#87 包囲
「少佐!陣形を転換だ!」
「はっ!」
「敵艦隊右翼後方に、ワン隊、エルナンデス隊、メルシエ隊を、そして左翼側にはステアーズ隊、カンピオーニ隊をそれぞれ分割配置する!」
「提督、まさか我が艦隊を、2分するのですか!?」
「そうだ、もうすぐこちら側に、敵が押し寄せてくることになる!急げ!」
腑に落ちないジラティワット少佐だが、あまり時間がない。ともかく僕は、500隻足らずのこの艦隊を2分する。
その直後に、それは起きた。
「レーダーに感!艦影多数!敵艦隊右翼側に出現!」
現れたか。僕が思った通りだ。艦橋内は一瞬、緊迫した空気に包まれる。オオシマ艦長が叫ぶ。
「なんだと!?数は!」
「およそ1万!距離、48万キロ!」
「光学観測、明灰白色!友軍です!」
その報告を受け、僕は指示する。
「所属を確認する、直ちに味方識別装置(IFF)を打て!」
「はっ!IFF、打ちます!」
乗員の一人が、現れた艦隊に向けて、確認コードを打ち込む。すぐにそれは帰って来た。
「IFF確認!地球001所属、第4艦隊!アントネンコ大将麾下の艦隊です!」
「やはり、思った通りだな……」
「あの、提督」
「なんだ、ジラティワット少佐」
「どうして、味方の艦隊が現れると分かったんですか?」
「簡単だ。これと似たような戦いが昔、僕の故郷であったからだ」
「似たような、戦いですか?」
「そうだ。『肉を切らせて、骨を断つ』、それを聞いて、思い出した」
「はぁ……」
どうも腑に落ちないジラティワット少佐だが、考えてみればコールリッジ大将指揮する第1艦隊が、あれほどあっさりと瓦解するわけがない。敵どころか、味方の僕でさえ、まんまと騙された。
それにさっき、僕が思い出したというのは、戦国時代にノブナガ公が仕掛けた戦い、「姉川の戦い」だ。
ノブナガ公が、アザイ、アサクラの両武将に対して行い、勝利した戦い。それがこの姉川の戦い。
当初はアザイ、アサクラ連合軍が、川向こうに陣取るノブナガ、イエヤス連合軍に押し寄せ、本陣に迫るほどの破竹の勢いで進軍する。が、伸び切った陣形の側面を別働隊によって襲撃させて、アザイ、アサクラ両軍は総崩れとなる。
なるほど、あの第1艦隊の動きは、まさに敵を星間物質帯から引き摺り出すための演技だったというわけだ。その間に、「ニンジャ」で隠蔽しておいた第4艦隊を使って、側面から襲わせる。まさに「肉を切らせて、骨を断つ」という戦法。敵は見事に引っかかった。
だが、これで終わりではない。さらに艦橋内が慌ただしくなる。
「今度は、敵艦隊左翼側に艦隊出現!数、およそ1万!」
「光学観測、明灰白色!こちらも友軍です!」
これはもう、IFFなど打たなくても明らかだろう。あれは間違いなく、第5艦隊だ。
「よし、こちらも総攻撃に移る。敵艦隊後方に向け、砲撃を継続!」
「はっ!」
いきなり両側面を連合軍に囲まれて、おそらくは大混乱に陥っていると思われる敵の艦隊。その後方目掛けて、我々は砲撃を集中させる。
やがて、左右の艦隊も砲撃を開始する。四方を敵に囲まれて、もはや身動きがとれない連盟軍。
駆逐艦という艦は、前方の防御は堅固だが、側面、後方は脆弱だ。その全ての方向をぐるりと囲まれて、敵はなす術もない。
いつの間にか、第1艦隊も「演技」を止め、横陣形に転換して連盟軍と向かい合う。この陣形転換の妙は、さすがはコールリッジ大将だ。
やがて敵は、上方向へと移動し始めるが、我々もそれに連動して移動する。その結果、この包囲網は解けない。つまり、前後左右のどちらかに抜け出さない限り、敵はジリジリと数を減らされるだけである。
となれば、敵のとる行動は、たった一つだ。
「敵艦隊、急速接近!」
そう、4方向のうち、最も手薄なところに攻めてくる。ごく当たり前の戦術を、敵は選んだ。
つまり、この第8艦隊のいる後方へ、敵が殺到してきたのだ。
さらにこちら側には、隠れ蓑となる星間物質帯もある。となれば、余計にこちらに攻めてくることになるだろう。
そういう展開になることは、あの電文を受け取った直後に予測できた。だから僕は、最初から敵の猛攻をかわす陣形をとった。
「よし、敵の艦隊の動きに呼応して、我が第8艦隊はそのまま左右に広がる」
「はっ!」
「各戦隊長に連絡、敵は壊滅状態にあるとはいえ、我々よりもはるかに多い。相手にしようと思うな。このまま、敵を受け流せ」
この指令に、てっきりまたあの男から苦情が来るかと思っていたが、今はそれどころではないようだ。僕の思惑通り、我が艦隊の5つの隊は左右に分かれつつ、うまく敵をやり過ごす。やがて、敵は我々の間を突破して、星間物質帯に突入し姿を消す。
だが、その後を追うように、第1、第4、第5艦隊も星間物質帯に突入する。第8艦隊も、これを追う。
そして、我々は敵の大型要塞の残骸が残る、あの宙域にたどり着く。そこで敵の追撃を止め、地球001の4つの艦隊はその場にとどまった。
『そうだ、もちろん最初から、2万の艦隊が来ると思っとったよ』
その直後の直接通信で、コールリッジ大将からそう告げられる。
「あの……ではなぜ、我が第8艦隊に、この宙域の偵察などさせたのですか?」
『こちらが瓦解したかのような絵面にするためには、ある程度の時間が必要だったからな。実際、お前は分断されて後退する我が第1艦隊を見て、肝を冷やしたんだろう?』
「それは当然ですよ」
『ならば、こちらの作戦通りだったというわけだ。瓦解する艦隊に、それを必死で救おうとする、後方からの少数の別働隊。そうなれば、敵の艦隊はますます星間物質帯から離れ、我々第1艦隊を追ってくる。で、程よいところで「ニンジャ」の2艦隊を出現させようと企んどったんだよ。まあ、その前に、特殊砲撃を仕掛けるとまでは思わなかったがな』
「えっ……それでは大将閣下は、我々も含めて、騙していたんですか……?」
えらく上機嫌なコールリッジ大将の顔を見て、僕は少しムッとする。なんだ、やっぱり僕は騙されていたのか。
『まあ、怒るな。完璧な作戦にするためには、味方すら欺かなくてはならないこともあるんだ。あまり早く後方を取られては、あの2万の艦隊がすぐに後退していたかもしれんから、少しの間、第8艦隊には引っ込んでおいて欲しかったのだよ。まあその結果、うまくいったわけだ。貴官らの行動は、決して無駄ではなかった』
うう、勝利したというのに、なんだか悔しいな。きっとアントネンコ大将も同様に、ほくそ笑んでいるに違いない。そう思うと、さらに悔しさが増す。
ともかく、我々はこのコールリッジ大将の作戦のおかげで、大勝利を収めた。この白色矮星域からは、連盟軍は完全に消えた。
だが、戦いはまだ、終わらない。連盟軍の撤退したその日のうちに、その隣の中性子星域への侵攻が決定される。そこに橋頭堡を築き、白色矮星域の支配を完全なものにする。それが終わるまでは、我々の戦いは続く。