#98 美味
何ということだ。
こやつらが、空よりもずっと高い場所、宇宙というところからやって来た種族であることを聞かされる。そして、あの奇妙な窓に最初に映し出された青い球体が、我々の住む大地だということも語った。
そして、そんな青く人の住む星が、すでに1000個以上も存在し、我々のこの大地が1019番目だということも聞かされる。
いや、それはそれで、とんでもない話だ。我々の持っていた世界観が、大いに崩れる。
しかし、だ。それ以上に私に衝撃を与えた事実がある。
目の前に出された、この食べ物は何だ?麗しき香りのお茶も見事だが、その味をこの薄黄色の食べ物が、遺憾なく引き出してくれる。
未だかつて、このような美味な食べ物を食べたことがない。目の前に映し出される荒唐無稽な話よりも、この食べ物が私の与えた衝撃の大きさは、遥かに大きい。
食の豊かさは、その国の国力を如実に表す。
つまりこの「チーズケーキ」と称するこの食べ物は、彼らの強大さを物語っている。
「……ゆえに我々は、あなた方の星の人々と共存共栄の道を歩みたいと思っております。そしてそれが、あなた方にとっても我々にとっても、最上の道であることを確約いたします」
ジラティワット少佐と申す男がそう締めくくると、様々な絵を映し出していた、目の前の大きな窓のような仕掛けが暗くなる。皆の視線が一斉に、こちらを向く。
「……つまり、そなたらは星の世界より現れ、我がフィルディランド皇国とよしみを結ぶため、ここにやってきた、と」
「はっ、その通りです」
「うむ……」
果たして、どこまでが本当であろうか?貴族の屋敷がすっぽり入るほどの口径の大砲を持つ石の砦を操り、しかも遠く星の国からわざわざ来た者が、単によしみを結ぶなどという目的で来るだろうか?
普通に考えれば、彼らの目的は「侵略」だろう。
と、言うことは、私は皇女であることを隠すべきではなかったのか?これでは、体のいい人質ではないか。
いや、さらに悪いことがある。私は今、フィルディランド皇国から追われる身。正確には、フィルディランド皇国の次期皇帝である兄上から追われている。
それが知れたら、私はこの場で殺されるのではないか?
いや、逆に私を祭り上げて傀儡とし、フィルディランド皇国の乗っ取りにかかるかも知れぬ。いずれ私は今、目の前にいるこのヤブミという男の妻にでもされて、ゆくゆくはこやつが皇帝となるかも知れない……
私にとっては、かつてない機会到来、だが皇国にとってはどうか?しかし、今の私には、彼らを味方につけることしか、手立てはない……
「ところで、皇女様」
私が心の中で葛藤していると、そのヤブミという男が私に尋ねてくる。
「な、なんだ?」
「一つ、疑問に思っていることがあるのですが、お聞きしてもよろしいか?」
「構わぬ。何であろうか?」
「どうして、皇女様はこんな森の中に、しかもろくな護衛もなしにいたのです?」
「うっ、それは……」
「しかも、ここには得体の知れない奇妙な大型生物も確認されている。そのような領域に、なぜわざわざ入り込み、その身を危険に晒し必要があったのか?」
「うう……」
こいつ、さっきは他の女どもからいじられまくっていた癖に、妙に鋭いな。何者だ、こいつは?
ああ、そうだった。そういえばこいつ、指揮官だと言っていたな。つまりはここで一番偉い人物、と言うことになる。
それほどの男ならば、鋭くて当然だろう。私はどう応えるべきか。
「提督、あまりストレートな物言いは、かえって相手にプレッシャーを与えて、答えづらくさせますよ。少し控えた方がよろしいかと」
「あ、いや、すまない。つい……」
と、そんな指揮官を諌める、ジラティワットという男。だが、この男も私に詰め寄る。
「ですが、いくつか不可解な点があることも確かですね。実際、この場所より南西2キロの地点に、一千人ほどの軍勢を確認しております。あなたの行動は、まさにその軍勢より逃れようとしていた、そのようにも見えます。一体、どのような事情がおありか、話していただけませんか?」
このジラティワットという男の方が、さらに鋭かった。やはりあの第5軍の動きを、こやつらは察知しているのか。もはや、言い逃れはできまい。
「……追われているのだ」
「はい?」
「私はまさに、その一千の軍勢に追われているのだ。あれはフィルディランド皇国の第5軍。次期皇帝である皇太子インマヌエル殿下が率いる軍勢であり、私はその軍の追撃を受けている」
「ええと……つまりあなたは、皇女様は実の兄である皇太子様から、追われていると?」
「そうだ。」
「ですが、なぜあなたが追われる必要があるのです?皇位継承でも争っているのですか?」
「いや、そんなことはない。私にもよく分からぬが、3日前にいきなり襲われて、30の手勢を集め皇都を脱出。それからこの3日間、北へと逃れ続けて、その間にも、私の身代わりに次々と兵士らは犠牲になり……」
私の目には、急に涙が込み上げてきた。私の盾となって死んでいった30人もの兵士らの顔が浮かび、それまで抑えていた何かが込み上げてきてしまった。私は手で顔を抑え、どうにかその感情を抑えようとする。
「なんだそりゃ!?だったら、この皇女様を全力で助けねえとダメじゃねえか!」
と、不意に叫んだのは、あの魔女だ。
「おい、レティシア、助けると言ってもだなぁ……」
「何言ってるんだよ、カズキ!お姫様が追われてるんだぜ?助けねえで、どうするんだよ!」
「いや、それはそうだが、どうするつもりだ?」
「そりゃ決まってるだろう!あの軍隊目掛けて、主砲を一発ぶっ放してやりゃあいいじゃねえか」
「アホか、そんなこと、できるわけないだろう!」
何やら喧嘩が始まってしまったぞ?しかしこの魔女、妙に威勢がいいな。この指揮官とやらを相手に、物おじもせず発言する。こいつは一体、どういう立場の者なのか?
「追われている原因が分からないとおっしゃってましたが、心当たりはないのですか?さすがに、何もなしで追ってくるとは考えられないのですが……」
と、その場を収めようと、ジラティワットという男が私に問う。私は、応える。
「……おそらくは、私が『戦乙女』と呼ばれていること、それが原因だと思っている」
私がそう応えると、あのヤブミとかいう男が急に叫ぶ。
「何!?戦乙女だと!?」
私は今、何か妙なことを言ったか?だが私は構わず続ける。
「……昨今、黒い瘴気が大陸の北側より押し寄せ、それに伴い、大量の魔物が北から攻め寄せて来た。この1年ほどの間に、7つの国が飲み込まれてしまったほどの勢いだ。やがてその瘴気はフィルディランド皇国の皇都ヘルクシンキへと迫りつつあった。そこで皇国は、魔物の侵攻を排除すべく、軍を編成した」
「魔物……あのドラゴンのことですか?」
「あれだけではない。むしろ、龍族は稀だ。多いのは、人の背丈の倍ほどある、一つ目の巨人サイクロプスや、小柄な小鬼、ゴブリン。それ以外にも稀に、グリンブリュスティというイノシシの化け物や、小柄な龍族のワイバーンなどが現れることもある」
「えっ、それじゃ今、ここではあのおっかない魔物とやらに、人々の生活が脅かされているってことです?」
「そうだ。だから我々はそのための軍を作り、魔物らと戦ってきた」
「魔物と戦うって……まさか、剣や弓矢で?」
「そんなものは効かぬ。我らフィルディランド皇国には、銃と大砲がある」
「ああ、なるほど……そのレベルの飛び道具は、既に存在するんですね」
「だが、我がフィルディランド皇国だけだ。他の国々は、火薬の製法を知らぬからな。で、銃士隊と長槍隊とで編成した対魔物軍団を、全部で8つ編成した。で、私はその8番目、第8軍の指揮官となった」
「なるほど……で、その第8軍の指揮官であるあなたが、どうして第5軍から追われることになるんです?」
「他の軍団はだいたい千から二千ほどの兵士で構成されている。だが、我が第8軍はたったの300人。しかし、老練で優秀な副官であるテイヨと共に、我が第8軍は数々の戦果を挙げ続けた。100匹のサイクロプスの集団を全滅に追い込んだり、無数のゴブリンどもを谷間に追い込んで、大量殺戮したこともある。そしその輝かしき第8軍の活躍のおかげで、唯一女であった指揮官である私を民は『戦乙女』と呼ぶようになった」
「はぁ、それで戦乙女ですか……うちのとは大違いだな。あ、いや、なんでもありません」
このヤブミという男、さっきから戦乙女という言葉に引っ掛かるな。何か思い当たることでもあるのか?
私が話し終えたところで、おそらくは副官的立場のジラティワットという男が口を開く。
「つまり、あなたが追われていた理由というのは、まさに戦乙女と呼ばれ、人気を集めてしまったことなのですね?」
「おそらく、としか言いようがないな。だが、思い当たることはそれだけだ。何せ私は、何も聞かされることなくいきなり宮殿内にて襲われた。第5軍を率いる兄上が何を考えて、私を襲おうと思ったのかまでは聞いておらぬ。」
「おい、ジラティワット少佐。どういうことだ?人気があると、なぜ襲われる理由になるんだ?」
このジラティワットという男に比べると、やや切れがないな、このヤブミという男は。
「決まってますよ。大軍を率いているのに対して手柄も上げない皇太子と、輝かしい手柄を立てた皇女様がいたら、民はどちらに、この先の政治を任せたいと思いますか?」
「……そりゃあ、普通に考えたら皇女様の方だろうな」
「そうです。おそらくその皇太子が恐れたことは、それなんじゃないですか?」
「だけど、封建主義の国家で、一度決めた後継者をそうあっさりと変えたりするものかなぁ」
ヤブミ殿はなおも、ジラティワット殿に食いつく。すると、あの金髪の元皇女が口を開いた。
「ヤブミ様。そんなことはありませんよ。現にペリアテーノ帝国でも、マルツィオ第一皇子が、第三皇子であるネレーロ様を暗殺しようとなさったではありませんか」
「ああ、そういえば、そんなことあったな……いや、ダニエラの言う通りだな。封建主義の為政者であっても、臣下の声を無視できない場合がある、そういうことなんだな」
「その通りですわ、ヤブミ様」
どうやら、似たようなことが彼らの間でもあったらしい。そのおかげで、私の身の上を理解していただけたようだ。
もっとも、その瞬間に私の立場は危うくなるわけでもあるのだが……この先、役立たずとして処分されてしまうか、それともフィルディランド皇国との関係を築くための駒として利用されるか、あるいは皇国を乗っ取るための御旗とされるのか?いずれにせよ、私にとってはロクな未来はない。
「ともかくだ。その第5軍とやらの暴走を、どうやって止めるかだな。でないとこの皇女様は、国に帰れないことになる」
「お、そうだな。それじゃ一発、主砲をぶっ放してやりゃあ……」
「レティシア、そんなことできるわけないだろう。大気圏内での主砲の使用は禁止されている。第一、そのフィルディランド皇国と同盟関係を築こうというのに、なんだってその軍を滅ぼさなきゃならないんだ」
「なんでぇ、お姫様を助けるためなんだから、正義の味方である俺らがその力を見せつけるのは当然だろう」
「……無茶苦茶なことを言うな。それをやった瞬間に、僕らは正義どころか、悪魔の軍隊に早変わりだぞ」
それにしてもあの魔女、このヤブミ殿に妙にため口で話しかけるものだな。あのフタバも同じだ。グエンとかいう女は、罵りながらも敬語を使っている。よく分からないな、ここの人間関係は。
「それじゃ、どうすんだよ、カズキ」
「とりあえずは、皇女様の身の安全のため、我々が保護するしかない。テイヨ殿という副官の怪我も治さなければならないからな。しばらくは、ここにいていただくほかないだろう」
「そうですね、提督。加えて、あの第5軍との接触をいかがいたしましょうか?」
「第5軍とは、接触しない」
「なぜですか?」
「追ってる相手と接触したところで、この皇女様の首を要求されるだけだ。皇女様の話から判断するに、皇国の中枢部は皇女様が暗殺されそうになっていることを知らない可能性がある。となれば、最初から中枢部との接触を狙う方が得策だろう」
「なるほど、おっしゃる通りです、提督」
「たしか、戦艦キヨスに一人、交渉官が同乗していたな。」
「はい、この星に人がいた場合に備えて、地球001から一人、派遣されておりましたね」
「その交渉官を呼び寄せて、接触交渉にあたってもらう」
私の身の上の状況がバレたというのに、あまり変わらないな。なぜか、私を助けようと言う論調だ。そこにあのフタバという女が口を出す。
「ちょっとカズキ!あたいがいるのに、なんだってわざわざ交渉官に頼むのよ!」
「……フタバ、お前、民間人だろう」
「一応はこれでも、政府から派遣された接触人でもあるんだよ。」
「だけどなぁ……」
「交渉官が現地の政府と交渉を始める前には、まず接触人がその前提を作らなきゃいけないんだよ。いきなり接触からなんて、交渉官はやってくれないわよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ、馬鹿兄貴」
「……じゃあ、お前に頼るとするか。って、どうやって接触するつもりなんだ?」
「簡単よ。皇都ヘルクシンキってところに、あたいを放り込んでくれればいいのよ」
「放り込むって言ってもなぁ。大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ついこの間だって、飢えた修行僧の真っただ中に、手羽先持参で飛び込んでいったわよ。あれに比べたら、なんてことないわ」
このフタバという女の役割がよく分からないが、どうやら我らフィルディランド皇国の者らと接触しようとしているらしい。
「それじゃ、私も行きますよ」
と、そこでもう一人、声を上げる者がいる。
「ええーっ!?だめだって、バル君がついてきても、何の役にも立たないわよ!」
「そんなことないよ。これでも10年間、人質生活をしているから、多少の交渉なら慣れてるし、こっちの武器の使い方も習ったから、いざとなればフタバを守れるよ」
「別に、自分の身くらい、自分で守れるわよ!」
「いいじゃないか、他人同士ってわけじゃないんだからさ」
「ちょ、ちょっと、馴れ馴れしく触らないでよ!」
察するにこの2人、ただならぬ関係のようだな。しかしこの女、男に対する口の利き方がなっていない。いくら親しい中でも、そのように罵ってよいものか?
「いや、バルサム殿。貴殿の役目は別にあるのだから、フタバの言う通り、ここに残った方が……」
「いえ、その役割とやらが、今のところはありません。となれば、フタバのことを助けてやりたいのですよ、ヤブミ様。」
結局、このバルサムという男の意思に押されて、ヤブミ殿は動向を認める。
こうして私は、この駆逐艦にいる者達に、その運命をゆだねることとなった。




