#75 石門
「両舷停止!」
ついにその小惑星のそばまでたどり着く。特に、人気のようなものは感じない。無人の星、ただしそこには、馬鹿でかい石造りの大きな囲いがある。
そして、信じがたいことに、その石造りの囲いの中には、ワームホール帯がある。つまりあの石の囲いは、ワームホール帯を封じこめた建造物、ということになる。
既存のワームホール帯の周りに人工物を作っても、ワームホール帯自体はただの空間に空いた穴のようなもの。触れることなどできず、何もしなければ、ただすり抜けてしまう。空間ドライブで波長同期させることで、その中を潜ることができるが、触れることなどとてもできない。
が、こいつはその幽霊のようなものを、がっちりと保持している。明らかに、オーバーテクノロジーな物体だ。偶然とはいえ、途方もないものを見つけてしまった。しかし、一体誰が、何のためにこんなものを作ったというのか?
「……何でしょうな」
「さあ、何でしょう?」
軍歴30年以上のオオシマ艦長ですら、初めて見る物体だ。いや、艦長どころか、この宇宙では誰も見たことがない代物だ。特にあの囲いなどは、まるでワープ用の門といったところか。
「直ちに調査する必要があるな。少佐、戦隊長艦にいる人型重機隊を全機、発進させよ」
「了解!」
「僕も出る、デネット機に同乗する。直ちにデネット大尉に連絡を」
「いや、何も提督が出るようなことでは……」
「気になることがある。どうしてもこの目で直接、見ておきたい」
この物体が、誰かが作ったものなのは間違いない。となれば、何か文字か絵でも描かれてはいないか?それを見れば、誰が作ったものかは推測がつく。
だがそれは多分、人類ではない。
そういえば賜物の謎を、最初に解き明かそうとしたあの研究所で、カワマタ研究員が僕に言ったことがある。
賜物が、「原生人類」の遺跡を探す鍵となる、と。
まさかとは思うが、これこそがその遺跡ではないのか?
ワームホール帯を建造物の中に封じ込めるなど、この宇宙で最も進んでいるとされる地球001の技術力でも不可能だ。つまりこの宇宙で、そんな技術を持つ星など、聞いたこともない。となれば、これは今の人類によるものではない。
僕は、少なからず興奮する。長年、この宇宙を覆っていた謎の一端が、すぐ目の前にある。この囲いを、そしてその中を潜れば、一体何があるのか……考えただけでも、身震いがする。
「テバサキよりミソカツ、発進準備完了! 発進許可を!」
『ミソカツよりテバサキ。発進許可、了承。ハッチ開く』
僕の乗った、デネット大尉の人型重機が、漆黒の宇宙空間に向け発進する。そしてすぐそばに見えるあの石門に向かう。
50隻の戦隊長艦からも、次々と人型重機が発艦し、この小惑星に集結する。各艦に2機づつ、計100機。その全てが小惑星表面に降りる。他の人工物が存在しないかを確認するためだ。
とはいえ、ここは基本的に無人の小惑星、ただの岩と石の塊、その程度の認識だったことは否めない。
だからまさか、ここにあんな仕掛けがあるとは、普通は思わない。そしてそれは、なんの前触れもなく発動する。
『うわぁーっ! 退避っ!』
いきなりコールサインもなしに、無線で叫ぶ機体がいる。僕は思わず叫ぶ。
「こちら指揮官機! どうした! 所属とコールサインを付帯し、報告せよ!」
ところが、応答がない。静まり返る無線機。なんだ、何が起きたんだ?
だが、僕自身もすぐに事態を把握することになる。デネット大尉が叫ぶ。
「提督! 前方に物体視認! あれは……ゴーレムです!」
僕は一瞬、耳を疑った。聞いたことはあるが、縁のないもの。そんなものの名がいきなりこの宇宙空間で、同乗の士官から発せられる。
ゴーレムって、あの地球997などの一部地域でのみ発生する、不可思議な化け物のことだ。だがここは、地球上ではなく、小惑星の上だぞ?どうして、そんなものが……
しかし目の前の現実が、僕のこの疑念を容赦なく振り払う。いかなる常識も、眼前の事実を前に力を失う。
やや白っぽい、この小惑星と同じ色の岩が、大小13ブロック。それがまるで人の形のように胴体、腕、脚を形作り、重機の前に現れた。
そしてその非常識な人型の石の塊は、この重機に向かって、その太い腕を振り下ろしてくる。
咄嗟に、デネット大尉は機体を後ろにジャンプさせて避ける。ゴーレムの太い腕は、小惑星表面に叩きつけられる。
だが、おかしい。高々直径20キロ程度の小惑星には、微弱な重力しかない。この重機も今のジャンプにより、高く舞い上がってしまった。だがあのゴーレムは、あれだけの勢いで腕を叩きつけたにも関わらず、どういうわけか地面に吸い付いたように離れない。
そして僕は、上空から小惑星表面を見回して、その光景に驚愕する。
ついさっきまで、ただのゴツゴツとした岩だけの場所に、まるで雨後に一斉に生えたキノコのように、あちこちでゴーレムが発生している。そのゴーレムからの攻撃を受ける他の重機達。
なんだここは……宇宙空間に浮かぶ無人の小惑星に、これほど大量の無人兵器が湧き出すなど、とても考えられない。
今、無意識にあれを「兵器」と呼んだが、まさにあれは一種の無人防御兵器だ。こちらの人型重機の接近を感知して、自律的に迎撃する。我々の持つ自動迎撃型要塞に匹敵するシステムを、なんと石だけで実現している。
その石の化け物に向かって、人型重機の何機かが搭載されたビーム砲による攻撃を行う。ばらばらと崩れるゴーレム。それを見たデネット大尉が叫ぶ。
「ダメだ! 全機、ビーム砲による攻撃を中止せよ! かえってゴーレムが増殖するぞ!」
デネット大尉の言葉通り、ビームの直撃でバラバラに四散したはずのゴーレムが復活し始める。それも、ばらばらに吹き飛んだ破片すべてから、一体づつのゴーレムが復活する。おぞましい光景だ。というかこいつ、自己修復能力を持っているのか?
デネット大尉が、スラスターを吹かして小惑星表面にとりつく。そしてその表面に、重機の左腕につけられた削岩機を押し当てる。
ゴーレムが数体、こちらに接近してくる。が、大尉は動かない。何度かトリガーを引いて、なにやらモニターに見入っている。5度ほどトリガーを引いたところで、大尉がこう叫ぶ。
「岩石の材質データ、取得!」
すでに目の前には2体のゴーレムが迫っていた。だが大尉は、そのうちの一体に重機の左腕を押し当てる。ブーンという振動音の後、そのゴーレムはまるで砂で作られた城が強風にあおられた時ように、ばらばらと崩れ始める。
「全機、ゴーレムの材質データをリンクする! 削岩機を押し当て、これを破砕せよ!」
このデネット大尉という男、得体のしれないゴーレムの接近という危機においても、眉一つ動かすことなく冷静に対処する。
確かにデネット大尉は以前、ゴーレム戦を経験していると言っていた。自機を一度、破壊されかけた経験もあるという。なればこそ普通なら、トラウマがよみがえり冷静さを失ってもおかしくないのだが、この男はどこまでも冷静だ。
惜しいな。この冷静さ、むしろ駆逐艦の艦長をやらせた方が適任だろうな。僕は後席でそう感じつつ、大尉の戦いぶりを眺めていた。
が、ゴーレムは減るどころか、次々に発生する。収まる気配はない。100機いる人型重機の内、何機かがダメージを受け始める。今のところ、コックピットをやられた者はいないが、腕や胴体を破壊され、戦線を離脱せざるを得ない機体が出始める。
もはや、撤退か。僕がそう考え、全機に離脱命令を出そうとした、その時だ。
突然、レーダーサイトが乱れ始める。
「な、なんだ!? まだ何かあるのか!?」
僕は一瞬、状況を理解できなかった。目の前のレーダー画面に、大きな丸い影がどんどんと大きくなる。
いや待て、これ、今までに見たことにあるやつじゃないか。僕はすぐに、その正体がザハラーのあの力だと悟る。僕はすぐ近くにいるドーソン機を見る。
肩に「0001-01」という所属と号機を示す数字と、そのすぐ下にオオスにあるういろう店のマークが描かれた、コールサイン「ウイロウ」と名付けられたドーソン機が、まさに3体のゴーレムに囲まれ、同時攻撃を受けるところだった。窮地に追い込まれ、思わず同乗するザハラーが力を……いや、待て、そういえばドーソンのやつ、後席にザハラーを乗せてきたのか?
が、そこで僕は、不思議な光景を目にする。
どういうわけか、すべてのゴーレムが停止した。まるで地面から生えたモニュメントのように、ただそこに突っ立っている武骨な石像のように動かない。
時間が停止したかのような錯覚を覚えるが、人型重機は動いている。だが、ゴーレムはピクリとも動かない。その止まったゴーレムに左腕の削岩機を押し当てて、次々と破砕する。
だが一体、何が起きたのか?
僕はこのとき、ザハラーの力の持つ新たな効能を知る。