Another view
明和4年7月7日
Another view side 田沼意次 江戸城 中奥 側用人詰所
――今朝のあの者は一体何者だったのであろうか?
意次の脳裏には珍妙な装束の青年が浮かんでいた。登城が迫っていたことで家人に饗するように命じて出立したが妙に気になっているのであった。
――家人の追求に思わず平賀源内所縁のものと答えたが、よもや其様な存在ではあるまい。
――では、一体何者か?
自問自答をするがそこにある答えは結局は不明の二文字でしかない。
――源内ならば分かるやも知れんが、長崎のオランダ人であってもあの様な格好はしていない。似てはおるが……。江戸詰の長崎奉行を呼ぶか?
――いや、素性のわからぬものを会わせるわけにはいかぬ。
再び自らの考えを否定する。否定の材料は二つ、素性が分からぬ相手であることと他人に知られるのは勿体ないというものだ。元来、彼は多様な人材を登用してこと、自身が太閤秀吉以来の立身出世をしたというそれから有用な人間への嗅覚が優れていると言うことがあった。
――もし、仕官しておらぬならば手元において用人として側仕えさせるのも面白いかも知れぬ。ただ者ではない何かを内包している空気が感じられる。
彼の中で一つの結論に至っていた。
「田沼殿、上様がお呼びにございます」
意次が閉じていた瞳を開けると同時に小姓が彼を呼びにやってきた。表情を引き締め小姓のそれに重々しく応じる。
「相分かった。案内致せ」
――まぁ、良い。下城した後、源内と共に尋問してやろう。
この時の彼の表情は玩具を与えられた子供のような上機嫌なモノであった。
Another view side 平賀源内 江戸 深川 平賀邸
源内は田沼邸を辞去すると深川の自宅に戻りこの日あったことを日記に書き留める。あまりの衝撃を受けたことで彼の創作意欲を刺激したことは言うまでもないが、奇抜すぎるため俄には信じがたいだけに記録に残しておくべきだと考えたのだ。
――田沼様の側用人就任のご挨拶にと伺ったのは良いが、オレっちのあずかり知らぬところで平賀源内の紹介と称する浪人が屋敷に居て饗されているとか……なんでも、家人曰く南蛮人みたいな装束の変なやつだそうじゃねぇか。そいつは面白ぇと興味をそそられた。
平賀は自身の興味の向くまま有坂総一郎に出会う。しかし、話をするうちにとんでもないことを言い出したことで驚くことになる。
――そいつは思っていた以上にぶっ飛んだ野郎だった。
――300年後の世界の人間だぁ? 普通に考えれば狂人だろう。だが、そいつの話しじゃ、オレっちは早とちりで大工を殺して投獄されて獄中死しているそうだ。
自分の未来がどうなるかを示すだけでも驚きだったが更に続く言葉に平賀は絶句するほかなかった。
――先年秩父で発見した石綿、それを製品化した火浣布が建物の防火に役立つが、採掘で飛散する粉塵が元で病になると奴は指摘してきやがった。奴はオレっち以上の山師じゃなかろうか?
――早馬ほど速くはないが、馬を使わずとも同じくらい一日に移動できる「じてんしゃ」なるものや、鉱山でもっこを担がなくても右から左、左から右へと土砂鉱石を運搬できる「べるとこんべあ」などというものを奴は絵図にして説明してきたもんだから驚いた。こんなモノを思いつくのは今世の人間じゃない。オランダにだってこんなものはない。
自転車とベルトコンベアの絵図を貰って帰ってきた源内はそれを日記に糊で貼り付ける。これだけでも今すぐにでも全国の鉱山に普及させるべき先進技術だと源内は追記している。
――全く一体奴は何者であろうか……胡散臭いが面白ぇやつだ。この源内、命尽きるまで付き合ってやろうじゃねぇか。
この日の出来事と所感を記し終わった源内の表情もまた子供のように目をキラキラさせていたのであった。
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