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#89 侵出

「いや、近隣の地球(アース)343の進出を待ってから、軍を進めるべきだ!」


 翌日、すんなりと終わるかと思った最後の作戦会議が、予想以上に荒れる。

 4艦隊の司令部が一堂に集まり、中性子星域への進軍が決定される、ただそれだけの会議で、あの第5艦隊の司令官、バッカウゼン大将が突然、意見を言い出す。

 いや、意見というより、これは作戦を延期しろと言っているようなものだ。だいたい、地球(アース)343など、これまでの議論に一切出ていない星だ。それを突然言い出すこと自体、この司令官の良識を疑う。


「どういうことだ、バッカウゼン大将」

「かつてないほどの戦いが予想される戦場ゆえに、万全の体制を敷くべきではないかと言ったまでだ」

「だが、哨戒艦の報告によれば、敵の勢力はおよそ3万。すでに5万の艦艇を揃えた我々は、圧倒的に有利だ。これ以上、何を万全とするのかね?」


 この作戦の指揮権を握るコールリッジ大将が、バッカウゼン大将に応える。


「攻守3倍の法則と言われております。理想を言えば、3倍の兵力が妥当。対して現状は、2倍にも満たない。それでは、果たして目的を達せられるのかと小官は愚行した次第です」


 何その正論。だが、今さら言うことか?そんなの、昨日の事前会議の段階で分かっている話じゃないか。


「それは、相手に地の利がある場合の話だ。今回の戦場は、小惑星帯(アステロイドベルト)や星間物質帯があるところではない。敵の兵力が結集する前に仕掛ければ、数に勝る我々の方が有利なことには変わりない。いたずらに、時間をかける必要はない」

「だが、しかし……」

「今度の作戦については、私が総指揮権を持つ。4艦隊司令部の総意として、直ちにこの作戦を発動する。よろしいかな?」


 コールリッジ大将が、バッカウゼン大将の提案を却下する。これ以上の反論はできない。バッカウゼン大将は敬礼して、作戦発動を受け入れる。


「では、現時刻をもって、中性子星域侵攻作戦を発動する!総員、中性子星域に向けて移動を開始!先陣は第4艦隊、次いで第8、第1、殿(しんがり)を第5艦隊とする!」


 ザッと、一堂の敬礼に伴う音が響く。この時点をもって、作戦は発動される。


「両舷前進微速!」


 オオシマ艦長の声が響く。我々は次の戦場に向かうため、戦艦ノースカロライナを出発する。


「第8艦隊495隻は、白色矮星基準座標、102345、391、112356に集結。しかる後に、第4艦隊に続いて進発する。先頭はメルシエ隊、次いでエルナンデス隊、ワン隊、カンピオーニ隊、ステアーズ隊と続く」

「はっ!」


 ジラティワット少佐が、僕の指令を各艦に伝達する。この戦いが終わったら、やはり一人、幕僚を増やしてもらおう。指令伝達から作戦立案、意見具申に各戦隊の状況はあくまで、たった一人に頼りすぎだな。


 ちょうど左方向に、あの要塞の残骸が見える。そういえば、あの要塞に関する報告を受けた。

 直径70キロの大型要塞は、収容艦艇数300隻、直径200メートルの大口径移動要塞砲を搭載。中には3つの街があり、推定で6万人がいたとされる。

 で、40隻の特殊砲撃すら弾き返したその大型要塞だが、カテリーナが放った特殊砲撃が、どうやら要塞中心に通ずる点検溝をピンポイントで貫いたらしい。どうしてそんなものが狙えたのかは、全く不明だ。カテリーナは殺気こそ感じるものの、無機質な要塞の弱点を狙える能力があるわけではないから、単なる偶然としか説明できない。だが、敵にとっては運の悪いことに、その溝のすぐ脇に要塞砲のエネルギー伝達回路があったようだ。発射直前で、臨界近くの高エネルギーが溜まったその要塞砲を特殊砲撃のビームが貫いた結果、要塞内部で誘爆。結果、この要塞は壊滅したと、調査報告書には書かれていた。

 で、3つの街のうち、2つは完全に破壊された。残る一つも半壊、6万人いたとされる非戦闘員の多くが、犠牲になったと考えられている。


 なんという、罪深いことを決断してしまったのか。しかし、予め要塞を破壊しておいたおかげで、この戦いは我々にとって非常に有利に動き、最小の犠牲で済んでいるといえる。

 しかし、だ。これで敵はますます、我々を恨むのだろうな。

 そんなことを思いながら、僕はその要塞の残骸を眺める。


「提督、まもなく、中性子星域へのワームホール帯に突入します」

「了解。第4艦隊は?」

「9割がた、突入を終えております。まもなく、最後の隊がワープします」

「そうか……では、メルシエ隊に連絡。第4艦隊突入完了後、直ちにワームホール帯へ突入せよ、と」

「はっ!」


 哨戒部隊の報告によれば、この先には太陽の10倍ほどの質量を持つ中性子星があるという。その外縁部につながるワームホール帯に、我々は突入する。

 ワープアウトすると、目の前には第4艦隊が集結している。我々はその後方に控える。艦隊といっても、わずか500隻足らずの小艦隊である我が第8艦隊。目の前の1万隻に引っ付いたコバンザメのような存在だ。

 そんな第4艦隊は、少し前まで仮想敵として対峙していた相手だ。そんな相手が今、目の前に我々と同じ方角を向いている。

 そしてその先に、共通の「敵」が現れる。


「敵艦隊、距離300万キロ!艦影多数、総数およそ3万!」

「事前情報通りだな。だが、他に『ニンジャ』が潜んでいるかもしれない。周辺の警戒を厳にせよ」

「はっ!」


 といっても、「ニンジャ」を発見できるのは、ダニエラとミズキの2人だけ。レーダーで察知できない相手を探す手段は、この2人しかいない。ああ、そういえば、そんな見えない相手をピンポイントで貫ける砲撃手(ガンナー)が一人、いるにはいる。


「全艦に伝達。作戦命令書に従い、第4艦隊左翼側に布陣する」

「了解、全艦、第4艦隊左翼への移動を指示します」

「両舷前進微速、取り舵20度!」

「とーりかーじ!」


 ここは艦隊司令部と、旗艦の艦橋とを兼ねた場所だから、艦隊指示と操艦指示とが入り混じる。だから時々、どっちの指示なのか混乱しそうになる。

 この時も、ジラティワット少佐は思わず、全艦に向けて「取舵20度」と指示を伝えそうになった。いや、それはオオシマ艦長の指示であって、僕の出した指示は「第4艦隊左翼へ移動」だ。そこから、戦隊長が指示を出し、各艦の艦長がそれに合わせて動く。そういうものだ。

 幕僚の追加を進言しようと思っていたが、それに加えて、そろそろこの艦内に「司令部」を置かないとダメだな。案としては、臨戦態勢時のみ食堂を使うか……いや、食堂はダメだな。戦闘中限定とはいえ、あそこを閉鎖してしまえば、カテリーナが反乱を起こしかねない。

 などと頭を悩ませている間に、第8艦隊は第4艦隊の左翼側面に着く。その間にも、第1、第5艦隊が集結する。そして、直前の敵艦隊3万隻も接近を続ける。

 その間に、今度は新たな艦隊がワープアウトする。地球(アース)042の遠征艦隊、および地球(アース)265が加わる。総勢5万隻。確かにあと一つ、艦隊が加われば、敵の倍の艦隊となる。


「敵艦隊まで、距離50万キロ!」

「全艦、戦闘態勢へ移行!」

「了解、全艦、戦闘態勢へ移行します!」

「総員、戦闘配備!」


 また、艦長の指示と僕の指示が入り混じる。今度は指示の言葉が似ているから、余計に混乱しがちだが、僕が出した指示は「戦闘態勢」、つまり、横陣形に移行し、各艦、砲撃準備にかかれという意味だ。一方でオオシマ艦長が出したのは「戦闘配備」、つまり、砲撃管制室への操艦権の移行、および、攻撃目標指示に備える、ということを表す。全然、やることが違う。

 しかし、このレベルの混乱どころではない事態が、この大軍勢では起こる。集結した艦隊だが、陣形図を見ると、第5艦隊がやや後退気味、そして地球(アース)265艦隊が突出している。

 敵もこの動きに呼応し、地球(アース)265艦隊の方に動き始めている。地球(アース)265艦隊は、第4艦隊の右翼側。我々とは第4艦隊を挟んで反対側にいる。


 あまり、バランスの良い陣形ではないな……このままでは、突出した地球(アース)265が狙い撃ちされてしまう。そう僕が考えたその時、一本の電文が、僕の元に飛んでくる。


「第1艦隊総司令官、コールリッジ大将より、提督宛に入電!」


 なんだと?コールリッジ大将が、僕宛に電文を?この艦隊戦直前に、何を送ってきたんだ。僕はジラティワット少佐に読み上げるよう指示する。


「読んでみろ」

「はっ!第8艦隊は前進し、一番槍を突け。宛て、第8艦隊司令官、ヤブミ准将!発、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将!以上です!」


 一番槍を突けって……今は戦国時代か?だが狙いはおそらく、地球(アース)265艦隊への砲撃の集中を避けるためなのだろうが、何か別の思惑を、僕は感じてしまう。


 僕の故郷に伝わる戦さで、セキガハラの戦い、という有名な戦いがある。2つの大軍が、まさに天下の趨勢を賭けて戦った、天下分け目の一戦。その戦いの開始を告げたのは、東軍のイエヤス公の重鎮の一人である、イイ・ナオマサ率いる少数軍の放った鉄砲だったという。

 つまり、いわば腹心に先陣を「抜け駆け」させたことで、この戦いの主役はトクガワ軍だと知らしめたと言われている。まさかとは思うがコールリッジ大将は、これと同じことを考えて僕に電文を送ってきたのではあるまいか?

 なにせその電文は、第8艦隊宛ではなく、僕個人宛だ。明らかに命令ではなく、個人の指示として発信している。しかもその内容には「一番槍」と来た。

 どういう思惑があるのかなぁ……手柄というよりは、この戦闘の責任を地球(アース)001が負うという意思表示でもあるんだろうけど、真相は定かではない。

 ともかく、僕は第8艦隊を前進させる。


「第8艦隊、全艦全速前進!正面の連盟軍に向けて急速接近し、砲撃を開始する!」

「はっ!」


 機関音が高鳴る。第8艦隊は、正面の敵との距離を一気に詰める。距離は45万キロ、敵を僕らの射程内に捉えた。


「距離45万キロ!」

「よし!全艦、砲撃開始!」

「砲撃開始!撃ちーかた始め!」

「はっ!砲撃開始、撃ちーかた始め!」


 僕の指示と同時に、ジラティワット少佐は手元の信号スイッチを押す。と同時に、495隻に対して砲撃開始の合図が送られる。一方で、僕の声を受けて、オオシマ艦長は砲撃指示を出す。相変わらず、司令部と艦内の指示が入り混じる。

 その数秒後、雷音のような激しい音とともに、青白いビームが放たれる。


「初弾、命中!目標、撃沈!」

「よし!目標ナンバー変更!03312!」

「了解!目標ナンバー変更、03312!」


 スラスター音が響く。そして、すぐに第2射が放たれる。青白い閃光が、目前の窓を照らす。

 カテリーナは、相変わらず絶好調だ。だが、僕はカテリーナの命中率とは別の、違和感を感じていた。

 なんというのだろうか……そう、この戦いは、普通すぎる。横陣形のまま前進し、射程内に入れば、一斉砲撃。他の艦隊と足並みを揃えて、集団で撃ち合う、この宇宙で200年以上続く、艦隊戦のテンプレ的な戦い方だ。

 普通の戦いに違和感を感じてしまうとは、僕はこれまで、なんと普通でない戦い方を続けてきたのか。「ニンジャ」との戦いに、第4艦隊との模擬戦、要塞破壊に、包囲戦……ようやくここで普通の艦隊戦を実行することになるとは、僕は初めて指揮する普通の戦闘に、なぜか新鮮味と違和感を感じていた。


「第4艦隊、地球(アース)265艦隊、発砲を開始!」

「敵艦隊、距離30万キロ!まもなく、砲撃を開始します!」

「砲撃を続行しつつ、回避運動開始!」


 砲撃音の合間から、次々に状況報告が入る。総指揮官である第1艦隊総司令部、すなわち、コールリッジ大将からの指示はまだない。つまり、各艦隊の指示で戦闘が続いている。

 このまま、ただの撃ち合いが続くのだろうか?こちらは数で圧倒しつつあるものの、大軍勢であるがゆえに、身動きが取れない。

 戦闘は、膠着状態に陥った。

 僕の中で、悪い予感がし始める。そして、それは的中する。


「総司令部より入電!」


 ジラティワット少佐の声が、この第8艦隊に面倒事が舞い込んできたことを告げる。


「これより第8艦隊は敵艦隊右翼側面に回り込み、これを攻撃せよ!以上です!」

「……やはり、そう来たか」


 この戦いが、そしてこの艦隊が、普通で終わるはずがない。もはや、第8艦隊を艦隊最左翼に配置している時点で予想された事態だ。コールリッジ大将が僕に、こういう無茶振りをしないはずがない。そう思っていた。


「全艦に伝達!艦隊基準面上を時計回りに迂回しつつ、敵艦隊右翼側面、45万キロにつける!」

「はっ!」

「砲撃中止!第8艦隊はこれより、戦場を移動する!」


 後退のためのスラスター音が、艦橋内に響く。3分ほどで、敵の射程から抜ける。まるで大型の噴水のような無数の青白い光の筋が、目の前で飛び交っているのが見える。

 が、飛び込んでくるのは、戦闘の光だけではない。


「第4艦隊所属の分艦隊司令、チェスノーコフ少将より入電!」

「チェスノーコフ提督が?なんだろう、読んでみよ」

「はっ!これより我が分艦隊は、第8艦隊の迂回行動に呼応し、これを援護する!以上です!」

「そうか……少将閣下に返電!援護に感謝する、と伝えよ!」

「はっ!」


 そういえば、チェスノーコフ少将は、アントネンコ大将の後継と目される人物。あのレーダー基地防衛戦で一度だけ関わったことがあるが、その技量を知るまでには至っていない。


「全艦、全速前進!」

「はっ!全艦、全速前進!」


 第8艦隊は、作戦行動を始める。艦隊列を抜けて迂回を開始、その間に僕は、陣形図を見る。

 ちょうど第8艦隊がいた領域に、第4艦隊から一部の艦艇が張り出してくる。その動きを見て、僕は驚愕する。

 まるで、アコーディオンのように、真っ直ぐに、そして滑らかに伸びる艦列。布陣中であればともかく、あれを戦闘の最中にしているあたり、この艦隊の練度の高さを伺い知ることができる。

 チェスノーコフ少将は40歳。少将閣下としては若い。通常なら50歳前後でなければ少将にはなれないが、数々の戦いで武勲を重ね、異例の若さで出世した提督だ。

 アントネンコ大将の後継と言われる理由も、なんとなく分かるな。僕は陣形図を横目に、前方を見る。

 機関全開で、ビリビリと揺れる艦橋内から見える光景は、やがてあの無数のビームの噴水へと変わる。ジラティワット少佐が、僕に告げる。


「まもなく、敵艦隊側面!距離、46万キロ!」

「全艦に攻撃準備!砲撃戦用意!」

「はっ!」


 正面にいる敵に攻撃を仕掛ければ、ちょうどチェスノーコフ少将の艦隊と前方と右側面からの2方向からの攻撃を加えられ、艦隊の一部が瓦解する。そこから解けたロープのように、敵の艦隊が崩れ出す。それを狙ってのものだ。

 が、砲撃開始直前、敵の艦隊に動きがある。


「敵艦隊、後退を始めました!」

「なんだって!?まだこっちは、攻撃していないぞ!」

「敵艦隊、急速後退!すでに防戦態勢に移行している模様!」


 実に、拍子抜けした展開だ。我々の攻撃の前に、敵の艦隊が後退を始めた。まだ戦闘が始まって1時間ほど、いともあっさりと、敵はこの宙域を放棄し始める。

 こちらが側面を取り始めたため、先の展開を予想して後退に転じたのか、それとも、数の差を返せるほどの秘策を見出せなかったために、撤退を決意したか。


「こういう動きの時は、何かトラップが想定される。ダニエラ、『ニンジャ』の反応は?」

「いえ、ありませんわ!」

「0210号艦からも同様に、伏兵の存在については連絡がありません。どのみち、後退中に奇襲を仕掛けては、奇襲した艦艇が孤立するだけです。この段階で仕掛けることは考えられないと、小官は愚考いたします。」


 うん、ジラティワット少佐よ、愚考どころか、実に的を得た意見だ。僕もその通りだと思う。これほどの大艦隊同士の戦いで、数百隻程度の「ニンジャ」を仕掛けたところで、大勢に影響はない。それよりも、艦隊の少なさを補う必要の方があるだろう。


 その後も、敵艦隊は後退を続ける。味方も追撃はせず、罠も「ニンジャ」も確認されることなく、そのまま戦闘は終了する。

 あの白色矮星域での激しい戦いとはうって変わり、この中性子星域の一端で行われた戦闘は、あっけなく終了する。

 そして我々連合側は、白色矮星域全域の支配権と、中性子星域への支配権拡大という、当初の目的を達成した。

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[良い点] "点検溝を貫いた"、…デス・○ターかな? カズキ「カテリーナ、納豆(ふぉ○す)を信じろ」 [気になる点] バトル オブ セキガハラですか。 どっちが西軍、東軍なんだろう… バッカウゼン「…
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