#84 闇打ち
我が艦隊は今、3艦隊に先行して、敵の支配域を航行中だ。目指すは、あの星間物質帯。あと5時間もすれば、その入り口にたどり着く。
後方300万キロを、第1艦隊が追従する。さらにその後ろには第4艦隊が、そして、その後ろを第5艦隊が続く。
そういえば、第5艦隊の総司令官であるバッカウゼン大将とは、僕は面識がない。もっとも、僕は元々、第1艦隊のコールリッジ大将しか面識がなかった。アントネンコ大将と出会うことになったのは、あの訓練戦闘がきっかけだ。それがなければ、僕はコールリッジ大将以外の艦隊司令官を知らないままだった。
だが、聞くところによればこのバッカウゼン大将というお方は、慎重派だという。どちらかと言うと防衛艦隊向きの人物だと、コールリッジ大将は話していた。
今回の戦いでも、後衛に据えているのはそう言うことなのかもしれない。話を聞く限りでは、あまり前衛向きの司令官ではない。
「あと1時間で、星間物質帯に到着します」
「了解。出てくるかな、敵は?」
「どうでしょうか……普通に考えれば、我々が攻めてくることは十分想定される事態ですからね」
「そうだな。すでに我々、第8艦隊が、かき回すだけかき回したわけだし」
ジラティワット少佐の報告を受けて、僕はそう応える。その時、あの戦闘の後に感じた、後味の悪い感触を思い出す。よりによって、僕は再びここに帰ってきた。また何か、僕はしでかすことになるのだろうか?
できれば、我々との戦闘を諦め、さっさと連盟軍には撤退して欲しいところだが、そうもいかないだろうな。今回も、激しい戦いが予想される。もしかすると、前回以上の戦いになりかねない。
「敵艦隊は、捕捉できないか!?」
「はっ! レーダーに感なし!」
「こちらも、まだなにも!」
「そうか、2人とも、監視を続けよ」
「はっ!」
タナベ大尉とダニエラが、僕に現状を報告する。相変わらず、静かな宇宙だ。だが、目前に広がるあの星間物質の闇の向こうには、確実に2万隻以上の敵がいる。
それにしても、敵はこのところ「ニンジャ」を仕掛けてこないな。前回は奇襲だったから仕方がないとしても、今度は明らかに侵攻される側だと分かっているはずだ。ならばこの間のように、一個艦隊を丸ごと忍ばせていても良い気がする。
が、気味が悪いほどに、敵はあれを使わない。いや、もしかすると、ようやく学んだのかもしれない。我々があれを見破る手段を持っている、と。
「……とすると、敵が出てくるのは、どこだろうか?」
「あの、提督、どうされましたか?」
おっと、心の声が、口から出てしまった。僕はジラティワット少佐に尋ねる。
「少佐、『ニンジャ』を使わない敵が仕掛けてくるとしたら、どこだと思う?」
「はっ。考えられるのは、あの星間物質帯の前後かと思われます」
「つまり、あの層に突入する直前か、そこから出て敵艦隊が集結していると予想されるあの場所の、どちらかで待ち構えていると?」
「小官が指揮官であれば……いえ、あくまでも仮説ですが、あの層の我々の側。そこで待ち構えるのが、守勢側としては有利です」
「その根拠は?」
「あの星間物質、レーダーを無効化する天然の隠れ蓑を最大限に活用できる位置が、その場所だからです。我々が接近するのを見て、あの星間物質層から顔を出して一撃、すぐに退却してはまた突出して攻撃。この一撃離脱のゲリラ戦法を取ることが、敵にとって最も有効な攻撃手段であると、小官は愚考いたします」
「なるほど、確かに少佐の言う通りだな」
となると、敵の艦隊は今、あの薄黒い霧の中に潜んでいる可能性が高いと言うことか。
「となれば、我々の目的は、その敵艦隊を捕捉、攻撃すること。可能ならばそれを味方の3艦隊の前に引き摺り出し、艦隊戦に持ち込ませる」
「はっ!」
僕らは前進を続ける。おそらく敵が潜むであろう真っ黒な星間物質の河岸目掛けて、艦隊を進める。
500……いや、496隻の艦艇は、その河岸まであと100万キロまで迫る。その時、タナベ大尉が叫ぶ。
「レーダーに感! 距離100万キロ、数、10!」
どうやら、その星間物質層から哨戒部隊が顔を出したようだ。ということはすでに、敵は我々とその後方に控える、第1艦隊辺りまでは捕捉した可能性が高い。
「よし、前進し、あの哨戒部隊を牽制する。全速前進!」
「はっ! 艦隊、全速前進!」
僕の号令と同時に、機関音が唸り出す。敵の10隻の戦隊は、我々の動きを見てやや後退を始める。
「逃がすか! 追尾し、哨戒艦を殲滅する!」
姿を見られた以上、生かしてはおけない。その10隻に狙いを定めて前進を続けるが、その時、ダニエラが叫ぶ。
「前方、霧の中! 何かとてつもないものがいます!」
「なんだと! 規模は分かるか!?」
「そうですわね……だいたい、1千から2千隻くらいでしょうか?」
ダニエラも、鏡に見える対象の大きさから、だいたいの敵の数を言い当てられるくらいにはなりつつある。今までの戦闘や訓練の賜物だ。
「指向性レーダーを照射! 敵の艦隊を捉えられないか!?」
「はっ! 指向性レーダー、照射します!」
すぐさま、電波吸収材に対してある程度有効なレーダー、指向性レーダーを照射する。
「敵艦隊捕捉! ただし、数はおよそ300!」
「少ないな……やはり大半は、霧の奥に潜んでいるのか?」
「はっ、おそらくは」
思った通り、星間物質帯の中に敵の艦隊が潜んでいた。指向性レーダーである程度は捕捉するも、その数は分からない。
「よし、このまま前進だ」
「はっ! ですが……」
「なんだ」
「敵の数と位置が分かりません。そのようなところに飛び込むなど、無謀ではありませんか?」
「いや、だからこそだ。こちらが接近すれば、敵は必ず出てくる。あそこに潜んでいる敵の規模を知る。それが目的だ」
「なるほど……了解致しました。では艦隊、前進します」
ジラティワット少佐は、卒なく僕の僕の言葉を全艦に伝える。その間、第8艦隊は前進を続ける。
我々は前進を続けるが、あの10隻は動かない。その場でじっと待ち構えている。距離は、すでに30万キロを切った。それでも敵は撃たない。
なかなか尻尾を出さないな。少しカマをかけるか。そう考えた僕は、全艦に下令する。
「全艦、砲撃戦用意! あの先行する10隻を攻撃する!」
と、その時だ。艦橋内に、緊迫した声が響く。
「高エネルギー反応、多数!」
「なんだと!? レーダーは!」
「反応なし! おそらくは、星間物質内からの反応の模様!」
「全艦、バリア展開! 急げ!」
しまった。てっきり敵は出てくるものだと思っていたが、あの星間物質内に潜んだまま、こちらに砲撃を加えようとしている。
そして次の瞬間、一斉砲撃を浴びせられる。
レーダーの利かない星間物質内からの砲撃にしては、正確だ。この旗艦のすぐ脇にも、無数のビーム束が横切る。かろうじて0001号艦への着弾は免れたが、他の艦にはいくつか着弾したものもある。
だが間一髪、バリアシステムの展開が間に合ったようだ。撃沈はどうにか免れる。しかしあまりに激しい砲火を受け、反撃できない。
「ジラティワット少佐! 敵の艦艇数は分かるか!?」
「高エネルギー反応から推定して、およそ3千隻!」
ここで僕は思い知らされる。あの10隻は、ただの囮ではなかったのだ、と。
あの星間物質内からの砲撃、彼らからは我々の姿を捉えられていないはずだ。だが、あの10隻ならば、我々を捉えている。
つまり、やつらはあの10隻の「目」を、データリンクにより後方の3千隻と共有している。それを使って、あの中から砲撃を行っているようだ。
我々がカテリーナを使ってやったことを、かれらはあの10隻を使ってやっているようだ。最悪、あの10隻は撃沈されてしまうが、それは覚悟の上なのだろう。
「全艦、一旦後退する! 距離を45万キロまで取れ!」
「了解! 艦隊、後退します!」
あまりの苛烈な砲撃に、我々は後退せざるを得ない。敵の射程を抜けると、ようやく砲撃が止む。
我々が地球001艦隊であることを悟られないよう、あえて45万キロからの砲撃は行わなかった。敵を炙り出すのが目的だったし、そのためにあの10隻をぎりぎりまで撃たなかったのだが、ここに至ってはもうなりふり構ってはいられない。僕は砲撃を行うよう、下令する。
「あの10隻だけでも仕留める。全艦、砲撃開始!」
「はっ! 全艦、砲撃開始!」
我が艦隊の砲火が、一斉に10隻に向けて放たれる。496対10。50倍近い砲撃を受ける敵だが、役割上、彼らは最初から防御に振っており、着弾しても弾き返されてしまう。
おまけに、この10隻は我々の砲撃を受けてさっさと後退する。あの星間物質の奥、レーダーの届かない場所へ逃げてしまった。
こうなったら、こちらはカテリーナ・リンクを使い、さらに追撃してやろうか。こちらには、いくら星間物質の闇に潜んでもロックオンすることができる砲撃手がいるんだ。後ろにいる3千隻ともども、攻撃することは可能だ。
と考えたが、ここは一旦後退し、第1艦隊と合流することとする。僕はここで一度、コールリッジ大将の指示を仰いだ方が良さそうだと判断した。
『なるほど、連盟軍め、そんな手を使ってきたのか』
「はっ、おそらくは」
『しかし、厄介だな……レーダーの不感領域に潜り込まれたままでは、こちらは手も足も出せないな』
「その通りです」
『さて、どうしたものか……』
直接通信のモニターの向こうで、軍帽を脱ぎ、頭を掻きながら考え込むコールリッジ大将。
こういう戦術を取ることは、予め予想されていた。が、直前に行われた幕僚会議では、臨機応変に対処すべしとの方針が示されただけで、実質、策はない状態だ。
が、やがて、コールリッジ大将が顔を上げる。
『よし、ヤブミ准将。お前、敵を突いてこい』
「は? 敵を……突くのですか?」
『そうだ』
「あの……言っている意味が、よく分かりません」
『簡単だ。あの星間物質帯に飛び込み、敵の後方へと回り込む。そして旗艦にいるあの砲撃手の目を使って、後方から敵を攻撃する。そうすれば、敵は嫌でも出てくるだろう』
「はい、それは可能ですが……」
『そうだ。ついでに、向こう側にいる敵の艦隊の規模も把握してくれるとありがたいな。第8艦隊は一旦、星間物質帯の向こう側に出て、敵の残存兵力を把握。然る後に、あの霧の中に潜む敵を突く。そうすれば今、ここに隠れ潜むいる敵がどれほどの規模かが推測できるというものだ』
「は、はぁ……」
なんか、無茶苦茶なことを言われているぞ。要するに、2つの目的の作戦行動を、このたった500隻ほどの艦隊にやらせようというのだ。敵を後方から突くだけではダメなのか?
だが、ここにいる敵がどれくらいの規模なのかは、正確には分からないだろう。総数は2万隻と予想されるから、確かに向こう側の敵の数を把握すれば、こちらにいる敵の規模が推測できる。コールリッジ大将の言うことも、あながち分からないでもない。
「では、第8艦隊は直ちに出発し、敵艦隊の規模把握と、後方からの追撃を行います」
『うむ、頼んだ。これより本作戦名は「キツツキ作戦」と命名する』
「は!? キツツキ?」
『准将、復唱は!?』
「はっ! では第8艦隊は直ちに、『キツツキ作戦』を実行いたします!」
なんだ、キツツキって。思いつきにしては、随分と縁起の悪い名前をつけたものだ。
僕の故郷であるニホンで、かつて戦国時代と呼ばれた乱世の頃に、まさに「キツツキ戦法」と呼ばれる戦術をとった武将がいた。シンゲン公だ。
今回と同様に、山中に籠って動かない敵を後方から別働隊で突き、自身の軍の前に引き摺り出す。当時は、キツツキという鳥が木を突いて、木の中にいる虫を追い出していたと考えられていたために、そう名付けられた戦法だが、まさにそのままの行動をとる。が、その結果は……
うう、悪い予感がするな。これはさっさと後方に回り込み、とっとと戻ってきた方が良さそうだ。僕はジラティワット少佐に向けて、こう下令する。
「と、いうわけだ。これより我が艦隊は、星間物質帯に突入する。全艦、全速前進!」
「はっ! 全艦、全速前進!」
再び、機関音が高鳴る。我々は再び、宇宙の黒い霧が漂うあの場所へと戻っていった。