反射炉
明和5年3月15日 相良城下
頭を抱えて唸る源ちゃんが大手門前の事務所へやってきた。こう見えても事務仕事の多い私の同じように唸っていたところだったから正直相手にしたくはなかった。
「総さん、鉄が脆くていけねぇや」
開口一番、そう言ってきた源ちゃんだった。
「馬車鉄道が開通して以来、順調に運行数が増えていているのはいいことなんだが、同じように貨物輸送も増えていて、軌条が痛んでいたり破断していたり、歪むって話なんだと……交換用の軌条を持って実際に見に行ったんだが、こりゃあいけねぇやってな」
部分開通時はそれほど多くの輸送を行っていたわけでもなく、高頻度運転を行っていたわけでもないおかげで破断などの問題が出てこなかったが、大井川の渡河を除いて藤枝まで馬車鉄道が全通して以後、乗客、貨物ともに右肩上がりのそれである。
「特に大井川からここ相良までの路線の傷みが酷い。どうやら原因を考えると重量物輸送の始まった頃から酷くなってきたようだと分かったんだ」
「重量物輸送?」
「あぁ、木材輸送だ……大井川上流で伐採された材木を大井川仮駅で積み込んで相良から江戸に出荷しているだろう……どうもそれが軌条の痛みの主要因の様だ」
源ちゃんに見立てでは元々脆い鉄製軌条が材木という重量物を輸送し始めたことで耐えきれなくなったということだ。
「鉄が脆いってことは分かったんだけれど、鉄生産は原料を石炭に変えてから右肩上がりに伸びているんだろう?」
「あぁ、そうだ。木炭の時より熱量が上がって効率よく生産出来るって喜ばれているからな」
木炭と石炭ではkg単位の発熱量がざっくり言えば倍半分違う。それだけ製鉄に適した原料だという証明なのだが……。
「まさか……」
思い当たることが一つあった。それを思い出したとき、順序を間違えたことと思い込みで拙速に進めたことに失敗に気付いたのだ。
「おう、なんでい?」
「硫黄だ……」
「硫黄? 硫黄がどうしたんだ? 硫黄なんざ製鉄で使ったりしてないぜ?」
「石炭には硫黄が混ざっていて、燃やすとそれが今度は鉄と混ざる。だから鉄が脆いんだよ」
重大な失敗だった。
現時点での相良での製鉄は天秤鞴から水力鞴へと送風方式を変更しているなど一部の仕様は違うが基本的にはたたら製鉄と一緒なのだ。そう、砕いた石炭をそのままぶち込んでいると言うだけのことだ。
本来なら、石炭を乾留……要は蒸し焼き……してコークスに変えて、一緒に燃やすのではなく別の燃焼室において単独で燃やす必要があったのだ。そう、反射炉だ。
天秤鞴から水力鞴へと転換したのは結果論で言えば正解であったのだが、それとて怪我の功名と言えるだろう。要は人件費をケチるために動力化しただけのこと。これは源ちゃんのギヤとロッド……減速装置の開発によって水車と結合したことで為し得たものだが、それによって送風量の増大で燃焼が速くなったことで誤魔化されていたに過ぎない。
「しまったなぁ……」
天を仰ぐ仕草に源ちゃんは困惑の表情を浮かべる。
「総さん、どうするんでい?」
「反射炉を造るしかない……でなければ木炭に逆戻り……木炭にすれば当面解決出来るけれど、石炭が使い道のない不良在庫になる……」
二人揃って相良湊にうずたかく積み上がっている石炭の山を思い出す。文字通り、あれがそのまま借金と化すのだ。
「ぞっとしねぇな」
「ということは……そういうことだよ……例によって概念図は用意するから源ちゃんの最優先は反射炉の建造ってことで……」
反射炉……今回の問題は史実の17世紀欧州でも直面していたことで発明されたものだ。元は製鉄用ではなく、他の金属の精錬に使っていたものだが、その応用で製鉄にも用いるようになったのだ。
反射炉は燃焼室で得た熱をアーチ状の天井で反射して溶鉱炉にある鉄などを熱して溶かすというそれから命名されている。これによって、鉄が硫黄化合物とならずに済むという寸法である。
これらを源ちゃんに説明すると唸ったあと手を打って概念図を持ち帰っていった。恐らく、これから大工や自身の弟子たちを総動員して築造に取り掛かることだろう。
源ちゃんが反射炉を造っている間にこちらはコークス炉を造り、石炭をコークスへクラスチェンジさせてやらないといけない。蒸し焼きにするわけだけれど、1200度以上の高温で数十時間というのが相場だからどうせ山のようにある石炭を燃料にしてガンガン燃やして蒸し焼きにしてやればよい。
将来的に蒸気機関車造ることになっても、コークスと石炭では燃焼効率が違うのだから今のうちからコークスを量産して貯蔵しておく必要があるだろう。
はぁ、やることが山積みだ。
「産業革命ってのは簡単ではないな……」
クリエイター支援サイト Ci-en
有坂総一郎支援サイト作りました。
https://ci-en.dlsite.com/creator/10425