#90 進展
「あら、閣下、お久しぶりです」
と、声をかけてきたのは、マリカ中尉だ。
「マリカ、久しぶりだな」
「あら〜、デネット様!2週間ぶりですぅ!元気してましたか!?ご飯、ちゃんと食べてます!?少し痩せられたのではありませんか!?」
「いや、別に体重は変わってないなぁ」
「そうなのですかぁ!?てっきり、この役立たずな准将にいじめられたのかと思っておりましたわぁ!」
人聞きの悪い言い方するやつだな。少なくとも、お前よりは役に立っているつもりだぞ。デネット大尉にベタベタするマリカ中尉を横目に、僕はもう一人の人物を出迎える。
「お久しぶりですね、ヤブミ准将。」
「はい、お久しぶりです、カワマタさん」
そう、そこに現れたのは、カワマタ研究員だ。握手を交わす、僕とカワマタ研究員。
ここは、第1艦隊旗艦である、戦艦ノースカロライナ艦内。場所は、まさにあの石門付きの小惑星のある、あの宙域にいる。
「いや、まさか、こんなものが秘匿されていたとは……」
と、横でぶつぶつと呟くのは、地球042所属のポルツァーノ大佐だ。
そう、あの戦いが終わった時点でこの門の存在が、連合側の各惑星に対し、公開された。
「通りで、あの白色矮星の占拠に固守されたわけか。何かあるとは思ってたが、まさかこんなどでかいものだったとは……」
「でっかいって、なんだ?ロシアパンくらいのやつか?」
「いや、サマンタ、そんなレベルじゃないぞ。例えるなら、ペリアテーノ宇宙港の街のショッピングモールの中の全ての店が、パン屋に変わるようなくらいの大事だ。」
「うわぁ、そりゃあ大事だなぁ。それはそれで楽しいだろうけどよ、服屋くらいは残してもらわねえと困るなぁ……」
という、おバカな夫婦の会話を横目に、僕は会議室の出入り口でコールリッジ大将を待つ。が、その前に別の人物が入ってきた。
それを見たカテリーナが、叫ぶ。
「ザハラー!」
「カテリーナ!」
互いに抱き合う2人。そういえば2週間ぶりになるかな、この2人が会うのは。そして、ドーソン大尉も入ってきた。
「閣下!筋肉は鍛えておりましたか!?」
どうしてこいつの枕詞は、いつも筋肉なんだ。他にはないのか。
「……ところで、ドーソン大尉。この2週間はこの遺跡の調査に関わっていたようだが、どうだったか?」
「どうもこうもありませんよ!とても大変でした!」
「……やはり、そうだったのか。謎の遺跡だからな、一筋縄ではいかな……」
「なにせ、筋肉を鍛える暇もありゃしませんでした!これほど大変な目に遭うなど、我が筋肉人生では初めてのことです!」
なんだ、また筋肉基準か。こいつに聞いたのが間違いだった。
「そういえば、マリカ中尉もこの調査に関わっていたんだよな。」
「そうですわ」
「で、どうだったんだ?」
「んふーっ!それは後のお楽しみですわ!あ、デネット様にはこっそりお教えしますわよ!」
こいつもダメだな。無論、ザハラーもまだこっちの言葉は片言だから、詳細を説明することはできないだろう。どいつもこいつも、コミュニケーションできない奴らばかりがこの調査に参加したことになるな。
「ああ、あの遺跡のことでしたら、私が説明できますよ」
「えっ!?あ、そうだ、カワマタさんも参加していたんですよね。」
「そりゃあそうです。なにせ、賜物を調べていたら、それが発端で本当にこんなものに関わることになろうとは、思ってもいませんでした。当然、私は喜んで参加させてもらいましたよ」
「で、何か新しい事実が分かったのですか?」
「そうです。それはもう、とんでもない事実が判明しまして、実はですね……」
と、ようやく僕が知りたかった事実が、カワマタ研究員の口から明かされる。
……というところで、再び邪魔が入る。
「おう、みんな揃っとるじゃないか」
そう、そこに現れたのは、コールリッジ大将だ。僕やジラティワット少佐を始め、軍属の者は皆、起立し、敬礼して出迎える。
ああ、やっと話が聞けるところだったというのに、なんてタイミングで入ってきたんだ、この大将閣下は……と一瞬思ったが、よく考えてみれば、これから僕の知りたい内容が大っぴらに明かされるんだった。わざわざ聞かなくてもよかったな。
「おい、楽しみだなぁ、何が出てくるんだろうな」
などと胸躍らせているのは、レティシアだ。その後ろにいるダニエラも、ウキウキした様子で席に座っている。他にも、我が0001号艦の主要メンバーに、第8艦隊の代表戦隊長の5人、そしてポルツァーノ大佐をはじめとする地球042の司令部付きの者が数名、他にも地球001の人間が何人かいる。
「それじゃ、始めるか。ええと、まずここにいる皆は、この門の存在については、すでに知っとるだろうな。」
「はっ、地球001第8艦隊司令官であるヤブミ准将閣下が発見し、この白色矮星域と、我々の発祥の地とされる地球ゼロ、そして地球001とを結ぶ長距離ワープが可能なワームホール帯が存在している、というところまでは存じております」
ポルツァーノ大佐が、コールリッジ大将の問いかけに応える。僕も当事者ではあるが、ポルツァーノ大佐が応えた以上のことを知らない。
「うむ、連合内の各政府宛に送付した資料では、そこまでは書かれているな。で、今日はその先の話だ」
ついに、本題が始まる。コールリッジ大将は、カワマタ研究員の方を向き、うなずく。それに応えて、カワマタ研究員が前に立つ。
「では私、カワマタが、この2週間で分かったことをお話しいたしましょう。なお、この調査にはザハラー殿を始め、第1艦隊所属で『神の目』を持つエフェリーネ殿ら、賜物を持つ方々のご協力をいただきながら進めてまいりました」
そういえば、第1艦隊に賜物持ちがいることは、内緒じゃなかったんだろうか?いや、もうそういうことを言っていられる場合ではないな。しかし、あの「オニワバン・スリー」と呼んでいた3人の1人が、この調査に加わっていたとは知らなかった。カワマタ研究員は続ける。
「ではまず、この『門』からお話ししましょう。これは、極めて不思議な素材で構成された構造体であることが判明しております。プラスチックのように軽く、ガラスのように硬い。そしてこれは、ワームホール帯を保持しております。こんなものは、地球001の技術を持ってしても作り上げることは不可能。調べた我々でさえ、それがどのようなものなのか、未だに解明できておりません」
そういえば、デネット大尉もあの時、変わった材料だと言っていたな。やはり、我々の想像を超えた物質で構成された物だったようだ。
「他にもゴーレムという、なんらかの自動防御の仕掛けが施されていることは分かっているものの、それがどういう原理で構成されたものなのか、そしてそれがどういう条件で発動するのかすら、我々にはまだ分かっておりません。ただ、ザハラー殿の持つあの力を発動すると、ゴーレムが発生しないということも分かっております。小惑星に関しての調査結果は現状、こんなところです」
そうカワマタ研究員が述べたところで、会議室内から怒声が上がる。
「なんだそれは!?何も分かっていないと言っているようなものじゃないか!」
その声を聞いて、声の主が誰かすぐに分かった。あれは、エルナンデス大佐だ。後ろを振り返ると、その大佐を制止しようと袖を引っ張るミズキもいる。
「その通りです。それだけ、我々の科学力を超えた存在、というものだということが分かったのです」
「その程度の内容であれば、わざわざこれだけの人々を集めなくてもいいだろうが!我々は連盟軍との戦闘を終えたばかりであり、やつらもまだ侵攻を企てるかもしれない時期なのだぞ!」
「おっしゃる通りです。今回の調査結果がこの程度の内容であれば、の話ですが」
「……どういうことだ?」
「ここから先の話は、あなた方、軍人にとっても極めて重要な内容を含んでいるのですよ。我々も、全く予想すらしなかったその発見に、おそらくあなたも無視はできないでしょうね」
あまり軍人が好きではないカワマタ研究員は、エルナンデス大佐の恫喝をこうかわした。
「カワマタ殿、まあ勿体ぶらずに、さっさと話したまえ。」
「はっ、承知しました。ではお話ししましょう、おそらくは我々人類にとって、最大の発見ともいうべき、その内容を」
言い方が大袈裟だなぁ。だがコールリッジ大将も、あの話ぶりからすると、すでにその内容を知っているようだ。
「問題は、その門のつながる先です。ここにある門は、この1万4千光年の宇宙に住む人類の原点ともいうべき星域、地球ゼロにつながっていることは、すでにご存知のことと思います。が、その先で発見された門のつながる先こそが、今回最大の発見でした。」
「なんだ。それなら既に判明している。我が地球001につながっているというのだろう」
「いえ、あれはその一つに過ぎません。それ以外に、門が2つ、見つかったのです」
「なんだと!?2つ!?」
エルナンデス大佐の失礼極まりないこの発言に臆することなく、淡々と応えるカワマタ研究員。だが、その内容に、さすがのエルナンデス大佐も驚く。
「では、その2つは一体、どこにつながっていると?」
「一つは、地球760でした」
「は!?あ、地球、760だと!?」
これには僕も、いや、レティシアも驚いた。地球760といえば、魔女がいる星。そう、レティシアの母親の故郷でもある。そんな星と地球ゼロがつながっていた。その事実は、レティシア自身にも関わる話でもある。
「おい、ちょっと待てよ!なんだって地球760とつながってるんだよ!」
「いえ、レティシアさん、我々にも分からないんですよ。ですが、何か意味があるはずなんです。この地球1010の近傍である白色矮星域、地球001、そして地球760。この3つの星と、地球ゼロとはつながっていた。そのことの意味が明かされれば、この門を作った者の意図が見えてくるのですが……」
一瞬、カワマタ研究員の意識が、どこか遠いところに行ってしまった。
「……いや、それはおいおい、明らかになるでしょう。それよりも、もう一つの門の行き先の方が問題なのです。」
「問題?どういうことです。」
「ちょっと待て!地球760よりも、もっとやばいところにつながってるって言いてえのか!?」
「ええ、つまりは、そういうことです。」
「なんだよ、それは!地球760につながるってこと以上にやばいことなんて、あるのかよ!」
「大ありですよ。なにせその門の先の場所は、銀河系ではないのですから」
僕は一瞬、カワマタ研究員のこの言葉に耳を疑った。
「ちょっと、待ってください……なんですか、その、銀河系でないという意味は?」
「そのままですよ。まったく、そのままの意味で私は話しています」
「いや、そのままと言われても、意味が分かりません。銀河系というのは、我々の属する銀河のことを言っているのですか?」
「そうです」
「と、いうことはつまり、その門の先は銀河系外ということになるのですが……それは一体どういう……」
「これ以上のことを、口で説明しても分からないでしょう。百聞は一見にしかず。まずは、これをご覧ください」
カワマタ研究員は僕の発言を遮り、モニターを指差す。正面の大型モニターには、星空が映される。
「これは……」
「はい、これがその門の先に広がる宇宙の写真です。」
「あの、これのどこが、銀河系ではないと?」
「分かりませんか?」
「いえ、普通の星空としか……」
「普通ではありませんよ。ここをご覧ください。」
といって、カワマタ研究員が指す場所を僕は凝視する。だが、どう見てもただの星空としか……
いや、違う。明らかにこれは、普通の星空ではない。
「ちょっと、待ってください……どうしてこんなところに、棒渦巻銀河が?」
「そうなんです。これは、天の川ではないんですよ。ヤブミ准将も、こんな形の星の配列が広がる宇宙など、見たことはありませんよね」
「はい、確かに……ですが、だとすれがここは、一体……」
「初めは、アンドロメダ星雲を疑いました。すぐそばにあるM32星雲が、このように見えているのではないか、と考えたのです。が、M32は楕円銀河であり、棒渦巻銀河ではない。この時点で、ここがアンドロメダ銀河である可能性はなくなりました」
「まさかと思うのですが、どこにつながっているのかすら判明していないと?」
「そういうことです。」
なるほど、人類にとって最大の発見という理由が、ようやく分かってきた。確かにこれは、途方もない発見だ。我々人類は高々、銀河系の端のわずか1万4千光年という狭い領域だけを行き来する力しかない。が、その未知の遺跡が結ぶ先は、天の川銀河すらも超えて、我々が理解できない銀河までつながっているのだという。
「それのどこが、我々と関係しているというのか!?」
そんな壮大な話に、皆が言葉を失っているというのに、そんなところで無神経な発言をするやつがいる。
「確かに、この発見はすごい。人類最大だという貴殿の言葉も納得できる。だが、我々は軍人だ。素晴らしい宝が見つかったと言われても、そんなことは我々軍人には、全く関係などないではないか!」
いや、この発見は軍人にとっても、やはりとんでもない事実だぞ。何を言っているんだ、エルナンデス大佐よ。
この事実を連盟軍が知ったら、間違いなくここに殺到することだろう。未知の宇宙ということは、未知の資源が隠されている可能性がある、ということでもある。軍事的に見ても、やはりこの発見は重大なものには違いない。そんなことも分からないのか、この男は。
「なるほど、我々がとんでもない宝石を見つけて喜んでいるだけだと、あなたはそうおっしゃりたいのですか?」
「そうだ」
「そうでしょうかね?」
「何が言いたい!」
「いや、それではお聞きしますが、その未知の宇宙に、人の住む星があると知ったら、どう思いますか?」
「な……なんだと!?まさか、地球が見つかったのか!?」
「いえ、まだ見つけてはいません。が、可能性はあるのですよ」
「なんだ、その可能性とは。そんな曖昧なことを言われてもだなぁ……」
「曖昧ではないのですよ。こちらをご覧ください」
再び、モニターを指差すカワマタ研究員。次に映し出されたのは、丸くて青い星。誰がどう見ても、地球だ。
「……なんだこれは、地球型惑星ではないか」
「ええ、一見すると、地球型惑星です」
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「それが、大ありなんです」
「……さっきから、釈然としない物言いだな。こんなものが見つかったのなら、真っ先にそこへ調査に行くべきではないのか?」
「ええ、そうしたかったのですが、できなかったのです」
「なぜだ」
「まず、この星なのですが、実は半径が我々の一般的な地球の倍ほどもある、あまりに非常識な星だったのですよ」
「……なんだ、それじゃあその星には、人類などいられるはずがないじゃないか。」
「いえ、ところが重力を測定すると、我々の地球とほぼ同じ重力であることが判明しているんです」
「……にわかには、信じられないな。だったら、その星に降り立ち、調べればいいのではないか?」
「それが、できないのですよ」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「ええ、なぜか分からないのですが、突然、砲撃を受けたのです」
この突拍子もない発言に、僕は思わず反応する。
「ちょっと待って下さい!まさかその星には、宇宙艦隊が存在すると!?」
「いえ、そういうわけでもなさそうです。ただ、我々が接近しようとすると、いきなり青白いビームが狙撃してきた。危うく、我々は死にかけた。そういうことです」
「なんだって……しかし、どうしてビームなんかが……」
「つまりですね、その星の調査には、軍の協力が是非とも必要なのです。どんな罠があるのかすら、まだ分かっていないのですよ」
カワマタ研究員がもたらした調査結果は、僕の想像などはるかに超えていた。そしてそのカワマタ研究員の言葉に呼応して、コールリッジ大将が立ち上がる。
「と、言うわけだ。貴官らにとっても、まるで無関係ではないだろう」
「はっ、おっしゃる通りです。が、この先、どうなさるおつもりで?」
と、僕は尋ねてみたが、その瞬間に、なんだか悪寒のようなものを感じる。なんだろうか、とても嫌な予感がする。
その嫌な予感は、コールリッジ大将の次の言葉で具現化する。
「この未知の銀河、未知の星への調査のため、第8艦隊の派遣を決定する。新型の機関に、賜物持ちが多数乗艦するこの艦隊ならば、あの星の調査にはうってつけだろう」
「は?」
思わず、変な声が出た。唖然とする僕を前に、コールリッジ大将は続ける。
「出発は2週間後。それまでに準備を整えて、第8艦隊はこの未知銀河へと向かえ。なお、第1艦隊からも、そして地球001政府からも、多大な支援が行われる。本日の説明は、以上だ」
というコールリッジ大将の言葉で、この報告会は半ば強制的に打ち切られた。全員起立し、軍属の者は一斉に敬礼する。それに返礼で答えるコールリッジ大将。
また、面倒ごとを押し付けられた……この瞬間、僕はそう感じた。