山師の法螺吹き
明和4年7月7日夕刻 江戸城 神田橋門内 田沼邸
下城した意次様と世子である意知様が部屋にやってきた。改めて意次様、意知様に平賀の源ちゃんに説明した事情を隠さずに話すことになった。その内容に驚きの表情の意次様、呆れ顔の意知様と対照的な二人であった。だが、先に言葉を発したのは意外なことに意知様であった。
「源内殿が考えもしないモノを思いつき、具体的に話せるならば父上にとって悪い話ではないでしょう。源内殿が二人になるようなものでありましょう」
「山師が二人に増えるではないか?」
「父上ならば山師の一人や二人扱うなど造作も無いことでしょう。それに、その胡散臭い山師に一山当てることをご期待なさっているのは他でもない父上ではござらんか?」
田沼親子に完全に山師扱いされてる源ちゃんは兎も角、私まで一緒? 勘弁してくれ、こっちはある程度確証があるものを提案しているだけだぞ。まぁ、この時代では明らかなオーパーツだけどもさ……。
「意知よ、源内は兎も角、こやつが言うことは源内でも出来ぬことを平気で宣っておるが、そなたは儂に期待しておるとそう言うのだな?」
「左様ですとも。幕閣としての地位は兎も角、我が所領はたった2万石なのです。土台、雄藩諸藩に伍する力などないのです。であればこそ、山師に頼ることで打開策を見つけることになるとお思いなのでしょう」
なんて感じに田沼親子のやりとりを暫し眺めながら、さて、これからどうしようかなと思案していたが、ふと思い出したことを話すことにした。
「意次様は、米本位から金本位へ経済を変えようと思われておりますね? 私の知識が正しければ、藩内の年貢も抑え、米本位から脱却、街道や産業の振興で金本位へ移行させようとなさっていたはず……」
「概ねその通りじゃ。先々代の吉宗公も米価安定に腐心されていた。豊作凶作で米価は乱高下するゆえ、財政の根幹となすには不適だと考えておる」
やはり、この人物は先進的過ぎる。方向性は正しいのに、それに誰もついてこれなかった。シンパですら彼の考えの半分も理解できていなかったのではないだろうか?
「意次様のお考えを補佐させていただけませんか? 源内殿とともに補佐致しますが、田沼様の政策を領内で実証し幕閣に目を覚まさせてやりましょう」
「我が藩領は相良2万石に過ぎんぞ?」
意次様は山師が法螺を吹いているようという表情であったが、ここは言葉を重ねるほかにない。
「私に考えがあります。なに、相良領内だけでも十分に勝機はあります。茶の栽培で儲けるのです」
自信満々に私はそう答えると田沼親子は怪訝な顔をしてきた。いや、ちゃんと自信はあるから、大丈夫だって……。
「茶の栽培というが、どこでやるのだ?」
「相良の後背地である台地に茶畑を拵えるのです。あの地は石が多く、水はけが良い赤土であり温暖な気候であることから春には新茶が見込めるのです。早摘みの新茶をどこよりも早く出荷出来るわけですが、これは商取引において大きな商機を意味します」
「父上、あの不毛な台地を茶畑に変えることが出来るのであれば、我らにとって大きな利益となりますぞ」
意知様は割と乗り気になってきてくれた。何しろこの時代の牧之原台地は文字通り不毛の台地、荒れ地でしかない。その荒れ地が商品作物である茶の産地になるのであればこれほど利益が出るモノはない。しかも、他の産地よりも早く出荷出来るとなればそれほど高値がつきやすくなる。しかも専売にすればその収益はそのまま相良藩の財政を潤すのだ。
「そう上手くいくとは思わぬが……だが、あの不毛の地では稲作が出来ぬから年貢にならぬしのぅ……相分かった。そちに任す。見事あの地から銭を生み出してみよ」
決まった!
心の中でガッツポーズを決める私だが、意次様は高みの見物と決め込んでいるようだった。
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