田沼と三井と有坂の腹の探り合い
明和5年5月20日 相良城下
まぁ、今までは嵐の前の静けさという奴だった。
まったく、来なくてもいいのに、嵐という奴は呼ばれもしないのに全速力でやってくる。あぁ、嵐を呼ぶ男が江戸に、江戸城というこの世界の中心にいる。世界の中心で、嵐を起こしているのだから迷惑この上ない。
「有坂殿、江戸の殿様から書状が届いております」
「そうそう、源ちゃん、平賀殿をここに呼んでくれますか?」
「平賀殿ですか? 申し訳ありません。平賀殿は国家老の井上殿がお呼びでしてここには居りません」
源ちゃん、居ないのか……。仕方ない。嫌な予感のするどこぞのオッサンの書状を一人で読むとするか。面倒ごとじゃないと良いけれどな……あぁ、それは無理な相談か。江戸からの書状に碌なモノがあるはずがないし。
「わかりました。戻ってきましたら、呼んでいたと伝えてください」
会釈して事務員が出ていった。まぁ、伝わっていればそのうち顔を出すだろう。さて、では、嵐の予感しかしない書状の封蝋を剥がして開いてみる。
……、見なかったことにしよう。あぁ、もう、なんであのオッサンはこうも頭を抱える事態を引き起こすかな。なんか、恨みでもあんのか?
「宛:有坂総一郎、発:田沼意次」
「後日、越後屋がそちらに出向く。越後屋と共に備後福山まで向かう様に」
「追伸、老中阿部正右殿が越後屋からの借財を棒引きさせる提案に甚く感謝しておった」
なんで、この私が三井の手伝いをせにゃならんのだ? ライバルだぞ? 敵に塩を送ってどうする! 提案したのは私だけれどな!
はぁ、このままだと、三井と住友という財閥が100年以上早く誕生しかねん。対抗馬の三菱の岩崎弥太郎は生まれるまで70年先……。
これは、マズい。何とかして三菱相当の存在をでっち上げないと……。今、三井を放置すれば、天下の経済は三井が牛耳ることになる。住友は現状では鉱工業が精一杯だろうが、三井と組んで技術と資本を蓄積すれば石炭以外の鉱工業を独占されかねない。
さて、これは一体どうしたものか……。
いや、福山藩の半官半民の製鉄所が軌道に乗ったら、三井のことだ全国に似たようなものを作り出すことだろう。いや、全国の雄藩がそれを座視するとは思えない。三井は大名貸を投資金代わりにするだけで、土地や建物を手に入れることができる。そして雄藩も土地建物を提供するだけで大名貸を帳消しに出来、しかも運用益を手にすることが出来る……。
正直言ってかなりヤバい。
越後屋・三井はこのカラクリを気付いているし、それを提案した私に実証させるつもりだ。この相良にも諜報員を潜入させていることだろう。福山藩阿部家の救済を盾に田沼派拡大を狙ったのは早計だったかも知れない。だが、動き出してしまっているしそこは始めた以上きっちりやらないといけない。
それに幕府には上納金は必要だ。この20年の間に天災は頻発する予定だ。そうなると幕府は被災諸藩、被災民に気前よくバラ撒かないといけない。それには原資が必要なのだ。
そう、三井の動きは幕府にとって、少なくとも意次様にとってはメリットが大きい。そして、幕府内、幕閣に対して実績で影響力を拡大出来る。老中連を自前のカネを使わずとも買収出来るのだからこの手法は非常に有効である。
恐らく、岡崎藩主:老中松平康福殿などは何度も転封されているだけに借財を重ねているだろうし、史実通りならば来年にはまた石見浜田に転封されるだろう。こういう御仁には三井を唆す方がメリットが大きい。浜田ならば石州瓦の量産化という手法が採れる。岡崎ならばこれから需要が増す耐火レンガの量産。
老中首座の松平武元殿の館林藩は綿花くらいしか際立った産品がない。私は現代知識があるから、近代紡績業を興す術を知っているが、これを利用するなら、利根川水系の水力を活用できる所謂アークライト水力紡績機を使えば良い。まぁ、欠点もあるが、その辺は本職に丸投げすりゃ良い。その主導はやはり、我々がやるべきだろう。
同じく老中の松平輝高殿の高崎藩は養蚕が勃興している。まぁ、これも手作業だし、紡績機を導入すれば、品質向上と量産化が出来るわけで、周辺諸藩よりも圧倒的優位に立てる。
そう言った意味では、やはり、親藩や譜代を取りまとめて田沼派で固めるべきだろう。できるだけ、三井に出費をさせつつ、親藩の国力増強だ。特に危険な雄藩への対策にもなる。さしあたっては、老中諸藩への利益供与と出雲松江藩、豊前小倉藩、筑前福岡藩の国力増強だな……。
あれ? 小倉藩と福岡藩って、石炭輸入先じゃん……。石炭の代金代わりに技術を渡すことで出費抑えられるんじゃね?
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