといけない。


「意知様、此度は如何なるご用向きでありましょうや? 江戸より御出でになられるなど前代未聞」


 書院に通されると三好殿は出迎えの挨拶もそこそこに本題に入る。こういった事例は今までにないことから彼は驚きと何か国元での不始末を咎められるのではないかと不安に駆られているのかも知れない。


「父上の名代として、領内検分と領内の発展について話をしたいと思い参った次第」


 意知様は三好殿を扇子で制すると用向きを伝える。それのおかげか三好殿の表情は幾分か和らぐ。それでも些か固い部分は残っているが、藩主世子相手だから仕方がないだろう。


「各務殿は意知様の警護と勘定方としてお役目と推察いたしますが、そちらの御仁らは……」


「右に居るのが私の側用人となった有坂総一郎、左に居るのが平賀源内殿。いずれも相良領内の発展に献策してきた者たちである」


 漸く紹介の段となったが、あっさりしたものである。これには三好殿が面食らった形になっている。彼はなんとも微妙な表情を浮かべつつも言葉を継ぐ。気持ちは察するよ、三好殿……。


「領内発展と申されましても、殿の命に依り藤枝よりの街道の整備など今現在進めておりますものもありますれば、今暫く効果が出るまで時間がかかりますが……」


「その件はそなたらに任せたことである故、口を出すつもりはない。総一郎よ、四郎兵衛に例の献策を話すが良い」


 三好殿は国許における自らの政策を否定されるのかと気掛かりであった様子だが、意知様の言葉で安心したようである。少ない資金を工面しつつの内政である。そうそう成果を求められても仕方がないのだ。そんなすぐに成果が出せるなら江戸300藩のどれもが黒字決算だろう。


「有坂総一郎にございます。江戸にて殿に献策致しましたる相良産業革命5ヶ年計画を簡単に説明致します故、宜しく願います」


 江戸にて披露した現代メタ情報による相良(牧之原台地)の資源及び産物の可能性……相良油田、牧之原台地の茶畑開墾による外貨獲得を目指すことを改めて城代家老の三好殿に説明する。


 第一次計画が順調に進んだ場合、第二次5ヶ年計画として石油を利用した蒸気機関の普及と蒸気船の就航など順に話していった。これには内政を任されている三好殿も興味を覚えたようであるが、前のめりにはならずにいる。腹の内では 算盤を弾いているに違いない。


「有坂殿、その蒸気機関とはどういったものか? 草水は燃える水と知っておるが……」


「三好殿、簡単に申しますと、草水を燃やし、水を沸騰させ、出来た湯気を集め、その湯気の力で水車を回すと考えてくだされば構いません。これは、草水でなくても木炭や燃える石……石炭であっても同じ様に出来ます。が、折角領内に草水……石油が採れるのですから、それを使うのがよろしいかと」


「して、その草水、石油はどこにあるのか?」


「海老江の谷付近にあろうかと……付近の住人に探索させてみるべきと考えます」


「ふむ。ならば、その探索は有坂殿、そなたが指揮なされい。平賀殿は、如何に?」


 三好殿は任すという体で言い出しっぺ()に全責任を負い被せることにしたようだ。


「蒸気機関が実用化されたならば、廻船の風待などせずとも江戸にも大坂にも出向けまする。また、到達時間も早くなるでありましょう」


「相分かった、そなたらの言い分、承った。が、蒸気機関とやらの話は魅力的であるが、茶畑の開墾は些か難しくはないであろうか? あの地は民も不毛の大地と思うておる。農地に適してはおらん……現に我らだけでなく本多家、板倉家時代においても新田開発に失敗しておる」


「水はけが良い地ですので、肥料を適宜入手し、用水を整備すれば茶の栽培を促進出来ると考えております。肥料も領内の網元に干鰯を調達させ、それを右から左へ……。茶の栽培が軌道に乗りましたら肥料の調達費も十分に賄えます。まずは、茶の栽培、そして江戸、京、大坂へ海路によって大量輸送という段取りでございます」


 私は三好殿にそう言って条件をクリアすることが前提条件だと明言する。荒れ地が金のなる木になるにはカネを掛けないといけないと釘を刺した形である。配当を得たければ正しく投資を行うべきなのだ。


「蒸気船とやらが就航すれば、他の産地よりも早く消費地に届けられ、利益が増えると……そなたらは言いたいわけだな?」


「左様でございます。勿論、茶だけではなく、他の産物の輸送にも相良の廻船問屋が幅を利かせることになるでしょう。さすれば、廻船問屋からの運上金、冥加金だけで、年貢を徴収せずとも藩の財政が運用できることでしょう」


「まさに絵に描いた餅であるな」


 三好殿はそう言うが、美味そうな絵に描いた餅こそが田沼家と江戸幕府を飛躍させるための原動力なのだから仕方がない。


「真に美味そうな餅でございましょう? しかしながら、絵ではなく、真の餅にしてご覧に入れます。そのための私と源内殿でございます」

クリエイター支援サイト Ci-en

有坂総一郎支援サイト作りました。

https://ci-en.dlsite.com/creator/10425


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 草水という文中の記載は「臭水」のこと? それともこの時代はそう書いていたので?
[一言] 田沼が鎖国解禁して茶葉を欲しがってるイギリスと交易できれば外貨獲得できそう
[気になる点] >> 相良油田、牧之原台地の茶畑開墾による外貨獲得を目指す 外貨獲得は無理だろ、目指すだけ?
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