#97 非常識
「な、なんだ、あれは……?」
「あれか?ありゃあ、0006号艦だな」
「ぜ、ゼロゼロゼロ……ろくごうかん?妙な響きだな……それはどういう意味なのだ?」
「要するに、こいつと同じ駆逐艦だ。カズキが呼び寄せたんだよ」
レティシアと申す女が応える。だが、相変わらず意味の分からないことを言う。
「いや、そもそも、クチクカンとは何だ?」
「うーん、そうだなぁ……宇宙を飛び回り、大砲をぶっ放せる船、とでも言やあいいか?」
大砲、確かにこの女は今、そう言った。私は窓の外を見る。先ほど見えたあの石砦が、ゆっくりと地面に向かって降りているところだ。
言われてみれば、その砦の先端には大きな穴が空いている。あれは確かに大砲に見える。
だがあれは、とてつもなくでかい。あれほど大きな砲、この大陸で最大最強の国家であるフィルディランド皇国ですら見たことがない。いや、そもそも砲を作ることができる国は、我が皇国のみ。どこの国が、あれほどの砲を作ることができるというのか。
そういえば先ほど、ダニエラ殿がペリアテーノ帝国の皇女だとか言っていたな。どこだそれは?そんな国、聞いたことがないぞ。しかもこやつ、これを船だと言っていた。ということはこやつら、海の向こうから来た連中ではないのか?
あの船とやらも、浮遊岩を使って作り出したものやも知れぬ。そう考えれば、合点がいく。
「それにしても、あの岩山はなんなのでしょうね?」
「さあ……そもそもあれは、本当に岩なのか?」
だが、窓の後ろで訝しげな顔で囁く者らがいる。どうやら彼らは、あの浮遊岩を見て不思議がっている。ということは、こやつらのいたところでは、浮遊岩がないのか?
ならばどうやって、この石砦を飛ばしているというのか?
助けてもらった相手ではあるが、疑念ばかりが浮かぶ。我らが常識と思っていることに、こやつらは疎い。が、こやつらが持っているものを、私は知らぬ。
そして、なぜ私を助けたのか?
これほどのものを操れる者が、なんの思惑もなしに私を助けるとは考えられない。必ず何か、狙いがあるはずだ。
「龍族を一撃で倒し、空に浮かぶ石砦を操り、火も使わずに照らせる灯りを持つそなたらに、ひとつ問いたいことがある」
「な、なんだ?」
「そなたらは、どこからきた?そしてなぜ、私を助けた?私がフィルディランド皇国の皇女と知ってのことか、それとも別の思惑があってのことか?」
「ええと、いきなりそんなこと言われてもよ……おい、カズキ!」
「何だ?」
先ほどの、あのヤブミとかいう男を呼び出す魔女。そいつは窓の後ろで、浮遊岩を訝しる男らと共に、何かを話していたが、魔女に呼ばれてこっちへ歩み寄る。
「どうした?」
「この皇女様がよ、俺らがどっから来て、何で助けたんだって聞いてきたんだよ」
「ああ、そうか……そうだな、それはきちんと説明せねばならないな」
そう言うとこの男は、私のそばに歩み寄る。
「申し訳ない。周囲の探索に、思わず気を取られてしまった。貴殿の疑問はごもっとも、別室にてお答えします」
「ああ、分かった」
「ですが一つ、この場にてお尋ねしたいことがあるのですが」
「何だ?私のことか?」
「今、この周囲に浮かんでいるこれがなんなのか、ご存知ですか?」
そう言うと、ヤブミ殿は何やら手に持っている絵を見せてきた。そこには、真っ白い岩が宙に浮いている絵、すなわち浮遊岩が描かれていた。
「ああ、これは浮遊岩だ」
「浮遊岩?」
「そうだ」
「その浮遊岩とは、あなた方が作ったものですか?」
「いや、雲と同じで、自然に浮いているものだ」
「ええっ!?自然に浮かぶ岩……どうやって浮いているんですか!?」
「そんなことを、私に問われても知らぬ。雲とて、理由もなく宙に浮いているではないか。それと同じだ」
奇妙なことを聞くものだ。太陽や月、渦巻く星々、そして雲に浮遊岩。ずっと昔から当たり前のように宙に浮いているこれらを、なぜ浮いているのかと問うやつらに、私は初めて出会った。
「……まあ、とりあえずあれが、この星の方々の常識であるということは認識しました。では、今度は我々があなたの疑問に答える番です」
そういうと、このヤブミという男は私を窓の反対側に手招く。車椅子を押すのは、あのフタバという女。そしてレティシアという魔女に、ダニエラという元皇女と申す女も、私の後からついてくる。そしてさらにもう一人、男が付きそう。
◇◇◇
空中に浮かぶ岩が、ここでは普通なのか?
だが、この皇女様と話をして、いくつかはっきりしたことがある。
それは、我々を攻撃してきたあの自動迎撃システムは、やはり彼らのものではないということだ。
彼らが所持していたものは、鎧に短剣、そして長剣の収まっていた鞘のみ。剣はおそらく、この艦の下の地面のどこかにあるだろうが、敢えて探してはいない。見つけたところで、この艦に乗る以上、武器を渡すわけにはいかない。ならば、そのままでもいいだろうと判断した。
とにかく、その程度の装備しか持たない連中が、宇宙空間にあんなビーム兵器など、配置できるはずもないな。
「ジラティワット少佐」
「はっ!」
「貴官には、この宇宙、そして我々連合に関する説明を頼む。それから、グエン少尉に連絡、会議室にお茶の用意を、と」
「はっ!」
少佐の連絡を受けて、すぐに動いたのだろうか?環境を出てエレベーターの横を通り過ぎる頃には、グエン少尉が大きなワゴンを押して会議室へと向かっているところだった。
……にしても、早いな。連絡してまだ30秒程度しか経っていないぞ?それでもうお茶の準備を終えて、しかも食堂からエレベーターに乗ってもうここまで到達するなど、可能なのか?
「なんですか、変態提督」
相変わらず、グエン少尉は僕には厳しい。目があっただけで、この態度だ。それほど自分が変態ではない自覚はあるのだが、どうしてこいつは僕のことを執拗に変態呼ばわりするんだろうか?
「おう、グエン。早いな。さっきジラティワットが連絡したばかりだってぇのに、もう追いついたのか?」
「違いますよ。艦長がすでに、お茶の準備するよう、私に指示を出してくれていたんです。どこかの提督よりは、よっぽど艦長の方が気が利きますよ」
ああ、そうか。オオシマ艦長がすでに気を利かせていてくれたんだ。さすがはベテラン艦長だ。こういうことは気が回る。
で、グエン少尉からは冷たい視線を、その少尉を訝しげな表情でじっと見つめる皇女様を伴いつつ、僕は会議室に到着する。
「失礼します」
僕はドアをノックし、開く。中にはオオシマ艦長と、バルサム殿が待っていた。艦長は立ち上がり僕に敬礼を、そしてバルサム殿は会釈する。
「お待ちしておりました。皇女様、さ、こちらへ」
「あ、ああ、頼む」
フタバが皇女様の車椅子を、艦長の手招く場所へと移動する。その様子を横でニコニコとしながら見つめるバルサム殿。そんなバルサム殿をフタバは、キッと睨みつける。
「……なによ」
「いやあ、車椅子を押すフタバも、可愛らしいなぁと」
「何考えてるのよ、変態。今、皇女様をご案内しているところなのよ。変なこと言わないで」
ぷりぷりとバルサム殿をあしらうフタバだが、そんなフタバの様子を見るにつけて、さらに笑みを深めるバルサム殿。
「……まったく、何考えているのかしら、あの男は」
「なんでぇ、愛しの彼氏じゃねえか」
「なーに言ってんのよ。あんなのが彼氏なわけがないじゃない。大事な賜物使いだから、仕方なく付き合ってるだけよ」
「そうか?おめえ、そういいながらよく、バルサムと一緒にご飯食べてるじゃねえか」
「だって、バル君が勝手についてくるから、仕方ないじゃない!」
「へぇ~、バル君ねぇ……」
なんだ、フタバのやつ、バルサム殿をそんな呼び名で呼ぶほどの仲になっていたのか。男相手にそんな呼び方をするフタバを、僕は初めて見たな。
「……では、お茶などいただきながら、私がお話いたしましょう。まずは、我々がどこから来たのか、という問いに対する答えからお話しします」
ジラティワット少佐が、大型モニターの前に立ち、皇女様の方を向いてこう告げる。皇女様の前には紅茶とチーズケーキがおかれる。この艦内で、唯一作れるスイーツをお出ししたが、果たして口に合うだろうか?
そしてモニターには、地球の姿が映し出される。一瞬、皇女様の顔が曇る。
「なんだ、これは!?」
「はい、この星を宇宙から見た姿です」
「星?宇宙?どういうことだ!」
「はい、実は我々は、この空高く、星の広がる宇宙からやって来たのです。宇宙とは……」
プレゼンが得意なジラティワット少佐の話術に、すっかり聞き入る皇女様。そしておそらく、彼女が知らない世界の話が始まる……