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#71 霧中

「前方艦隊より、ロックオンされました!」


 16倍もの仮想敵艦隊が急速接近し、一斉に狙われる。僕は大急ぎで指示する。


「全艦、模擬バリア展開! 急げ!」


 まずは、バリアを展開させる。それさえ展開していれば、撃沈判定は逃れられる。だが、あちらからは容赦ない砲撃を受ける。


「模擬砲撃! 判定、バリア直撃!」


 実際に当たったわけではないが、もしこれが実戦だったら、今頃はバリア駆動音で怯えてることだろう。そんな状況だ。

 何か仕掛けてくるとは思ったが、いきなり8千隻とは……こんなの、まともに張り合えるわけがない。僕は後退を命ずる。


「全艦、後退だ! 星間物質層の中に戻れ!」


 レーダーさえ届かなければ、あちらが狙い撃ちすることは不可能になる。僕はとにかく、後退を命じる。思惑通り、敵の砲撃は鳴り止んだ。

 これは、出直しだな……仕方なく僕は、反転を命じる。


「全艦、90度回頭。8千隻の反対側に出て、体制を立て直す」

「了解。仕方ありませんね」


 ジラティワット大尉も、あの圧倒的な兵力を前に攻勢に出るなど不可能だということを悟ったようだ。我が艦隊は一斉に反転して、先ほど来た道を戻り始める。

 が、これ自体も罠だということに気づくのは、それから10分後のことだった。

 星間物質が薄くなる前に、ダニエラが叫ぶ。


「前方に、多数の何かを感じます!」


 ダニエラだけではない。同様の報告が、0210号艦からも入る。


「0210号艦より入電! ミズキ殿より、前方に多数の艦艇を探知!」


 ミズキが感じるということは、つまりあちらは50万キロ以内にいるということだ。つまり、このまま飛び出せば多分、狙い撃ちされることは間違いない。


 推測だが、先ほどまで僕らが追撃した2千隻が、この後方から現れた艦隊だろう。そして、残りの8千隻が、先ほど前方に現れた艦隊だ。

 合計1万隻。つまり僕らは、第4艦隊全軍に囲まれてしまった、ということになる。

 そして第8艦隊は、この濃い星間物質の中で孤立する。


「……気づけば、あっという間にはめられたな」

「ええ、困りましたね……前門の虎、後門の狼、といったところですか」


 ジラティワット大尉がそう僕に告げるが、そんなことは言われなくとも分かっている。僕が教えて欲しいのは、これをどうやって突破するか、ということだ。


「常識的に考えて、数の少ない後方の2千隻の艦隊より突破するのが、確実な方法だろうな」

「でしょうね。ですが、それこそが罠かもしれませんよ」

「うーん、だろうな。かといって、8千隻を突破というのも、あまりに難しい話だしな」


 実は、勝利条件を満たすだけなら、簡単な方法が一つある。

 それは、カテリーナを使うことだ。彼女ならば、この濃い星間物質内からでも、艦艇に狙いを定めることができる。

 だがそれは、この訓練の目的から外れた行為だ。あくまでも、艦隊としての勝利に結び付けなければ、実質的に負けだ。

 もし、前後にいるのが連盟軍だったとして、これをどう突破すればいいか?


 一番簡単な方法は、特殊砲撃だろう。あれ1発で、数百隻を沈められる。今や戦隊長艦にも持続時間短縮版の特殊砲撃用の砲身が搭載されているから、さらに戦果が期待できる。

 だが、ここではその特殊砲撃が使えない。だから、その手は通用しない。

 次に考えたのは、以前、1万隻の敵艦隊と遭遇した時に使った、旗艦を狙うという手だ。あれで1万隻の敵が、いともあっさりと撤退してくれた。あれと同じ手をやるというのは、どうだろうか?

 いや、ダメだ。あれも特殊砲撃頼みの戦術だ。それに、第4艦隊の旗艦は駆逐艦ではない。やや後方に控えている、戦艦ペトロパブロフスクだ。あれは、ここからでは狙えない。


 うーん、手詰まりだな。レーダーも使用不能、特殊砲撃もダメ、おまけに前後をこちらを上回る数の艦隊に囲まれている。せいぜい使えるのは、カテリーナの勘とダニエラ、ミズキの神の目だけか。

 ああ、せめて彼女らの見たもの、感じたものをデータリンクに乗せられれば、他の艦艇も攻撃することができるというのに、人間の脳とデータリンクする方法なんてないからなぁ。どうしようもない。


 と、ここまで考えたところで、僕はふと思いついた。

 そうか、彼女らが得たものを、データリンクできれば、この状況下でも砲撃が可能になる。

 僕は、ジラティワット大尉に言う。


「大尉、この艦がロックオンした情報を、他の艦にデータリンクで飛ばすことができるか?」


 いきなり、意味不明な質問に戸惑うジラティワット大尉だが、すぐに返答がある。


「はい、可能は可能ですが……」

「そうか。ならば、カテリーナ兵曹長に正面の艦隊の艦艇を次々にロックオンさせて、それを順次、データリンクで飛ばす。その情報を元に、全艦で砲撃する。その戦術は、可能だと思うか?」


 この僕の質問に、ジラティワット大尉が少し考え込む。だが、彼は決断が早い。


「可能です。というか、今はそれしか手がありませんね」

「よし、では、各艦に伝達! こちらから送信する座標に合わせて、砲撃を行え、と」

「了解!」


 土壇場で、アイデアが浮かぶ。僕は砲撃管制室に繋ぐ。


『カテリーナ兵曹長に、ロックオンさせるのですか。』

「そうだ、できるか?」

『一つ、問題があります』

「問題? なんだそれは。」

『レーダー管制が効かないので、そもそも目標を見つけられないのです』


 砲撃管制というものは、まずレーダーからの情報を頼りに目標を定める。そこで艦首を目標に向けた後、光学観測による映像で目視によって狙いを定める。

 いくら相手が8千隻といえど、広大な宇宙空間から光学観測だけで艦に狙いを定めることはできない。まず、レーダーありきというのが、宇宙戦闘における常識だ。

 この星間物質は、ほぼ透明な物質ゆえに、光学観測による目視確認の妨げにはならない。が、スコープ内に敵艦を収めることができないから、砲撃ができない。これは第8艦隊だけでなく、第4艦隊も同じ条件だ。

 それゆえのカテリーナ頼みなのだが、カテリーナは砲撃手(ガンナー)。ロックオンさせるために、カテリーナを砲撃手(ガンナー)として引き金を引かせないといけない。が、操舵手のナイン中尉がその敵艦を捉えられなければ、そもそもカテリーナがロックオンすることができない。砲撃長が問題視しているのは、要するにそういうことだ。


「……ならば、カテリーナにレバー操作もさせるしかない」

『いや、ですがそれでは、カテリーナ兵曹長は隣の席に身を乗り出さねばならないため、スコープを覗くことができませんよ』

「それはそうだが、カテリーナ兵曹長に、スコープを覗く意味があると思うか?」

『……ないですね』

「そうだ。では、兵曹長には操舵とロックオンをやってもらう」


 これで、我が艦隊の作戦は決まった。カテリーナが捉えた艦艇の座標を、データリンクで飛ばす。それを元に、各艦が砲撃を行う。回避運動されても、一度目視で捉えられれば、多少の補正は光学観測だけでもできる。


「全艦に伝達! これより、正面の8千隻に向けて砲撃戦を行う! 陣形を横陣形に移行、急げ!」


 レーダーどころか、通信用の電波も使えない状態だが、近接ならどうにか電波は届く。それを元に、各艦は互いの位置を確認しつつ陣形を整える。


「ダニエラ!」

「はい!」

「正面の艦隊は、動いているか!?」

「徐々に近づいているようですわ! だんだんと、気配が強くなるのを感じます!」


 やはりな、この星間物質の帯に接近するだろうと思った。おそらく、第4艦隊の描くシナリオは、こうだ。


 追い詰められた我々第8艦隊は、手薄な方の2千隻の艦隊目掛けて突入する。それを迎え撃つと同時に、星間物質帯の向こうにいる8千隻に、我々の位置をデータリンクする。それを元に、後方から8千隻が一斉砲撃し、一気にケリをつける。

 だが、まさかあっちは、いきなり主力である8千隻に向けて、しかもこの星間物質の中から撃ってくるなどとは思いもよらないだろう。


「全艦、砲撃準備完了!」


 ジラティワット大尉が、僕に報告する。それを受けて僕は、作戦を開始する。


「これより、模擬砲撃を開始する。マーキング作戦、開始!」


 いきなり思いついた作戦だから、なんだかあまりいいセンスの作戦名がつけられなかった。名前はともかく、ついに作戦は開始される。


「砲撃管制室! 艦艇のロックオン、開始!」

『了解、ロックオン、開始します!』


 艦長の号令と共に、スラスター音が響く。正面のモニターには、次々と点が浮かび上がる。

 あれは、カテリーナが捉えた第4艦隊の艦艇の位置だ。おそらく今ごろカテリーナは、レバー操作をしながらトリガーをカチカチと連打しているのだろうな。思い浮かべるだけでも、滑稽な姿だ。

 が、その座標を元に、各艦が砲撃を開始する。と言っても、模擬砲撃だ。ビームが光るわけではないから、今ひとつ撃ってる気がしない。

 しかしすぐさま、絶大な戦果だけがもたらされる。


「エルナンデス隊、72隻命中、内、32隻の撃沈判定!」

「ワン隊、57隻命中、25隻撃沈!」

「ステアーズ隊より、新たな標的指示を乞うとの連絡が入ってます!」

「よし、順次ロックオンを続行!撃って撃って撃ちまくれ!」


 霧中の中から、いきなり飛んできた正確な砲撃に、さすがの第4艦隊も面食らったようだ。すぐに僕の元に通信が入る。


「第4艦隊、アントネンコ大将より発光信号。戦闘を終結する、第8艦隊の勝ちだ、と」

「そうか、ならば全艦、砲撃中止!」


 僕は模擬砲撃を中止させる。そして艦列を整えて、前進を命じる。

 星間物質帯を抜けると、第4艦隊との間で、データリンクがつながる。そこで僕らは、自身の正確な戦果を把握する。

 ロックオンをされた艦艇は、およそ1300隻。そして、撃沈判定は485隻。一方でこちらの撃沈数はゼロ。完全勝利だ。


 あのまま砲撃を続けていれば、一個艦隊でも撤退を決断するほどの損害を与えることができただろう。土壇場で思いついた作戦だが、それは思わぬ手段を僕にもたらした。

 今まで、カテリーナを砲撃手(ガンナー)として使ってきたが、むしろマーキング専用に使った方が、戦果を挙げられるのではないか?

 相手が「ニンジャ」を使っていても、ダニエラ達が見つけ、カテリーナがそれを捉える。そして、その座標を元に全艦で砲撃を加える。

 賜物(レガーロ)と、我々の戦闘管制システムを直接リンクした、初めてのケースとなった。これは、今後の戦いでも使える戦術であることは、間違いない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第四艦隊将兵からみれば、敵が待ち構えているとこへの突撃、…203高地と言われてそう レティシア「長島侵攻ぱーと3」 カテリーナ「マリアナの七面鳥撃ち」 ダニエラ「ウェルカム ハンバーガー…
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