#91 運命
「これはこれは、ヤブミ様。お久しぶりですね」
馴れ馴れしく語りかけてくる相手は、たった一度、ひつまぶしの店で相席しただけの人物、バルサム殿だ。
「あー、ええと、どこかでお会いしましたか?」
「この下のひつまぶしの店で、隣にいたものですよ。お忘れですか?」
忘れたふりをしてとぼけようとしたが、無駄だった。
「……今日も、王族の付き添いですか?」
「いや、戦闘を避けるため、すでに地球1010に戻っております」
「あ、ああ、さようで」
だったら、こいつも戻ればよかったのに、どうしてこの戦艦ノースカロライナに乗っている?
レティシアと共に、街に向かうため、エレベーターで艦橋の真下のホテルのロビーに降りたところ、バルサム殿とばったり出くわす。いや、おそらくこいつ、僕を待ち構えていたようだ。
「……で、僕に何か御用でも?」
「ええ、ちょっとお願い事がありまして」
「お願い?」
「はい、人を探しているんです。ご協力頂けませんか?」
図々しいやつだな。会って間もない相手に、人探しなんかお願いするか、普通。
「ああ、もちろん、タダでとは言いませんよ。その代わり、私が閣下に提供するものもあるのです。それと引き換え、ということで、いかがです?」
「何でしょう、その引き換えるものというのは?」
正直言って、相手にしたくないところだ。レティシアもさっきから、ブスッと不機嫌そうな顔でこの男の顔を睨んでいる。僕もさっさとやり過ごしたい相手だ。
「聞きましたよ。閣下が、賜物なるものを探していると。」
と、そこで急に賜物というキーワードが出てきた。さらに驚くべきことを、この男は語り出す。
「ああ、私の住むスルメールでは、鍵と呼ばれているんです」
「えっ!?ち……チアーブ!?」
僕は思わず叫んでしまった。そう、ずっと昔にはペリアテーノでは賜物のことを鍵と呼んでいたと、ダニエラが言っていたことを思い出したからだ。その昔の呼び名が、バルサム殿のいるスルメールでは残っているようだ。
昔の言葉が、地方によっては残っていることがある。別に珍しいことでもないだろうが、なぜかバルサム殿の言葉には、無視できない何かを感じる。
「……で、賜物、いや、鍵が、どうかしたのですか?」
「おお、興味を持っていただけましたか」
「……まあ、立場上、そういうものを無視はできないので」
「そうですか、では、立ち話もなんですから」
そう言ってバルサム殿は、ホテルのロビーの中にある喫茶コーナーに向けて手を差し出す。要するに、あそこでじっくりと話そうと言うのか。
「……なあ、なんとかこいつと、手早く手を切れねえのかよ」
「うう、僕もそうしたいよ」
レティシアが僕の耳元でそう呟くが、僕だって相手したいわけではない。だが、賜物を鍵と呼ぶ相手を無碍に扱うなど、到底できない。しかも、相手は民間人だ。
「……で、その鍵ですが、それを持つ者をご存知、というのですか?」
「ええ、まあ、そんなところです」
「あの、それはスルメールに在住の方なのです?」
「はい、つまりは、私のことですよ」
席に着き、ちょうど紅茶が運ばれてきたあたりで、バルサム殿はこう告げる。それを聞いて僕は、バルサム殿に尋ねる。
「あの、賜物、いや、鍵にもいろいろあると思うのですが、バルサム殿がお持ちのそれは、どのようなもので?」
「ええ、伝書鳩を操ることができる、というものです」
「伝書鳩を操る?」
「はい」
なんだそれ、あまり大した能力じゃないな。そういえば、魚を集めることができる漁師がいたと聞いたことがあったが、あれの類か。
「……あの、賜物を研究している人がいます。その方に、その力を測定していただくようお願いしておきましょう。ちょうどこの艦に、その人物が……」
「いえ、私のこの鍵ですが、ここでは使えないのですよ」
「それは一体、どういう理由で?」
「なんでも、レーダーというものを著しく狂わせるとかで、宇宙港や宇宙船内では、その使用を禁止されているのです」
「えっ!?れ、レーダーを!?」
これを着た瞬間、ピンときた。そう、この力はまさに、ザハラーと同じものだ。
「なんでも同じような力の持ち主が、ヤブミ准将閣下の元で働いていると聞いております。なれば、私の力も当然、必要とされるのかと思いまして」
そうか、伝書鳩というものは、地磁気を感じてその方角を知る。それを狂わせて、操ることができるというのは、まさにザハラーが渡り鳥を相手にやっていたことと同じか。
ということはつまり、ザハラー同様、あの遺跡のゴーレムの発動を抑えられる力を有しているのかもしれない。
ひょんなところで、ザハラーと同じ能力者を見つけることとなった。僕はバルサム殿に尋ねる。
「あなたは確か、王族と我々との仲介役をしていたと伺った。そちらの仕事はもうないのですか?」
「ええ、先日、それはもう終えることができました。ですから、今の私は自由の身です」
「ならばお聞きしますが、場合によっては、我々と共に、遠くの宇宙に行くことになるかもしれません。それでもいいのですか?」
「ええ、もとよりその覚悟ですよ。ところで」
「はい」
「人探しの件、受けていただけますか?」
ああ、そうだった。そういえば交換条件として、人を探してほしいと言われていたのだった。僕は尋ねる。
「あの、可能な限り応じますが、我々は軍人であって、人探しは得意というわけではないのですが」
「ええ、分かってます。ですが、探して欲しい人物というのが、名前以外には地球001の人物という手がかりしかないので、まずはヤブミ閣下を頼ろうかと思ったのです」
「なるほど……で、その人物の名前とは?」
「はい、フタバ、というのですが」
ちょうど僕は、紅茶のカップに口をつけているところだった。危うくその紅茶を、このロビーの喫茶コーナーの床にぶちまけるところだった。
そしてその衝撃は、隣で不機嫌そうに座っていたレティシアをも襲う。
「はぁ〜っ!?ふ、フタバだってぇ!?」
いや、たまたま同じ名前の別人なのかもしれない……と言いたいところだが、地球001の人物で、しかもフタバなんて名前のやつが、地球1010の、しかもスルメールという地方国家を訪れているなんてこと、そうそうあるわけがない。
そういえばフタバのやつ、スルメールである男から求婚されて、逃げてきたと言っていたな。まさか、その相手というのが、このバルサム殿なのか?
「あの、ご婦人様、もしやフタバ殿を知っているのですか?」
「知ってるも何もよ、こいつの妹だよ。そういやああいつ、確かスルメールから逃げ帰ったなんて言ってたけど、もしかしてその相手というのが、お前なのか?」
「ええ、その通りです」
「……てことはよ、あれか、あのじゃじゃ馬娘に、結婚してくれなんて言った酔狂な男というのが、お前だっていうのか?」
「はい、よくご存知で。その通りですよ、私はフタバ殿に一目惚れして、すぐに結婚を申し込んだのです」
ああ、間違いない。ここまで両者の語る内容が一致すれば、もう確実だろう。フタバが逃げ出した相手というのは、このバルサムという男で間違いない。
「あの、ちょっとお尋ねしてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「なぜ、フタバに一目惚れしたのです?」
「なぜと言われても……会った瞬間に、私は運命を感じたのです」
「運命?」
「はい、その姿を見た途端、私は直感で感じたのです。この人と、残りの一生を共にするのだ、と」
「……あの、ところで、どうしてあなたとフタバが会うことになったのです?」
「なんでもフタバ殿は、賜物を探していると言ってました。で、私の話を聞きつけて、私の家の現れたのです」
「はあ、そういえばフタバのやつ、そういう仕事をしてますからね」
「ええ、そこでフタバ殿は私の家に入り、私のことをいろいろと尋ねてきたのです」
「そこで、意気投合した、と」
「はい。あの闊達な話ぶり、人を惹きつける魅力、そして何より、あの美貌。私は確信しました。彼女こそ、私と通じ合う運命を持った女性だと」
横でレティシアが、笑いを堪えている。そりゃあそうだな、あのじゃじゃ馬が、ここまで褒められるところを、僕は生まれて初めて聞いた。あのフタバに魅力?美貌?冗談だろうと思った。
が、バルサム殿は話を続ける。
「私の住むスルメールでは、人は神によって土から作られ、死ねば土に還るとされております。それは王族であれ、書記であれ、そして庶民であれ、誰しもに等しく訪れる運命です」
「は、はぁ……」
なんだか、急に重い話が始まったぞ。バルサム殿は続ける。
「だからこそ、私はこのたった一度の生涯を有意義に過ごしたい。その相手と、私は出会うことができたのです。ですからぜひ、私をフタバ殿ともう一度、合わせてはもらえませんか?」
うーん、そこまで好かれる要素がフタバにあるとはあまり思えないが……しかし、このバルサムという男は真剣だ。しかも、我々が欲している賜物を持つ男。無碍にはできない。
「分かりました。それじゃあ、僕の方からもフタバに、話をしておきましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして僕は、バルサム殿とフタバが会う機会を作るということで合意した。で、レティシアと街を巡り、ホテルの一室に戻った後、僕はフタバにメールを送る。
するとすぐに、電話がかかってきた。
『ちょっとカズキ!なに勝手に決めてんのよ!』
メールにはただ、「軍に関わることゆえ、直ちにバルサム殿と対面せよ」とだけ送ったのだが、効果は覿面だ。
「勝手にと言われても困るな。お前は確か、賜物調査が仕事だろう」
『そうだけど、それとあのゴキブリ退治用噴霧剤みたいな名前のやつと会うことと、どういう関係があるのよ!』
「大ありだ。なにせ彼には、とんでもない能力があることが分かった」
『そんなこと、あたいには関係ないでしょう!』
「いや、ある。お前ももう知っているだろう。明らかに我々の文明とは異なる何者かが作った遺跡が宇宙で発見された、ということを」
『知ってるけど、それがなんなのよ!』
「バルサム殿が、その遺跡調査にとって有用な人材である可能性が高いと言ったら、どうだ?」
『うっ……』
ことの重大さを、ようやく悟ったらしい。あの遺跡のことは今、地球1010でも大きく報じられていることだろう。
『……で、あたしに、その男の相手をしろと?』
「いやらしい言い方だな。ただ、そいつと会う機会を作ると約束しただけだ、それ以上のことは、当人同士の問題だろう」
『うう……なんていい加減なことを。でもまさか、その人類最大の発見に、あたいが巻き込まれるなんて……』
ぶつぶつと言いながらも、電話を切るフタバ。しかしだ、行き過ぎた放浪癖を持つフタバが結婚を迫られれば、拒絶したくなるのも分かる気がする。だがフタバよ、そのバルサムという男のことは置いといても、まさか一生放浪し続けるつもりなのか?
「で、どうだったよ」
「ああ、快く了承してくれたさ」
「快くねぇ……」
レティシアも、あのフタバがこの話に快く応じてくれるなどとは思ってはいない。だが、敢えて僕はそう応えておいた。
そして、その翌日。
『テバサキよりミソカツ!小惑星表面まで、あと200メートル!』
「ミソカツよりテバサキ。了解、降下をつづけよ」
バルサム殿を乗せたデネット機が、あの門を持つ小惑星の表面に向けて降下を続けている。目的は当然、バルサム殿の持つ鍵が、ザハラーと同じものであるかどうかを確認するためだ。
『あと40メートル!』
ゆっくりと降下する、デネット大尉が操る人型重機。それを、艦橋の窓から眺めつつ怒り狂う人物がいる。
「まったく!なんだってこの私を差し置いて、男などと一緒に……ああ、デネット様、ご無事で……」
まるで熱帯魚の水槽の裏側にへばりついたプレコのように、艦橋の窓にべったりと貼り付いたまま、ぶつぶつとつぶやくマリカ中尉。あの粘着体質は、どうにかならないのだろうか?
「現れました!ゴーレムが3体、いや、4体……小惑星表面に、多数出現中!」
来たな。僕はすぐに指示を出す。
「テバサキに連絡!鍵を発動!」
「了解!ミソカツよりテバサキ!鍵発動!」
ちょうど小惑星表面に取りついた人型重機目掛けて、ゴーレムが移動する。が、この指示の直後、ゴーレムの動きが止まる。
『ゴーレム、停止!これより接近する!』
デネット大尉の機体が、まるで彫像のように動かなくなったゴーレムの一体に接近する。だが、そのゴーレムは動かない。そこでデネット大尉はその重機の右腕を当てて、ゴーレムを粉砕する。
『ゴーレム一体を粉砕!』
「ミソカツよりテバサキへ。了解、確認した。限時刻を持って、作戦終了。テバサキは、直ちに帰投せよ」
『テバサキよりミソカツ!了解!直ちに帰投する!』
そのやりとりを見届けたのち、僕はタナベ大尉に尋ねる。
「レーダーはどうだったか?」
「はっ!半径1キロ程度の電波障害を確認、ザハラー殿よりは少し弱い程度ですね。ただ……」
「何か、あるのか?」
「なんて言うんでしょう、ザハラーさんの時と比べて、滑らかなんですよ」
「滑らか?」
「はい。不感領域の広がり方や、その後のレーダー上に見える球体の形が、とても安定しているんです」
「そうか……分かった」
これで分かった、あのバルサムという男の持つ能力も、ザハラーと同じ効果のあるものだった。つまり、ザハラーだけに頼っていた遺跡調査時のゴーレム抑止任務に、この男も加えることができる。
にしても、ザハラーとはまったく同じというわけではないらしい。伝書鳩を操れると言っていたぐらいだから、その力の操作が巧妙なのだろう。それがタナベ大尉には違って見えているようだ。
もっとも、バルサム殿は軍属ではない。民間人待遇で、我々と同行することとなる。
そして同行するのは、バルサム殿だけではない。
カワマタ研究員、マリカ中尉は当然だが、そこにあの「オニワバン・スリー」と双葉が名付けた3人の「神の目」の持ち主の一人である、エフェリーネが乗り込むことになった。
サンレードの街でフタバが見つけた3人の「神の目」を持つ人物のうち、一番背が高い女性だ。褐色の肌で、淡麗な顔立ち、そして、大きな胸。その姿ゆえに、今この食堂にいる男性乗員は、一斉にその神の目の持ち主に釘付けとなる。
そしてこの食堂には、あの2人もいる。カテリーナとザハラーだ。2人並んで、頬を撫でながら何かを食べている。その両脇にはナイン大尉とドーソン大尉が、それぞれの伴侶のそばにいる。
で、僕とレティシアの向かい側には、バルサム殿が座っている。
てっきり僕はこのバルサムという男は、ただの女たらしだと思っていた。だいたい、フタバに声をかけるようなやつだ。女性なら、誰でもいいのではないか?だから、真っ先にあのエフェリーネに声をかけるものだと、そう思っていた。
が、バルサム殿はエフェリーネはおろか、この艦にいる他の女性陣、ダニエラやカテリーナ、ザハラー、レティシア、そしてグエン少尉には一切目もくれない。
ということは、本当にフタバにだけ惚れているのか?
ニコニコと笑みを浮かべながら、ラム肉のスープとパンを食べるバルサム殿。そのバルサム殿を、ジーッと眺める僕。
「……あの、私の顔に、何かついてますか?」
「いや……だが、どうしてあのフタバが気に入ったのかと、そう思ったもので」
「そうだよなぁ……誰が見ても惹きつけられるあのエフェリーネならともかくよ、女らしさのかけらもない、あのフタバだぜ?あんなやつの、どこに惹かれる要素があるっていうんだよ」
僕もレティシアも、揃ってフタバに対して酷い言いようだな。だが、本当に疑問だ。あの妹の、どこら辺を見れば「運命」などというものを感じるのか?
「何をおっしゃいます、お兄様!フタバ殿はとても魅力に溢れた女性ですよ!」
僕はもうすっかり、バルサム殿から「お兄様」呼ばわりされている。結婚する気満々だ。
「まあ、魅力はともかくよ、あのフタバが結婚だぜ。こりゃあ、面白いことになってきた」
「レティシア殿も、応援していただけますかな?」
「ああ、もちろんだぜ。いい加減、あのじゃじゃ馬娘も身を固めねえとな」
「よろしくお願いいたします、お姉様」
ああ、とうとうレティシアも「お姉様」呼ばわりし始めたぞ。これはもうすっかり、フタバと夫婦になったつもりでいるな。どこからそんな自信が湧いてくるのか、不思議でしょうがない。
ともかく、この男が僕らの身内となる未来が、本当に訪れるのか。レティシアと意気投合する様子を見て、僕は何となく、自身の妹を差し出してしまったような罪悪感を、今頃になって感じ始めた。




