#74 逃走
「抜錨! 駆逐艦0001号艦、発進!」
ついに、地球001での任務を終えて、僕は再び、地球1010へと向かう。だがこの行程で、僕は一つの試練を受ける。
その帰り道の途上で、第4艦隊が待ち構えている。その艦隊に追いつかれないように地球1010に帰れと言うのが、今度のミッションだ。だが、果たしてこの「鬼ごっこ」に、何の意味があるのか?
考えてもみれば、この鬼ごっこには勝利条件がない。一体どうなれば勝ちで、どうなれば負けなのか、さっぱり分からない。とにかく、第4艦隊の追撃を振り切ればいいのであれば、話は簡単だ。こちらの新型機関をフルに回して、逃げ切ればいい。
もっとも、その分、レティシアに負担がいくなぁ。旗艦以外はなんとかなるのだが、もっともポンコツのこの旗艦だけが不安だ。とはいえ、相手も本気だろうから、なんとか逃げるしかない。
そんな曖昧で憂鬱な任務を前に、僕は窓の外を見る。ナゴヤのシンボルである、高さ800メートルの「テレビ塔」が見えてくる。
今度、ここに戻るのは、いつの日か?気づけば、3か月に一度は帰ってきてる気がするが、次はそうもいかないだろう。
そういえば昨日、母さんに会った時に聞かれたが、フタバはどうなったのか?メールもメッセージも来ないとぼやいていたが、僕もここに来てからというもの、まったくコンタクトが取れていない。
地球1010上を飛び回っているようだが、今頃はどこをほっつき歩いてるんだか。
「まもなく、高度3万メートルに達します。ただいまより、周回軌道速度まで、加速を開始します」
「了解。では、大気圏離脱を開始」
「前進半速! 大気圏を離脱する!」
オオシマ艦長からの報告を受ける。そういえば艦長は、今度の帰還ではほとんどハチオウジの自宅には戻っていない。せっかくの家族水入らずの機会を、実戦訓練のおかげでダメにしてしまった。
で、今度は鬼ごっこときた。まったく、面倒な任務ばかりが増える。
地球001周回軌道からの加速で、一気に加速し太陽系外縁部へと向かう。そこにある、ケンタウルス座V886星につながるワームホール帯へとたどり着くのが目的だ。
そして、そのV886星から、ゲームが開始される。
「ふうん、だが、ただ逃げ続けりゃいいんだろう?」
「それはそうだが、相手はあの第4艦隊だ。おそらく、しつこいぞ」
「こっちにゃ、あっちを上回る機関があるんだろう。振り切れるさ」
「それはそうだが、この艦だけはなぁ……」
「そのために、俺がいるんじゃねえか。ま、大船に乗った気持ちで任せとけ」
相変わらず、レティシアに頼りっきりだ。こいつの出動回数は、すでに100を超える。それだけ頼られている存在という一方で、この旗艦のポンコツぶりがうかがえる。
うーん、確かにただ逃げるだけの任務だけど、そう一筋縄でいくかなぁ。あのアントネンコ大将のことだ。きっと、ろくでもない罠が仕掛けられているに違いない。
そう思いながら、レティシアと抱き合って眠る僕。といいつつも、あと3時間で艦橋に戻らなきゃ……
「まもなく、V886星へのワームホール帯に突入します!」
で、気づけばもう、3時間が経っていた。ワープまで、あと3分。そこからが、この地球001での最後の「戦い」が始まる。
「全艦、警戒を厳にせよ!」
「了解、全艦に伝えます!」
ジラティワット少佐が、すぐさま全艦に伝達する。にしても少佐になってから、かなり積極的だな。昇進による効果なのか、それともグエン少尉のおかげか?
「ああ、そうだ、ジラティワット少佐」
「はっ!」
「全艦に下令、ワープ直後に、訓練モードにて模擬バリアを展開するように」
「承知しました!」
ワープまであと2分だが、手際よく僕の命令を全艦に伝えるジラティワット少佐。だが、そろそろジラティワット少佐だけでは負担が大きいな。もう一人、幕僚を増やしてもらえるよう頼んでみるか。
「ワームホール帯に、突入します!」
「超空間ドライブ作動! ワープ開始!」
いつものように、ワープ空間に飛び込む。星空が消えて、真っ暗闇の空間に変わる。が、それもすぐに抜ける。
が、抜けた直後、いつも通りではない光景が待っていた。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ5千! 距離、40万キロ!」
「前方の艦影より、レーザーによるロックオン! 砲撃、来ます!」
「よし、訓練用バリア展開! 急げ!」
そうら、おいでなすった。思った通り、第4艦隊はワープ直後を狙ってきたな。しかも、艦隊の半数をこっちに割り当ててくるとは。
すぐに初弾の砲撃を受ける。といっても、いつも通りの訓練砲撃。青白いビーム光は全くない。ただ、当たり判定だけが報告される。
「初弾命中! ただし、バリアにより阻止!」
「よし、全艦、全速前進! 回避運動しつつ、あの5千の艦隊を突破する!」
「て……提督! まさか、正面突破をされるおつもりで!?」
「いや、増速後すぐに、タイミングを合わせて30度回頭。そのまま航路を大きく外して離脱する」
一気に緊迫感と、機関音がこの狭い艦橋を満たす。ゴォーッという噴出音、そしてビリビリと揺れる床。従来型と比べて、大出力を長時間維持できるのが特徴の新型機関をフルに使って、その場を離脱する。
あっさりと、その5千隻を振り切ることには成功する。ただし、50分以上も最大出力を維持し続けた代償として、旗艦ではいつものトラブルと、それに伴うレティシアの活躍が見られることになるのだが。
で、V886星域では、それ以上は仕掛けてこなかった。いや、広大過ぎる宇宙で、捕まる方がどうかしている。もし、何か仕掛けるとするならば、ワームホール帯周辺ぐらいしかあり得ない。
で、7000光年をジャンプするワームホール帯にたどりつく。てっきり、そこで待ち伏せを受けるものと思ったが、まったく気配すらない。残り5千隻、一体、どこにいるんだ?
「やはり、またワームホール帯の向こうでしょうか?」
「可能性は高いな。だが……」
僕はちょっと、考える。この先に控えているのは、連盟軍との戦闘が続く白色矮星域。そんな場所で、果たして艦隊レベルの鬼ごっこなど、している余裕などあるだろうか?
ましてやその宙域には、第1艦隊がいる。いくらコールリッジ大将と親友のアントネンコ大将とはいえ、第1艦隊の前でそんな遊戯をしている余裕などないだろう。どちらかといえば、連盟軍との遭遇戦に備えるべき場所だ。まさにその出口付近で、敵艦隊と遭遇したことがある。油断はできない。
「あと30分で、長跳躍ワームホール帯に突入!」
僕は、決断する。この先は、訓練ではない。いわば敵地なのだと。そこで僕は、ジラティワット少佐に言う。
「少佐。この先に備えて、全艦に伝達。訓練装備から、実戦装備に転換し、砲撃戦に備えよ、と。」
「はっ!」
「もし第4艦隊が出てきても、脚だけで逃げることとする。それよりも、連盟軍との遭遇戦の方に備えるべきだろう」
「了解しました! では、全艦に実戦装備への転換を下令します!」
もはやこの先は、訓練領域ではない。実際に敵と遭遇する可能性の高い宙域だ。「ニンジャ」対策のレーダー基地を配置したため、さすがに簡単には攻め入れないだろうが、油断はできない。
「ワームホール帯に、突入します!」
そしていよいよ、第8艦隊は「戦場」に帰ってきた。実に2か月ぶりの戦線復帰。否応無く、緊張が走る。
そして、ワープに入る。
「ワープ完了!」
「レーダー、および神の目による索敵を開始!」
ワープアウト直後、僕はすぐに索敵を命じる。どちらかというと、「ニンジャ」を使った連盟軍を警戒する。そして、やはりというか、レーダーが何かを捉える。
「レーダーに感! 前方、45万キロ!艦影多数! 数、100!」
「光学観測! 明灰白色! 友軍です!」
いや、友軍だからといって安心できない。今、どこかの提督に押し付けられたゲームに参加しているからな。僕は確認する。
「味方識別装置(IFF)発信! 所属を識別せよ!」
「了解、IFF、打ちます!」
こちらの識別コードを打って、所属を確認することにした。すると、あちらの信号が帰ってくる。
「IFF返信! 第1艦隊所属の艦艇です!」
やはり、そうだったか。さすがにここは、第1艦隊の担当宙域だ。当然だろう。
が、僕はちょっと奇妙な感覚にとらわれる。それは、あの100隻の配置だ。横陣形にてこちらを向いている。それはまさに、艦隊戦の構えだ。
しまった。僕は悟る。そして、全艦に命じる。
「全艦に下令! 全力即時退避!」
それを聞いたジラティワット少佐が尋ねる。
「あの、提督。あれは第1艦隊で……」
だが、そんなジラティワット少佐でも分かるほどの緊急事態が起こる。
「正面、第1艦隊よりロックオン!」
やはり、きたか。僕は再び叫ぶ。
「全力即時退避だ!」
「りょ、了解! 全艦、全力即時退避!」
艦橋内が機関音のけたたましい音で満たされる。その音を聞きながら僕は、アントネンコ大将との面会時の会話を思い出していた。
そういえば、アントネンコ大将が「鬼ごっこ」の件を話していたあの時、大将閣下は「我々」の追撃を振り切りながら、と言っていた。
そう、あの大将閣下は、一言も「第4艦隊」とは言っていなかった。
そして今のロックオンセンサーの反応。これで分かったことは、ただ一つ。
アントネンコ大将の言う「我々」には、コールリッジ大将も含まれていた、という事実だ。
まったく、何だあの2人は。コールリッジ大将もグルだったとはな。
そのまま、逃走を続ける我が第8艦隊。通常航路を大きく外れ、白色矮星の軌道面を大きく外れた座標にいた。
まあいい、このまま大回りで、地球1010につながるワームホール帯を目指すとしよう。この宙域にいる限り、味方も信用できない。まったく、妙な訓練をさせられたものだ。ここで今、連盟軍との遭遇でもあれば、どうするつもりなのか?
などと考えたのがいけなかったのだろう。ダニエラが、何かを見つける。
「ヤブミ様、何かいます! 前方!」
「何だ、艦隊か?」
「いえ、なんて言いましょうか……大きなものが一つ、です」
「大きなもの? 何だ、それは」
「そうですねぇ、なんと申し上げればよろしいか……ええと、まるで戦艦のようなもの、とでも言いましょうか」
戦艦クラスの物体。もしかして、レーダー基地でもあるのか。だが、タナベ大尉がすぐにそれについて報告する。
「前方、113万キロ地点に、レーダーが何かを捉えてます。大きさは……推定で、直径20キロほど」
「20キロか、大きいな。光学観測は、どうなっている?」
「光学観測! 物体視認! ……どう見ても、ただの小惑星です!」
なんだ、ただの小惑星か……いや、そういうのは以前にもあったぞ。その時は、連盟軍の輸送艦だった。ということは、あれもまさか……
「よし、警戒しつつ前進。もしかすると、連盟軍の輸送艦かもしれない」
「了解、艦隊、前進微速!」
そういえばあの時、連盟軍の輸送艦を一つ残らず葬ってしまった。今思えば、一隻くらい拿捕しておけばよかった。何か、得られるものがあったかもしれない。
もっとも、連盟軍の輸送艦にしては大き過ぎる。彼らが建造できる船は、大きくてもせいぜい10キロ程度が限度のはずだ。要塞ならともかく、20キロクラスのサイズの連盟艦など、聞いたことがない。
接近を続けて、1時間ほどが経つ。すでに、距離は20万キロまで接近している。が、あちらに動きはない。単なるダニエラの勘違いかと思ったが、ミズキもあれを捉えている。と、いうことは、あそこに何かがある。
が、そこに意外な報告が飛び込んでくる。
「反応! ワームホール帯の反応あり!」
ワームホール帯の探知を担当する士官が叫ぶ。オオシマ艦長が尋ねる。
「航路図上には、こんなところにワームホール帯などないはずだぞ!?」
「いえ、微弱ながら、確かに反応があります。距離、20万キロ」
「20万キロって……まさか、今向かっている、あの小惑星付近か?」
「はい、座標はほぼ一致します」
なんだと、小惑星に、ワームホール帯?聞いたことがないぞ、そんな話。だがそこに、さらに奇妙な報告が飛び込む。
「光学観測! 妙なものが見えます!」
「なんだ、妙なものとは……」
「映像、映します!」
距離が近くなり、光学観測ではさっきよりも鮮明な画像が捉えられる。そこに映っているのは、ゴツゴツとした小惑星だ。
が、その表面に、明らかな人工物が見える。
白い、真四角の門のようなもの。一辺の大きさは、軽く5キロを超える。そんなものが、あの小惑星表面にそびえ立っている。
連盟軍のものではないな。僕は、直感でそう感じる。あんなものを、宇宙に作る意味が分からない。
まさかとは思うが、さっき見つかったワームホール帯は、あの囲いの中にあるのか?しかし、それってワームホール帯を人工物で封じ込めているということか?そんな技術、聞いたことないぞ。
第8艦隊は、意味がよく分からない鬼ごっこ任務にて航路を大きく外れ、その結果、見たこともない物体に出くわす。
僕にはあれが、何やらただならぬものに感じている。おそらく、とんでもないものを見つけてしまった。そう直感で感じていた。




