#80 要塞
「全艦、後退! 星間物質内に退避する!」
「了解、全艦後退!」
敵艦隊の多数が、我々の接近を察知し動き出す。相手は2万隻だ。いくらなんでも、正面からぶつかるにはあまりにも多過ぎる。
周りが静かなわけだ。ここに、これだけの艦艇を集結させていた。しかし、何のために?我々の侵攻を察知し、艦艇を集結させていたのか。それとも、元々ここにはこれだけの艦隊が常駐していたのか?
だが、それ以上に我々は、とんでもない存在を察知してしまう。
そう、要塞だ。直径は70キロ、収容艦艇はおそらく数百隻以上。だが、それだけではあるまい。多分、それなりの武装があるはずだ。
その武装を、我々はいきなり目にすることとなる。
「敵要塞らしき施設に、高エネルギー反応!」
2万隻の艦隊の向こう側にある真っ黒な巨大質量体から、エネルギーの反応を察知する。僕はジラティワット少佐に尋ねる。
「少佐、あの反応の示すものは、何だと思うか?」
「おそらく、要塞砲でしょう」
「……だろうな。まさかとは思うが、100万キロ以上離れた我々を狙えるというのか?」
「いえ、あの手の砲は、最大でも50万キロ程度のはずです」
「では、何のためにその要塞砲を使うというのか?」
「我々に向けた威嚇射撃でしょう。近づけば、全滅は免れない。そういうメッセージだと思われます」
敵の艦隊が3千隻ほど、急速に接近しつつある。が、あと30分はかかるだろう。僕は艦隊に下令する。
「全艦、後退停止!」
「あの、提督、どうするおつもりですか。まさか……あの艦隊とやり合うとでも?」
「そんなことをするわけではない。まだ時間的余裕はある。その間に、あの要塞、およびこの周辺宙域に関する情報を収集しておきたい。どのみち、この宙域での戦闘は避けられないだろう。となれば、我が艦隊が今やるべきことは、情報収集だ」
「はっ、その通りです。では全艦に停船するよう打電いたします」
すでに星間物質帯の外縁部に差し掛かっている。レーダーにはややノイズが混じる。が、敵も味方も、互いを捉えられる位置にいる。そのレーダーの向こうからは3千隻の艦艇が接近しつつあるのが分かる。
その向こう側にいる多数の光点、そしてその向こうにある、強烈な一点。
その一点からは、膨大なエネルギーが放出されている。
「要塞砲の直径は、推定300メートル。そこから推測できるその要塞砲の性能ですが」
「なんだ、そんなものが分かるのか?」
「敵の要塞が確認されたのは、これが初めてではありませんからね。で、まずその威力ですが、だいたい駆逐艦100隻分の主砲に相当します」
「……簡単に言うが、それはつまり、直撃すれば百隻程度は一度に消滅できるほどの力ということだろう」
「当たれば、の話です。で、装填時間は約5分、射程は55万キロと考えられます」
「我々の砲よりも長いのか。厄介だな」
「そうですね。迂闊に近づけません。もっとも、あれだけの艦艇に囲まれていれば、近づくことすらかないませんが」
「ともかく、できるかぎりの情報を収集するんだ」
「はっ!」
ジラティワット少佐は僕への報告の後、手元の端末で電文を打つ。全艦で、周囲の探索を始める。
が、そんな時だった。あの巨大な球体から、一筋の青い光が放たれる。
「要塞砲、発砲!」
それは、この真っ暗な宇宙空間を青く照らす。それはもちろん、ここまでは届かない。しかし、ジラティワット少佐の情報通りに、50万キロ超の長い光を放つ。
「よし、そろそろいいだろう」
その一撃を見届けた後に、僕は艦隊の後退を決意する。
「少佐、全艦後退! 急げ!」
「はっ! 全艦、後退!」
スラスターの音が響き渡る。すでに3千隻の敵艦艇が、我々の目前まで来ている。距離、50万キロ。
こちらの射程に捉えてから一撃与えることも考えたが、どうせ防御に徹して被害を与えられないだろう。それよりも、一刻も早く星間物質内に入り込み、我が艦隊の安全を優先することを考える。
やがて、レーダーから敵の艦隊が消える。レーダーサイトには、多数のノイズで覆われる。こうなるともう、「神の目」以外は役に立たない。
「敵艦隊、さらに接近してます!」
こちらが星間物質帯に潜り込んだ後も、敵は追撃を続けている。僕は叫ぶ。
「艦長! 砲撃科へ連絡、前方の敵艦隊をロックオンせよ、と!」
「はっ!」
予め、このことは示し合わせていた。星間物質の層から飛び出した際にもし敵の大軍と遭遇したなら、レーダーの利かない星間物質内に逃げ込んだ後に、敵を砲撃すると。
そしてここからはダニエラではなく、カテリーナの「目」が敵を捕らえる。
『砲撃管制室より艦橋! これより、ロックオン開始!』
「ジラティワット少佐! カテリーナのロックオン情報をデータリンクに!」
「了解! ロックオン座標をリンクします!」
まさに第4艦隊相手に、グリーゼ411の宙域でやったあの戦術だ。しかし、今度は本当の敵艦隊が相手。モニター上に次々に浮かび上がる敵の艦艇の座標を見て、僕は下令する。
「よし、全艦、砲撃開始!」
「全艦に伝達、砲撃開始!」
旗艦以外の砲身に、青白い光が灯る。そして数秒後にはそれが筋となる。まっすぐに伸びる青い光の無数の光のシャワーが、この星間物質の黒い霧の向こうに注がれる。
この真空宇宙で、視界すら妨げられるほどの濃い物質の霧の中からも、無数の火球が光るのが見える。音は、全く聞こえない。この旗艦はロックオンに専念するため、砲撃をしていない。ただ静かに、無数の青白い筋が前方に注がれ、その先で光る無数の光の玉が、遠くで上がる連発花火のように瞬いては消える。
「弾着報告! 命中、207! 内、撃沈が101と推定!」
「砲撃を続ける。ロックオンを継続!」
「はっ!」
しかし、この先にいる敵が見えるのは、今やカテリーナとダニエラ、そしてミズキだけだ。しかもその位置を示すことができるのは、カテリーナただ一人。彼女にはその負担が、のしかかる。
あれだけ体力を使えば、その分、よく食べることだろう。この後、グエン少尉に言って、カテリーナ用のスペシャルメニューを用意してもらわなければ。
しばらく砲撃が続くが、敵の艦隊が後退したようだ。
「敵が、後退してますわ!」
ダニエラが報告する。が、残念ながら「神の目」は、敵までの距離を割り出せない。
「駆逐艦0210号艦より入電! 敵艦隊をロスト!」
だが、ダニエラよりも探知距離の短いミズキが、敵の艦隊を見失った。ということは、敵は50万キロ以上先に離れたということになる。
「全艦、砲撃中止!」
僕の号令が、ジラティワット少佐によってすぐに伝えられる。多数の青白い筋は消え、周囲は再び真っ暗な闇へと戻る。
「よし、第8艦隊、そのまま後退する!」
「はっ! 第8艦隊、後退!」
僕はそのまま艦隊を後退するよう命じる。それを、ジラティワット少佐が全艦に伝える。スラスターを吹かしつつ、ゆっくりと後退を続ける我が0001号艦。
このまま後退し、一旦、連合支配域に戻り、そこで第1、第4艦隊と合流して、再びここに戻ってくる。
我が艦隊の目的は、この宙域における敵艦隊の捕捉、およびその周辺宙域の偵察が任務。そして、可能ならば敵艦隊に、一定のダメージを与える。
そのすべてを、我々はすでに果たしてしまった。こうなれば、長居は無用。直ちに反転し、地球001の2艦隊と合流するべきだろう。
が、僕はどうしても、このまま引き上げることを躊躇っていた。星間物質の外縁部で収集した宙域の図を眺めながら、僕はある一点をじっと眺めていた。
そして、呟くようにジラティワット少佐にこう言い放つ。
「どうにかして、あの要塞にダメージを与えられないだろうか……」
これまでにないくらい怪訝な表情を見せる少佐が、そこにいた。




