田沼と三井と石炭と
明和4年11月25日 相良城下町 相良金属工業
「あー、マズい、ヤバいなぁ……どうするよ」
福岡藩と小倉藩との石炭契約の件は想定していたより遥かに上手くいった。上手くいき過ぎてしまった。それはいい。福岡藩との契約を小倉藩に匂わせると飛びついてきた。両藩とも独占契約で石炭を供給してもらえることになった。
当面の使う分以上に届いてしまうが、反射炉と高炉の増設と量産体制が整えば必要十分になるだろう。また、重油の供給体制が整うまでの間の蒸気機関の燃料に用いれば良い。エネルギー効率は悪いけれど、相良油田のチート原油というアレの誤算が……今更ながら大きく響いている。
昨日聞いた江戸発の至急電だが、越後屋が史実よりも120年も早く三池炭田に出資、三井鉱山を設立したそうだ。耳を疑った。何が起きっているのかわからなかった。あの巨大資本が何を考えて、何を目的に、石炭に手を伸ばしたのか……。
今の時期はまだ三池藩立花家の藩直営のはずだ。もしくは柳川藩立花家、久留米藩有馬家がそれぞれ開発を行っている時期だ。いずれにせよ、この筑後3藩によって操業されている三池炭田に越後屋三井家の触手が伸びたと言うことだ。
石炭の真の価値を知っているのは、私と源ちゃんと相良藩の重鎮くらいなものだ。産炭地にすらその価値どころか利用目的も話していないのに、どこから漏れたのか……。余りの事態の進展にどこぞの超能力者のテーマソングを歌いながら現実逃避をするしかなかった。
「総さん、いるかい?」
源ちゃんが来た、最近は総さん、源ちゃんで呼び合っている。今更ではあるが、意次様と意知様は上司だから友達ポジションって言えば平賀源内くらいしかいない。だって、未来人だもの。
「源ちゃん、昨日の江戸からの急報聞いたかい」
「越後屋が九州三池に石炭採掘会社を創ったってやつだろ?」
「石炭の価値を知っているのは我らだけの筈なのだけれどね」
源ちゃんは少し考える仕草をしてからぽつりと言葉を濁すようではあるが呟く。
「俺っちが思うに田沼様が話したんじゃねぇのかな?」
「なんだって? そんな! いや、しかし……」
耳を疑うことを源ちゃんが言い出したことに驚き言葉を失てしまった。
「この間、総さんが江戸に行って田沼様に談判した時の条件を思い出してみなよ? 利益の一部を幕府に上納するって言ったんだろう? なら、幕府御用商人である越後屋が同じことすればもっと幕府は潤うって寸法さ。どうでぇい?」
確かにあの約定なら相良藩からの上納よりも越後屋の方がより多くの上納が出来るだろうな。
「それにさ、総さん、江戸で出会った頃に田沼様に蝦夷地の開発の重要性と資源の分布を話していたじゃねぇか? そこに蝦夷地には石炭が豊富に眠っているって言ったのは総さんだぜ? 田沼様は幕府主導で蝦夷地の石炭を開発しようと企んでんじゃねぇかな? そのために三池のことを実験に使うつもりなんじゃねぇかと俺っちは睨んでる」
「仮にそうだとして、意次様は三池の石炭をどうするつもりなんだろう?」
蝦夷地の開発のテストケースにするという話は納得出来る話だ。だが、それはあくまで三井に鉱山運営のノウハウを蓄積させるという意味でのみ有用であるし有意義だ。石炭そのものには意味はない。製鉄と燃料として利用するという前提がなければ、今の時代の日本では使いみちなんて殆ど無い。あっても製塩用だが、巨額の資金を投じての大規模開発なんてするほど利益が出来るわけじゃない。
「そればっかりは想像がつかねぇなぁ。総さんが思いつかないなら田沼様に直接聞くしかねぇと思うぜ」
「先月江戸に行って戻ってきたばかりなのに、また行かないといけないのか……」
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