#73 発覚
僕は再び、ナゴヤの地に立っている。
そこはオオスのど真ん中。5月初旬、花冷えが終わり、気温がぐんと上がり始める季節。
本来なら、こういう穏やかな日は、ツルマ公園などに出向いて、のんびりと春の陽気を感じていたい。
が、僕が今、いる場所は、オオス商店街の第2階層。そこに作られたステージの上で、あの4人と共に上がっている。
「実に5か月ぶりに、ヤブミ准将閣下と戦乙女の皆様に来ていただきましたぁ!」
妙にテンションの高いナレーションと共に、ステージ前に集まる群衆らが大いに沸き立つ。
「閣下はここ地球001で、さらなる艦隊の強化をされたのですね! さらに、猛将名高いアントネンコ大将の一個艦隊相手に、演習で勝利したとか!」
「あ、ええと、それは我が第8艦隊の皆と、戦乙女の活躍によるものでして……」
「そういえばここ5か月のうちに、新たな戦乙女が加わりましたね!」
馬鹿に明るいナレーターが指差す相手は、ザハラーだ。そういえばあの時から一人、増えてるな。別に増やそうと思って増やしたわけではないし、戦乙女と呼ぶつもりもないが、成り行き上、戦乙女となった。
「で、ザハラーさん! カテリーナさんとそっくりですが、もしかして姉妹なのですかぁ!?」
その外観から、初見者が当然抱くであろう疑問を、このナレーターはザハラーにぶつける。が、本人が一言。
「違う!」
一蹴されてしまう。気の利いた言葉を期待していたのだろうが、そんなことができるザハラーではない。泡を喰うナレーター。
「ええと……あ、そうそう、ザハラーさんはこのナゴヤの、何が気に入ってますか!?」
無難な質問に切り替えたな。ザハラーはこの質問にも、短く応える。
「テバサキ!」
そして、なぜか左手に持っているテバサキを上に掲げ、絶叫する。
「テバサキ、サイコー、イェーイ!」
「イェーイ!」
おい、何を訳の分からないことを言い出すんだ、ザハラーよ。だがそれを受けて、なぜか会場全体が盛り上がる。
「おう、盛り上がってきたな! そろそろ、俺の出番か!?」
「レティシア! レティシア!」
トークショーだということで、僕はここに来たんだが、どうしてこんなに盛り上がれるんだろうか?なぜか便乗したレティシアまで、マイクを握って会場を煽り立てる。
そもそも僕は、こういうイベントに顔を出すことは控えてきた。が、今ここにいるのには、理由がある。
至極単純な理由だ。それが、軍の命令だからだ。
どうやら軍のイメージアップのために、僕は担ぎ出されてしまった。大方、コールリッジ大将あたりが仕掛けたのだろう。いや、もしかすると、アントネンコ大将の方か?
だが、僕はつい先日まで、第4艦隊との熾烈な艦隊戦訓練をしていた。いや、それ以前だって、幾つもの戦闘を乗り越えて今、生きている。その結果がこれとは……なんだかとても虚しくなる。
春の陽気以上の熱気を浴びて、全身汗だくになりながら、僕はなんとかそのイベントを乗り切る。敬礼する姿や、あの4人に囲まれて写真を撮られるわ、白色矮星域での戦いを根掘り葉掘り聞かれるわ、とにかく大変だった。
「お疲れ様です、提督」
第1階層に戻って、僕はとあるカフェにやってくる。ジラティワット大尉、いや、少佐が、僕を労う。
「あー……疲れた……」
「なんだ、だらしねえな。あれくらいのことで疲れるたぁ、弛んでるじゃねえのか!?」
「そうですね。だいたい閣下は、普段の生活からして緩みすぎてるんですよ。これを機に、しっかりなさってください」
と僕に辛辣な言葉を投げかけてくるのは、レティシアとグエン少尉だ。グエン少尉はともかく、ウォッカ一杯でぶっ倒れるレティシアには言われたくないな。
「やはり閣下、筋肉ですよ、筋肉!」
「いや、筋肉を鍛えたって、しょうがないだろう……」
と、おかしな筋肉思想を植え付けようとするやつと、それを冷静に否定するやつがいる。ドーソン大尉と、ナイン大尉だ。なお、この2人の伴侶はそろって、横でもしゃもしゃと大きなサラダサンドイッチを頬張っている。
「皆さん、そうおっしゃいますが、あれはあれで大変でしたわよ」
と、反論するのは、ダニエラだ。あれほど社交的で闊達なダニエラでも、あのイベントは相当疲れたらしい。
オオス商店街のど真ん中、この大きめのカフェの屋外のテーブルに、かなり目立つ集団が陣取っている。派手な飾緒付きの軍服姿に、中世風のワンピース、カクテルドレス、とんがり帽子、そしてターバン。その周りに座る私服姿でも、やたら筋肉質なやつが一人いる。目立たない方がどうかしているだろう。
店員も、料理を運んでくるたびに、僕とあの4人の姿をチラチラと見ている。あれは多分、さっきのイベントで僕らが登場したことを知っている顔だ。この商店街のところどころにあるモニターでも、あのイベントの様子は流れていたはずだから、その実物が目の前にいれば、気になって当然だろう。
それにしても、際限のない食欲をもつ人物が2人いるために、さっきからその店員さんを何度も呼びつけている。で、今度は大きなパンケーキが運ばれてきた。目を輝かせながら、早速その食材に手を伸ばすザハラーとカテリーナ。
しかしあの2人、なぜか太らないんだよなぁ……そういえば、イベントが始まる前にも、何か食べていたぞ?確か……そうそう、まずはいつもの喫茶店でモーニングを食べて、それから第2階層に向かう途中で見つけた店で、ういろうと手羽先、それにコーラを頼んでいたな。
賜物というやつは、エネルギー消費が大きいのか?いや、それを言ったら、ダニエラだって賜物を持ってはいるが、ごく常識的な量しか食べない。レティシアもよく食べる方だが、あの2人ほどではない。
まあ、食欲に突っ込んでも仕方がない。だが、ドーソン大尉とナイン大尉は、食費が大変なことになってそうだな。昇進させておいてよかった。
この第4艦隊との実戦演習を終えると同時に、我が艦隊では多くの士官が昇進を果たす。佐官はほぼそのままだが、尉官の多くは一階級昇進を果たした。
残念ながら、大佐クラスの人物は、一人も昇進できなかった。そりゃそうだ、艦隊司令官が准将だから、その部下は大佐以上に上がることができない。だからといって、僕が昇進したいかといえば、そんな願望はない。
ただでさえ、面倒なことを押し付けられているような気がするのに、この上、昇進などしようものなら、何をやらされるか分かったものじゃない。今度はアイドル化された戦乙女らを率いて、メディアデビューさせられるかもしれないな。どこのアニメ世界だよ。
などと考えていると、この商店街の通りを、どこかで見たような人物が歩いていくのが見える。
私服姿だから危うく見逃しかけたが、よくみればそれはエルナンデス大佐だ。なんだ、こいつも今、オオスにいたのか。僕は思わず、声を掛ける。
「エルナンデス大佐!」
しかし、自分で呼んでおいて言うのもなんだが、どうして僕はこんなやつを呼び止めるんだ?いつも僕の姿を見るや、突っかかってくるやつだ。鬱陶しいだけで、なるべくなら関わらないのがベストなはずなのに。
が、大佐はなぜか僕の声を聞いて目を合わせるものの、バツの悪そうな顔でこっちを見ている。いつもとは違うな。てっきり、なぜ自分は准将になれないのか文句を言ってくるものと思っていただけに、拍子抜けだ。
が、今度はレティシアが、エルナンデス大佐に向かって叫ぶ。
「おう、ミズキ! こっちに来いよ!」
……えっ、ミズキ? よくみれば、確かにその横にミズキもいる。レティシアが全力で手を振っているが、ミズキもバツが悪そうな表情で見つめている。
そしてたった今気づいたのだが、この2人は手をつなぎ、寄り添って歩いている。
2人から呼ばれては無視できなくなったのか、すごすごとこのテーブルに歩み寄る2人。
「おうミズキ、どうしたんだ? このエルナンデスとかいうやつと一緒に、歩いているなんてよ」
「え、ええ……だってこのお方、私の乗る駆逐艦の艦長だし」
「なんでぇ、艦長だと、一緒に歩かなきゃいけないのかよ?」
ミズキのこの回答に、鋭いツッコミを入れるレティシア。確かに、その通りだな。その理屈でいけば、オオシマ艦長がカテリーナやダニエラを連れて歩いてもおかしくない、ということになる。
「ま、まあ、あれだ、メキシカンな私に、オオスを案内してもらっているだけだ」
「そうなのか? だが、貴官はすでに何度も、一人でオオスを歩いているんじゃなかったのか? 今さらなぜ、オオスの案内など必要なのだ? しかも、手をつないで」
エルナンデス大佐の応えに、僕が突っ込む。答えに窮するエルナンデス大佐。いやあ、面白いな。これはいいところに出会した。いつもやられているお返しに、さらにいじってやろうか。
で、テーブルの端の席に2人が座ると、店員が注文を取りに来る。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
「ああ、そうだな……私はコアぺテックを、ミズキ……殿は、いつもの抹茶ラテでいいか?」
「は、はい、それで」
「かしこまりました」
その会話を聞いて、僕は確信する。やはりこの2人、そういう関係だったのか。
「なんでぇ、エルナンデスにも春が来てたのかぁ」
と、それをあからさまに口にするレティシア。それを聞いたミズキが、顔を真っ赤にして反論する。
「ちょ、ちょっと、レティシア! そういうんじゃないから!」
「なんだ、ミズキ。俺はただ、エルナンデスに春がきたなぁと言っただけだぞ? どうしてお前が、ムキになって反論するんだぁ?」
「え、ええと、それは……」
「おいミズキ。つまりお前ら、オオスでデートしてたんだろうが」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべつつ、ミズキを問い詰めるレティシア。ますます顔が赤くなるミズキ。
「……で、いつからなんだ」
僕は、エルナンデス大佐に尋ねる。僕の顔を怪訝な表情で睨みながらも、ボソッと応える大佐。
「……ちょうど、プロキシマ・ケンタウリでの実戦演習が終わった時だ。あの時、上方から接近する第4艦隊の存在にもっと早く気づいていればと、ミズキが反省しきりだったので、私が励ましているうちにだな……気づけばそのまま、一緒に部屋で過ごそうってことになって……」
別に僕は、そこまでは聞いていないのだが、こいつが勝手に詳しい事情を話し始める。それを聞いたミズキが、エルナンデス大佐を制止するように言う。
「ちょ、ちょっと、アルセニオ! そこまで言っちゃだめじゃない!」
「うっ、すまない、ミズキ……」
なんだ、もうこの2人、名前で呼び合えるまでになっていたのか。そういえば、オオスの喫茶店で僕とレティシアに、男女の付き合いについて尋ねてきたことがあったよな。いつのまにか、それを実践していたか。
「なーんだ、やっぱりお前ら、付き合ってるんじゃねえか。いやぁしかし、ミズキが、この堅物軍人とねぇ……」
「堅物とはなんだ、堅物とは!」
「おめえ、俺と最初に会った時に、俺達に突っかかってきてたじゃねえか。忘れたとは言わせねえぜ。」
存外、レティシアも根に持つタイプだな。やはりあの時の一件を覚えていたか。
「まあ、ミズキさんもよき旦那様に巡り会えたのでございますわね」
「いや、あの、まだ旦那様というわけではないですが……」
「何をおっしゃいます。お似合いですわよ、ミズキさん」
同じ「神の目」を持つダニエラから純粋な祝福の言葉をもらって、かえって戸惑うミズキ。だんだんと面白いことになってきたな。
「そういえばミズキ殿、先日のグリーゼ411では、あなたの神の目はかなり冴えてましたよ。あれが元で我が艦隊は勝利できたと言っても、過言ではありませんよ」
「えっ!? いや、あの、それほどでは……」
ジラティワット少佐にまで賞賛されたミズキ。なんだか急に持ち上げられて、ますます恥ずかしくなったようだ。もう顔に血液が溜まりすぎて、爆発寸前の様相だ。
いや、それ以上に心配なのは、グエン少尉だ。いきなり他の女性を褒めるもんだから、こちらは嫉妬で爆発しそうだぞ。だが、ジラティワット大尉が振り向き、グエン少尉に笑顔を見せると、ころっと機嫌を直しやがった。まあ、こういう切り替えの良さが、グエン少尉最大の強みではあるがな。
「そうだ、ヤブミ准将よ!」
「な、なんだ」
「さっきのあのステージのやりとりを見ていたが、なんだあの体たらくは! それでも貴官は、地球001軍人か!」
「いや……あのイベントで、軍人も何もないだろう……」
僕も、うまく立ち回れたとは思えない。が、今さっきの貴官のやりとりよりは、上手く立ち回っていたと思うぞ。
「いやあ、めでたいなぁ」
「ちょ、ちょっと、レティシア、おかしなこと考えてるでしょう!?」
「なんだ? 俺はまだ、何も言っていないぜ?」
「めでたいですねぇ」
「ああ、ここのサラダサンド、美味しいですよ」
「いや、肉だ、肉こそが正義!」
「おいヤブミ准将、聞いているのか!」
「もう、レティシア、変なこと考えないでぇ!」
「変なことって、何のことだぁ、ミズキよ?」
もうぐちゃぐちゃだな、このテーブルは。その間にも店員が次々と色々なものを運んできては、それを黙々と頬張る2人の賜物持ちがいる。奇妙な姿の人物が多いから、この商店街での注目度も抜群だ。ただでさえ目立っているのに、さらにこの2人が加わって、目立ってしまった。時折、スマホのカメラで僕らを撮る人々を目にする。
さて、この調子であのカフェで2時間近く騒いだのちに、ようやく解散する。あれだけ食べたと言うのに、カテリーナとナイン大尉、ザハラーとドーソン大尉は、共にあの味噌カツ屋で夕食と摂ると言う。まだ食うのか、あいつらは?
で、僕はというと、レティシアを先に帰らせて、単身でオオスのある場所へと向かっている。
そこは、商店街の第1階層、大きな竜の石像が出迎える場所。横には漢文字で「万松寺」と書かれている。その奥に、僕は進む。
目の前には、焼香台がある。僕は寺でもらった線香を一本、そこに添える。すーっと白い煙の筋が立ち昇る。
僕は今、ノブヒデ公の墓標の前に立っている。900年以上前に、後にこのニホンの歴史を大きく変える息子を世に送り出し、そして若くして亡くなったこの武将。その墓標の前で僕は、ふと考える。
アントネンコ大将が言っていた、200年以上続くこの宇宙の戦乱の行方。それを、我々第8艦隊の特殊戦兵器が握っていると大将閣下は言う。今より900年先の時代から今を見たら、この時代はどう描かれているのだろう?
もしかすると、すでにこの世にはノブヒデ公のような人物がいるのだろうか?いや、この宇宙にとってのノブナガ公に匹敵する人物が、すでに歴史を動かし始めているのかもしれない。
そこに、僕自身の姿もあるのだろうか?
決戦兵器理論を提唱し、気づけば色々な人物の思惑から、500隻の艦隊司令官として戦闘に身を投じることとなった僕。あと2日で、僕はまたあの戦乱の続く白色矮星域にほど近い、地球1010へと向かう。
僕はその墓標に向かって、敬礼する。
「行ってまいります」
まだ立ち昇る煙を後に、僕は振り返り、そしてレティシアの待つ宿舎へと向かった。




