江戸時代へようこそ
気が付くと長く暗いトンネルの様な場所にいた。
溜息を一つ吐くと諦めに似た境地の覚悟でその長く暗いトンネルを歩き始めた。遠くの方に米粒程度の光源を見つけ、ひたすらそこに向かって歩く。どれだけ歩いたか分からないがやっとの思いで昏くジメジメとしていたような気がするトンネルを抜けるとそこは井戸の底だった……。
振り返るとそこには今まで通ってきたトンネルなどどこにもなかった。
「当然だな」
と変に悟ったように呟いた私であったが、そこには現実が待っている。ざっと見る限り井戸の深さは10メートルくらいはあるだろうか。仕方なく井戸から這い上がる。
「登りにくい……。まったくなんだってこんなところに繋げるかな……」
文句を言いつつも井戸を上っていく。幸いにも井戸の擁壁は石造りであるため三点支持さえしっかりしておけば上るのにそれほど苦労はしない。
「なんだってボルダリング紛いなことをせにゃならんのだ。責任者呼べ」
文句を言っても始まらない。登るしかない。苦労はしないと言ったがそれは慣れた奴の話である。絶賛運動不足のオッサンにはとてつもなくきつい仕事だ。
「よっこいしょっと……。どこだここ? 映画村っぽい感じだな」
見た感じは京都にある映画村なのだが、酷く違和感を感じる。映画村と言えど現代っぽい雰囲気はそこかしこに感じられるが、それがここにはないのだ。
「これは……ガチで江戸時代とか、そういう時代の街、建物ってことか?」
呑気にそんなことを考えている場合じゃないと頭の何処かから警告が発せられている。であるのだが、現実への理解が追いつかない。追いついてもそれはそれで困るのだが……。どうやらトンネルの中でした覚悟と諦めは殆ど役に立っていないようだ。
ガタッ
「やべっ、見つかる」
いきなりヘマをした。暫く様子を窺うつもりだったが、見つけてくれと言わんばかりのヘマである。これで見つからないほうが奇跡というものだろう。
「誰かそこにおるのか?」
うん、気づかれてしまったよね……。出ないと時代劇的にはアレだよね。ホラ、時代劇定番の「曲者じゃ! 出合え、出合えっ!!」ってね。まだ死にたくない。出ますよ、出ればいいんでしょ……殺さないでね。
「い、命ばかりは、お助けを」
「その方何者ぞ、ここで何をしておった? 幕府や大名の隠密ではなさそうであるが、その方、オランダ人の様な装束と面妖な出で立ちだが何者だ?」
まぁ、不審に思われるよね。というか、自分の格好、よく見たら所謂スーツだもんな。
「何者と言われましても、説明に困ります」
そんなこと言われても相手も困るだろうなと思いつつも、どうしようか、展開的にそろそろ家人呼ばれてしょっぴかれるよなぁって思っていたら向こうから呼んでもないのに来やがった……。
「田沼様、ご登城の支度できましてございます。そちらの面妖な者は?」
「源内の知人で挨拶に参ったそうだが、庭に迷い込んでしまったようだ。儂は登城するゆえ、饗してやるが良い。おぉ、名を聞いておらなんだな? なんと申す」
どうやらこの田沼というオッサンは事を荒立てるつもりはないらしい。ホントありがたいことだ。運が悪ければ速攻でジ・エンドだ。田沼?田沼ってアレだよな、ひょっとしてこの御仁は田沼意次か?なら、この人物は話せば味方になりそうだ。
「改めて名乗らせていただきます。平賀源内より紹介されました有坂総一郎と申します。田沼意次様」
思いっきり嘘言ってしまったが、大丈夫だろうか……それと意次であってくれよ。外れたらヤバイし!
「儂が田沼意次である。後程話を聞くゆえ、帰りを待つが良い」
とりあえず、当たっていて良かった。なんにしても、これからは情報収集だ。迂闊なことは言えないし、彼が田沼意次本人であるとして、如何様に交渉するか……。知識を開示しても信じてもらえないだろうし、あと、正確な年代がわからないと……。
「……さま、有坂様」
やべぇ、家人が苛ついてる。思考の沼にハマって放置しすぎたらしい。家人に従って饗しを受けて暫く時間を稼ごう。思考するにしてもここじゃどうにもならんしなぁ。
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