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#85 瓦解

 星間物質帯の手前で、また10隻の艦艇が現れる。


「レーダーに感! 艦数10!距離、50万キロ!」

「面舵10度! 敵の艦艇には目もくれるな! 速度そのまま、全速で星間物質帯に飛び込む!」

「はっ!」


 が、今度は「目」役の敵を相手にせず、迂回して星間物質帯を目指す。我々の目的は、あくまでも彼らの後ろに回り込むこと。正面から相手にする必要はない。彼らの相手は、今ここに急行しつつある第1、第4、第5艦隊が行う。

 それにしても、先ほどからこの0001号艦の機関は妙に調子がいい。すでに何度も全速、後退を繰り返しているが、レティシアの出番がまったくない。だんだんとこの機関も、慣らしが効いてきたのだろうか?もしかすると、そのまま安定してくれるかもしれない。

 そして第8艦隊は、星間物質帯へと飛び込む。そこで機関の出力を下げる。


「全艦、前進半速! 雁行陣形のまま、密集隊列をとりつつ前進する!」


 さすがに、レーダーも目視も効かないこの宇宙の霧の中を、全速で飛ばすわけにはいかない。デブリや小型の小惑星くらいはあるかもしれないし、何よりも敵が大勢潜んでいる。そんな宙域を全速で飛ばすなど、霧の中の道路でアクセルを踏み込むようなものだ。


「ダニエラ、どうか!?」

「はい! 前方に、たくさんいます!」

「数は、分かるか!?」

「ええと、おそらくは千隻以上かと」

「そうか……全艦に伝達!左へ退避しつつ、前進!」


 僕らの飛び込んだ先にも、敵が潜んでいた。しかしここには一体、何隻ぐらいいるんだ?ぐるりと迂回しつつ、前進を続ける第8艦隊。

 と、その時だ。さっき、あれほど褒めたばかりの機関が、トラブルを起こす。あのフォーンという、耳障りな唸り音を上げ始める。


『機関室より艦橋! 左機関、熱暴走!』

「なんだと!? このタイミングでか!」

『直ちに、緊急冷却に入ります!』


 やはり、この船の機関を褒めてはいけないようだ。どうやら、褒め言葉がフラグとなる。僕はこのトラブルを受けて、二度とこの旗艦の機関を褒めまいと心に決めた。


『おらおらぁ!』


 となると、やはり我が妻が頼りとなる。雄叫びを上げながら機関室に飛び込み、いつものように機関長に向かって叫ぶ魔女。


『おい、水だ、さっさと水をよこせ!』


 しかし、レティシアも慣れてきたと同時に、だんだんと指示が雑になってきたな。あれじゃあまるで、水強盗だぞ。


『レティシアさん! 放水を開始します!』

『おう、さっさとやってくれ! おりゃあ!』


 それにしてもレティシアのやつ、随分と水をまとめるのが上手くなったな。両手の先でクルクルと、まるで水飴でも扱うように丸くこね上げると、それを機関の赤熱部に押し当てる。ジュワーッと音を立てて、蒸気が上がる。

 その蒸気の量も、随分と少なくなったな。だいたいこれくらいの熱暴走なら、これくらいの水量、その加減が機関科の連中にも分かってきたようだ。

 だが、この0001号艦でなければ役に立たない技能。そんなものの熟練度が増したところで、どうなると言うのか?

 などと考えているうちに、熱暴走は止まる。機関が再び回り出す。


『冷却完了!』

「了解、機関再始動! 前進する!」


 やれやれ、いつものことながら、予想もつかないところでトラブルが起こるものだ。僕はどかっと司令官席に腰掛ける。

 が、その時だ。ダニエラが叫ぶ。


「真正面から1隻、こちらに来ますわ!」


 なんだと、真正面?それを聞いたタナベ大尉が、指向性レーダーの起動スイッチを押す。


「れ、レーダーに感! 至近距離! 真正面、艦数1!」

「回避運動! 面舵いっぱい!」

「おーもかーじ!」


 機関トラブルを起こしたため、我々は他の艦艇から置いていかれ、ただ一隻、取り残されている。そこにいきなり、不明艦が現れる。

 スラスター音が響き渡る中、真っ暗な闇から、その船影が現れる。その外観を見て、僕は思わず息を呑む。

 赤褐色の、標準型駆逐艦。全長はおそらく300メートル程度の駆逐艦が飛び込んでくる。外観はほとんど、我々の艦と同じ。ただ、色が連盟軍のそれだ。

 そんな艦が我々のすぐ左脇を、ものすごい速度で通り過ぎていく。あちらもおそらく、我々を見て驚愕しているところだろう。いきなり真っ暗な霧の中から、明灰白色の連合艦艇が現れた。僕と同様、肝を冷やしているに違いない。


「全速離脱! 急げ!」

「了解、全速離脱!」


 何が起きたのかは分からないが、ここには予想以上の数の敵が潜んでいるのではあるまいか?すでに敵の艦隊を迂回したつもりでいたが、あの艦は正面から現れた。ということは、また遭遇する可能性があるということだ。


「全艦に伝達! 指向性レーダー搭載艦は照射し続けろ! まだ敵が潜んでいるかもしれない!」

「了解!」


 まだ膝が震えている。もしダニエラがあれを見落としていたら、今ごろは正面衝突して、木っ端微塵になっていたかもしれない。間一髪、運が良かった。


 そのまま、味方の艦艇とどうにか合流し、星間物質帯の闇の中を進む。幸いにもその後は、敵と遭遇することはなかった。だが、その出来事がトラウマとなり、速度を上げられない。

 そして、幅がおよそ100万キロあるこの星間物質帯を抜けたのは、それから1時間後のことだった。


「星間物質層を抜けます! レーダー回復!」

「……よし、ではこの反対側宙域を索敵せよ」

「了解、索敵、開始します!」


 窓の向こうには、星が見える。あの星のいくつかが、敵の艦艇かもしれない。そう思いながら僕は、モニターに目を移す。

 モニターには、一つの点が映し出される。この宙域図と重ねると、あれはこの第8艦隊が破壊した要塞の残骸だと分かる。ああ、あれはまだここに残っているのか。

 だが不思議なことに、この周辺域には、それ以外の点が見当たらない。


「おい……敵艦隊が映っていないぞ。どうなっている?」

「はい、レーダーに感なし。艦影、皆無。この宙域には、敵の艦隊がいません」

「いないということは……いやまて、ということはまさか……」


 僕は、ジラティワット少佐の顔を見る。すると、少佐が僕の考えていることを具体化してくれる。


「つまり、敵は全軍、星間物質帯の中にいることになります。ということは、今ごろは……」

「しまった! ということは、第1艦隊は2万の敵と対峙してるってことじゃないか!?」


 予想以上に大胆な行動を、連盟軍は起こしていた。彼らは最初から、この宙域に止まるつもりなどなかったのだ。考えてみれば、連盟軍の基本戦術は攻勢だ。要塞を失った今、この宙域にこだわる必要など、すでにあろうはずもない。


「全艦、転舵反転! 敵後方に回り込む!」


 なんということだ。こんなことなら、反対側など出ずに、さっさと敵の後ろに回り込めばよかった。元々、この「キツツキ作戦」とはそれが目的だった。星間物質帯の向こう側の敵状偵察など、そのついでに過ぎない。

 再び第8艦隊は、星間物質の中に飛び込む。だが、さっきの衝突未遂のこともあって、速度を上げられない。だが、この星間物質内には、敵の気配が感じられない。ダニエラもミズキも、敵の艦影を捉えられない。

 だが、相手は2万隻。その艦隊を一隻も捉えられないなど、そんなことあるのか?いや、もしかすると、すでに敵は……

 そして反転して1時間後、我々は星間物質の反対側に出る。


「レーダー、回復します! 索敵開始!」

「レーダーに感! 艦影多数、距離27万キロ! 数……およそ2万!」

「やはり、こちら側にいたか……」


 僕はそう言いながら、モニターに目を移す。それを見た僕は、驚愕する。

 そこには、眼前の敵艦隊2万隻と、第1艦隊の陣形が映っている。が、第1艦隊の陣形がおかしい。

 第1艦隊は大小5つに分断され、それぞれがバラバラに後退している。それを、整然とした横陣形で追撃する敵の艦隊。

 つまりこれは、第1艦隊が敵の追撃を受け、瓦解していることを示していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ、フラグ建てやがった…(^_^;)と思ったらやっぱり。 期待に応えてくれるエンジンだなー(白目) [気になる点] 川中島のようになりましたね。歴史は繰り返すというかとなのか…。 という…
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