#93 出発
「白色矮星域にワープアウト!門まで、あと2時間!」
「了解。第1艦隊に打電。第8艦隊はまもなく、地球ゼロにワープ、速やかに未知銀河へとつながる門へと突入する、と」
「はっ!」
そういえば、ジラティワット少佐以外の幕僚士官の派遣要求を通すことを忘れていた。おかげでまだ、ジラティワット少佐の仕事が減る気配がない。
とはいえ、今度の場所は連盟軍のいない宙域。果たして、幕僚が2人もいるのだろうか、という疑問はある。
「第1艦隊より返電!地球ゼロにて、第8艦隊と随行する戦艦キヨスが待機中、これと合流し、未知銀河へに向かえ!宛、第8艦隊司令官、ヤブミ准将!発、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将!以上です!」
まるで待ち構えていたかのように、すぐに返事が帰ってきた。そこには、僕が要求していた別の案件が通ったことを伝えていた。
これから向かう先は、別の銀河だと言われている。いくら門一つで繋がった場所とはいえ、そんな場所に駆逐艦隊だけで向かうわけにはいかないだろう。どう考えても、補給のための随行補給艦が必要だ。
というわけで、この艦隊にはなかった戦艦の随行を、コールリッジ大将に願い出ていた。
で、あてがわれたのは、戦艦キヨスという艦だ。
実はこの戦艦、廃艦が確定していた老朽艦だ。元々は第6艦隊所属の戦艦だったが、最近、登録を抹消されたばかりだった。
艦暦は200年、今どきにしては珍しい、口径200メートルの大型砲を2門搭載する旧タイプの戦艦。
全長4700メートル、収容艦艇数は40、標準砲を30基搭載する、戦艦としてはまずまずのサイズ。当然、街があり、人口は2万人。
が、廃艦と同時に、その艦の住人は新造艦へ移住したのでは……と思いきや、この旧式艦に残りたいという人々と、新たに募集して集めた住人によって、どうにか必要人数を集めたようだ。また、機関部なども一部、換装されている。
で、僕の出身地に合わせて、新たに新型艦として命名、登録された。それで、名前が「キヨス」。ナゴヤではなく、キヨス。ノブナガ公がその名を馳せるきっかけとなった出発の地の名前を冠した戦艦。当然、僕が命名した。
「しばらく、席を外します。地球ゼロへつながる門突入時までには戻ります」
「はっ!」
僕はオオシマ艦長にそう告げると、席を立つ。向かうは、食堂だ。
「なんだよ、フタバ。まだ決心がつかねえのかよ」
「いや、決心とか、そういう問題じゃないし」
「フタバ……結婚?」
「何言ってんのよ、カテちゃん!それどころじゃないし!」
「我も、思う!結婚、いいぞ!」
「ザハちゃんまで……なんだってみんな、あたいのことに夢中なのよ!」
珍しく、フタバがカテリーナとザハラーに挟まれて、そこにレティシアも加わり、なにやら詰め寄られている。話の内容から察するに、バルサム殿とのことだろう。
しかし、そういう話題には無関心だと思っていた、カテリーナとザハラーが、どうしてフタバのこの一件に興味津々なのか?横でそれぞれ、ピザと納豆ご飯を食べながら、フタバにピッタリと張り付いている。
「なんだ、騒がしいな」
「なによ、バカ兄貴!あんたが原因作ってるんでしょうが!」
一応、僕はこの艦隊の司令官なんだけどなぁ。それがいきなり馬鹿呼ばわりされるとは、なんとも酷い扱いだ。
「なんですか、また何かやらかしたのです、この変態提督は?」
と、間の悪いことに、そこにグエン少尉が現れた。
「いや、別に何も……」
「ちょっとグエちゃん、聞いてよ!この兄貴、軍のためだとかで、あたいをある男に売ったのよ!」
「うわぁ……いやらしい男だとは思っていたけど、まさか自分の妹まで巻き込むなんて……」
いやいや、誤解も誤解、著しく事実と異なる話だぞ。だいたい、フタバとは相性が悪かったはずのフタバとグエン少尉が、どうしてこんなところだけ意気投合できるんだか。
「まあ、なんですかね。こんな無粋な女を好いてくれる男が現れただけでも、ありがたいと思わなきゃだめですわね」
「いやあ、それを無粋なマリちゃんから言われるとは思わなかったわぁ」
で、マリカ中尉は、容赦なくフタバを攻める。
「そうですわね、私が見てもお似合いだと思うのですが」
「あのさ、いくらダニちゃんが『神の目』を持っていると言っても、そんなことまでは見通せないでしょう?」
「何をおっしゃいます。私、これでも人を見る目はございますわよ」
ダニエラにまで、お似合いだと言われてしまった。確かに、ダニエラの人を見る目はなかなかのものだ。そのダニエラが見て、相性良く見えるというのは看過できない事実ではないのか?
で、その女性陣の話を、横でジーッと聞いているのは、エフェリーネだ。そういえば彼女が話しているところを、聞いたことがないな。カテリーナ以上に無口だ。
が、ついにここでそのエフェリーネも、口を開く。
「なんや、はよう諦めて、一緒になればええんでないか?」
「ええーっ!?エフェちゃんまで、そういうこと言う!?」
初めて聞いた、エフェリーナの声。しかし、なんだな……少し変な訛りがあるな。たしか彼女は元々、サンレードの出身だ。だから、誰かから統一語を教えてもらっているはずだ。その相手の訛りが、うつってしまったということか?
それにしても、うちの船も女性陣が増えたなぁ。元々はレティシアとグエン少尉だけだったのに、いつの間にかカテリーナ、ダニエラ、そしてザハラーが加わり……マリカ中尉はともかく、フタバやエフェリーネまで加わることになろうとは。
「ちょっと、何こっち見てるんですか!変態提督!」
まるでゴミを見るような目で、こっちを睨みつけるグエン少尉。一応、僕はこの艦隊の司令官なんだけどなぁ。どうしてこう、僕の扱いは雑なんだ?
「提督、女性陣のことは放っておいて、こちらはこちらでやりましょう」
「そうですぞ、ヤブミ提督!ここは筋肉を鍛えてですな!」
「いや、ドーソン大尉よ、司令官が筋肉鍛えてどうするの……」
なぜかそこに、ナイン大尉、ジラティワット少佐、タナベ大尉、そしてドーソン大尉が現れる。
「いやあ、珍しい人が集まってますね」
さらにそこに、デネット大尉まで加わる。
「おい、デネット!別に珍しくはないぞ!皆、筋肉を語る仲間だ!」
「そうですよ。筋肉はともかく、よく集まってますよ、我々は」
「そういえば、デネット大尉が加わることが珍しいですよね」
「あはは、そういえばそうだね。いつもマリカがべったりだからね」
言われてみれば、デネット大尉が男集団に加わることは少ないな。あのストーカーじみたやつがべったりだから、なかなか抜け出せないようだ。
が、マリカ中尉は今、女性陣に加わってフタバをいじるのに夢中だ。珍しく、デネット大尉から離れて行動しているな。そんなに面白いのか、フタバいじりは?
「おお、皆様、お集まりのようで」
と、そこに現れたのは、まさに噂の中心にある人物、バルサム殿だ。
「あ、バルサム殿じゃないですか」
「おう、あんたがバルサムか!?どうだ、筋肉でも鍛えてみるか!?」
「いえ、結構です……ええと、こちらに加わっても、よろしいですかな?」
「どうぞどうぞ」
「いやあ、あなたとフタバ殿の話で、艦内はもちきりですよ。」
「大胆ですねぇ」
「やはり、まずは筋肉を……」
「ところでバルサム殿。確か、ペリアテーノ東方のスルメール出身だとか。そのわりには、こちらの言葉に堪能ですね」
やたら筋肉の話に振りたがるドーソン大尉をかわし、デネット大尉がバルサム殿に話題を振る。
「ええ、実は10年ほど、私はペリアテーノにいたのです」
「へぇ、スルメールとペリアテーノは、昔から繋がりがあったのですか?」
「ええ、あるにはありましたね」
「なんだ、スルメールもペリアテーノも筋肉で繋がって……」
「それで、バルサム殿はなんのために、ペリアテーノに在住を?」
「ああ、人質ですよ」
バルサム殿のこの言葉に一瞬、この場の男性陣の空気が凍る。
「……あ、いや、すみません。知らぬこととはいえ、嫌な過去を思い出させてしまったようで」
「いえ、事実ですし、それが転じて今、こうして皆様と会話できるわけですから」
「しかし、穏やかじゃありませんね。どうして『人質』だったのです?」
「昔、ペリアテーノとスルメールとは、交易をめぐって争いが絶えなかったのです。で、とうとう戦争が起こってしまった。そういうことが12年前に起きたのですよ」
「そうだったのですか……交易関係でつながる、平和な国家間の付き合いが続いている国同士だと思ってましたが」
「表向きは、ですね。それを担保するために、私がペリアテーノに派遣されたのですよ」
「はぁ、そうだったんですか……でも、どうしてバルサム殿が?」
「ああ、それは私が伝書鳩を操れる者だったから、ですよ。実際、私が捕獲した伝書鳩によって、あの戦争はかなりスルメールに有利な情報をもたらしましたから。それで休戦協定が結ばれた際、彼らは私の身柄を真っ先に要求した。そういうことです」
この話を聞く限りでは、休戦と言いつつも最終的にペリアテーノが優勢だったのだろうな。事実上、スルメール側の敗北で、人質が要求された。そんなところだろう。
「いや、触れてはいけない過去を思い出させてしまい、すいません」
「いえ、人質といっても、別にどこかに閉じ込められていたとか、そういうわけではありませんでした。ペリアテーノを出ることはできませんでしたが、それ以外のことは比較的、自由でした。そこで私はよく、円形闘技場や演劇場、そして平民街にはよく行きましたね」
どうやら、人質という響きとは裏腹に、比較的穏和な時代を過ごしたようだ。とはいえ、情勢によってはいつ奪われるかわからない、保証のない命。そんな幼少期から青年時代にかけてを、いわば敵地で過ごす羽目になったバルサム殿。そして、国家間の関係が安定した2年ほど前に、スルメールに帰ったという。
「スルメールとペリアテーノ、この2つの国家を知るだけでもかなり広い見識を持つ人物だと言われていたのですが、あなた方が現れて、私の見識など、この広大な宇宙の、ちっぽけな一点に過ぎないことが分かったのですよ」
「いやあ、ちっぽけなどということはないですよ。私なんて、宇宙船に乗ることがなければきっと、ハカタを出ることなく一生を終えていたかもしれません」
「筋肉があれば、問題ない!」
「私も多分、軍に入らなければ、ミャンマーの中から出ることはなかったかなぁ」
僕も同感だな。もし父親が健在だったなら、おそらくは普通の大学に行き、軍に入ることなく、どこかでごく普通の会社員となっていた可能性が高い。提督などと呼ばれているが、ほんの紙一重の運命が、僕にこんな立場を与えてくれた。そして、レティシアとの出会いも……
「いえ、皆様は自身の星を遠く離れたこの場所を訪れ、そして出会う運命だったのですよ。そして私も、この先にあるという未知の場所へと向かう運命。そしてその先には、我々と出会う運命を持った人々が、今も暮らしているのです。それを受け入れて、精一杯生きること、それが我々が土に還るまでに与えられた道なのですから」
このバルサムという男とこうして話してみて思うのは、とても純粋な人物だということだ。なんというか、嘘偽りのない、自身の心にまっすぐな男。さりとてわがままでもなく、不思議と人を惹きつける魅力を持つ。ここにいる男性士官達とも、すっかり溶け込んでしまった。
もしかしたらフタバも、すぐに打ち解けるんじゃないだろうか?そういう思いが僕の中にも生まれる。
そんな人々を乗せた駆逐艦0001号艦は、ついに地球ゼロへ、そしてその先にあるという、未知の銀河へと旅立つ。
「まもなく、門に突入します!」
「超空間ドライブ、作動準備!ワープ用意!」
バルサム殿のいう運命とは、この先の宇宙にもあるのだろうか?そこには、どんな人々がいて、どういう出来事が待っているのだろうか?半分期待、半分恐れを抱えながら、僕はこの先に待ち受ける運命に想いを馳せる。