#79 前哨
「まもなく、連盟勢力圏に入ります!」
「艦内哨戒、第一配備! 各員、警戒を厳にせよ!」
この旗艦も慌ただしくなってきた。いよいよ、敵の勢力圏に入る。ここに来るのはこれが初めてではないが、この先、何があるか分からない。なお、前回ここに踏み入れた時に出会ったのは、輸送船団だったな。
「提督、敵襲を想定し、陣形を円錐陣から、雁行陣形に転換すべきではないかと」
ジラティワット少佐が、僕に陣形転換を具申する。彼の忠告はもっともだ。
「そうだな……そろそろ、即応態勢に移行すべきだろうな。で、先頭はどうする?」
「はっ! ここは、ステアーズ隊を出すべきだと考えます」
「いや……どうして、ステアーズ隊なんだ?」
「第4艦隊との模擬戦闘の結果より、判断いたしました。ステアーズ隊は、命中率こそ低いものの、被弾率も少ない、つまり、回避運動を得意としております」
「確かに、そういう結果だったな」
「ということはつまり、敵と遭遇した際に、先陣として据えておけば、敵の攻撃を受け流しつつその場にて踏ん張ってくれます。その間に我が艦隊は、横陣形に転換する余裕ができます」
「なるほど……そう言われれば、その通りだ。ではこれより、雁行陣形に移行する。先陣はステアーズ隊、第2陣にメルシエ隊、その後ろはワン隊、カンピオーニ隊、そして後衛にエルナンデス隊を置く」
「はっ! 直ちに伝達いたします!」
今思えば、あの第4艦隊との模擬戦闘は、実に得られるものが多かった。我々の弱み強みを明らかにし、こうして最適な陣形を選ぶことができる。
が、この采配に不満を持つやつはいる。
「駆逐艦0210号艦、エルナンデス大佐より入電!」
「なんだ! 敵艦隊を発見したのか!?」
「我が隊が後衛とはどういうことか! 再考を求む! 以上です!」
「なんだ……まったく、こんな時に……」
こいつは、いちいち僕に文句を言わないと気が済まない性質なのだろうか?理由があって、こういう配置にしているというのに……
「エルナンデス大佐に返電。貴戦隊の持つ『神の目』を後方に配置し、後方からの奇襲に備えるためだ、と伝えておけ」
「はっ!」
ダニエラの目は、前方のみに特化した「神の目」だ。一方、ミズキの神の目は、すべての方向に向いている。潜んだ敵が攻撃を仕掛けるなら、我々の側面および後方を狙うことが多い。前方から奇襲など、例がない。それゆえにエルナンデス隊、というよりミズキを、後方に配置した。
どのみち戦闘となれば、先陣も後衛も関係ない。横一線に並んで砲を撃ち尽くす総力戦となる。後ろにいることは何も、不利なことではない。
「ところでジラティワット少佐」
「はっ!」
「この宙域には何か、特筆すべき場所はあるか?」
「そうですね……惑星はなく、準惑星か、その残骸のような小惑星が偏在するくらいですね。ただ……」
「なんだ?」
「そういえば、星間物質が滞留する場所というのがあるようです」
「星間物質?」
「はっ、元々はこの星系に存在していたガス惑星が崩壊し、その時に解放されたガスが星間物質として帯状に分布しているようです」
「一つ、確認したい。その星間物質とは、電波吸収材の一種ではないか?」
「はい、その通りです。おそらく『ニンジャ』で使う電波吸収材の多くは、ここから調達しているのではないかと推測されています」
なるほど、いいことを聞いた。それを聞いた僕は、ジラティワット少佐に命じる。
「では、直ちに第8艦隊は、その星間物質帯へと向かう」
「はっ……いえ提督、待って下さい。何ゆえそんな場所へ向かわれるのですか?」
「簡単だ。彼らは頻繁に『ニンジャ』を使う。ということは、そこに何らかの施設なり船団なりが存在する可能性は高いのではないか?」
「なるほど、そういうことですか。提督のおっしゃる通りです、承知しました。では第8艦隊全艦に、星間物質帯へと向かうよう伝達いたします」
当然、敵はそこにいるだろう。それは間違いない。「ニンジャ」を多用する連中だ、そこに星間物質を補充するため、多数の艦艇が立ち寄っているかもしれない。その場合は、うまくいけば奇襲攻撃も可能だ。
とはいえ、敵地奥深く入ることとなる。たった500隻で、これまで踏み入れたことのない宙域に侵攻する。当然、遭遇戦もありうる。
今回の任務は、敵地の奥に入り込み、可能な限り多くの情報を得ること。つまりは偵察任務だが、そんな任務のために500隻は、さすがに多過ぎる。
地球001軍令部および第1、第4艦隊司令部らとしては、都合よく敵艦隊と遭遇したなら、我々がその艦隊に多大なダメージを与えてくれるんじゃないかと過大な期待をしているんだろう。
今思えば、このためのあの最後の訓練だったのかと。何ゆえに、艦隊規模での鬼ごっこなどさせるのかと思っていたが、今回のような強行偵察まがいの任務に耐えられるかどうかを見極めていたようだ。つまり、この任務をやらされているということは、合格点だったと考えればいいのだろうか。
でも、あまり嬉しくはないなぁ。今の状況を考えるに、失敗していた方が、僕にとっては好都合だったということじゃないか。コールリッジ大将、アントネンコ大将に、いいように利用されているのだと思うと、ちょっぴり腹が立ってくる。
「星間物質帯まで、あと3時間です!」
「周囲の状況は?」
「今のところ、艦影なし! 敵艦隊、未だ捕捉できず!」
「そうか……ダニエラは、どうか?」
「はい、今のところは何も感じませんわ」
すでに敵地奥深く入り込んでいるが、気味が悪いほど何もない。いくらなんでも、そろそろ敵の艦艇と出会っても良さそうな頃だ。だいたい、前回の輸送船団撃滅をしたときでも、600隻の敵艦隊と遭遇した。あの時よりも奥深く侵入しているというのに、何もないのはかえって不気味だ。
とはいえ、レーダーも神の目にも何もかからない以上、やるべきことがある。僕はダニエラに向かって言う。
「ダニエラ」
「はい、なんでしょう、ヤブミ様」
「これより、1時間の休息を取れ」
「あの……ここは敵地にございます。今、私が離れるわけには……」
「いや、ミズキと交代で休んだ方がいい。おそらく、星間物質帯ではなんらかの遭遇があると思う。そのときに備える」
「は、はい」
「短い時間だが、休めるときには休め」
「承知しました、ヤブミ様」
「ジラティワット少佐、駆逐艦0210号艦に連絡。1時間後に、ミズキ殿に休息を取るよう打電せよ」
「はっ! 了解しました!」
敵がいないときには、「神の目」を休ませる必要がある。レーダーと違い、こちらは生身の人間だ。艦隊内にたった2人しかいない以上、最大のパフォーマンスを出せるよう、こちらが注意しなくてはならない。
が、そのうちの一人を引っ込めた途端、敵が現れる。
「レーダーに感! 前方、艦影10! 距離1350万キロ!」
「光学観測、赤褐色! 連盟艦隊です!」
「来たか……」
モニター上に、光点が一つ。おそらくは、哨戒艦隊だろう。特に「ニンジャ」を使用しているわけではない。考えてみればここは、連盟の支配宙域。自分の領域内で隠密行動を取る必要などない。だから、あの10隻は普通にレーダーで捉えられた。
だがこれは、逆に言えば我々が敵の哨戒網にかかったことを示す。この先は、我々の行動が敵に筒抜けになることを示す。それは、その10隻の動きにも現れる。
「敵艦隊、停止しました!」
やはり、止まったか。こちらを捉えたということだろう。僕はジラティワット少佐に言う。
「ついに、敵に見つかったな」
「はっ! 予定通りです!」
今回の任務は、偵察任務ではあるが、一方で敵の宙域に深く入り込み、敵を突く。可能ならば、敵になんらかのダメージを与えよ、とも言われている。つまり、敵を怒らせろ、ということでもある。
敵を突けば、当然、敵の艦隊主力が出てくるだろう。出てきたところで我々は後退し、そのまま我が地球001の第1、第4艦隊の前に引きずり出して決戦を仕掛け、敵を後退に追い込む。その隙に、敵地に深く侵攻する……ただ敵地に入り込むのではなく、一旦手前でダメージを与えてから侵入。我々が領域拡大する際の常套手順だ。その方が、奥に入り込み過ぎて奇襲を受けるというリスクを減らせる。
その挑発役を、我々は担っている。偵察など二の次。本当に偵察を行うつもりなら、500隻ではなく10隻程度で侵入する。つまり、最初から戦闘する気満々だ。哨戒網にかかるのは、むしろ狙い通りというわけだ。
だが、思ったより敵は現れない。敵地だというのに、妙に静かだ。ようやく現れたかと思えば、たったの10隻。どういうことだ?
今までの戦いで、相当ダメージを与え続けたから、ここに常駐する連盟軍の艦艇数が減ったというのか?いや、考えられないな。いくらやられても、やつらは不死鳥のごとくよみがえってきた。この程度で息切れするような連中ではない。
「お待たせしました!」
しばらくその哨戒艦らしき艦隊を追尾していると、休憩時間を終えたダニエラが帰って来た。なんだか、肌がつやつやしているな。この短時間に、何をしていたのだ?
「まもなく、星間物質帯に到達します。レーダーに、ノイズのない領域が出始めています」
「そうか、ということは、あの10隻の艦隊は?」
「もうそろそろ、レーダーから消滅する模様……あ、今、まさにレーダーから消えました」
ジラティワット少佐からの報告を聞きながら、モニターを見る。100万キロ前方にいた10隻の艦隊は、モニター上からは消える。
「あの艦隊は依然として、まっすぐ前進しております」
だが、ダニエラの目はまだあの10隻を捉えている。物質内に入り込み、我々の追尾を逃れようというのだろうか?我々は、その艦艇の後を追う。
そして30分後、我々も星間物質帯に突入する。
「レーダー使用可能範囲は200キロ、事実上、使用不可。また、各艦との通信に障害が出始めています」
「前回よりも濃いな……なんとか隣接する艦艇同士の通信を確保し、データリンクは維持し続けるんだ」
「はっ!」
視覚的にも、やや黒っぽいもやのようなものがかかっており、前が見えない。これほど濃い星間物質帯は初めてだ。こんなところを、よく突入する気になったな。それだけ、彼らはここに慣れているのだろう。慣れない我々は速度を落としつつ、前進を続ける。
心なしか、船の動きが重い。この星間物質は、かつては「ダークマター」と呼ばれていたものの一つだ。地表面での光学観測、電波観測だけでは、この宇宙の質量の大部分をを占めるこれらの物資を把握することができなかったが、宇宙を自在に渡り歩けるようになって認知された物資でもある。
だが、ダークマターという言葉の響きがぴったりな物資だ。これほどまでにどんよりとした、そして不安を増大させてくれる物資には出会ったことがない。頼れるのは、2人の超人智的な賜物のみ。
が、そんな星間物質帯の濃度が下がり始める。レーダーと視界が、徐々に広がる。
「レーダー、まもなく回復します! 索敵範囲、10万キロを超えました!」
レーダーが回復しつつあることを知らせるタナベ大尉の報告が、艦橋内に響く。が、その報告が終わるか否かのタイミングで、ダニエラが叫ぶ。
「前方に、何かおりますわ! それも多数!」
ダニエラが叫ぶということは、100万キロほど前方に何かが現れたということになる。この艦橋内は、緊迫感に包まれる。オオシマ艦長が叫ぶ。
「指向性レーダー照射!」
「了解! 指向性レーダー、照射します!」
すぐにタナベ大尉が指向性レーダーの照射ボタンを押す。その結果は、すぐに帰ってくる。
「れ、レーダーに感! 艦影多数、およそ……2千、いや、3千、さらに増大!」
「なんだと!? 距離は!」
「およそ100万キロ! 反応、さらに増加中! すでに7千を超えてます!」
「艦隊内全艦に打電! 指向性レーダーを持つ艦は、直ちに照射を開始!」
「了解です!」
静かだったこの宙域に、いきなり10倍以上の艦艇が姿を現す。この旗艦だけではない、第8艦隊に戦慄が走る。
だが、判明した敵の規模は、予想をはるかに上回るものだった。
星間物質の向こうに現れたのは、2万隻の赤褐色の駆逐艦、60隻の戦艦、そして、それらの艦艇に囲まれた、直径70キロの大型要塞だった。




