#77 伝承
『まったく、どうしてここに第8艦隊が舞い戻ってきたのか!?』
僕は今、ちょうどこの星域に戻ってきたばかりのアントネンコ大将に、惑星間長距離通信で直接つないで報告する。だが、やや不機嫌そうな大将閣下の問いに、僕はこう答えるのが精一杯だった。
「はっ、実は、成り行きで戻ってきてしまいました」
『……貴官らしくないな。なんだ、その成り行きとは?』
「はい、実は……」
僕は映像を使って、これまでの経緯を話す。第1艦隊100隻から逃れるために航路を大きく外れた結果、巨大な石囲いを持つ小惑星の発見、そこでのゴーレムの発生と戦闘、ザハラーによるゴーレムの停止に地球ゼロへの到達、そして、さらに発見された石囲いをくぐり、地球001へ到達したこと……
『……いくら聞いても、冗談にしか聞こえないな。小惑星に、巨大な石の門があって、ワームホール帯が封じ込められていた? その上、それをくぐったら、1000個の地球の中心である地球ゼロにたどり着き、そこから再び、地球001に帰って来た……で、そのワームホール帯の座標は、把握しているんだろうな?』
「はい、記録しております。ただ……」
『なんだ?』
「不思議なワームホール帯でして、30万キロまで接近しないと探知できないんです。通常より、見つけにくいワームホール帯となっております」
『うむ、そうなのか……だが、たしかに地球001宙域内に、未発見のワームホール帯があるとは思いもよらないことだ。よほど見つけづらい物だったということか。』
「ともかく、もはや我々の理解を超えております。ということで、調査団の派遣を具申いたします。」
『分かった。まずは地球001へ帰投し、第8艦隊の持つすべての記録を提出せよ。』
「はっ!」
このやり取りの後、通信が切れる。その横では、ジラティワット少佐とオオシマ艦長が、聞き耳を立てていた。
「……ええと、つまり、一度我々は、地球001へ戻れ、と?」
「そういうことだ。これより、全艦に通達。地球001に帰投する。各艦の寄港先などは、追って知らせる、とのことだ」
「はっ!」
まったく予定外の行動だ。今ごろ第8艦隊は、地球1010へ着いているはずだった。それがなぜか、7000光年も離れたこの地球001へ舞い戻って来た。
いや、さらに正確に表現するなら、一度7000光年彼方の地球ゼロへと跳び、そこからまた7000光年跳んで地球001へと舞い戻って来た。一体、この短時間でどれほどの距離をジャンプしたというのか?
それから12時間かけて、地球001へと向かう。我々が出た場所は、冥王星軌道よりも外側の、エリスという準惑星の軌道のすぐ内側辺りに位置する場所だ。冥王星より外にワームホール帯などないとされていたから、こんな場所まで来ること自体が珍しい。通常より遠くから、地球001に向かって進み始める。が、それまで跳躍した距離に比べたら、大したことのない距離だ。
で、ようやく僕らは、地球001へとたどり着く。
「ふわぁ~、まったく、えれえこっちゃだぜ」
「まったくですわ。当分の間、来ることがないと思っていたというのに、また地球001にやってきてしまいましたわ」
レティシアとダニエラが、ぶつぶつとつぶやくが、別に残念がっているわけではない。メイエキの近くのビルの30階にあるレストラン街で、地球1010では味わえない料理を各々で楽しんでいる。ちなみに、レティシアは味噌煮込みうどん、ダニエラとタナベ大尉、そしてカテリーナとナイン大尉はきしめん、ザハラーとドーソン大尉は、大量の手羽先を食べている。
それにしても、皆、よく平気で食べていられるな。第8艦隊が見つけたものの重大さが、全然分かってない。どう考えてもあれは、この宇宙で最大の発見だ。それを偶然とはいえ、第8艦隊が見つけてしまった。
軍事的な視点で見ても、今回のこの発見のインパクトは大きい。あの白色矮星域からこの地球001まで、たった2回のワープで来ることができる。今まで使ってきたあの長跳躍ワープのワームホール帯にしても、一度ケンタウルス座V886星域を渡らないといけないため、そこが緩衝地域となっていた。
しかしこのルートには、そんな場所がない。つまり、紛争地域とこの地球001が、ほぼ無防備な地球ゼロというたった一か所を挟んでつながった、ということだ。この事実は、地球001の安全保障上、重大な懸念である。
それに今回の発見は、さらなる可能性を生む。これはつまり、地球ゼロからさらに別の地球につながるワームホール帯があるかもしれないということになる。となると、これまでは全く注目されていなかった地球ゼロ宙域が、この宇宙における重要な中継地点として浮上する可能性が高い。
と、いうことはだ。そのつながり具合によっては、軍事バランスが大きく変わる。この宇宙の勢力図を書き換えないといけないくらいのインパクトを持つ発見かもしれない。偶然とはいえ、なんてとんでもないものを僕は……
「おい、カズキ!」
と、そこで僕はレティシアの声に気づく。
「……なんだいきなり大声を出して」
「いきなりじゃねえだろう。さっきから何度呼んでも、お前、うわの空だったじゃねえか」
「えっ? そうだったか?」
「そうだよ。ほれ、早く食わねえと、せっかくの味噌煮込みうどんが冷めちまうぜ」
「あ、ああ……」
いかんいかん。少し考え過ぎた。一介の准将がいくら考えても仕方がないし、少しの間、忘れよう。第一、まだあのルート以外は見つかっていないし、これから見つかる可能性も低い。それほど簡単に見つかるなら、すでに見つかっているはずだ。発見しづらいからこそ、この200年以上の長い間、誰にも知られることなく、ゆえに見つけることができなかったのだから。
レティシアは、アツアツの味噌煮込みうどんにふうふうと息を吹きかけながら、箸ですくって食べる。飛び散った味噌が、レティシアの銀色の髪の毛にべたべたと飛び散り、ぽつぽつと茶色の点を残す。すでに3杯目のきしめんに手を出し始めているカテリーナの顔を、にこやかに見つめるナイン大尉。その横で手羽先を一皿、平らげるたびに、ハイタッチするザハラーとドーソン大尉。それぞれがこの、ナゴヤの料理に舌鼓を打つ。
で、僕はそのまま、サカエのホテルで待機することになった。やはりあの発見は、軍令部と宇宙航行局の内部に大いに衝撃を与えた。まあ、それが普通の反応だ。0001号艦の連中が、能天気過ぎる。
「おい! いつまでここにいればいいんだ!?」
「ちょ、ちょっと、アルセニオったら……」
と、いきなり初日から僕のところに怒鳴り込んできたのは、エルナンデス大佐だ。その後ろから、寝間着姿のミズキが、腕を引いて止めようとする。
「知らん」
「知らんとは、どういうことだ!」
「そのままだ。あれだけの大発見、軍司令部と言えど、簡単には扱いを見出せないのだろう。ここはのんびりと待つ他、あるまい」
「なんだと!? それじゃあ、第8艦隊は当面、活躍の場がないというのか!?」
「そんなことはない。むしろあの発見で、この地球001における防衛ラインが脅かされる事態になりかねないのは確実だ。となれば、我が地球001の軍司令部も、何らかの軍事行動を起すはずだ」
「ほ、本当か、それは!?」
「その点だけは、間違いない。本日、アントネンコ大将からもそう伺った。となれば、と、いうことだ。今はつかの間の休息。今後来るべき戦いに備えよ」
「そうか……分かった、了解だ! エルナンデス大佐、戦いに備え、休息する!」
「えっ!? あ、ちょ、ちょっと! アルセニオ!?」
と大きな声で宣言するや、今度は寝間着のミズキを両手で抱えたかと思うと、そのまま部屋へと帰っていく。しかしあの男、やることがストレートで大胆だなぁ。ミズキも本当に、あんなガサツな男でよかったのか?
「でよ、明日はオオスの喫茶店でモーニング、それから昼は味噌カツの店でよ……」
「えっ!? モーニングのすぐ後に、味噌カツを食べるのか!?」
「いいじゃねえかよ、別に。あっちに帰ったら、本場の味噌カツが食べられなくなるんだぜ?」
「ショッピングモールに行けば、あのとんかつ屋があるじゃないか……」
などとベッドの上で語り合う僕とレティシアだが、それにしても嬉しそうだな、レティシアは。まあ、珍しく待機命令で暇になった。と、いうことは、僕としばらくこの地でのんびりできると思っているようだ。それは確かにその通り。ただし、待機命令がいつ解かれるかは、僕にもまったく分からない。
そしてその翌日、ホテルのロビーでばったり会ったタナベ大尉とダニエラのペアと共に、静かな喫茶店へと向かう。
騒ぎを持ち込まずにここに来るのも久しぶりだな。来るたびにいつも何かと騒がしいのが同伴していたから、店主から出入り禁止にされるところだった。今も、僕の方をじっと見ている。が、今日はおとなしく、モーニングを食べる。
「うーん、やっぱりこれだよな、これ。モーニングは、ナゴヤに限るぜ」
「にしてもレティシアさん、どうしてナゴヤでは、朝だけコーヒーにこのようなものが付くのです?」
「知らねえな。昔から、そういうもんだと決まってるんだ。それが、ナゴヤのモーニングってもんよ」
ダニエラの質問に、適当に応えるレティシア。いや、モーニングというものはだな……という僕にも、その由来を応えられない。確かに、どうしてナゴヤだけこうなんだろう?
そんな僕らの前には、アメリカンコーヒーに小倉トースト。脇にはゆで卵が置かれている。まさに、ナゴヤの典型的なモーニング。それをのんびりと味わう余裕が、まさかこのタイミングで訪れるとは思わなかった。
「そういえば、ヤブミ様」
と、小倉トーストを一口食べたダニエラが、ふと口を開く。
「なんだ」
「私、一つ思い出したことがあります」
「思い出したって、何をだ?」
「賜物に関する伝承を、です」
「伝承?」
唐突に、ダニエラが伝承などと妙なことを言い出す。
「はい。ペリアテーノが建国されるよりもずっと前から伝わる、賜物の伝承です。今度のことと、何か関係があるような気がいたしまして」
「それで、その伝承とは一体、どういうものなんだ?」
「はい、そのころの人の賜物の力は今よりも大きく、目は月や太陽、迷い星にて起こる出来事も見通せて、荒れる海をも沈め、空を飛ぶことができた、と言われております」
なんだか、荒唐無稽な話だな。今の賜物からは考えられないほどの力だが、やや大げさな気がする。太古の伝承というから、仕方がないだろうな。
「で、そのころは賜物とは言わず、鍵と呼んでいたらしいんです」
「は? チアーブ?」
「はい、鍵、という意味だそうです」
妙なことを言うものだ。どうして賜物が、鍵なんだ?この両者、まったく意味が違う。
「で、その鍵を持つ者の力が薄れ始めてきた。やがて、多くの人々からは力が消えてしまった。しかし、それでも稀に力を持つ者が現れ、それは絶対神アポローンからいただいた物ということで、賜物と呼ばれるようになった。そういう伝承ですわ」
うーん、名前の由来はこの際、どうでもいいな。しかし、その伝承を真に受けるなら、昔は誰でも賜物を持っていたということか?そして、それが鍵と呼ばれていた。
だが、鍵って、何のことだ?そこが引っ掛かる。鍵というからには、宝箱なり扉なりがあってしかるべきだろう。だが、そんなものは……
と、そこまで話したところで、僕の脳裏には急にあの巨大門が思い浮かぶ。まさか鍵って、あの門の鍵だと……
と、その時、僕のスマホが鳴り出す。僕は取り出し、画面を見る。
「おい、どうしたよ、カズキ?」
レティシアが僕に話しかけるが、僕はその画面に出てきたメッセージをじっと読む。そして、その場の3人に言った。
「緊急招集がかかった。これから、サカエの研修センターへ行く。」
「えっ!? 今から行くのかよ!」
「なんでも、地球001軍令部が全艦隊に向けて、何かを発令するらしい。各艦隊司令官、および司令部付き幕僚以上の者は、2時間以内に各拠点に向かえとの命令だ」
レティシアの顔が曇る。せっかくのんびりできるかと思ったら、いきなり翌日には解除だ。だが、軍人である以上、仕方がない。
僕は大急ぎでトーストを詰め込み、コーヒーを飲み干すと、レティシアに手を振りその場を離れる。急ぎ足でサカエの研修センターへと向かった。
『地球001の全艦隊に告ぐ。私は宇宙艦隊司令長官、フェルステマン元帥である。これより、地球1010および地球001周辺宙域での状況と、それに伴う地球001軍司令本部での決定事項を伝える』
元帥閣下のお出ましだ。僕もその姿を見るのは久しぶり。しかもライブ映像で見るのはおそらく初めてのことだ。宇宙軍総司令部のあるアメリカ・バージニア州からの中継だろう。ここには僕とジラティワット少佐、そして5人の戦隊長がいる。
『先日、第8艦隊により、地球001外縁部、および地球1010周辺の白色矮星第118732星において、未知のワームホール帯が発見され……』
そこから回りくどい話が続いたが、要約するとこうだ。
まず第8艦隊が発見した、地球ゼロへと続くワームホール帯のことが報告された。だが、そこにある例の巨大な遺跡のことは触れられていない。
そして、そのワームホール帯へ調査団を派遣し、実際にそれが現存するものであることも確認された。さらなる調査が続くとしながらも、これによって軍事的な脅威が増すと、元帥閣下は宣言する。
『……で、あるからして、地球001宇宙艦隊総司令部では、白色矮星第118732星域における支配領域の拡大を決定した。その隣の中性子星域までを支配域に治め、地球001への軍事的脅威を排除する』
それを聞いた瞬間、僕は新たなる戦いの幕が切って落とされたことを悟る。この発見は、やはり軍事的行動への移行を促す結果となってしまった。
そしてその作戦には、常駐する第1艦隊に加え、第4艦隊、第5艦隊、そして第8艦隊が行うこととなった。なんと、いきなり3個艦隊の派遣を決定。おまけとして、そこに第8艦隊が付く。
これは、とんでもない戦いになるぞ……地球001が一つの星域に3つの艦隊を派遣するなど、聞いたことがない。これに地球1010にいる地球042の艦隊も加えて5艦隊、計4万と500隻の大艦隊での侵攻作戦となる。
「いやあ、大変な戦いになりますな」
「だが、我々が武勲を上げるまたとない機会でもあるぞ!」
戦隊長らが、口々に先ほどの元帥閣下の演説を聞いて意見を述べる。僕はと言えば、そんな戦隊長らの話に聞き入るだけだ。
と、そこに、一人の士官が近づいてくる。その士官は僕の前に立つと、敬礼する。僕も返礼で応える。
「ヤブミ准将閣下でいらっしゃいますね」
「そうだが」
「小官は軍司令部所属、第8方面担当のヒダカ中佐と申します。閣下に、軍司令部からの命令を直接お持ちいたしました」
「命令? 作戦参加の命令書が、もう届いたのか?」
「いえ、それは後日となります。本日は、別の命令書です」
「その命令の内容は、なんだ?」
「はっ。読み上げます。第8艦隊所属のドーソン大尉、およびザハラー兵曹長の、転属を命ず。以上です」
かつてない戦いの前に、僕は衝撃的な命令書を受け取ってしまった。なんと、ドーソン大尉とザハラーを、人型重機ごと転属させられることになってしまった。
これを聞いた瞬間、僕は察する。
おそらく、ザハラーのあの力を使い、遺跡表面に発生するゴーレムを抑えるつもりなのだろう。調査には人型重機も当然、必要だ。だから、まとめて2人を引き抜いた。
この命令書からは、あの遺跡、およびそこにあるワームホール帯に対する、地球001上層部の本気度を、僕は思い知らされることとなった。




