天才源内
明和4年8月25日 相良市中
この数日、相良陣屋と相良市中の往復を続けていた。主に進捗状況の確認と資金の供給と確保である。あんまりにも頻繁にあちこちへ顔を出すことになるため、移動に時間が掛かって仕方ないことが苦痛であった。
最初はドライジーネで移動していたのだが、なんせ足で地面を蹴って走るタイプの自転車であるから現代人の自転車という概念から外れたこれの運転は面倒で仕方なかった。これならキックボードでも良いとすら思う。
だが、あるとないでは大きな違い。それほど大きな町ではない相良市中であるが、移動時間短縮効果はやはり馬鹿には出来ない。行くところが多いと重宝するのだ。
動き回って数日、いい加減に出回ること自体が無駄に思えてきたのである。
「事務所が欲しい。陣屋の一室でも良いし、長屋でも良い。兎に角、一つところで集中して仕事が出来るようにしたい。あっちこっち歩き回るのが無駄、関係者が私を捜し回るのも無駄……」
相良城の築城が開始されていたこともあり、大手門(予定)前の好立地にある役所を間借りすることとなった。陣屋機能の一部が既にここに移転しているが、現在の相良陣屋は築城の影響で先に着工し完成している役所と市中の社寺のいくつかに部署ごとに分散している。
だからこそ私はあちこちへと歩き回る羽目になっていたのだ。
「総一郎よ、そなたは今後はこの役所に陣取って人を使うが良い」
意知様はわがままを二つ返事で了承して更に好立地を提供してくれたのだ。それだけお膳立てしてくれるのだ、良い仕事をしないといけない。そう思ってしまう。
「必ずや成果を出してご覧に入れましょう」
一つところで陣取って始めた仕事は余分な手間がなくなったことで捗る捗る。
同様に源ちゃんも使われなくなった道場を借り受けてそのまま工房に改造して江戸から門人を呼び寄せて各種工作資材を運ばせたのである。本格的に相良で発明と技術開発を始める準備が出来つつあるのだ。
「総さん、どうだい、順調かい?」
「源ちゃん、どうした? えらい顔色が悪いけれど……」
僅か数日しか経っていないのに疲れ切った表情でありながらも目を輝かせた源ちゃんが役所の執務室に顔を出してきたのだ。
「出来たんだよ、自転車……それでお披露目って奴さ!」
廃道場改め平賀研究所が本格始動し始めると最初に出来上がったのは平賀式自転車乙型だった様だ。役所の外にそれはあるという。
「これは……」
「どうだい?」
ニヤッと笑みを浮かべる源ちゃんの顔は疲れなんて気にしないと言うほど良い笑顔だった。
そこにあったのはペダルと歯車を組み合わせた推進装置を備えたものだった。そう、チェーンやベルトの代わりにペダルとその軸に直結したギアから中間ににいくつかのギアを通して後輪のギアに駆動を伝えるというものだった。実質的な減速機付のそれだった。
そしてもう一つ、コネクティングロッドのそれだった。
どっちが優れているとかそういう問題ではなかった。そこにはこれから産業革命を行う上でどこかの段階で開発するべきモノがあったのだ。
減速機は蒸気機関には必要になるものであり、またコネクティングロッドは蒸気機関車では主連棒と言われピストンの水平往復運動を動輪の回転運動に変換するそれだ。
何れも動力伝達に必要な技術の原点がそこには揃っていた。
「源ちゃん、これどうやって……」
驚愕しつつも源ちゃんを掴み揺さぶりつつ聞き出す。
「どうやって動かそうかと考えていたら思いついちまったんだよ……ほれ、新製陸舟車や陸船車とかって知っているかい? それらは足踏み式の三輪駆動か四輪駆動なんだよ。それを活かしてみたんだ……けれどなぁ、甲型の構造だと前後どちらの車輪にも足踏み装置を直付け出来なくてな……」
そう言って源ちゃんは得意げに話を続ける。半ば聞き流している状態になってしまっているが、彼の行ったことはペダルから得た力を歯車からなる減速装置、もしくはコネクティングロッドによって後輪に伝え推進力へと繋げることだった。大したことを思いついたのである。
これは確かに理に適っている。
前輪の場合、舵の役割も担っているから動力にするのは適当ではない。だが、従輪である後輪ならば何の問題もない。工夫すれば構造的欠陥なども改善出来る。そしてなによりピストンというそれへ技術進化させることさえ容易である。
源ちゃんマジ天才。
「って総さん……あぁもう聞いちゃいねぇな。そんなに驚くことだったのかね?」
源ちゃんは驚きすぎじゃないかという表情だった。そりゃあ、技術そのものは知り得たものであるが、なんの情報も与えていない中でここまでやられたらビックリだよ。
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