#92 接近
地球1010に、帰ってきた。
で、フタバとバルサム殿との「再会」の場を、僕はあの店に設定する。
「いらっしゃい!よ、大将!久しぶりですね!」
「いらっしゃいませ、ヤブミ様!」
僕とレティシアは、夫婦での出迎えを受ける。あらかじめ、奥の座敷を予約しておいた。が、その理由をまだ、ここの店主は知らない。
「おう、ロレッタも元気そうじゃねえか」
「はい、おかげさまで。」
看板娘……いや、もうすっかり店主の奥様という風貌のロレッタと、レティシアとが挨拶している。たった2人で切り盛りしている店……というイメージはすでになく、ペリアテーノから迎えた3人の料理人と、2人の接客店員を抱える店となっていた。
で、客もどちらかというと、ペリアテーノの人が多い。こんなところで食事ができるということは、貴族か豪商人だろう。ここはまだ、庶民には高嶺の花だ。
にしても、すっかり味噌カツがペリアテーノの貴族の定番料理となってしまったな。勧めた側の者としては少しだけ、心苦しい。ナゴヤ飯が、7000光年を超えて、定着しつつある。心穏やかではいられない。
が、これから行われる対面と比べたら、その心苦しさなど比べ物にならない。
「よ、よお、カズキ……」
奥の座敷で待っていると、フタバが現れた。ここ2週間ほど、フタバはスルメールを超えたさらに東の国、ガムダーラと呼ばれる国に行っていたようだ。そこはそこで、スルメールに匹敵するほどの賜物の宝庫だったようだが、あまりフタバの印象は良くない。
「まったく……そのガムダーラってところは、どういうわけか難行苦行が大流行りで、やれ何日寝てないとか、何日食べてないとか、そんなことばかりを自慢するおかしな連中が多くて困っちゃったわよ」
「へぇ〜、フタバもそこに混じって、修行してこりゃあよかったじゃねえか」
「いやよ、冗談じゃない!いつの時代の話よ!」
いつの時代も何も、この星はまだ、そういう時代なんだけどな。
「でも、その苦行のおかげで、賜物を持つ人を探すのは楽だったわよ」
「なんでだ?」
「そういう特殊能力を持っている人物ほど、修行僧として断食修行をやってるのよ。だから、手羽先のパックをぶら下げて訪れるの。いやあ、釣れる釣れる。いっぱい賜物持ちが釣れたわぁ」
なんてやつだ、修行僧相手に、食べ物で釣ってたのか。随分とバチ当たりな行為だが、だけどそういう戒律破りなことを平然とやって、大丈夫なのか?
「なんだそりゃ、なんか、すげえやべぇやつだな」
「何言ってんのよレティちゃん。賜物のためなら、手段を選んでられないわよ。でもさ、ある日その修行僧を仕切る教祖みたいなやつが現れて、私にすごい剣幕で怒鳴りかかってきたのよ。修行の邪魔をするやつは、出ていけって。そこから刃物を持った連中に追いかけられてさ、それで命からがら逃げてきたってわけ」
「まあ、そりゃそうなるだろうな」
「でもさ、その教祖って、めちゃくちゃ太ってるのよ。それってつまり、若い僧侶には食べさせないで、自分だけたらふく食ってるってことじゃない。まったく、ここの味噌カツを、あの聖地にばら撒いてやりたい気分だったわ」
めちゃくちゃなやつだな。どっちもどっちな気がしてきた。まあ、そういう修行ってやつはいずれ、我々がもたらす街に溢れる味噌カツ……だけではない、豊富な食べ物を前に、消滅する運命だろうな。
「で、そのバルサンってやつ、本当に使えるやつなの?」
「バルサムだ。ここにくる前に一度、テストをした。ザハラー同様の能力を持つ人物だと分かった」
「ねえ、ザハちゃんって確か、レーダー狂わせるっていう厄介な能力だったんでしょう?なんでそんな能力を持つ人物が必要なのよ」
「ああ、そうか、フタバは知らないのか。先日、発見された遺跡には、ゴーレムが出現するんだ」
「ゴーレム?ゴーレムって確か、いきなり地面や岩肌から現れる、人型の化け物でしょう?」
「そうだ。よく知ってるな」
「そういうものが現れる星があるって、聞いたことがあるからね。で、そのゴーレムが、どうかしたの?」
「だから、小惑星の上に立つ真っ白な門の周りに、そのゴーレムが出現して、我々の接近を阻むんだ。ところがだ、ザハラーのあの能力を使うと、そのゴーレムが行動不能となる。理由はわからないが、ともかく遺跡の調査には、その能力が欠かせない」
「で、ゴキブリ退治剤みたいなやつも、それと同じ能力を持つ、と」
「バルサム、な。まあ、そういうことだ。で、ザハラーの能力は他にも『神の目』の力を増幅することもできることが分かっている」
「なにそれ。レーダーを狂わせること以外は、めちゃくちゃ使える力じゃない」
「そうだ。だが、それを持つ者は今のところ、ザハラーとバルサム殿の2人だけだ。だから、この力は我々にとって、とても貴重なものだ」
「……それで、実の妹を売り渡した、というわけね」
「いや、違う。会う機会を作っただけだ」
「だけど、ここであたしがそいつと会わない!なんて駄々をこねようものなら、そいつはヘソを曲げて、協力してもらえないかもしれない、ということになりかねないんでしょ?」
「まあ、そうかもしれないな」
「だったら、形だけでも付き合うしかないじゃない。まったく……厄介な兄貴を持ったもんだわ」
ぶつぶつと文句を言いながら、コップの水を飲み干すフタバ。いや、フタバよ、僕は悪くないと思うが、すまない。
と、しばらくして、バルサム殿が現れた。座敷のふすまが開くと、一気に顔が明るくなるバルサム。
「フタバ!久しぶり!元気だったか!?」
聞いた話では、たった一度、それも短時間会っただけの間柄だと聞いていたが、まるで幼馴染と再会でもしたかのような、派手なリアクションで現れるバルサム殿。
「な、なによ!あんたにそこまで馴れ馴れしくされる仲じゃないわよ!」
「何を言っているんだ!二度と会えないかと思っていたのに、こうして運命的な再会をできたことこそ、やはり私とフタバは結ばれる運命だってことの証明じゃないか!」
と言いつつ、フタバの手を握るバルサム殿。明らかに嫌がっているフタバ。それをニヤニヤと見守るレティシア。
「あー、バルサム殿。とりあえず、ここは食事をする店だ。少し落ち着いてもらえないかな」
「ああ、お兄様、申し訳ありません」
と、そこに、ロレッタが現れる。
「あ……あの、ご注文を伺っても、よろしいですか?」
どうやらロレッタのやつ、バルサム殿とフタバの一部始終を見ていたようだ。ジロジロとフタバの方を見つつ、注文を聞いてくる。
「ああ、それじゃあ味噌カツ定食を4つ」
「はい、かしこまりました」
と言いつつ、そそくさと立ち去るロレッタ。まあ、この騒ぎを見れば、誰しもいろいろと思うところもあるだろう。
「ところでバルサム殿、少し先の話をしてもいいかな?」
「はい!よろしいですよ!それはつまり、フタバ殿との婚儀の日取りのことで!?」
「いや、違う。貴殿には、僕の指揮する第8艦隊と共に、行動してもらうことになる」
「はぁ、そっちの話ですか」
あまりにフタバにベタベタとしているので、居た堪れなくなった僕は、思わず話題を逸らそうと試みる。が、いずれにせよバルサム殿に確認しなければならない話だ。
「と、いうことは、フタバ殿も当然、一緒なのですね?」
「は?」「え?」
僕とフタバが、揃って変な声を出す。
「あの……フタバはここに残って……」
「いやあ、夫婦としての初仕事が、まさか宇宙が舞台になろうとは、なんという波乱に飛んだ船出なのでしょう!」
「いや、バルサム殿、だから……」
「このバルサム・ア・ダーヤ、喜んでお兄様のお供をいたしますよ!」
だめだ、有頂天になって、人の話を聞いていない。
「いや、連れて行った方がいいかもしれねえぜ」
と、そこでさらに余計な口出しをするレティシア。
「おい、レティシア、なんてこと言い出すんだ」
「だってよ、カズキ。今度向かうところには、未知の地球があると言われてるんだろう?」
「まあ、その可能性があると言われてるけどな……」
「だったら、フタバを連れて行った方がよくねえか?こいつこう見えても、人との折衝は得意だろう」
「まあ、確かに」
「それによ、あの門の向こうにある世界のことは、地球001にとっても最重要事項ってことになってるのは間違いねえ。だったら、政府から賜物探しとして派遣されているフタバだったら、なおのこと参加すべき話じゃねえのか?」
「そういえば、フタバを雇っているカワマタ研究員も、我々と同行することになっている。となれば当然、そのアシスタント役であるフタバも参加して当然、ということか」
自身にとって不穏な空気を察したのか、急に口を挟むフタバ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!賜物持ち探しがあたしの仕事でしょう!?」
「それはそうだが、その目的はほぼ果たされた。そして我々は次の目的、未知の地球探索に移りつつある」
「ええーっ!?だ、だけどさ、あたしは賜物を見つけるくらいしか能がないし……」
「何言ってるんだよ、お前、地球001にいた時から飛び歩いてたじゃねえか」
「ええーっ!?いや、それとこれとは……」
狼狽するフタバを、からかうというより追い詰めるレティシア。だが考えてみれば、事実上の雇い主であるカワマタ研究員があの別の銀河に向かおうというのに、フタバだけ残るというのも変な話だな。
「フタバの代わりに賜物を探す者は他にもいるだろう。だが、今度の任務はちょっと特殊だ。僕としても、もし辿り着いた星に住人がいて、接触しなければならないとなれば、信頼できる人物に任せたい。となればフタバ、お前しかいない」
「うう……鬼兄貴め……」
逃げ場を失ったフタバは、この時点で観念する。そのやりとりを見ていたバルサム殿は、ますます笑顔になる。
それにしても、やはりフタバを前にするとこの男、まるで表情が違うな。戦艦ノースカロライナ上の街で会った時には、もう少しクールな人物だと思っていた。が、今はニッコニコだ。こんなに明るい表情ができる人物だったとは思わなかった。
「へい、お待ち!」
と、そこに味噌カツ定食が運ばれてきた。店主とロレッタの手で、味噌カツとご飯、味噌汁の置かれたトレイが4つ、並べられる。それが終わると、店主が僕に耳打ちする。
「あの、大将よ、こちらの2人は一体、どちら様で?」
「ああ、男の方は、このペリアテーノの東方にあるスルメールという国から来た、バルサムという人物で、その横は僕の妹のフタバだ」
「はぇ〜、大将に、妹がいたんですか!?」
「なんだ、そんなに意外だったか?」
「いや、そんなことはねえですけど……で、その妹さんとこの男性とが、まさに結ばれようとしているってことです?」
「ううん、そうではないんだけどな。いろいろあって、ここで顔合わせしているというだけに過ぎないんだが」
「いやあ、あっしがいうのも変ですけど、絶対あの2人、お似合いですよ」
と、無責任な店主にそう太鼓判を押されても困るんだけどなぁ。それはともかく、やはり傍目から見てもこれは、もはや「お見合い」にしか見えないらしい。さながら、僕とレティシアは、仲人か。
こうして、ペリアテーノの片隅にある宇宙港の街のショッピングモールの一角で、運命的な再会とやらを果たしてしまった、フタバとバルサム殿。そのわりには、あまり受け入れるつもりのなさそうなフタバをも連れて、僕は別の銀河へと旅立つこととなる。




