表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/227

#70 追尾

「ワープアウト! グリーゼ411宙域に突入!」

「もはや『敵地』だ! 警戒を厳にせよ!」


 たった今、第8艦隊は、次の戦場であるグリーゼ411宙域に入ったところだ。僕は警戒レベルを、一気に上げる。

 さて、第4艦隊はどう出るか?ワープアウト出口に「ニンジャ」艦隊を忍ばせてくるかと思ったが、それはダニエラとミズキの索敵によって否定されている。

 妙に静かだな。当たり前だが、第4艦隊がまともに仕掛けてくるとは思えない。タカ派のアントネンコ大将だが、この大将閣下の用兵の評価は、地球(アース)001内でも高い。

 それだけに、気が抜けない。すでに2度の「戦闘」で、普通の戦闘など仕掛けない相手だと分かっている。今度もおそらく、奇妙な戦術で仕掛けてくるだろう。

 と思ったが、いきなり姿を姿を現す。


「前方に艦影! 数、およそ2千! 距離、1200万キロ!」

「艦色視認、明灰白色! 友軍です!」


 確かに友軍ではあるが、あれは間違いなく第4艦隊だ。

 しかし、珍しく相手は「ニンジャ」を使っていない。約40光秒彼方を、悠々と我々に側面を見せて航行している。あれが罠であることは、確実だ。

 が、引き返すわけには行かない。撤退は即、負け判定だ。あの2千隻を追尾し、敢えて罠に飛び込むしか、我々に勝機はない。

 この間の訓練戦でも思ったことだが、先手を取れないことが、これほどまでに不利だとは思わなかった。こちらのペースに、相手を乗せられない。我々は相手に乗せられっぱなしだ。


「よし、あの艦隊を追う。全艦、前進半速!」

「了解、全艦に打電、前進半速!」


 どんな手を使ってくるつもりか、見えない恐怖と格闘しながらも、僕はあの艦隊への追尾を命じる。

 が、相手は1200万キロも先だ。この艦隊だけが持つ新型機関の早めの巡航速度で追いかけても、ゆうに7時間はかかる。その間に、僕は少し休憩をとる。

 次に僕が艦橋に出向く時は、おそらく第4艦隊が何かを仕掛けてくる時だ。どんなシチュエーションになっているか、全く想像もつかないが、圧倒されて息もできない状態に陥っている可能性が高い。

 負けるにしても、あっさりとやられるような醜態は見せないよう心がけよう。僕は覚悟を決めつつ、暫しの息抜きに向かう。

 といっても、ここでは息抜きの場所など、2箇所しかない。一つは、自身の部屋。そしてもう一つが、ここ食堂だ。

 食堂にはだいたい20人の乗員が常にいる。非番の乗員や、出番のない乗員らが、ここにたむろしている。

 その、出番のない乗員の代表のような2人がいる。


「あ、閣下」

「ああ、そのままでいい。僕も今は、非番だから」


 デネット中尉が、僕を出迎える。ドーソン中尉もいる。人型重機パイロットであるこの2人は、基本的には出番がない。地上ならともかく、宇宙で出撃したことは、あの連盟軍の駆逐艦を調査したときだけだ。


「んふーっ! デネット様と一緒にいられるなんて、マリカ、幸せですわ!」


 そういやぁいたね、こいつも。相変わらず、デネット中尉にべったりだ。好き嫌いが極端なんだよな、こいつ。

 で、もう一人の人型重機パイロットも、伴侶と共にメニューを選んでいる。


「我、チキンソテー!」

「そうか、それじゃあ私はこれだな。お前も食うだろ?」

「食う!」

「じゃあ決まりだ。チキンソテーに、チーズマシマシのマルゲリータだ!」

「マシマシ、イェーイ!」

「イェーイ!」


 なぜ、ピザごときにそこまでノリノリなのかは分からんが、この2人はいつもこの調子だ。ハイタッチしながらトレイを受け取り、並んで席に向かう。ドーソン中尉よ、よかったな、ザハラーという、これほど気の合う伴侶に巡り会えて。

 一方のカテリーナは、食堂の片隅で納豆ご飯を食べている。相変わらず、納豆が好きだなぁ。頬を撫でながら、茶碗一杯に盛られた納豆ご飯をもしゃもしゃと食べている。


「ごめんごめん、待たせちゃったね」


 と、そこに現れたのは、ナイン中尉だ。中尉がカテリーナの前に座ると、カテリーナの表情がパッと明るくなる。軍服姿では、ザハラーと区別がつかないが、この人畜無害そうな穏やかな表情は、ザハラーには見られない顔だ。

 そっくりな2人だが、ここまで性格の差がはっきり見えてくると、もう間違えようがないな。もっとも、指揮官としての僕は、彼女らの力にこそ期待しているのだが。そして今回の戦いでも、彼女らに頼ることとなるだろう。


 と、目を移すと、ジラティワット大尉がいる。で、僕は軽いおにぎり定食を注文し、彼の元に向かうと、すでに正面にはグエン准尉が座っていた。


「……なんですか、ヤブミ提督。文句あります?」

「いや、何も言ってないだろう」


 なぜ、こいつは僕を目の敵にするのだろうか。単に僕は、ジラティワット大尉に用事があっただけだが。

 で、そのジラティワット大尉に敬礼で迎えられる。僕も返礼で応えつつ、横に座る。


「ジラティワット大尉に、グエン准尉」

「何でしょう?」

「なんですか!」


 なんだか、グエン准尉だけは敵意剥き出しだな。僕は構わず続ける。


「まだ公表されていないことだが、この航海が終わってトヨヤマに戻ったら、2人は昇進することになりなっている」

「えっ!? 本当ですか!?」

「つまり、ジラティワット大尉は少佐に、グエン准尉は少尉になる。他にも、この艦だけでも多くの士官が昇進することになった」

「あの……私は特に何も戦果を挙げてはおりませんが……」

「そんなことはない。今までの戦闘の結果が、ようやく反映されただけだ。我が第8艦隊があの白色矮星域でどれほどの戦闘をこなし、勝利したか。それを考えたら、少佐でも足りないくらいだ」


 と、僕はジラティワット大尉に話す。すると突然、グエン准尉が立ち上がる。


「すごいよ、ダーオルング! てことは、給料も上がって、いい家具も買えるじゃない!」


 ダーオルング?ああ、ジラティワット大尉の名前か。ていうか、もう家具のことまで考える段階まで進んでいたのか、この2人は。が、この発言の直後、グエン准尉が赤面して、再び食堂の椅子に座り込む。ばつの悪そうな表情でこちらをじっと見つめてくる。


「……で、大尉。あと1時間ほどで艦橋に戻る。今度の戦いは厳しいが、連盟軍相手ではないから、死ぬことはない。思う存分、その知力の限りを尽くしてくれ」

「はっ!」


 と、僕はそう告げると、グエン准尉に遠慮し、立ち上がって別の場所へと向かう。にしても、めでたい事実がただ発覚したというだけなのに、どうしてグエン准尉は僕に、あれほど恨めしそうな視線を浴びせてくるのだろうか?ジラティワット大尉との関係を知られることが、それほど嫌なことだったのか?

 で、少し離れた場所でおにぎりを食べていると、僕の正面の席にトレイをドンとおき、座ってくるやつがいる。


「よっ! カズキ!」


 この艦内で、僕を呼び捨てするやつは今、一人しかいない。その魔女は、トレイの上に置かれたピザをつまみ、がつがつと食べ始める。


「また、そういうものを……大丈夫なのか?」

「いやあ、ザハラーとドーソンのやつが食ってるのを見てたら、つい俺も食いたくなってよ」


 僕は後ろをちらっと見る。ドーソン中尉の前に2、3枚積まれた、チーズたっぷりのピザを、ザハラーがつまんで、頬を抑えながら食べている。にしてもあのチーズの量、見ているだけで胸やけがしそうだ。皿どころか、テーブルの上まで糸状のチーズがぼろぼろとこぼれ落ちている。よく平気だな、あの2人は。

 さすがにチーズの量までは真似をしなかったようだが、レティシアのそれも、野菜よりもベーコンやひき肉などの肉の量がちょっと多くないか?


「まあピザは『野菜』だっていうからな。それほど身体にとって悪いもんじゃねえだろう」


 いや、レティシアよ、それはかつてどこかの国で、学校の給食の「野菜」枠に、自社の製品を突っ込もうと画策したピザ屋が言い出した暴論だぞ。そんなものを真に受けてどうする。


「そんなことより、カズキ、次は勝てるのか?」

「さあな。普通に考えれば、負けるだろう」

「司令官のくせして、何だらしねえこと言ってるんだよ」

「考えてもみろ、特殊砲撃を封印されて、しかもこちらは素人提督率いる500隻、あちらは1万隻を有する艦隊だ。その上、知略に長けた大将閣下が指揮官ときている。勝てる方が、どうかしているだろう」

「何言ってるんだ、そういうのは気合いだよ、気合」


 レティシアよ、気合でどうにかできる問題じゃないだろう。だんだんと言うことが、あのドーソン中尉そっくりになってきたな。


「ま、どっちでも、死ぬことがないなら気楽なもんだな。せいぜい頑張ってくれよ。俺も、頑張るからよ。んじゃ、俺はこれから、ブリーフィングがあるから」


 といって、急ぎそのピザを詰め込むように食べると、レティシアはトレイを担いで足早い立ち去って行った。

 頑張れとか、気楽なものだ。問題は、どう頑張るかだ。それが分からないから、苦労しているんだが。


「2千隻の分艦隊まで、あと70万キロ!」

「あちらの様子は?」

「進路変わらず。依然として、巡航速力にて前進中です。」

「妙だな……ダニエラ、前方に他の艦影は感じられないか?」

「いえ、まったくいませんわ」

「そうか……」


 僕は食事を済ませて艦橋に着くと、すでに2千隻の艦隊まであと70万キロまで迫りつつあった。

 この調子なら、あと30分もすれば、射程圏に捉えることができる。が、そんな簡単な相手ではないはずだ。あちらだって、とっくにこちらの動きに気付いているはずだ。にもかかわらず、我々に背後を見せたまま、悠々と巡航速度で前進を続けている。絶対に何か、仕掛けてくる。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というからな。結局のところ、我々に選択肢はない。虎穴に入らざるを得ない今の状況に多少苛立ちを覚えつつも、ともかく前進を続ける。

 が、そこで、妙なことが起こる。


「前方の2千隻、消滅します!」

「消滅? どういうことだ!」

「はっ! レーダーから次々に、消えていきます!」


 僕はモニターを見る。70万キロ先にいる第4艦隊2千隻が、次々にロストしていく。奇妙な現象だ、すでに半数が消え、残り半分も、まるで霧に覆われるように徐々に姿をくらます。


「ジラティワット大尉!」


 僕は、ちょうど戻ってきたばかりのジラティワット大尉に向かって叫ぶ。


「はっ!」

「グリーゼ411宙域について調べたい。この星系には、何かあるのではないか?」

「はっ! しばらくお待ちください!」


 小型の端末で、この星系について調べる大尉。すぐさま大尉は応える。


「閣下! この星系には、濃い星間物質の層があるとのことです!」

「星間物質?」

「はっ! いわゆる電波吸収ガスです! もしかするとあの2千隻は、星間物質の層に飛び込んだのではないかと!」


 しまったな、この星系にはそんなものがあったのか。迂闊だった。あらかじめ、調べておくんだった。

 言われてみれば、レーダーにもその星間物質の層が現れている。ノイズのない領域が、くっきりと映っている。その真っ黒な帯に向かって、あの2千隻は消えていった。というか、あの中で息を潜めているのだろう。

 といっても、これの存在を知っていたところで、どうしようもない。我々は結局、あの2千隻を追うしかなかった。

 罠の存在を知りながら、そこから逃れられない自身の置かれた立場を恨めしく思う。


「ジラティワット大尉、各艦に伝達。このまま全速前進し、ロストした2千隻の艦隊を追う」

「はっ! 了解致しました!」


 直後、機関音が高鳴る。すでに2千隻はレーダーから消滅しており、我々はその後を追撃する。

 それから30分後には、我々もその星間物質内に突入する。レーダーが、全く効かない。頼みの綱は、ダニエラとミズキの2人の「目」だけだ。


「……まるで、霧の中だな。指向性レーダーは?」

「ダメですね。まるで使えません。せいぜい100キロ先までしか届かないようです」

「通信用電波にも、障害が出始めてます。隣の艦までしかつながりません」

「なんてことだ……これでは、目標の捕捉どころではないぞ……」


 だが、ここの物資濃度は本当に濃い。指向性レーダーすらも吸収されてしまう。これほど濃い電波吸収剤の中を突入するのは初めてだ。

 が、やがて、その星間物質も徐々に晴れ始める。一部のレーダーが、回復し始める。が、そのレーダーの回復の前に、ダニエラが叫ぶ。


「前方にいます! 多数!」


 それを聞いて、すぐさまタナベ中尉が指向性レーダーを照射する。


「レーダーに感! 艦影多数、およそ……3千、いや、4千……さらに増大!」

「なんだと!?」

「指向性レーダーを持つ僚艦からのデータ、来ました! データリンク情報を、モニターに投影します!」


 僕とジラティワット大尉は、モニターに次々と現れる無数の点を前に絶句する。

 そこにいたのは、さきほどの2千隻ではない。我が艦隊の指向性レーダーをフル稼働して、その規模が判明する。

 前方にはずらりと、8千隻の艦艇が待ち構えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ミノフス…、もとい星間物質の霧からでたら遭遇戦。…川中島かな? 敵の大将とカズキの一騎討ちも?! [気になる点] ピザは野菜って(^^)トマト使っているからへるしーッてか(≧ω≦。) …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ