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#94 逃避行

「リーナ様!こっちです!」


 私を呼ぶ声がする。姿は見えない。いやよく見れば森の木々の、揺れる枝葉の合間から大葉と見間違う手が振られているのが見えた。私はあたりを警戒しつつ、そこに飛び込む。


「ここは……?」

「この奥に、炭焼き小屋がございます。まずは、そこへ」

「テイヨはそこに、いるのか?」

「まもなく、ここへいらっしゃると」


 皇国軍より突如、追われる身となった私は、わずかな手勢と、第8軍の副官とを従えて、何とかこの北方の地にたどり着く。

 ここより北は、私の亡き母がかつて過ごしたグリーデランド王国があったところだ。が、その地はすでに瘴気に飲まれ、今は人の住む場所ではない。

 我がフィルディランド皇国のあるこの大陸は、北より迫る瘴気と、その黒い霧に誘われて現れる人ならざる悪魔の生き物らの襲撃に、辛うじて抗っている。

 もし我が皇国が突破されたならば、そのさらに南の国々を魔物らが蹂躙し、やがてこの大陸は人の住まぬ大地と化すこととなろう。

 人がその持てる力を合わせて、その大難禍事に備えねばならない。今はまさに、人と魔物の総力戦の時である。

 そんな折に、なぜ私はその共闘すべき人より追われ、皇国を離れねばならないのか?


「リーナ様!こちらへ!」


 兵士が指すその先には、山と積まれた薪木と、やや黒ずんだ粗末な小屋。それは黒ずんではいるが、あの瘴気によるものではないようだ。私は、その小屋の扉を潜る。


「申し訳ありません。かような粗末なところしか見つけられず……」

「いや、構わぬ。屋根があるだけでも有り難い。なにせ皇都を出て以来、3日というもの、寝床らしいところには巡り合わせられなんだからな。よく、探し出してくれた」


 落ち込む兵士に、私は労いの言葉をかける。私などよりも、彼らの方がずっと疲労困憊していることだろう。昨夜も交代で、我が寝床の周囲を警戒していた。今夜もおそらく、寝る間もなかろう。

 何という無力。彼らを守るべき私が、彼らの力に頼らねばならぬとは、何という無念、何という理不尽。だが、私はまだ、死ぬわけにはいかぬ。

 この国に「聖女様」が現れ、この大地に再び人の安穏をもたらす日が訪れる日を、見届けるまでは。


「リーナ様!」


 と、そこに鎧姿の初老の男が飛び込んできた。副官にして、我が参謀役のテイヨである。


「テイヨ!無事であったか!」

「はっ、辛うじて」

「……で、如何であった?」

「すでに第5軍が、この丘陵周辺を囲んでおります。西に8つ、東に7つ、そして、南に13」

「……つまり、北以外の三方は、塞がれておると」

「さようです、リーナ様」

「北に向かうしか、ないというわけか」

「おそらくは、それがやつら……いえ、殿下の狙いなのでしょう。我らの始末を、魔物にさせるための……」

「まだ希望は棄てるな。だが、それが狙いとあれば、今夜は襲ってはこまい。皆も休め」

「しかし、リーナ様!」

「大丈夫だ。我らには、大地神マナエモの加護がある。早々には死なぬ」

「はっ」


 やつらの謀略は狡猾で、残酷だ。仮にも皇女たる私を、同じ皇国の兵によって殺めるはまずいと考えているようだ。となれば、やつらのなすべきことは、ただ一つ。

 あの、魔物蔓延る黒い瘴気の只中に、我々を追い込めばよい。

 兄上、すなわち、次期皇帝となるインマヌエル・グスタフ・フィルディランド殿下ならば、考えそうなことだ。

 しかし、実の妹である私を、さように凄惨な方法で葬るなどとは、しかもこの魔物との戦いが苛烈を極めるこの状況に、何を考えておられるのか?

 まあよい、ここは何とか切り抜け時間を稼ぎ、その間に、私の不在を不審に思う陛下が兄上に詰問され、その浅はかな野望が暴かれるその日までは、なんとか生き延びねば……


「リーナ様!」


 と、外で見張りをする兵士の一人が叫ぶ。


「何事か!まさか、襲撃か!?」

「いえ、空を……」

「空?空に何が……」


 叫ぶ見張り兵に問うテイヨと私は、その兵士の指差す方向を見た。空に渦巻く星の海を横切るように、青白い光の筋が何本も光るのが見える。


「まただな……なんだあれは?」

「さあ、何でございましょう?」

「つい20日ほど前にも、あの光の筋が現れたと聞くが?」

「はっ。皇都では幾人もの目撃人がおると、聞いております。が、その時は一本の筋のみ、今宵は何本も現れております」

「一体、なんなのだ、あれは……」


 我が皇国では、空に瞬く青白い光の筋は凶事の兆しと伝える神話がある。そんなものが、立て続けに2度もこの空に現れた。しかも、今回の方が多いという。

 が、もはや私は、凶事の真っただ中だ。今さらそれを告げるものが現れたところで、我らにはすでに為すべき手を失っている。

 しかし、だ。凶事の凶事ということは、福に転ずるかもしれぬ。なぜか私はそう思う。いや、もはや進むべき道を失い、妄想と願望を抱いていているだけにすぎないのかもしれぬのだが。

 やがて、青白い光の筋は消える。しかし私は暫しの間、その静けさを取り戻したその満天の空を仰いでいた。


◇◇◇


「高エネルギー波、探知!」


 来たな。報告にあった宙域で、それは現れた。


「全艦に伝達!砲撃戦用意!」

「了解、砲撃戦用意!」

「相手がまだ特定できていない!それまでは、防御に専念!砲撃待て!そう伝達せよ!」

「はっ!」


 僕の命令を、全艦に伝達するジラティワット少佐。相変わらず、仕事が早い。それがこの、別の銀河に到着してからも変わらない。

 西暦2490年6月19日。艦隊標準時、すなわちナゴヤ時間で午前11時2分、僕らはこの未知の銀河に進出する。そして、ここにつながる(ゲート)と直結するワームホール帯のすぐそばにある地球(アース)に向けて前進中だ。


 にしても、この宇宙は奇妙だ。窓の外には、銀河系では決してみられない天体が広がっている。棒渦巻銀河。中心部が間延びした、やや楕円形の形の銀河が、その形をこちらにさらしながら、すぐ間近に見えている。

 こんな光景は、銀河系ではありえない。星の集合体と言えば、せいぜい自身の銀河の断面である天の川を見ることができる程度だ。

 その奇妙な宇宙で我々は、未知なる対象からまさに攻撃を受けようとしている。


「エネルギー波、急速接近!」

「回避運動、バリア展開、急げ!」


 オオシマ艦長の声が響く。が、そのビーム光の向かう先は、我が艦のやや左側の艦艇だ。


「どうだ、発射地点、特定できるか?」

「はっ!前方の地球(アース)型惑星軌道上、距離35万キロ!」

「タナベ大尉!レーダーには!?」

「はっ!当該宙域に、艦影なし!ただ……」

「どうした!?」

「全長30メートルほどの、小惑星らしきものを捕捉!」

「光学観測班!どうか!?」

「はっ!光学観測!小惑星を視認!モニターに投影します!」


 僕とオオシマ艦長の正面にある大型モニターに、その小惑星が映し出される。確かにそれは、小惑星だ。どう見ても、連盟軍艦艇などではない。しかし、その中央部に大きな穴が開いており、それが兵器であることを如実に示している。

 その大穴に、再び青白い光が灯る。


「高エネルギー波、探知!」

「くそっ、なんとかあの物体にコンタクトは取れないのか!?」

「全周波数で呼びかけてますが、未だ反応なし!」

「第2射、来ます!」


 再び、ビーム光が我が艦隊に向けて放たれる。ビームの威力は、我々とほぼ同等。ただし一点、異なる点がある。

 それは、射程距離が35万キロという点だ。我が地球(アース)001の砲ならば45万キロ、それ以外の連合、連盟艦艇の主砲は30万キロ。しかし、ここで放たれるそのビーム砲の射程は、いずれでもない。

 にしても、さっきからたった一門でしか攻撃がない。それに、たった30メートルほどの本体から放たれるビーム。もしやあの兵器は……


「砲撃管制室、カテリーナ兵曹長!あの攻撃対象をロックオンできるか!?」


 僕は艦内放送を通じて、カテリーナに尋ねる。すると、あの砲撃手からすぐに返答が来る。


『無理っ!』


 なんともそっけない返答が返って来た。が、予想された返答だ。


「提督、まさかあれは……」

「ああ少佐、間違いなくあれは、無人兵器だ」


 そう、カテリーナが捉えられない相手、それはすなわち、砲撃訓練時に用いる小惑星と同じようなもの、つまり、無人の兵器だ。

 前回もそうだが、接近する不明物体に向けて機械的に撃ってるとしか思えない挙動だ。カテリーナが探知できないという時点で、あれが無人のそれであると確信する。

 にしても、どうしてあんな無人兵器がこの宙域に?不可解極まりない兵器の存在に、僕はどう対処すべきかを悩んでいた。

 あの兵器の所有者は、普通に考えればこの先に見える地球(アース)型惑星の住人だろう。だが、それはそれで、僕はどうしても腑に落ちない。

 無人兵器があるのは分かった。が、それ以外には何もない。

 普通、宇宙空間内に迎撃システムを持つような星なら、この宙域一体にもっと別の構造物、人工衛星や宇宙船、あるいは居住設備(コロニー)などが存在しているはずだ。また、電波によるやり取りが観測されていてしかるべきだ。

 が、この宙域には、あのたった一つの無人ビーム兵器しか存在しない。電波など、飛び交ってもいない。

 僕は、決断する。


「ジラティワット少佐」

「はっ!」

「あの無人兵器を、破壊する」

「えっ!?あれを、破壊するのですか!?」

「そうだ。でなければ我々は、あの星に接近することができない」

「しかし、あれは紛れもなくこの地球(アース)の物でしょう。それを破壊したとあっては、この星の人々との接触に支障をきたすのではありませんか?」

「いや、多分、それはないと思う」

「そう、根拠もなく申されましても……」

「あれを建造できるほどの技術を持つ者がこの星に今、存在するならば、それ以外の人工物をまったく確認できないというのも、おかしいとは思わないか?」

「はぁ、確かに」

「となれば、あれを破壊し、あの地球(アース)に降り立つ。それが我が艦隊の最優先事項だ」

「……承知しました。では、あの無人迎撃衛星の破壊を開始いたします」

「頼む」

「ところで、提督」

「なんだ?」

「あの衛星破壊を、どの艦にさせましょうか?」


 そうだな、回避運動もしないほぼ止まった相手だから、10隻もあれば足りるだろう。だが、その10隻を適当に選ぶと、おそらく苦情を言ってくるやつがいる。それを踏まえて僕は、ジラティワット少佐に応える。


「駆逐艦0210号艦麾下の戦隊10隻に、攻撃させよ」

「0210号艦ということは、エルナンデス大佐の艦ですか?」

「そうだ」

「なぜ、エルナンデス大佐の隊に?」

「他の誰でもいいが、それでは間違いなくエルナンデス大佐は文句を言ってくるだろう」

「……その通りですね。了解しました、エルナンデス大佐に砲撃命令を伝達します」


 ジラティワット少佐も、あの大佐の性格というか、扱いを心得てきたようだ。少佐は早速、手元の端末を用いて電文で、僕の出した指示を伝える。

 あれはおそらく、あの(ゲート)と同様に、現生人類の残した遺跡の一種だろう。もしかするとずっと以前はもっとあったのだろうが、今はあの一つしか生き残っていないのではないか?

 そう考えれば、あれ以外の人工物が全く見当たらないことへの説明にはなる。本当ならば破壊などせず、調査対象にしたいところだが、ビーム兵器を備えた小惑星への接近、調査など、無謀過ぎる。

 それよりも、だ。我々の宇宙では見られない、自動迎撃システムの残された星。

 その星の上にこそ、あれ以上の何かが秘められている。そちらの方が僕は、関心がある。だから、あの小惑星の破壊を決めた。

 ところが、すぐに直接通信が飛んでくる。


『おい!無人兵器を撃てとは、どういうことだ!?』


 撃たせたら撃たせたで、文句を言ってくる。なんなのだこいつは。いちいち応えるのも面倒だ。僕は0210号艦に再度、攻撃命令を打電してもらう。撃つ気がないのなら、他の艦に変更する、という補足もつけて。

 で、それから3分後に、その大佐の乗る0210号艦から衛星破壊の報が入った。


地球(アース)型惑星まで、あと3万キロ!」

「両舷前進微速。衛星軌道に入る」

「両舷前進びそーく!」


 それから30分後には、我が0001号艦以下10隻、0010号艦までが、惑星降下のためあの未知の星に肉薄していた。

 海があり、大陸があり、そしてその上には緑と茶色に彩られた陸地が存在する、典型的な地球(アース)型惑星だ。しかし、根本的に違う部分もある。


「半径およそ1万2千キロ。我々の地球(アース)型惑星のおよそ倍の半径を持っております。が、重力はほぼ同じ、981ガル」

「スペクトル分析から、窒素78パーセント、酸素21パーセント。これもほぼ、我々の地球(アース)と同じですね」

「そうか……観測を続けてくれ」


 事前情報通り、ここはおかしな星だ。聞いたことがないほど大きな地球(アース)型惑星だが、重力も大気組成も同じ。おまけに、気圧や気温まで遜色ないという。


「……ただでかいだけの、地球(アース)型惑星、と言ったところでしょうか?」

「ただ、でかいねぇ……」

「しかし、こうしてみると本当に大きいですねぇ」

「ああ、大きいな。我々の常識外の大きさだ」


 高度1000キロの衛星軌道上から眺める地球(アース)にしては、異常に外形が大きい。あまりの大きさに、平らな星かと錯覚するほどのまっすぐな水平線を眺めつつ、その周回軌道へと進入する。

 で、高度200キロの周回軌道上に乗った時、ダニエラが叫ぶ。


「あら?」

「どうした、ダニエラ?

「あ、いえ、今何か、見えたのですが」


 鏡を見ながら、そう語るダニエラ。つまり、神の目が何かを捉えたということになる。


「見えたって……まさかまた、無人兵器か?」

「いえ、それとは違う何かに感じたのですが

「違う何かって……じゃあ一体、なんだ?」

「位置は、この先の地上付近。ちょうどあの暗闇の中ですわ」


 もしもそれがあの無人兵器と同じものならば、攻撃してくるはずだ。が、エネルギー反応はない。しかし、ダニエラがあの星の表面に、何かを捉えたという。

 やはり、この星には何かがある。もしかしたら、我々はあの遺跡を作った原生人類の末裔に出会えるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、僕はダニエラの示すその場所を目掛けて、10隻の大気圏突入を命じた。

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