#83 後悔
「艦内哨戒、第三配備!」
ようやく、この旗艦内も通常の3交代制に戻る。敵支配域を超え、連合側宙域に入ったためだ。
で、僕は今、食堂にいる。レティシアが来るのを待っているのだが、僕の目の前には、美味そうに納豆ご飯を食ってるやつがいる。
いや、納豆ご飯だけではない。横には大きなピザが載っている皿がある。それを交互に食べる、我が旗艦の砲撃手。
おい待て、今度は納豆をピザの上に乗せ始めたぞ?目を輝かせながら、それに食らいつくカテリーナ。モッツァレラチーズなのか納豆なのか分からない無数の糸が、カテリーナの口からビヨーンと伸びて……
「ちょっと、変態提督殿! 何じーっと、カテリーナちゃんを凝視しているんですか!」
相変わらず、上官に厳しいグエン少尉がやってきた。僕は反論する。
「別に眺めているわけじゃない。ただ、自身のあまりの罪深さに気づいて、落ち込んでいるだけだ」
「へぇ〜、やっと自身の変態ぶりに気づいたんですか」
「いや、そっち方面のことじゃない。もっと大きなことだ。」
「大きなことって……まさか准将閣下、レティシアちゃんというものがいながら、ついに浮気を……」
「違う! あの要塞攻撃を決断し、実行したことだ」
まったく、いくらなんでも僕はそこまで不貞な輩じゃない。それはともかく、僕は今頃になって、あの決断を後悔していた。
そう、なぜ僕はあの要塞攻撃を強行したのだろう?思えば、破壊などせずとも、無力化することだって可能だった。あの宙域を占拠し要塞を孤立させてしまえば、それで彼らは撤退を余儀なくされる。そういう手だってあったはずだ。
が、僕は特殊砲撃での破壊を決断してしまった。今、目の前で、口からモッツァレラチーズだか納豆だかの糸を引いているやつが、正確にあの要塞の弱点を突いてしまった。おかげで、再起不能なまでに破壊してしまった。それはつまり、中にいる人々の大半が無事では済まなかったことを示している。
加えて、我々にも被害が出た。別働隊として行動したカンピオーニ隊は、4隻を失った。2万隻を奔走させたこと、あの要塞での犠牲者の数を思えば、わずかな犠牲だと言えるが、それでも犠牲は犠牲だ。
「ですが、あれをやらなきゃ、我が連合軍にとって大きな障害となっていたんですよね?」
「そうだ、それは間違いない」
「だったら、軍事的に間違った判断というわけじゃないのでしょう? 何を悩む必要があるんですか」
「直径70キロの要塞の、大半を焼き尽くしたんだぞ。ということは、そこに何万人の人がおり、その人々を死に追いやったと思っているんだ」
「別にそれくらい、今までだって何度もやってるじゃないですか」
「これまでは、まだ軍人が相手だ。今度のは民間人だっているだろう。それを思うとだなぁ……」
「准将閣下!」
テーブルの上で、だらしなくしている僕の前で、テーブルをバンと叩くグエン少尉。
「では聞きますが、閣下が悩むと、あの要塞で亡くなった人々が生き返ったりするんですか!?」
「そんなわけがないだろう」
「だったら、いちいち悩まないことです! そんな余裕があったら、さっさと戦争を終わらせることでも考えて下さいよ! 何とかいう英雄の再来だなんて、ナゴヤじゃ言われてるんでしょう!? 何をウジウジしてるんですか、まったく!」
プリプリと怒りを撒き散らしながら、食堂を出ていくグエン少尉。すれ違うように、レティシアがやってくる。
「なんだ? グエンのやつ、えらい怒りようだな。おいカズキ、まさかお前……グエンに手を出したのか!?」
そんなわけないだろう。僕はレティシア以外には手を出さないと決めている。第一、レティシアより面白い反応をする奴が、この宇宙にいるとは……いや、今はそんなことはどうでもいい。僕は再び、テーブルの上でぐったりとする。
「はぁ……とんでもないことをやっちまったなぁ」
「そりゃあ、俺という者がありながら、グエンに手を出すなんて……」
「そんなわけないだろう。さっきから、何の話をしているんだ?」
「それは、こっちが聞きてえぜ。さっきから、何をぶつぶつ言ってやがる?」
「それはだなぁ……」
と、さっきグエン少尉にも言った話を、レティシアにもする。
「……というわけだ。万人単位の人生を、僕は失わせてしまったわけだ。その罪深さに、心押しつぶされかけているというわけだ」
「なんでぇ、そんなこと、とっくに何度もやってるじゃねえか」
「いや、今までは軍人相手だからな、まだ……」
「人に、軍人も民間人もねえよ。だいたい、俺なんて民間人扱いだが、艦隊旗艦に乗ってるじゃねえか」
「まあ、それはそうだが」
「それを言ったら、コールリッジのおっさんや、あんころ粘土の方が、お前なんかよりよっぽどか罪を重ねているぞ。上には上がいるんだ。まあ、落ち込むな」
といいながら、肩をバンバンとたたくレティシア。まあ、それはそうだ。僕なんかよりも、遥かに罪深い奴が他にもいる。
落ち込んだって、仕方がない。ともかく、この状況を最大限に利用しなくてはならない。この宙域を占拠するため、そして、アントネンコ大将が語っていた、休戦への道筋とするために。
そしてそれから1日後には、僕は第1艦隊旗艦、ノースカロライナに入港する。
「派手にやったそうじゃないか」
「はぁ……派手、とは少し、違うと思いますが」
「いや、要塞一つつぶしておいて、地味とは言わんだろう」
妙に上機嫌なコールリッジ大将の隣には、なぜか第4艦隊総司令官であるアントネンコ大将までいる。
「うむ、私が鍛えた甲斐があったというものだ。だがまさか、要塞一つ、つぶしてくるとはな」
「何を言うか、元々は私が見出した人物だぞ!?」
「お前の鍛え方では、こんな戦果は立てられなかっただろう。やはりここは、私の方が……」
何を急に手柄の取り合いのようなことを始めたんだ、この2人は。正直、そんなことはどうでもいい。
「あの、両閣下。それよりも、この機会に第1、第4、第5、そして第8艦隊の4艦隊を挙げて、直ちに侵攻すべきではないかと」
「おお、そうだったな。こいつが下らないことで張り合おうとするから、話がそれてしまったではないか」
「おい、コールリッジ、人のせいにしちゃいかんだろう。だいたい、お前はだな……」
「あーっ、あのですね!我々が持ち帰った、敵の重要拠点の概要を説明いたしますと……」
いつもこの調子なのだろうか、この両名は。合わせて2万隻、200万人の駆逐艦乗員と、120万人の後方部隊を指揮する大将閣下とは思えない所業だ。僕は半ば強引に、この両大将に割って入る。
「……というわけで、要塞は失われたものの、依然としてこの星間物質帯の向こう側には、艦隊集結をするための条件が整っておりまして、ここを落とさない限りはあの宙域の支配権確保は困難かと」
「そうだろうな。他に拠点となるべき惑星や準惑星もないし、この星間物質の入り組んだ場所は、確かに橋頭保を築く場所としては最適な所だな」
「ですが、それゆえに攻めづらい場所でもあります。要塞が失われたとはいえ、何か策を練らなければなりませんが……」
「分かった分かった! そこからは、我々の仕事だ。第8艦隊、およびヤブミ准将はしばらく休息せよ。追って、作戦を指示する」
「はっ!」
伝えるべきことを伝えた僕は立ち上がり、司令官室を出ようとする。が、僕はアントネンコ大将に呼び止められる。
「ヤブミ准将!」
「はっ!」
「貴官は今、あの要塞攻撃のことを、後悔しているのではないか?」
「はっ……実は、その通りです」
「だろうな。そんなことだろうと思ったぞ」
「はぁ……」
急にあの要塞攻撃のことを言われる。あまり思い出さないようにしていたのだが、なぜここでアントネンコ大将は話題にするのか?
「気に病むなとは言わない。あれだけのことをやらかしておいて忘れるなど、どだい無理な話だ。しかし、今回の作戦では遅かれ早かれ排除せねばならない対象だった。だから、攻撃そのものは、間違いではない」
「はい……それは、その通りです」
「とはいえ、だ。敵とはいえ、大勢の命を奪ったことに心砕くことは無理もない。だからこそ、我々はこの宇宙に軍事的均衡と秩序を築き、一刻も早くこの争いを終わらせねばならない。彼らの犠牲を無駄にせぬよう、我々は全力で戦う。今は、そう思うことだ」
「はっ、承知しました」
グエン少尉にも、同じようなことを言われたが、なぜだろうか、言葉の重みは、アントネンコ大将の方が感じられる。すると、コールリッジ大将が口を開く。
「なんだアントネンコよ、お前、まだあの時のことを悔やんでいるのか?」
「当然だ。そもそも戦闘の結果として、敵の命を奪ったことを後悔しないなど、お前くらいのものだ。私はそんな薄情な軍人にはなれない。それだけのことだ」
互いに罵り合っているようにも見えるが、コールリッジ大将の表情からは、アントネンコ大将への理解を示しているようにも見える。そして、この会話から察するに、どうやらアントネンコ大将にも、今の僕と同様の何かがあったようだ。この大将閣下のあの考えの裏には、僕の知らない出来事が絡んでいた。そう思わせる二人の大将閣下の会話だった。
「おう、どうだった?」
「ああ、報告だけだからな。別段、特に何かを言われたわけではない」
「そうか、それじゃあ、すぐにでも地球1010に帰るのか?」
「いや、このまま出撃となるはずだ。第8艦隊も、他の3艦隊と共に進軍することになる。明日の幕僚会議で決定され次第、すぐに戦場に戻るぞ」
「なんでぇ、それじゃあデートは、今日ぐらいしかできねえのかよ」
夫婦となって、すでに1年近く経つが、未だにデートしたがるレティシア。可愛いやら、愛おしいやら……僕はそんなレティシアと、この戦艦ノースカロライナの街に2人で繰り出す。
「そうそう、カズキ、お前も驚く店を、ここで見つけたんだ」
「なんだ、その店というのは?」
「見てのお楽しみだ。まあ、俺についてこい」
相変わらず、人が多い。今は出撃に備えて、補給に訪れる駆逐艦が多いようで、余計に人が多い気がする。
そんな人混みの中を抜けて、僕とレティシアは第2階層にある、とある店に着く。
「……おい、ここは……」
「驚いただろう。こんな店ができてたんだぜ」
驚くも何も、こんな店がここにあることが信じられない。
店の看板には、「ウナギ」という大きな文字。そして、古風な佇まいの出入り口。扉を開くと、板の間の床に、そしてしょうゆダレのあの独特の香ばしい香り。
「いらっしゃませ。お二人ですか?」
「あ、ああ」
「奥のお座敷にご案内いたします。少々お待ちください」
大きなお櫃を抱えた着物姿の店員が、僕らを出迎える。すぐに僕らのところへ戻ってくると、奥の座敷へと案内される。
「やはりここは、あの店か?」
「そうよ、驚いただろう。俺も見つけた瞬間、震えが止まらなかったぜ。間違いなく、あの店だ」
レティシアがにやけながら僕に話す。
そう、ここはどう見ても「ひつまぶし」の店だ。この艦の街からの味噌カツの店がなくなったかと思ったら、今度は別のナゴヤ飯が進出してきた。
だが、ひつまぶしは特殊過ぎる料理だぞ。いくらなんでも、人は来ないのでは……と思いきや、意外にも人は多い。
結局、座敷の空きはなく、カウンター席のようなところしか空いていない。仕方なく、僕とレティシアはその席に向かう。
しかし、ここではこの将官用飾緒付きの軍服は目立つな……と思いきや、通された席のすぐ横には、さらに目立つ姿の人物がいる。
ブカブカな布製の服を纏い、茶色の帽子、というより、布を巻きつけたような被り物といった方がいいか、明らかに地球001ではないどこかからやってきた人物が、僕らの案内された席のすぐ隣にいる。僕は、その人物の隣に座る。
どうやらその人物は、3杯目を食べようとしているようで、うなぎの上に薬味をかけて、出汁茶漬けにしているところだった。その横に座った僕は、目の前にある端末のメニュー表からひつまぶしを2つ選び、注文ボタンを押す。
「……おや、もしかして、将官の方ですか?」
と、横に座るその布巻きを被った人物から話しかけられる。
「はい、そうですが……」
「まさか、地球001という輝かしい星よりいらした将軍様に、ナゴヤ飯を食べられるという場所でお会いできるとは、私はなんという幸運か」
うーん、何を喜んでいるのだろうか。将官といっても、ただの軍人だぞ。出会ったところで、民間人に何かいい事があるわけではない。それよりも、なぜ「ナゴヤ飯」などという言葉を知っている?
しかし、めんどくさそうな奴だな。その話口調から、僕はそう察する。
「失礼しました。私は、地球1010出身の、スルメールという国で書記をしております、バルサムと申す者です」
「僕……小官は、地球001のヤブミ准将です。」
「おお、ヤブミ准将といえば、地球1010に常駐しておられる、第8艦隊の司令官ではありませんか! 何という偶然、今後ともお見知りおきを!」
「は、はぁ……」
うーん、何だか知らないが、変な奴と出会ってしまった気がするぞ。だが、話しかけられた以上、受け答えせねばなるまい。
「と、ところで、バルサム殿は何ゆえ、地球001の艦隊旗艦であるこのノースカロライナに?」
「ええ、それは地球001の商人と、我がスルメールの王族との仲介のためですよ」
「はぁ、王族の、ですか」
「なにせスルメールの者の多くは、ペリアテーノ語を話せませぬ。宇宙の言葉と同じペリアテーノ語を話せる私に、その仲介役が回ってきたというわけでして」
「ああ、言われてみれば、統一語に堪能なようですが。」
「幼少期より10年ほど、ペリアテーノにいた事があるからですよ。ですが、まさかその時の経験が今になって役立つとは……人生とは、分からないものです」
などと話していると、ちょうど4杯目を食べるところだ。最後の締めは、出汁茶漬けか。こいつ、意外とひつまぶしを極めているな。
「さて、これからその仲介役なのです。ではヤブミ准将殿、いずれ地球1010にて」
と、4杯目を大急ぎでかき込むと、バルサム殿は席を立ち、僕に会釈をして店を出て行った。
「なんでえ、あれは?」
「さあ……スルメール出身だと言っていたが、ペリアテーノのことも知っているようだったな。」
「スルメが、ひつまぶしを食ってたのか。変な組み合わせだな、おい」
相変わらず、下手なダジャレで締めるレティシア。しかし、スルメールか……そういやあ、そこに行っていた奴がいたような……
来るべき戦いを前に、僕はレアなナゴヤ飯との再会と、妙に胸騒ぎを覚える人物との出会いを、この戦艦ノースカロライナの街で果たす。
そしてその翌日。僕の予想通り、4艦隊による白色矮星域の全域を支配圏に入れるべく、あの星間物質帯への進撃が決定される。




