#88 束の間
「おう、カズキぃ!ひつまぶし食いに行こうぜぇ!」
補給のために、戦艦ノースカロライナに立ち寄った0001号艦。10時間という束の間の休息を、僕はレティシアと過ごしている。
「お前、あの店がよほど気に入ったんだな」
「そうじゃねえけど、あそこしかナゴヤ飯がねえからな。せめて味噌カツとタイワンラーメンの店でもありゃあ、そっちに行くんだけどよ」
第1艦隊の総司令部は、主にアメリカ大陸出身者が多くいるところだ。それを受けてこの戦艦ノースカロライナの街には、ステーキやフライドチキン、6000キロカロリーもの大型ハンバーガーを売る店まである。ザハラーとカテリーナは大喜びな店が多いのは事実だが、確かにレティシアにはあまり好ましい街ではない。
途中、テラスのようなところでカテリーナを見かける。ナイン大尉とともに、ビールジョッキに入った巨大なパフェを食べている。その化け物パフェにさじを突っ込みながら、もぐもぐと食べるカテリーナを横目に、僕とレティシアは第2階層にあるあの店に向かう。
「いらっしゃいませ!2名様でしょうか?」
愛想の良い着物姿の店員が、僕らを出迎える。で、今度はカウンターではなく、座敷へと通される。
「はぁ〜、やっぱり座敷は落ち着くぜ」
「だな。やはりひつまぶしは、カウンター席では食べた気がしないよ」
と言いつつ、すでに僕とレティシアは、3杯目に突入していた。
「で、俺たちはいつ帰れるんだ?」
「さあな。少なくともあと一回は、戦いがある」
「ええ〜っ!?もしかしてまた、変なことやらさせるのかよ!」
「いや、今度こそは普通の戦いをするらしい。この宙域の近くにあるワームホール帯からつながる先に中性子星があるのだが、そこに進出するということらしい」
「はえ〜、でも本当かよ。しかしよぉ、ここんとこ地球001にしちゃ珍しく、攻める気満々だな」
「この白色矮星域の支配を確実にしておきたいらしい。そのための戦い、だそうだ」
僕も、それ以上のことは知らない。果たして、これ以上攻める意味がある気がしないし、理解できない。別にこの宙域を完全支配したのだから、それでいいじゃないか、と思うのだが、上層部にとってはそれで満足できないという。
しかも、この戦いに駆り出される兵力の多さに驚く。
我が地球001の4艦隊、3万と500隻だけではない。地球1010に常駐している地球042遠征艦隊に加えて、近隣にある地球265の遠征艦隊も加わる。全部で、5万隻もの大軍勢。我々の500隻など、おまけのようなものだ。
いや、すでに第8艦隊は500を切っている。前回の戦いで、さらに1隻失った。全部で495隻。標準の駆逐艦ではないため、補充がきかない。当然、失われた命が戻ることもない。
先の戦いでは、我々の損害は全部で175隻。一方の敵は3千隻を越えるという。そこから見れば、2回合わせて僅か5隻の損害など、とるに足らない数だと言える。だが僕は、そう簡単には割り切れない。
僕でさえ、そう思うのだ。敵だって同じか、それ以上だろう。
その分、僕らは恨まれている。だが、その先にこの争いの虚しさを感じて、停戦に動いてくれるのなら……
「おい、カズキ。出汁が溢れてるぞ」
「えっ?あ……」
4杯目の出汁茶漬けの出汁を注ぎながら、思わず考え事をしてしまったのがいけなかった。ダバダバと茶碗から溢れる出汁。慌てて僕は急須を引っ込める。
「おめえ、なんか最近、思い悩んでるな」
「……まあな。敵も味方も、たくさん死んだ。それで思い悩まない前線指揮官がいたら、そいつはよほどの無神経か、あるいは感情を捨てた機械だな」
「そうか?コールリッジの親父なんて、にっこにこの笑顔だったそうじゃねえか」
「表向きはああやって振る舞っているが、裏では罪悪感で悩んでいると思うがな」
「そうなのかなぁ……俺はあまり、そうは思えねえけど」
あるいは本当に、猛烈に無神経な指揮官なのかもしれないけどな。僕も正直、計りかねている。そういう点では、アントネンコ大将の方が人間らしい。
「まあいいや。今は戦いじゃねえんだから、思う存分、楽しもうぜ」
「楽しむって……他に、行くところでもあるのか?」
「おうよ、いいところを見つけたんだよ」
と、レティシアがいうので、僕は彼女に連れられて、とある場所に向かう。
そこは、いわゆる「ボーリング場」だ。
ただし、今どきのボーリングは、物理的なボールを使わない。
「バーチャル・ボーリング」という、3D映像で作られた仮想空間の中で架空のボールを投げ、それで得点を競うという一種のスポーツが今、流行っている。全身を使って投げるところは普通のボーリングと同じだが、仮想空間上にあることで、派手な演出をすることが特徴だ。
最近は、宇宙空間に並んだ赤褐色、つまり連盟軍の艦艇を見立てたピンを倒すというのが流行り。それも、10本や20本ではない。その数、ざっと200。200本、いや、200隻の連盟艦艇を見立てたピンを、ボールで薙ぎ倒す。
そのボールも、投げると同時にビームのような青白い閃光に変わる。その閃光が、この艦艇を貫いて爆発する。うまく当たれば、200本のピンが連鎖的に破壊される。この快感が、多くの人をバーチャル・ボーリングに惹きつけている。
他にも、魔王軍の魔物に見立てたピンを倒す異世界ものや、陸戦隊を薙ぎ倒すもの、大都市のビルを叩き潰すという不謹慎なものまである。要するに、倒すという行為は同じであるが、その対象を好みで変えることができる。ピンの数も、最大200本まで増やせる。
普通のボーリングの方が好みだという人は、このあざとい演出を嫌うらしい。純粋に10本のピンを狙い、物理的にそれが倒された得点を競うという、オーソドックスなスポーツを楽しむのが良いと感じている。確かに僕も、ちょっとこのバーチャル・ボーリングはやりすぎだと思うこともある。だが爽快感という意味では、このバーチャル・ボーリングには敵わない。
で、僕とレティシアは、そのバーチャル・ボーリング場へとやってきた。
「ピンの数は当然、200本だよなぁ。んで、シチュエーションは、今流行りの艦隊戦かなぁ」
「おい、いくらなんでもそれはやめよう。どうせなら、この戦国時代ものの方が……」
「何言ってやがる。こんな地味なシナリオ、絶対つまんねえよ」
レティシアよ、なんだって艦隊戦で心病んでいるやつに、艦隊戦を彷彿とさせるゲームをやらせようとするんだ?頼むから、それ以外の何かをやらせてくれ。
で、シチュエーションをどれにするかで揉めていると、そこにとある人物が現れる。
「なんだ、相変わらず仲がいいじゃないか」
その声に僕は一瞬、心臓の鼓動が止まりそうになる。振り返るとそこには、軍服姿に派手な飾緒付きのお方が立っている。
「あ……ええと、コールリッジ閣下……?」
さすがのレティシアも、予期せぬ大物の登場に硬直化する。そりゃあそうだろう。何度も顔を合わせている僕でもびっくりだ。なんだって、こんなエンターテインメントな場所に、大将閣下が現れるのか?
しかも現れたのは、一人ではない。
「おい、コールリッジ。久しぶりに、勝負といくか?」
第1艦隊総司令官を呼び捨てにする男、いや、呼び捨てにできるだけの地位を持つ男が現れる。第4艦隊総司令官、アントネンコ大将だ。
「あれ……?あの、どうしてアントネンコ大将閣下がここに?」
「さっきまでここで、作戦会議をやっとったんだよ」
「作戦会議って……僕は呼ばれてませんが」
「第8艦隊は我々の分艦隊のようなものだから、呼ばなくてもいいだろうということで、貴官は呼ばなかった。それだけのことだ」
いやあ、そういう大事な話はぜひ、呼んで欲しかったなぁ。でないと、欠席会議をいいことに、ロクでもないことをやらされる。これはもう、何度も経験したことだ。
「それよりもだ。おい、コールリッジ、勝負だ」
「仕方がないな。ではヤブミ准将、私の側に付け」
「へ?コールリッジ大将と僕が、組むんですか?」
「当たり前だ。貴官は我が第1艦隊の所属のようなものだろう」
「いや、それはそうですが……」
「となれば、私はヤブミ夫人と私が組むしかないか。」
「ええーっ!?俺があんころ粘土……ええと、アントネンコ閣下と!?」
「そうだ。そういうことになるだろう」
「ええーっ!?」
おい、なんてことしてくれるんだ。夫婦揃ってのんびりデートを楽しんでいるというのに、そこにずけずけと割り込んで、夫婦の間を引き裂く艦隊司令官がどこにいるんだ?
「よし、決まりだ!それじゃあシチュエーションは、艦隊戦モードだな!」
「つまり、多数の連盟軍を叩きのめした方が勝ち、ということか」
「そうだ。この間のように、お前の泣きっ面を拝んでやる」
「何をいうか、アントネンコよ。次に勝つのは私だ」
勝手に夫婦の間を引き裂いて、第1と第4艦隊総司令官同士の戦闘の幕が、切って落とされた。
「それじゃあ、第1投目は私からか。では、いくぞ」
と、気合十分なコールリッジ大将。すかさず、第1投目を放つ。
といっても、物理的なボールはない。ただ、手に持った仮想のボールを振りかぶり、それを放つ。初めはごろごろと転がるそのボールは、やがて青白いビームの光へと変わる。
その青い閃光は、目の前に無数に並ぶ赤褐色の艦隊へと向かっていく。
……が、なんとその光は、その艦隊の脇を通り過ぎていく。あれほど大量の艦艇を目前にしながら、ただの一隻もダメージを与えられなかった。
「あれ?おかしいな……」
なんてことだ。コールリッジ大将は、これほどまでにボーリング下手だったのか。つまりこれは、ガターだ。まったく、艦隊司令官ともあろうお方が、敵艦隊を撃ち漏らすとは。
「はっはっはっ!相変わらず下手だな、コールリッジよ。どれ、私が手本を見せてやろう」
といって、今度はアントネンコ大将が投げる。そのボールは再び青い閃光へと変わり、敵の艦隊へと向かう。コールリッジ対象に向かって大口を叩くだけのこともあり、アントネンコ大将の玉は敵の艦隊のど真ん中に……
……は行かず、やはり外れていく。無傷の艦隊が、我々の前に並び立つ。
「おかしいな……敵は『ニンジャ』でも使っているのか?」
そんなわけないでしょう。さっきから丸見えで、こちらにその砲身を向けて並んでいますよ。これがカテリーナならば、決して外すことはなかっただろう。もっとも、あれが本物ならば、の話だが。
で、今度は僕の番だ。コールリッジ大将の怒声が響く。
「おい、ヤブミ准将!外したら降格だからな!」
何を勝手なことを……その理屈なら、あなたはたった今、降格が確定したところじゃないか。ともかく僕は、仮想のボールを振りかぶり、敵の艦隊のど真ん中に向けて投げる。
青い閃光に変わり、それは敵の艦隊のど真ん中に向かって吸い込まれていく。そして僕の放ったあの球は、先頭艦に命中。三角の陣形に並んだ艦隊は、先頭から次々に誘爆を起こす。
まさか、ストライクか?しかし、爆炎が引くと、何隻かが残っている。ああ、なんてことだ。ほんのわずかだが、撃ち漏らした。
「おい、なんだカズキ、下手だなぁ。んじゃ、いよいよ本命の登場かな」
と、意気揚々と立ち上がるレティシア。
「おう、ヤブミ夫人よ!あの役立たずの司令官どもに思い知らせてやれ!」
と、アントネンコ大将の応援が響く。で、レティシアのやつは腕を振りながら、空中から降りてくる球を受け取ると、それを振りかぶる。
「おらおらぁ!」
と、まるで機関室での緊急冷却作業時に出す雄叫びのように、大声をあげて球を投げる。猛烈な速度で飛ぶ球はすぐに、青い閃光に変わる。
敵艦隊の真っ芯を捉えたその閃光が、次々と誘爆を引き起こす。速度が出ているだけに、その爆発も派手だ。そして爆炎が引き、その結果が明らかになる。
なんと、ストライクだ。それを見てレティシアは、ガッツポーズを取る。
「おっしゃぁ!」
考えてもみれば、普段からこの手のコントロールをし続けているからな。あの機関室での緊急冷却時には、自身の身長の数倍の大きな水玉を操り、ピンポイントの冷却をしている魔女だ。この程度の球のコントロールなど、たいしたことではないようだ。
「いや、すごいぞ、ヤブミ夫人!」
「いやぁ、それほどでもねえけどよ……」
「そんなことはないぞ!あんたはあの大将と准将に勝利した。もし私の艦隊にあんたがいたら、すぐにでも少将に昇進だ!」
「えっ!?俺が、少将だってぇ!?」
「准将に勝ったのだから、当然だろう」
「そうか!俺が……少将か!」
この一言がいけなかった。にやけと驚きが入り混じった、おかしな笑顔を浮かべて、再びガッツポーズを取る。
だが、その理屈なら僕はすでに元帥閣下だ。二人の大将相手に「勝利」している。アントネンコ大将というお方も、案外調子がいいな。それに乗せられるレティシアもどうかと思うが。
で、調子に乗ったレティシアはその後、快進撃を続ける。もっとも、僕も負けてはいない。次からは、ストライクを連発してみせる。
そして最後まで接戦を続けて、ついに最終決戦となる。
「おい、ヤブミ准将、負けるんじゃないぞ!」
と、僕に応援というか、さっきから負けたら降格だと半分脅し文句も混じりつつある微妙な問題発言を投げかけてくるのは、コールリッジ大将だ。
いや、大将閣下、あなたがさっきからほとんどガターしか出さないから、こちらの負担が増えているんですよ。艦隊司令官として、責任を感じてますか?
で、僕は振りかぶり、球を放つ。その青い閃光は、敵の艦隊のど真ん中目掛けて吸い込まれていく。
最終ラウンドだけあって、演出が一層派手になる。目の前は真っ赤に染まり、心なしか熱を感じるほどの、大きな炎が上がる。
が、それが引くと、1隻だけ残っているのが見える。最後の最後で僕は、ストライクを逃す。
「だらしねえな、カズキ。それじゃあ俺が、トドメを刺してやるぜ!」
「そうだ、レティシア少将、あの軟弱な艦隊司令どもをやってしまえ!」
アントネンコ大将はうれしそうだな。そんなアントネンコ大将に向かって手を振って応えるレティシア。いや、立場上しょうがないとはいえ、なんだかムカつくな、この光景。
そしてレティシアは、最後の一投をを放つ。
抜群のコントロールで、真っ芯に吸い込まれていくレティシアの球。当然それは、敵の艦隊を捉え、かつてないほど派手な誘爆を引き起こす。
僕の時よりも派手だな。まさかとは思うが、これは……その悪い予感は、的中する。
敵は、全滅していた。跡形もない虚空の宇宙空間が広がる。つまり、ストライクだ。たった一本、いや、一隻の差が、勝敗を決めた。
「いやったぁーっ!勝ったぜぇ!」
勝利に湧く、アントネンコ大将とレティシア。互いにハイタッチしながら、その勝利を喜び合う。ああ、なんてことだ。妻をとられた上に、勝負にも負けてしまったような、そんな感触を覚える。
が、コールリッジ大将が、僕の方をポンと叩いてこう呟く。
「ここで派手に負けたからな、次は絶対に負けることはないだろう。心切り替えて、この先の戦いに臨め」
負けたというのに、なんら悔しがる様子もなくニヤッと笑いながら、僕の方をぽんぽんと叩くコールリッジ大将。いや、ふと我に帰ればここは、戦場ではない。ただのバーチャル・ボーリングだ。
まさかとは思うが、思い悩む僕を心配して、わざと勝負を仕掛けたというのだろうか?そんな気遣いの割には、僕ら夫婦は引き裂かれて、勝負する羽目になったのだが……まったく、この2人の大将の考えていることは、まるで分からん。
まあ、僕らに勝利したレティシアがいつになく喜ぶ顔が見られた。それだけでも、僕にとっては収穫だったか。もっとも、そんなことまで考えてあの2人が僕ら夫婦の間に割り込んできたのかは、正直よく分からない。




