#78 転属
手を握ったまま、しばらくは離れようとしないザハラーとカテリーナの2人。カテリーナは涙を流し、それを笑顔で返すザハラー。
まさに別れの時、しかしカテリーナよ、実は泣くほど深刻な別れではない。
転属により、我が艦隊を離れることになったザハラーとドーソン大尉だが、この2人は引き続き地球1010に住み、地上にいる限りは会える。宇宙空間での活動の場が、別々になったというだけだ。
そして、わざわざそういう形にしたのには、理由がある。一言でいえば、地球042に悟られないためだ。
例の小惑星と、ワームホール帯を取り込んだ門の存在を、しばらくの間、伏せることとした。連盟側へ漏れることを恐れての措置だが、ここが紛争地である以上、やむを得ないという。そういう政治的、戦略的なことは分からないが、そういうものなのか?
だが、ザハラーとドーソン大尉を地球1010から離れさせるのはまずいということになった。つまり、ザハラーの不在は、地球042に「遺跡」の存在を悟らせてしまう、と。
考え過ぎのような気がするが、しかし、ポルツァーノ大佐のような人物もいるからなぁ。
ポルツァーノ大佐は、あの「ニンジャ」の情報を、地球001側が提供する前にどこからともなく入手しており、地球001軍令部高官を驚愕させたという話を聞いた。さらに第1艦隊にいる「オニワバン・スリー」のことをかぎつけて、コールリッジ大将のところに抗議してきたという話も聞く。やつこそ、何かそういう類の賜物があるんじゃないかと思うほどの情報収集能力だ。
そんなやつの存在のおかげで、ザハラーとカテリーナは、決定的な別れを避けることができたわけだ。皮肉なものだ。
に、してもだ。やはり、ザハラーだけでは心許ない。あれと同等の賜物を持つ者を、何とか探し出せないものか?
非常に分かりやすい能力だけに、いればすぐに感知できそうなものだが、ザハラー以外に地球1010でレーダーを乱したという人物は今のところ、見つかっていない。
で、僕は、というか、500隻になった第8艦隊は、ようやく地球1010に戻ってきた。ナゴヤ日時で、西暦2490年5月16日。およそ2か月ぶりに、僕はペリアテーノ宇宙港のロビーにいる。
「はぁ〜っ! 帰ってきたぜ!」
ここがすっかり第二の故郷となりつつあるかの如く、レティシアが両手を伸ばしながら叫ぶ。確かに、やっと帰ってきた。僕も、そういう想いだ。
思えば、地球001では散々だった。地上ではただひたすらにシミュレーター訓練、宇宙ではタカ派の大将からのいびり同然の艦隊実戦訓練。今度の帰郷は、ろくな思い出がない。
しかも、ここから先が大変だ。自分で招いた事態とはいえ、さらなる戦乱の渦中に飛び込むこととなる。まったく、我ながら自身の運の悪さに腹が立つ。
「まったく、腹が立つ!」
……いきなり、心の声を代弁されたぞ?誰だ、僕の心の中と同じ言葉を口にしたやつは。
振り返るとそこには、少し色黒な、しかし、どこかで見たようなやつがいる。不機嫌そうな顔で、やや早足で僕の横を通り過ぎようとしている。僕は反射的に、声をかける。
「フタバ!」
僕の叫び声に、振り向くフタバ。
「……なによ、カズキじゃない。こっちに戻ってたの?」
およそ2か月、いや、3か月ぶりに会った実の兄に向かって、なんともそっけない返事だ。
「なによ、じゃないぞ。お前こそ、ペリアテーノに戻ってたのか」
「今、スルメールからこっちに着いたのよ。まったく、酷い目に遭ったわ」
相当不機嫌だからな、何かあったことは察する。そこにレティシアがフタバに話しかける。
「なんでえ、フタバが怒るとは珍しいな。何があったんだ? 味噌カツでもディスられたのか?」
「そんなことで怒るわけないでしょう! 人生に関わるくらいのことをやられて、イラッとしてるのよ!」
「……何だ、人生に関わることって?」
「結婚してくれって、言い寄られたのよ!」
僕は一瞬、目眩がするのを感じる。求婚された?フタバがか?これほど結婚という言葉が似合わない人物に、求婚なんてする物好きが存在することに、僕はショックを受ける。
「へぇ、お前と結婚したいってやつが現れたのかよ。どういう目をしてるんだ、そいつは?」
「何よ、私が相当おかしなやつに引っかかったみたいに言わないでよ! 一応、相手はエリートよ。スルメールでは貴族に当たる、書記って階級の人だったわ!」
「そうなのか? しかし、なんでそんなやつが、お前なんかと結婚したがるんだよ」
「一目惚れだって言ってたわよ。しかも、運命だって。それ以上は知らないわよ、逃げてきちゃったから。にしても、私に結婚しろだなんて、何考えてるのかしら……」
ほんとだ、何考えてるんだ。そんじょそこらのじゃじゃ馬娘とはわけが違うぞ、こいつは。なんせ、定職にもつかずに7000光年も飛び回ってるやつだ。落ち着きのなさは、まさに宇宙でも指折りではなかろうか?
「で、肝心の賜物探しはどうだったんだ? 求婚されるくらいだから、どうせ遊び歩いていたんじゃ……」
「70人」
「は?」
「70人よ。カズキが地球001で、レティちゃんといちゃついている間に、私が見つけた賜物持ちの数」
なん……だと、70人?こいつ、そんなにたくさんの賜物持ちを探し出していたのか。
「もっとも、その多くが、池の中に落ちたものを探せるとか、土壁の奥にはまり込んだ異物を見つけ出せるとか、そういうしょうもない能力ばかりだったけどね。でも、スルメールってまさに賜物の宝庫みたいな場所だったから、すごく気に入ってたのに……まったく、よく考えたらなんで私が逃げなきゃいけないよの!」
「そうだな。いっそそのまま、その物好きの求婚を受けてしまえばよかったんじゃないのか?」
「なんてこと言うのよ、バカ兄貴! 他人事だと思って!」
「まあまあ、こんなところで話もなんだ、どっかで飯でも食いながら、話さねえか?」
機嫌の悪いフタバと話し込んでいたら、レティシアが提案してきた。で、3人そろってぞろぞろと、この宇宙港のターミナルビルにあるレストラン街へと向かう。
ナゴヤ出身の3人がそろえば、行くところは一つ。そこは、新しくできた中華料理店。タイワンラーメンを提供するあの店が、こんな場所にまで進出してきた。
なんでも、味噌カツがここペリアテーノで大うけだったという噂を聞きつけて、地球001からわざわざ進出してきたそうだ。7000光年彼方から、はるばると……ご苦労様なことだ。
で、カウンター席に3人座り、3人は注文する。
「タイワンラーメンを頼むのは決まっているとして、辛さはどうする?」
「私はアメリカン!」
「俺はアフリカンだな」
「じゃあ僕は……イタリアンか?」
こんなマニアックな注文がさりげなくできるのは、ナゴヤ人だけだろう。店員も何を言っているのか分からないようだったが、店主が出てきて対応する。
「あれ? お客さん、もしかしてナゴヤ出身なんですか?」
「ええ、そうですが」
「って、よく見れば、ヤブミ准将じゃありませんか?」
いきなり、中華料理屋の店主から僕の名前が出てくる。ああ、そうか。ここの店主もナゴヤの人か。
「あれ……なぜ、僕のことを?」
「そりゃあ、オオス商店街のステージをあれだけ騒がせた准将閣下が現れたって、あちらじゃ有名ですからね。私もよく存じてますよ。ところで、今日はその時ご一緒だった戦乙女の方々はいらっしゃらないので?」
「ええと……とりあえず、一人だけいるな」
「おう! 俺のことか!?」
「ああ、もしかして、あなたが閣下の奥様の、レティシアさんですか!?」
どうしてこんなところまで来て、あのイベントの話を聞かされることになるのやら……で、話をするうちに、どうして遠く離れたこの星で、味噌カツが流行ってしまったかの経緯を、この店主は知ることとなる。
「……んでよ、俺が散々、味噌カツ最高だって言ったらよ、その第3皇子と貴族が、すっかりはまっちゃってよ」
「はぁ、そんなことがあったんですね。それじゃあぜひ、皇族や貴族の方に、うちの店の口添えもお願いしますよ」
とうとう、タイワンラーメンの宣伝まで任せられたレティシア。だが、さすがにこの辛い食べ物は好みが分かれるから、あまり勧められないと思うがな。
と思いきや、店内には結構な人がいて、結構な割合でタイワンラーメンが頼まれている。意外にも、人気があるんだな、あのラーメン。いわれてみればペリアテーノには、辛い料理そのものが少ない。もしかして、それがウケている原因だろうか?
「へぇ、意外に有名人じゃん、カズキと、レティちゃん」
「……別に好き好んで、有名人なんぞになったわけじゃないんだがな」
目を細め、不敵な笑みを浮かべてこちらを見るフタバ。なんか急に、鬱陶しくなってきたな、こいつ。
だが、次の瞬間、さらに鬱陶しい奴があらわれる。
「そうですか、さように有名人なのですかな、ヤブミ准将は」
と、不意に僕のそばで声をかけてくる人物がいる。ポルツァーノ大佐だ。僕に敬礼すると、すぐ横の空いたカウンター席に座る。で、その横には、サマンタさんもいる。
「あの……ポルツァーノ大佐殿、なにか?」
「いえ、私はここの常連でしてね。サマンタも気にっているんですよ」
「おう! このタイマンラーメンてのが美味くてよ! ついきちまうんだぜ!」
タイマンじゃない、タイワンラーメンな。にしても、パンばかり食べているイメージの夫婦が、こんな店にも来るのか。しかも、タイワンラーメン狙いで。
「ご注文は、いかがいたしましょうか?」
「私はアフリカンで」
「あたいはイタリアン!」
ナゴヤ人でも尻込みするような辛さランクを、躊躇なく頼む2人。この注文で分かる。こいつら、ここにかなり通い詰めているな。
「ところで准将閣下。ちょっとお聞きしたいのですが」
「はい、なんでしょう?」
「ザハラー殿は、どこにいらっしゃるのですか?」
ちょうど、僕らのラーメンが運ばれてきたところだった。まさに箸をつけようとしたその時に、いきなり核心を突いた質問をしてきた。なんだこいつ、何かかぎつけたか?
「ああ……ザハラーなら今ごろは、宿舎じゃないかな」
まあ、嘘ではない。ザハラーとドーソン大尉は、配属こそ変われど、とりあえずはこちらの星に帰ってきている。別々ではあるものの、今ごろはもうペリアテーノに戻ってきているはずだ。
「そうですか。では、この宇宙港のそばにはいないのですね。いやはや、また妨害電波を放てれては困るゆえ、確認しただけです」
本当に、確認だったのだろうか。やはりこいつ、何か感づいているんじゃないのか?僕は少し、警戒する。
「んでよ、ダニエラのやつ、あまりの辛さに、顔を真っ赤にして食べていてよ」
「へぇ~、あのダニエ……ボーナ様が、タイマンラーメンを!?」
「ふうん、そんなことあったんだ。あのダニちゃんがねぇ」
「ところでサマンタよ、お前、イタリアンでも平気なのか?」
「へっちゃらだぜ。このビリビリする感じが気に入ってよ。これ食った後に食べるパンが、またうめえんだよ」
「へぇ、サマちゃん、辛いの得意なんだねぇ」
「おうよ! ところで……あんた、誰だ?」
あれ、女性陣が固まって会話しているぞ。いつの間にやらサマンタは、あちらに移動したらしい。ということで、必然的に僕は、この堅物大佐と組むことになる。
真っ赤に染まったスープのタイワンラーメンに箸を入れつつ、それを平然とした顔ですするポルツァーノ大佐。だが、アフリカンって一番辛いグレードなのに、まるで表情一つ変えずに食べるこの軍人。僕は正直、イタリアンでもきついくらいなのに。
「そうそう、小耳にはさんだのですが」
と、また微妙な出だしで話を始めるポルツァーノ大佐。その小耳とは言い難いでかい耳に、何をはさんできたんだ?僕は水を飲みつつ、大佐の質問に備える。
「閣下の指揮する第8艦隊が、一度、白色矮星に入ったにも関わらず、その後、航路を外れたかと思ったら、数日後に地球001からこちらにやってきた。なぜ、白色矮星域まで来ておきながら、いきなり地球001に引き返すような奇怪な行動をとったのでしょう?」
僕は飲んでいる水を吐き出しそうになる。やはり、こいつの耳はでかくて鋭い。どうしてそんな話を知っている?僕は応える。
「……航路を外れたのは、訓練の一環だ。艦隊運用の訓練で、第1、第4艦隊から捕捉されないようにここへ戻るという訓練をしていた。それは、第1艦隊に問い合わせてくれれば確認できる」
「なるほど、ではなぜその途上で、地球001に?」
「その過程で、一部艦艇の機関に、トラブルが起こった。あれを完全修理できるのは地球001だけだったために、一度引き返すこととなった。それだけのことだ」
「なるほど、そうだったのですか」
半分本当で、半分嘘をついた。いや、機関の修理をしたのは本当だ。というより、アリバイ作りのために、第8艦隊の一部艦艇の機関を実際に地球001にて点検・修理を行った。だから、ポルツァーノ大佐が探ったところで、僕の言った通りの事実が入手できるだけのことだ。
「そういえば、地球001から我々の艦隊に、支配宙域拡大のために、3艦隊が投入されるとの通達が来ておりました。あの白色矮星域の隣の中性子星域まで拡張するとか」
「それは、こちらも聞いている」
「しかし、おかしくないですか? 確かに地球1010が発見されて以来、ここの戦闘は激しさを増していますが、それだけを理由に地球001が3つの艦隊を動かすなど、聞いたことがありません。何か、別の理由があるのではないですか?」
なぜだろうな、こいつはさっきから、僕の応えたくない質問ばかりを投げかけている気がする。やはり、何か感づいているのだろう。
「それは『ニンジャ』のせいですよ。あれのおかげで、長跳躍ワームホール帯周辺が脅かされる事態が増えつつある。レーダー基地を設置したものの、それだけでは安全保障上、不安が残る。そこで、隣の星域まで進出することを決めた。そう聞いております」
「なるほど。ま、そんなところでしょうな」
僕の応えに、満足したのだろうか?やつは既にラーメンを食べ終えており、あの真っ赤なスープをすすると、サマンタに声をかける。
「おい、サマンタ」
「なんでぇ、フランコ」
「そろそろ行くぞ」
「あいよ、ちょっと待ってくれ」
そういうと、サマンタは急ぎ麺を食べ終え、スープを飲むと、ポルツァーノ大佐と並んでレジに向かう。そしてそのまま、店を離れた。
「おう、あのポルツァーノとかいうやつと、随分と話し込んでたじゃねえか」
「あ、ああ、まあな」
別に、話したくて話したわけじゃない。にしても、まさかこんなところでばったりと会うとは……いや、待ち伏せていた可能性もあるな。
しかし、なんというか、やつの勘はいい。良過ぎる。まさかとは思うが、あれも賜物の一種じゃないのか。僕にはそう感じる。
「にしてもさ、あのサマちゃんって、賜物持ちでしょう?」
と、突然、フタバが言い出す。
「なんだ、知ってたのか? 地球042遠征艦隊で唯一の『神の目』を持つ人物であることを」
「いや、知らないよ」
「それじゃなんで、そんなことを……」
「なんていうかなぁ……あの娘さ、賜物臭いのよ。だから、そうじゃないかなぁって」
「なんだお前、そんなものが臭いで分かるのか?」
「うーん、うまくは言えないんだけどね。なんかこう、分かっちゃうんだよ。賜物持ってるやつから発する臭いみたいなものが。そういえば、あのサマちゃんの旦那さんからも、ちょっぴり感じたよ、その臭いってやつを」
おい、フタバのやつ、いつの間にそんな能力を身に着けていたんだ?というか、それで70人も探せたというのか?そういうこいつの能力自体も、賜物なんじゃないのか?
なんだか、身近なところで賜物持ちっぽい人物が増えていく気がするなぁ。ついにフタバまで、何かの能力に目覚めたというのか?
「そういやあ、カズキ。どうだった、地球001は?」
「どうと言われてもなぁ……いつも通りだよ。ナゴヤも、周辺の宙域も」
「なんだか、苦労してたみたいじゃない。大きな艦隊一つ相手にしてたって、レティちゃんも言ってたよ。」
「おう、そうだぜ。しかもこいつ、あんころ粘土相手に、なんとか勝っちゃったからな」
「そうそう、レティちゃんの言う『あんころ粘土』って、何?」
「ああ、それはだな……」
たわいもない会話が続く。下の上でピリピリとする唐辛子の刺激に耐えながら、フタバの疑問に応える。
故郷の話、母さんのこと、そして、そこで見つけた「賜物」持ちのことも話す。
「えっ!? レティちゃんの友人に、賜物持ちがいたって!?」
「そうなんだよ、びっくりだろ?」
「なんで地球001に賜物持ってる人がいるのよ!」
「知らねえよ。だけどよ、結構活躍してたぜ、ミズキは」
「うー……今度、地球001に帰ったら、私も探してみようかな、賜物持ち」
だが、フタバにはあの遺跡の話はしていない。さすがにあれはまだ、フタバにはできない。事情を話し、ザハラー同等の能力者を探してもらいたいところだが、それも叶わない。
その遺跡のおかげで、僕らは大きな戦いに巻き込まれていく。その翌日には、僕の元にもその最初の命令書が届く。
直ちに、白色矮星域へ向かえ、と。