#81 囮役
「提督、我々は全部で500隻。そして、この宙域にいる敵の艦隊は総勢2万。その2万に守備された要塞を攻撃するなど、無謀かつ無鉄砲極まりない行為ですよ」
「それは分かっている。だが、あの要塞ある限り、この宙域における実効支配権はやつらに残ったままだ」
「それは分かってます。が、500隻でどうにかできる問題でもないでしょう」
「しかしだ、それでは2万の地球001艦隊が押し寄せたとして、あれを破壊できると思うか?」
「……その手前の、2万の連盟軍に阻まれて、おそらくは無理でしょうね」
「そうだ。むしろ500隻という少数の艦隊である我々の方が、あれを攻撃できる可能性が高い」
「ですが……」
僕が、随分と常識はずれなことを言っていることは承知している。だが、すでにこの宙域を奪取するという作戦自体が、僕らの常識外の行動だ。
あの要塞が残る限り、敵はそこを橋頭保として、この宙域での制宙権を譲らないだろう。しかもここは、星間物質が漂う場所。つまり、一個艦隊の行動範囲に制約が付く場所でもある。そんな不自由な場所に築かれた要塞は、この宙域を支配しようとする我々にとっては、まさに目の上のたんこぶだ。
これを、どうにかして奇襲できないか。むしろ500隻の小艦隊の方が、敵は油断し、それを成し遂げられる可能性は高いのではないか。しかもこの艦隊は、特殊砲撃が可能な艦隊でもある。
「はぁ……」
僕の提案を受けて、ため息をつくジラティワット少佐。
「やはり、貴官は反対か?」
「ええ、当然です。が、それで納得していただけるヤブミ准将ではないでしょう。ですから、小官より提案があります」
「なんだ、提案とは?」
「まず、5人の戦隊長とつなぎます」
「……また、彼らの意見で決めようと?」
「そうですが、その際に私からも作戦提案があります。それを受けて、方々がどう判断されるか。それを伺いたいのです」
「そうか、ならば、各戦隊長に会議招集を。」
「はっ!」
僕の無茶ぶりに対して珍しく、ジラティワット少佐の側から提案があるという。それを受けて僕は、それを許可する。
「各戦隊長には招集に応じていただき、ありがとうございます。では小官からこの周辺宙域の現状の説明と、提案をさせていただきます」
会議室のモニターには、5人の戦隊長が映っている。彼らに向けて、ジラティワット少佐がこの会合の趣旨を説明し始める。
「現在、我が艦隊は星間物質帯のちょうど中間地点、この辺りにおります。この前方180万キロには、敵の2個艦隊が集結、そしてその奥50万キロには、直径70キロの大型要塞が存在します」
『そんなことは分かっている! で、貴官の提案とはなんだ!?』
説明が始まったばかりだというのに、苛立ちを隠せないやつがいる。エルナンデス大佐だ。
「先に、結論から申し上げましょう。この要塞への攻撃、および破壊を行うための作戦立案です」
『なんだと!? あの要塞を、2万隻に囲われた要塞に攻撃するというのか!?』
「はい。その通りです」
本人は要塞への攻撃に反対だと言っていたが、いきなり「破壊」とまで言ってのけた。
「その前にまず、現状把握です。その2万隻の艦隊は、ちょうど要塞と星間物質帯の間に集中しております。全周をぐるりと囲んでいるわけではありません」
『それはそうだが……だからと言って、その後方に回り込もうとすれば、敵はおそらく、我々に呼応してその進路を閉塞するだけのことではないのか?』
「そうです。まともに動けば当然、回り込まれるでしょう。が、こちらをご覧ください」
そう言ってジラティワット少佐がモニターに、なにやら赤い雲のようなものを表示する。
『……なんだ、これは?』
「星間物質の分布です。」
『少佐よ、これがどうしたというのか?』
「この辺りをご覧ください」
そう言って、ジラティワット少佐はその雲から飛び出した、細長い腕のような部分を指し示す。奇妙なことにその腕は、あの要塞のすぐそば、距離にして10万キロ程度のところまで伸びている。少佐がさしているのは、ちょうどその先端辺りだ。
『……なんなのだ、この細長い腕のようなところは?』
「推測ですが、彼らは『ニンジャ』に使用する星間物質を取り込むために、この要塞付近まで引き込んでいるのではないでしょうか? それがちょうど、湖から伸びる小川のように細長い帯を形成しているものと思われます。」
『詳細の言いたいことは分かった。つまり、この小川を遡上すれば、敵要塞のそばまで肉薄できると?』
「その通りです。エルナンデス大佐殿」
星間物質の形は、かなりいびつだ。しかもこの星域図は、つい先ほど作られたばかり。この短時間に、よくこの一本の道筋を見つけ、そこから作戦を思いつくことができたな。ジラティワット少佐の観察力には、脱帽する。
『だが少佐よ、この「小川」を遡上し要塞を攻撃する、確かにいい作戦だが、一つ大きな問題がある』
「なんでしょうか、ワン大佐殿」
『簡単だ。要塞攻撃後に、我々は敵の2個艦隊に囲まれ、追撃を受けるだろう。最悪の場合、退路をふさがれてしまう可能性が高い。攻撃さえできれば終わり、というわけではないぞ』
なかなか鋭い指摘をするワン大佐。だが、ジラティワット少佐も負けてはいない。
「当然の懸念です。ですから、もうひと工夫が必要となります」
『なんだ、そのもうひと工夫とは?』
「囮です」
一瞬、リモート画面越しにも、諸官らの驚愕の感情が伝わってくるのを感じる。
「100隻を反対側に出現させて、全速力で飛び回り、2個艦隊をかく乱する。その間に残りの400隻で、要塞に肉薄しこれを攻撃する。これが、小官が提案する要塞攻撃作戦の概要です」
これに対し、当然のように反論が来る。
『少佐よ、たった100隻でどうやって2万もの艦隊を引き付けるというのだ!? せいぜい、2、3千隻を動かすのが精いっぱいだぞ!』
「特殊砲撃を使います」
『特殊砲を? あの兵器をここで使うというのか!?』
「そうです。彼らが要塞砲で我々を威嚇したように、我々も特殊砲撃で威嚇するのです。そうすれば、大部分の艦艇が動かざるを得ないでしょう」
『だが少佐よ。もう一つ、大きな問題があるぞ』
「なんでしょうか、ステアーズ大佐」
『その囮役を、どの戦隊が担うか、ということだ』
そうだ、ステアーズ大佐の言うとおりだ。僕も、この提案を聞いた時、この一点に大いなる懸念を持った。この役目、一体だれが引き受けるというのか?
「その役目を引き受ける方がいらっしゃるかどうかを含めて、各戦隊長殿への賛否を伺いたいと思います。要塞攻撃か、それとも撤退か?」
決断を促すジラティワット少佐。僕はただ、5人の戦隊長の返答を待つほかない。最大の問題はやはり、囮役を引き受ける戦隊が出るかどうかだ。
すっかり、黙り込んでしまった5人の戦隊長。やはり、この提案は到底受け入れられないだろう。かといって、他に妙案があるわけでもない。ここはやはり、撤退するのが良策ということか。
ところが、一人の戦隊長の一言が、その静寂を打ち破る。
『その囮役、私が引き受けましょう』
もしもこの囮役を受け入れる者がいるとすれば、攻勢派のエルナンデス大佐かメルシエ大佐だと、僕は思っていた。
が、意外にも声を上げたのは、カンピオーニ大佐だった。
『おい、カンピオーニ大佐殿! 正気か!?』
『2万隻に対して、たったの100隻! 大瓶のメイプルシロップの前に立ちはだかる、ひとかけらのスポンジケーキのようなものですぞ! あっという間に飲み込まれてしまうのではないですか!?』
当然、他の4人からは反論が出る。だが、カンピオーニ大佐は応える。
『大丈夫ですよ。切り抜ける自信は、大いにありますよ』
頼もしい一言だが、この男の素性を、僕は把握していない。だから、大丈夫だといわれても、とても信用できない。
「カンピオーニ大佐、自信があるのは結構だが、その根拠はあるのか?」
『我々には、敵にも味方にもない、新型の機関があるではありませんか。それを用いて、すでに第4艦隊相手に中央突破を仕掛けた実績もあります。足手まといとなりうる旗艦さえいなければ、十分に勝機はありますよ』
嫌味なことを言うやつだ。だが、確かに実績としては十分だ。
「では、諸官に伺いたい。この作戦を、遂行すべきか否か?賛成の者は、挙手を願いたい」
僕のこの一言に、真っ先に手を挙げたのはカンピオーニ大佐だ。続いて、エルナンデス大佐が挙げる。
『カンピオーニ大佐殿の勇気に、応えないわけにはいくまい!』
すると、連鎖的に他の戦隊長も手を挙げる。
『そうですね。元々、この第8艦隊はこのような任務のために存在するわけですし』
『そうだ! 地球001の栄光をこの銀河一帯に知らしめるため、我々は立たなければならない!』
『メイプルシロップを得たければ、楓の森に行けと申されますか。仕方ありませんね』
一見すると、ばらばらな印象の5人の戦隊長だが、なぜかこういう時は一致団結する。あの第4艦隊との模擬戦闘は、無駄ではなかったということか。
「では、直ちに作戦を実行に移す! まず囮役のカンピオーニ隊が、敵艦隊主力の左翼側に向け出撃、次いで、残りの4隊は右翼側、星間物質の『小川』に向けて進撃! 各員の奮闘を期待する!」
ぼくのこの一言で、全員が敬礼する。そして、通信を切る。
「カンピオーニ隊、発進します!」
100隻の艦艇が、一斉に我々の右側に向かって行軍を開始する。後方の噴出口から見える無数の光が、黒い霧の向こう側に消えていく。
「では、我々も出発する。全艦、前進半速!」
「はっ! 全艦、前進半速!」
機関音が響く。と同時に、オオシマ艦長が艦内放送で、本作戦の内容を通達する。
「達する。艦長のオオシマだ。これより本艦、および第8艦隊は、敵要塞を奇襲すべく、作戦行動に入る。艦内各員は、戦闘準備のまま待機。次の指示があるまで、各持ち場にて戦闘食を摂ることを許可する。以上だ」
その艦内放送からまもなく、艦橋内に2人、入ってくる人物がいる。おにぎりをいくつか抱えて現れたのはグエン少尉、そしてレティシアだ。
「おう! 戦闘食の配給だぜ!」
どうやら、この艦橋内にいる20人分の大量のおにぎりを抱えるため、レティシアがその怪力を発揮しているらしい。考えてみれば、大勢の乗員が集中するのは食堂と、この艦橋くらいのものだ。
「おい、レティシア。今は戦闘準備態勢だろう?」
「俺は軍属じゃねえぜ。それにしばらくは、機関も大人しいのだろう」
というと、おにぎりの入った箱をどんと降ろすと、その中身をグエン少尉が配り始めた。
「はーい、皆さん! おにぎり食べてくださいねぇ! 腹が減っては、戦さも変態もできませんよぉ!」
と叫びながら、僕の方をちらちらとみるグエン少尉。どこか言葉に、僕に向けたとげがあるな。乗員らは次々とグエン少尉の下に立ち寄り、そのおにぎりを2つづつ受け取る。
艦橋内は、戦闘準備体制とは思えないほど和やかになる。皆が持ち場に戻りながらも、おにぎりを頬張る。あちこちで団欒する風景が見られる。
「よっと!」
そして、レティシアは僕の横の小机の上に腰掛ける。そして、僕におにぎりを2つ、手渡してくる。それを受け取る僕。
「そういやあカテリーナのやつ、2つじゃ足りないんじゃねえのか!?」
「あそこには、カテリーナちゃんだけひと箱分、運んでもらってるわよ。ただでさえこれから、賜物の力使うのよ。20個でも足りないでしょう」
さすがはグエン少尉だ。分かってらっしゃる。僕を変態呼ばわりすることを除いては、だが。
「でよ、カズキ。どうなんだ、今度の作戦はよ?」
「あ、ああ、そうだな。十分に勝機はある」
「なんでぇ、そのわりには自信なさげじゃねえか。大丈夫なのかぁ?」
にやにやと嬉しそうに、僕の横でおにぎりをガツガツと食べながら、能天気に作戦のことを口にするレティシア。まあ、確かに自信があるわけではない。彼我の戦力さが大きすぎる上に、強力な要塞砲を抱えた相手を攻撃しようというんだ。無事で済むと思う方が、どうかしている。
「軍務のことを、あれこれと言われたくはないな。人の生死がかかってるんだ。だから、相手も必死に戦いを挑んでくる。絶対的な自信なんて、持てるわけがないだろう」
「だよな。それを聞いて、安心したぜ」
「……妙な言い方だな。司令官としては、とても褒められた発言ではないぞ」
「いやあ、自信があると胸を張られる方が、俺は不安だぜ。悪魔にでも憑りつかれたか、あるいは確実に死ぬと分かってるようなときでなきゃ、おめえはそんなことは言わねえからな。特に、こういう不利な状況ではよ。ちっとでも生き残る自信が残ってるから言える本音だ。それを聞いて、かえって安心するぜ」
まったく、肝が据わっているというか、妙なやつだな、この魔女は。で、2つのおにぎりをぺろりと平らげると立ち上がり、指をなめながら立ち上がる。
「まあ、機関のことは任せろ。旗艦が足手まといだなどとは、言わせねえぜ」
といって、おにぎりの米でべとついた手で、僕の肩をポンポンと叩く。まったく、励ましているんだか、どうなんだか。
ふと目をジラティワット少佐の方に向けると、グエン少尉が何やら話しかけている。レティシアと違って、こちらは不安げな表情を浮かべている。それをジラティワット少佐がなだめているようだ。
ここまで来たら、負けるわけにはいかないな。なんとしてもあの要塞にダメージを与え、我々の侵攻作戦を成功させる。僕は、覚悟を決める。
もっとも、覚悟を決めさえすれば、それで絶対に作戦が成功するというわけではない。敵にだって当然覚悟があり、しかし我々はそれを退いてきた。
「それじゃ、頼んだぜ!」
そう言い残して、レティシアは機関室へと戻っていく。空の容器を抱えて、グエン少尉も艦橋を去る。しばしの団欒の時間は終わり、再び緊迫した雰囲気に戻る。
「我々の現在位置は?」
「はっ、まさに『小川』に入るところです!」
「そうか……カンピオーニ隊との連絡は?」
「この星間物質の濃度では、通信自体が不可能。予定通りならば、ちょうどこの辺りにいる頃です」
と、ジラティワット少佐が示したのは、この星間物質帯がやや張り出した位置。敵艦隊左翼側に最も接近した場所となる。
ということは、そろそろ「囮作戦」は開始される。我々はまだ、要塞から程遠い位置にいる。早く向かわねば。
が、その時、僕はふと思うところがあり、ジラティワット少佐を呼ぶ。
「ジラティワット少佐」
「はっ!」
「砲撃管制室に行く。しばらく、この場を離れるが、何かあれば連絡せよ」
「了解いたしました!」
「オオシマ艦長、後は頼みます」
僕はジラティワット少佐とオオシマ艦長に向け敬礼すると、席を立つ。そして、艦橋を出る。
この先の戦いは、再びカテリーナに負荷をかけることとなる。その様子を見ておいた方がいいだろう。僕はそう感じた。そこで、砲撃管制室へと向かう。
「あ、閣下!」
僕が狭い砲撃管制室に入ると、砲撃長をはじめ、4人の士官から敬礼を受ける。僕は返礼で応えるが、一人だけ黙々と何かをしている人物がいる。
カテリーナだ。大きな箱の中からおにぎりを取り出しては、もぐもぐとそれを食べている。なんだこいつ、まだ食べていたのか?
「カテリーナ兵曹長!」
僕の声に、おにぎりを食べる手を止めるカテリーナ。
「この先は、お前の腕が頼りだ。準備は、いいか?」
僕のこの言葉を聞き、手に持った食べかけのおにぎりを口に入れて飲み込むと、カテリーナはゆっくりと口を開き、こう言い放つ。
「納豆とみそ汁、食べたい!」
……食い物のことしかないのか?大きな戦いを前に、他に言うことはないのか?しかしそれは、カテリーナらしいと言えばそれまでだ。僕は砲撃長以下、砲撃科の皆にこう告げる。
「この一戦は、我々、地球001がこの宙域を手に入れられるかどうかの趨勢を担う重要な戦いだ。その戦いでは、この砲撃科の果たす役割は重要だ。そのことを肝に銘じて、次の戦いに臨んで欲しい」
「はっ!」
カテリーナのパートナーでもあるナイン大尉を含む4人の砲撃科の乗員から敬礼を受ける。一方のカテリーナは、ただひたすらおにぎりを食べる。さっきは相当、エネルギーを使ったんだな。あの食べっぷりを見るとよく分かる。
「まもなく『小川』上流、要塞直前に差し掛かります!」
正面モニターに映る星域図では、我々はすでに要塞から40万キロのところにいることになっている。
このまま、この星間物質の中から砲撃してもよいが、できれば敵の正確な位置を捉えて、砲撃したい。となれば、この星間物質帯を出るほかない。
が、果たして囮作戦は上手くいっているのだろうか?カンピオーニ隊は、敵を引き付けていてくれるのだろうか?
しかし僕は、決断する。元よりこれは、カンピオーニ隊の囮作戦が上手くいくことが前提の作戦だ。隠れ蓑を飛び出し、敵の情勢を把握して行動を決める。カンピオーニ隊が失敗していれば、我々も撤退するだけのことだ。僕は意を決して、下令する。
「全艦、前進!」
そしてついに第8艦隊主力の400隻は、星間物質帯を飛び出した。




