産業革命への布石
明和4年8月13日 相良市中
源ちゃんと相良の城下町に出掛け、前日に手配集合させた鍛冶屋と鋳物師と燃料槽の試作について討議を行っていたところで陣屋からお呼びがかかった。
「陣屋から人が来ているぞ。有坂と平賀って人に用があるそうだ」
土間の方から声が聞こえた為にすぐに向かう返事をしてもらうと鍛冶屋と鋳物師との話をまとめ、鋳物師には燃料槽を鍛冶屋には配管の試作をそれぞれ依頼し、依頼料と材料費で1人5両ずつ手渡し数日後にコンペと実証試験を行うこととして陣屋へ戻った。
鍛冶屋の話では種子島の筒を応用するだけだろうから難易度は低いだろう、ただ、防錆鍍金が厄介だが、なんとかしてみるとのこと。鍍金の材料は錫を利用する方向で一応の決着となった。
鋳物師は、やってみないとわからないが出来ないことはない。だが、試行錯誤で苦戦するだろうから期間は長めに欲しいとのこと。南部鉄器の様なものでは駄目なのかと意見も出たが、鍍金のものと南部鉄器モドキの2型式を並行試作してもらうことで一応の決着をみた。
なお、鍛冶屋のうち2人にプレス機械の試作を命じた。源ちゃんに適宜助言させる方向で応諾してくれた。彼らも珍しさと報酬が大きいことから快諾してくれたのである。
城下町から戻ってきた私と源ちゃんは、そのまま評定の間に「連行」された。
「意知様、一体何ごとでございますか?」
「三好、井上両名がそなたらを吟味したいと申しておる。故に呼び出したが、そなたらが出掛けてしまった後であったゆえ、相良市中を探させる羽目になったではないか」
意知様は困った奴らだという表情であった。だが、用事があって出掛けているのだから仕方ないだろう。
「それは申し訳ございません。有坂殿と市中の鍛冶屋、鋳物師と会合致しておりました」
「首尾は?」
流石の意知様、相良市中の民が協力的かどうか、そもそも対応出来るのか、それが少し気掛かりであったようだ。
「数日後に試作品が仕上がる予定でございます。ただし、要求水準に達するまでは暫く時間が必要かと」
「ほう。ならば、それらをそこの両名に分かるように話してやれ」
満足そうに頷く意知様だったが、家老二人は気難しい表情である。本題はこっちなのだろう。
「有坂殿、そなたは我らに隠しておることがあるのではないのか? その隠し事が、例の計画とやらに致命的な齟齬を来すものではないのか、違うか?」
「三好殿、意図的に隠したということは、断じてありませぬ。ただ、確かに指摘の通り、計画に齟齬が生じました。それ故、打開策を練るため報告を最低限に留めたのみ」
「源内殿、相違ないか?」
私の言葉だけでは信用ならんと源ちゃんにも詰問をする二人の家老。基本的には信用するつもりがないらしい。まぁ、法螺吹きと山師だもんなぁ仕方ない。
「井上殿、事態は想定していたものとは確かに違うものでありました。が、それは良い意味での誤算であったのです。ご説明申し上げますが、ご理解いただくには少々難しゅうございます」
「源内殿、そなたは我らを侮っておるのか?」
「けして左様なことは……。ただ、これは私も正しく理解するには少々骨を折りました。そして、現在もまだ机上の理論として理解出来ておるのみでございます。有坂殿はそれが故に頭を抱えておりました」
「如何なることか?」
「ご両名にお尋ねいたしますが、草水とはどのような色であるかご存知で?」
「草水とは黒いものであろう?」
「日本書紀にもある通りで、黒いのであろう?」
二人の見解は間違いない。そう、その認識こそが一般的な原油である。だからこその問題なのだ。
「左様でございます。一般的には黒い粘り気のあるもの。しかし、ここ相良のものさにあらず。赤褐色で透き通ったものでございました」
「それは草水ではないではないか?」
その疑問は尤もだ。
「草水でございます。試しに火をつけましたが、よく燃えました。燃えすぎました。それが誤算なのでございます。本来、黒く粘り気のある草水を想定しておりましたから、この様な高品質の草水は想定外。故に対応を検討しておりました」
「有坂殿は、黒き草水、これを重油と申されました。それに対して、相良のそれは軽油と申され、異なるものであると。重油は水甕で保管することが出来ますが、軽油は水甕で保管など出来ませぬ。仮に水甕で保管などしたならば、煙管に火をつけただけでも相良市中が大火となりうるのです」
源ちゃんがそこにすかさずフォローに入る。ナイスアシスト。
「大火とな」
「左様でございます。それほど、管理が難しいのです。しかし、これを扱えるようになれば、年中灯油に苦労することは有りませぬ。菜種などに頼らずとも、井戸から汲み上げるだけで使えるのです。相良市中の街路を毎晩昼間のごとく煌々と照らすことも造作も無いことでしょう」
「夜を昼間に・・・。そんなことがあり得るのか?」
「可能でございます。また、技術が進めば、蒸気機関ではなく、内燃機関という別系統の機械を実用化することも出来ます。そして、内燃機関に必須の燃料が軽油、つまり、相良の草水なのでございます」
「ならば、その内燃機関とやらを……」
欲張りだなぁ三好殿は……それが出来れば最初からそうするさ。出来ないから困っているんだよ。と言っても、知らないからこその話だ彼が悪いんじゃない。その欲こそが技術を進化させる原動力なんだからむしろありがたいことかな。
「技術の段抜かしは出来ませぬ。基礎技術を作り、それを応用し、進化させることしか出来ませぬ。故に、現状では相良の草水は使いみちがないとお考えください。これが現状の結論でございます」
「それでは、例の計画は進めることが出来ぬではないか」
期待外れだったという表情を浮かべる井上殿だが、待って欲しい。話は最後まで聞いて欲しい。
「いえ、あくまで産業革命の一部が足止めになったに過ぎません。茶の栽培は、すぐにでも進めることが出来ます。また、飢饉対策と食糧増産に適した作物としてトウモロコシを茶の栽培と平行して行うことで来るべき大飢饉に備えることが出来ます。こちら側を優先して進めるべきかと存じます」
「三好、井上両名、如何であるか? そなたらの当面の不満と疑念は解消できたのではないか?」
「まだいくらか疑念などがございますが、当面の問題は解決致しました」
「井上は如何?」
「三好殿と同じく」
話が終わりになりそうだった。これでは落胆させただけ、ぬか喜びをさせただけになってしまう。
「お待ち下さい。冒頭にお話いたしました試作品についてですが、先程の草水と関係いたしておりますれば、簡単にご説明いたします」
「話すが良い」
「相良の草水の特性を考慮し、密閉性を確保した保管用の箱、以後、燃料槽と呼称いたします。この燃料槽を鍛冶屋、鋳物師に試作させております。これが実用化出来れば、灯油保管に活用出来まする。また、後日、実用化することになる蒸気機関、内燃機関にもこれの大型化したものを充てることで動力搭載船舶などの実用化も可能となります」
「なるほど、保管用の箱、燃料槽であったか、それがあれば草水が使えるのだな?」
「使える前提となります。ですので、実用化まで暫く時間と資金をいただけるとありがたく存じます」
「資金は潤沢ではないが、融通はさせるように計らおう」
技術開発の上で最大懸案であった資金確保がこれで解決した。これならば相良市中の民が協力してくれる。
「ありがたきお言葉」
「うむ、では、三好、井上両名は有坂、平賀と協力し、燃料槽の実用化と茶畑開墾を図るが良い」
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