#72 面会
グリーゼ411星域に来た、もう一つの目的を果たすべく、僕はこの星域の外縁部にある小惑星帯へと向かう。
前進する第8艦隊500隻、その後方には、第4艦隊1万隻。つい先ほどまで「敵」だった彼らは、今は共にその「目的」を共有する仲間である。奇妙な感じだ。
「5千の小惑星群、距離、およそ40万キロ!」
「よし、では各戦隊長艦に最終チェックを指示!」
「了解!」
第4艦隊が事前に曳航して集めてくれた小惑星5千個。あれに向けて、50隻の戦隊長艦に搭載された特殊砲を放つ。
ここまで、我が艦の特殊砲以外の試射は行われていない。シミュレータ訓練は続けているが、実際に目標に向けて放つのは、これが初めてだ。
だが、4秒間という短い持続砲撃に加え、カテリーナがいないというハンデをもつ戦隊長艦が、どれほどの戦果を挙げられるのか?
「特殊砲艦の最終チェック完了! 砲身部に異常なし、戦隊長艦、砲撃準備完了!」
「よし、では特殊砲撃を開始する。各艦、割り当てられた目標に向け、一斉砲撃する。主砲充填、開始!」
戦隊長艦に搭載された特殊砲の装填時間は、1分半。こちらの半分程度だが、持続時間もその分、短い。
しかし、砲身寿命が60回と、0001号艦の特殊砲に比べて遥かに多い。持続時間の短さが、これほどまでに砲身の寿命を伸ばす。
だが、そうは言っても、通常の使用と比べたら段違いに寿命を消費する。その砲身寿命に見合う攻撃力が、得られるかどうか?
それが、今回の試射の目的である。
「戦隊長艦、特殊砲撃準備、完了!」
「よし、特殊砲撃、開始! 撃てーっ!」
「特殊砲撃開始、撃てーっ!」
我が艦以外の特殊砲艦が、一斉にビームを放つ。この宇宙空間で、久しぶりに見る青白いビームだ。ここ最近は2度ほど、艦隊戦をしてはいるが、模擬砲撃というただレーザー光を当てるだけのお遊びのような砲撃ばかりだった。
だから、この漆黒の宇宙空間に向けて放たれる青白いビーム光が、我々の持つ強大な力を思い出させてくれる。
「弾着観測! 命中数、1102!」
すぐさま、戦果が報告される。用意した小惑星は5千個だが、その5分の1を消し去った。たった50隻で、恐ろしい攻撃力だ。
だが、一隻あたりで見るとおよそ20隻づつということになる。カテリーナの特殊砲撃の数字に慣れている我々には、実に物足りない。
やはり、レーダー誘導だけではうまく目標を捉えられないということだろう。カテリーナだったら、たった4秒といえども100隻以上は堅い。
だが、この戦果を大いに喜ぶ人物がいる。
「いや、素晴らしいな、この特殊砲撃は。そして貴官の提唱した決戦兵器構想というものは」
「はぁ……」
この試射から2日後。補給のため第8艦隊は、第4艦隊の戦艦に立ち寄る。で、僕の乗る旗艦0001号艦は、アントネンコ大将の乗る戦艦ペトロパブロフスクに寄港している。そして僕は今、そのアントネンコ大将に呼び出されて、この艦の司令官室にいる。
「ですが大将閣下、あれはまだ、不安定極まりない兵器です。まだ、いろいろとデータを蓄積していかないといけないと感じております」
「そうか? 私にとって、あれはすでに十分な効果があると思っているぞ。ぜひとも貴官には、あの力を奮っていただきたい」
そういえば、この大将閣下はタカ派で有名だ。地球001至上主義者、簡単にいえば、地球001こそがこの宇宙の支配者たるべき、という思想の持ち主ということだ。正直言って、警戒すべき相手でもある。
「ということは、閣下はやはり、あれを量産し、他の艦隊にも配備すべきだとお考えなのですか?」
僕は単刀直入に、この大将に尋ねてみた。だが、意外な応えが、このタカ派の大将から返ってくる。
「いや、量産化は不要だ。そんなことをしたら、大量虐殺が始まってしまう。各艦隊に10や20は持つべきだと思うが、あれを大量投入することには、私は反対だ」
「は、はぁ、そうなのですか……」
好戦的なイメージのある大将閣下だから、てっきりあれを大量生産して、この地球001が再び支配者に返り咲くべき、と唱えるのかと思っていたら、あまりに控えめな回答に、僕は不意打ちを食らった気分だ。
「そういえば、貴官は私のことを、地球001至上主義者だと思っているのではないのか?」
と、その時、今度はアントネンコ大将から僕に問いかけがある。しかも、かなりストレートな質問だ。
「あ、いや、そういうわけでは……」
「遠慮せんでもいいよ。貴官は我が艦隊に勝利した。それだけの人物が、どうして遠慮などする必要などあろうか」
「は、はぁ……正直言いますと、おっしゃる通りです」
「だろうな。いや、自分でも自覚はあるし、確かにそう考えている。だが、貴官には一つ、知っておいてもらいたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」
「なぜ私が、地球001至上主義的な思想を持っているか、ということだよ」
この大将閣下にお会いするまでは、僕はこの方を、ただの好戦的な人物だと思っていた。だからこそ力を欲し、ゆえに地球001至上主義を唱える人物なのだと。だが、今この人物から感じるのは、それとは全く別の性格のものだ。
「今、我々連合側と、そして敵である連盟側は、1000以上の人類生存惑星である地球を発見し、それらの星に宇宙の文化や技術、思想をもたらしている。その結果、どの星でも地上から戦争が消えた」
「はい。それは常識です」
「が、どちらかというと争い事が消えた理由は、別にある。単に宇宙に共通の敵がいるから、ということに過ぎない。共通の敵の前には、皆、団結するものだ。違うか?」
「はい、閣下のおっしゃる通りです」
「だが、言い換えればこれは、宇宙でのこの無秩序状態を解消することにはならない。むしろ、宇宙での戦闘を誘発することになりつつある。貴官のいた地球1010の近く、あの白色矮星域での戦闘の経験からも、それが分かるだろう」
「はい、連盟軍の異常なまでの我々への憎悪というか、そういうものを感じます」
「そうだ。私自身、これまでに幾度となくそれを経験している」
アントネンコ大将は、目の前のコーヒーカップを取り、それを一口飲む。僕もそのタイミングに合わせて、一口飲んだ。このコーヒー、口に入れてみると、普通のコーヒーではない。ココアとミルクが加わった、カフェモカ風であることは分かるが、それに混じって、なにやらアルコールっぽいものが……ウォッカじゃないのか、これ?
「……で、そんな敵を相手にして、ふと考えることがある。このままいけば、確実にこの宇宙人類は、大量虐殺に向かうと」
「は、はぁ、大量虐殺、ですか」
「かつて、地球001が地球003にやったようなあれだ。惑星表面に向けた艦砲射撃。連合も連盟も、惑星表面上への砲撃を禁じてはいるが、ルールなどという曖昧な縛りだけではいつ何時、破られるか分かったものではない。そろそろ、そういう事態が引き起こされてもおかしくはないと、私は考えている」
「なるほど……で、その解決策が、地球001の台頭、ということなのですか?」
「まあ、そういうことだが、それはそれで、今度は地球001が再び虐殺行為に走る可能性がある」
「はい、それはそうでしょうね」
「だからだ、ほどほどの台頭が必要だとは考えている」
「ほどほどですか?」
「そうだ、ほどほどだ」
なんだか、急にゆるい話になってしまった感があるな。コーヒーに含まれたウォッカが、悪さをしているんじゃなかろうな。
「あの……ほどほどというのは、どの程度のことをおっしゃってるんですか?」
「連盟側が、我々に講和を申し込んでくる程度、とでも言ったら良いかな。戦闘を継続するよりも、休戦状態に持ち込んだ方が得だ、と思わせるだけのダメージを、連盟軍に与えられればいい。それ以上は不要だ」
「もしかして……その役割を、第8艦隊がやるべきだ、と?」
「たった500隻で、一個艦隊を相手に張り合えるほどの力を持っていると分かれば、どうだ? さすがの連盟軍も、講和に向けて思考を傾けざるを得ないだろう」
「ですが講和条約など……それこそ、人間同士の曖昧なルール。閣下のお言葉を借りるならば、それこそいつ破られるかどうか分からない代物ですよ?」
「だが、そんな曖昧なルールでも、200年は守られてきたじゃないか。それだけ持てば十分だ」
「ですが、200年後にはどうなるのです?」
「それだけの長い間、休戦状態が続いたなら、その頃は互いに交易などでもちつもたれつな関係が出来上がって、戦争どころではなくなるだろう。今の戦争状態が続くだけの未来よりは、よほどか明るいはずだ」
「な、なるほど。ですが……その代償として、地球001はその分、恨みを一身に受けることになるような気がしますが」
「今でも恨まれている。別段、何も変わらんじゃないか」
この考えを盲信して良いものかどうか……なんだか、危うい思想だな。だが、確かに200年以上も続いたこの馬鹿馬鹿しい命のやりとりを、なんらかの形で減らしていかなければならない。
「と、いうわけで、貴官の艦隊を鍛えさせていただいた。結果、想像以上の成長を見せてもらったよ。これならば、十分に私の思惑通りになってくれることだろう」
「は、はぁ」
「いや、コールリッジのやつに頼まれた時は、正直断ろうかと思っていた。が、やつと飲みながら話していたら、ヤブミ准将という男は面白いやつだから、鍛えがいはあるぞと言われたんだ。それで私は引き受けた」
と、そこで唐突にコールリッジ大将の名前が出てきた。僕は尋ねる。
「あの、閣下。コールリッジ大将とは、一体……」
「ああ、やつと私は、軍大学時代の同期だ」
「えっ、そうだったのですか!? ですが、第1艦隊と第4艦隊の司令官同士は、仲が悪いという話が……」
「確かに、よくコールリッジとは言い争っているな。まあ、喧嘩友達だ。昔からよくやっとるよ。今に始まったことじゃない」
なんだこの2人、友人同士だったのか。軍内部の評判とは真逆じゃないか。どうなってるんだ、我が地球001艦隊は。
「と、いうことは、先ほどの『ほどほど講和論』は、コールリッジ大将もご存知なのですか?」
「当然、知っとるよ」
「やはり、反対なのですか?」
「いや、コールリッジも賛成してくれとる」
「えっ、そうなのです!?」
「ただし、それを軍人が唱えることに猛反対している。それは政治家の仕事であって、軍属である我々が唱えるべきではない、とは言われているがな」
「は、はぁ、なるほど、コールリッジ大将らしいおっしゃりようですね」
「そういうことだから、コールリッジも私も、貴官の決戦兵器理論を支援することにしとるんだ。他の大将はどうかは知らんが、第1と第4艦隊は、貴艦隊の活躍を応援しとるよ」
なんてことだ。コールリッジ大将の最大のライバルだと思われた人物が、実は大の親友同士だった。それだけでも驚愕すべき事実だが、なんと第4艦隊からも我が艦隊の支援を申し出てきた。
心強いことは心強いのだが……これでは、コールリッジ大将が2人に増えたようなものだ。それはそれで、僕にはプレッシャーだ。
「さてと、それでは貴官に、最後の試験を出そうか」
と、コーヒーを一口飲んだアントネンコ大将は、僕に突然、ドキッとすることを言い出す。
「さ、最後の試験、ですか?」
「そうだ。最後の試験だ」
「あの……また、模擬砲撃戦ですか?」
「いや、鬼ごっこだ」
「……鬼ごっこ、ですか?」
なにやら妙なことを言い始めたぞ?何を企んでいる、この大将閣下は。
「簡単だよ。我々の追撃を振り切りながら、地球1010へと帰る。そういうミッションだ」
「はぁ、そういうことで……えっ!?ちょっと待ってください、もう地球1010へ戻ってもいいのです?」
「ここでやるべきことは、艦隊運用の習得だ。それが終われば、任地に帰るのが当然だろう」
「はい、それはそうですが……つまり僕……小官は、艦隊運用の習得をクリアしたということですか?」
「多少、難はあるが、十分合格だろう」
いちいち言うことが、コールリッジ大将にそっくりだな。妙に含みがあるしゃべる方というか、捻った物言いをするというか……
「一度、地球001へ帰投し、1週間後に出発だ。鬼ごっこの開始は、ケンタウルス座V886星に入ってからとする」
「はっ! お願いいたします!」
なんだか、よく分からない任務だな。が、ただでは帰さないということか。いかにも、歴戦の猛将の発想といった感じだ。
アントネンコ大将との面会を終えて、僕はエレベーターで艦橋の真下にある町へと向かう。そこでレティシア達が、買い物をしているはずだ。ホテルのロビーで待ち合わせることになっている。
が、さっきから何度かメールやメッセージを打ってるのだが、全然反応がない。電話にも出ない。どうなっているんだ?少し悪い予感に襲われながら、僕はロビーへと向かった。
が、ロビーに降りて僕は、愕然とする。そこにいたのは、酔い潰れたレティシアとダニエラだった。
「ふぇ? よお、カズキじゃねえか……」
「おい、レティシア、どうしたんだ?」
「ああ……ここの名物ってのを、飲み食いしようって話になって……」
「おい、レティシア!」
にしても、何を飲み食いしたらこうなるんだ。レティシアはともかく、お酒に強いはずのダニエラも、横ですっかり寝入っている。その脇でタナベ中尉が心配そうに付き添っている。
そこで僕は、ピンときた。ああ、こいつら多分、ウォッカを飲んだのか?
カクテルか何かで飲んだのだろう。あれに免疫のないダニエラは、あっさりと落とされた、ということか。
で、そのすぐ横のベンチでは、シャウルマという、肉や野菜を薄皮でくるんだ屋台料理をもしゃもしゃと食べるザハラーとカテリーナがいる。その脇にはそれぞれ、ドーソン中尉とナイン中尉もいる。
この4人も、顔がうっすらと赤い。それに、目が虚だ。やはりこいつらも、飲んでいるな。考えてみれば、ここは面会人のコーヒーにまでウォッカを入れるような場所だ。何を飲み食いしても、あれは避けようがないのだろう。
すーすーと寝息を立てて眠るレティシア。その横で僕は、彼女の顔をそっと撫でる。ついさっきまで、アントネンコ大将と壮大な話をしていたような気がするが、この寝顔を前に、どうでも良くなってきた気分だ。