#70 追尾
「ワープアウト! グリーゼ411宙域に突入!」
「もはや『敵地』だ! 警戒を厳にせよ!」
たった今、第8艦隊は、次の戦場であるグリーゼ411宙域に入ったところだ。僕は警戒レベルを、一気に上げる。
さて、第4艦隊はどう出るか?ワープアウト出口に「ニンジャ」艦隊を忍ばせてくるかと思ったが、それはダニエラとミズキの索敵によって否定されている。
妙に静かだな。当たり前だが、第4艦隊がまともに仕掛けてくるとは思えない。タカ派のアントネンコ大将だが、この大将閣下の用兵の評価は、地球001内でも高い。
それだけに、気が抜けない。すでに2度の「戦闘」で、普通の戦闘など仕掛けない相手だと分かっている。今度もおそらく、奇妙な戦術で仕掛けてくるだろう。
と思ったが、いきなり姿を姿を現す。
「前方に艦影! 数、およそ2千! 距離、1200万キロ!」
「艦色視認、明灰白色! 友軍です!」
確かに友軍ではあるが、あれは間違いなく第4艦隊だ。
しかし、珍しく相手は「ニンジャ」を使っていない。約40光秒彼方を、悠々と我々に側面を見せて航行している。あれが罠であることは、確実だ。
が、引き返すわけには行かない。撤退は即、負け判定だ。あの2千隻を追尾し、敢えて罠に飛び込むしか、我々に勝機はない。
この間の訓練戦でも思ったことだが、先手を取れないことが、これほどまでに不利だとは思わなかった。こちらのペースに、相手を乗せられない。我々は相手に乗せられっぱなしだ。
「よし、あの艦隊を追う。全艦、前進半速!」
「了解、全艦に打電、前進半速!」
どんな手を使ってくるつもりか、見えない恐怖と格闘しながらも、僕はあの艦隊への追尾を命じる。
が、相手は1200万キロも先だ。この艦隊だけが持つ新型機関の早めの巡航速度で追いかけても、ゆうに7時間はかかる。その間に、僕は少し休憩をとる。
次に僕が艦橋に出向く時は、おそらく第4艦隊が何かを仕掛けてくる時だ。どんなシチュエーションになっているか、全く想像もつかないが、圧倒されて息もできない状態に陥っている可能性が高い。
負けるにしても、あっさりとやられるような醜態は見せないよう心がけよう。僕は覚悟を決めつつ、暫しの息抜きに向かう。
といっても、ここでは息抜きの場所など、2箇所しかない。一つは、自身の部屋。そしてもう一つが、ここ食堂だ。
食堂にはだいたい20人の乗員が常にいる。非番の乗員や、出番のない乗員らが、ここにたむろしている。
その、出番のない乗員の代表のような2人がいる。
「あ、閣下」
「ああ、そのままでいい。僕も今は、非番だから」
デネット中尉が、僕を出迎える。ドーソン中尉もいる。人型重機パイロットであるこの2人は、基本的には出番がない。地上ならともかく、宇宙で出撃したことは、あの連盟軍の駆逐艦を調査したときだけだ。
「んふーっ! デネット様と一緒にいられるなんて、マリカ、幸せですわ!」
そういやぁいたね、こいつも。相変わらず、デネット中尉にべったりだ。好き嫌いが極端なんだよな、こいつ。
で、もう一人の人型重機パイロットも、伴侶と共にメニューを選んでいる。
「我、チキンソテー!」
「そうか、それじゃあ私はこれだな。お前も食うだろ?」
「食う!」
「じゃあ決まりだ。チキンソテーに、チーズマシマシのマルゲリータだ!」
「マシマシ、イェーイ!」
「イェーイ!」
なぜ、ピザごときにそこまでノリノリなのかは分からんが、この2人はいつもこの調子だ。ハイタッチしながらトレイを受け取り、並んで席に向かう。ドーソン中尉よ、よかったな、ザハラーという、これほど気の合う伴侶に巡り会えて。
一方のカテリーナは、食堂の片隅で納豆ご飯を食べている。相変わらず、納豆が好きだなぁ。頬を撫でながら、茶碗一杯に盛られた納豆ご飯をもしゃもしゃと食べている。
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
と、そこに現れたのは、ナイン中尉だ。中尉がカテリーナの前に座ると、カテリーナの表情がパッと明るくなる。軍服姿では、ザハラーと区別がつかないが、この人畜無害そうな穏やかな表情は、ザハラーには見られない顔だ。
そっくりな2人だが、ここまで性格の差がはっきり見えてくると、もう間違えようがないな。もっとも、指揮官としての僕は、彼女らの力にこそ期待しているのだが。そして今回の戦いでも、彼女らに頼ることとなるだろう。
と、目を移すと、ジラティワット大尉がいる。で、僕は軽いおにぎり定食を注文し、彼の元に向かうと、すでに正面にはグエン准尉が座っていた。
「……なんですか、ヤブミ提督。文句あります?」
「いや、何も言ってないだろう」
なぜ、こいつは僕を目の敵にするのだろうか。単に僕は、ジラティワット大尉に用事があっただけだが。
で、そのジラティワット大尉に敬礼で迎えられる。僕も返礼で応えつつ、横に座る。
「ジラティワット大尉に、グエン准尉」
「何でしょう?」
「なんですか!」
なんだか、グエン准尉だけは敵意剥き出しだな。僕は構わず続ける。
「まだ公表されていないことだが、この航海が終わってトヨヤマに戻ったら、2人は昇進することになりなっている」
「えっ!? 本当ですか!?」
「つまり、ジラティワット大尉は少佐に、グエン准尉は少尉になる。他にも、この艦だけでも多くの士官が昇進することになった」
「あの……私は特に何も戦果を挙げてはおりませんが……」
「そんなことはない。今までの戦闘の結果が、ようやく反映されただけだ。我が第8艦隊があの白色矮星域でどれほどの戦闘をこなし、勝利したか。それを考えたら、少佐でも足りないくらいだ」
と、僕はジラティワット大尉に話す。すると突然、グエン准尉が立ち上がる。
「すごいよ、ダーオルング! てことは、給料も上がって、いい家具も買えるじゃない!」
ダーオルング?ああ、ジラティワット大尉の名前か。ていうか、もう家具のことまで考える段階まで進んでいたのか、この2人は。が、この発言の直後、グエン准尉が赤面して、再び食堂の椅子に座り込む。ばつの悪そうな表情でこちらをじっと見つめてくる。
「……で、大尉。あと1時間ほどで艦橋に戻る。今度の戦いは厳しいが、連盟軍相手ではないから、死ぬことはない。思う存分、その知力の限りを尽くしてくれ」
「はっ!」
と、僕はそう告げると、グエン准尉に遠慮し、立ち上がって別の場所へと向かう。にしても、めでたい事実がただ発覚したというだけなのに、どうしてグエン准尉は僕に、あれほど恨めしそうな視線を浴びせてくるのだろうか?ジラティワット大尉との関係を知られることが、それほど嫌なことだったのか?
で、少し離れた場所でおにぎりを食べていると、僕の正面の席にトレイをドンとおき、座ってくるやつがいる。
「よっ! カズキ!」
この艦内で、僕を呼び捨てするやつは今、一人しかいない。その魔女は、トレイの上に置かれたピザをつまみ、がつがつと食べ始める。
「また、そういうものを……大丈夫なのか?」
「いやあ、ザハラーとドーソンのやつが食ってるのを見てたら、つい俺も食いたくなってよ」
僕は後ろをちらっと見る。ドーソン中尉の前に2、3枚積まれた、チーズたっぷりのピザを、ザハラーがつまんで、頬を抑えながら食べている。にしてもあのチーズの量、見ているだけで胸やけがしそうだ。皿どころか、テーブルの上まで糸状のチーズがぼろぼろとこぼれ落ちている。よく平気だな、あの2人は。
さすがにチーズの量までは真似をしなかったようだが、レティシアのそれも、野菜よりもベーコンやひき肉などの肉の量がちょっと多くないか?
「まあピザは『野菜』だっていうからな。それほど身体にとって悪いもんじゃねえだろう」
いや、レティシアよ、それはかつてどこかの国で、学校の給食の「野菜」枠に、自社の製品を突っ込もうと画策したピザ屋が言い出した暴論だぞ。そんなものを真に受けてどうする。
「そんなことより、カズキ、次は勝てるのか?」
「さあな。普通に考えれば、負けるだろう」
「司令官のくせして、何だらしねえこと言ってるんだよ」
「考えてもみろ、特殊砲撃を封印されて、しかもこちらは素人提督率いる500隻、あちらは1万隻を有する艦隊だ。その上、知略に長けた大将閣下が指揮官ときている。勝てる方が、どうかしているだろう」
「何言ってるんだ、そういうのは気合いだよ、気合」
レティシアよ、気合でどうにかできる問題じゃないだろう。だんだんと言うことが、あのドーソン中尉そっくりになってきたな。
「ま、どっちでも、死ぬことがないなら気楽なもんだな。せいぜい頑張ってくれよ。俺も、頑張るからよ。んじゃ、俺はこれから、ブリーフィングがあるから」
といって、急ぎそのピザを詰め込むように食べると、レティシアはトレイを担いで足早い立ち去って行った。
頑張れとか、気楽なものだ。問題は、どう頑張るかだ。それが分からないから、苦労しているんだが。
「2千隻の分艦隊まで、あと70万キロ!」
「あちらの様子は?」
「進路変わらず。依然として、巡航速力にて前進中です。」
「妙だな……ダニエラ、前方に他の艦影は感じられないか?」
「いえ、まったくいませんわ」
「そうか……」
僕は食事を済ませて艦橋に着くと、すでに2千隻の艦隊まであと70万キロまで迫りつつあった。
この調子なら、あと30分もすれば、射程圏に捉えることができる。が、そんな簡単な相手ではないはずだ。あちらだって、とっくにこちらの動きに気付いているはずだ。にもかかわらず、我々に背後を見せたまま、悠々と巡航速度で前進を続けている。絶対に何か、仕掛けてくる。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、というからな。結局のところ、我々に選択肢はない。虎穴に入らざるを得ない今の状況に多少苛立ちを覚えつつも、ともかく前進を続ける。
が、そこで、妙なことが起こる。
「前方の2千隻、消滅します!」
「消滅? どういうことだ!」
「はっ! レーダーから次々に、消えていきます!」
僕はモニターを見る。70万キロ先にいる第4艦隊2千隻が、次々にロストしていく。奇妙な現象だ、すでに半数が消え、残り半分も、まるで霧に覆われるように徐々に姿をくらます。
「ジラティワット大尉!」
僕は、ちょうど戻ってきたばかりのジラティワット大尉に向かって叫ぶ。
「はっ!」
「グリーゼ411宙域について調べたい。この星系には、何かあるのではないか?」
「はっ! しばらくお待ちください!」
小型の端末で、この星系について調べる大尉。すぐさま大尉は応える。
「閣下! この星系には、濃い星間物質の層があるとのことです!」
「星間物質?」
「はっ! いわゆる電波吸収ガスです! もしかするとあの2千隻は、星間物質の層に飛び込んだのではないかと!」
しまったな、この星系にはそんなものがあったのか。迂闊だった。あらかじめ、調べておくんだった。
言われてみれば、レーダーにもその星間物質の層が現れている。ノイズのない領域が、くっきりと映っている。その真っ黒な帯に向かって、あの2千隻は消えていった。というか、あの中で息を潜めているのだろう。
といっても、これの存在を知っていたところで、どうしようもない。我々は結局、あの2千隻を追うしかなかった。
罠の存在を知りながら、そこから逃れられない自身の置かれた立場を恨めしく思う。
「ジラティワット大尉、各艦に伝達。このまま全速前進し、ロストした2千隻の艦隊を追う」
「はっ! 了解致しました!」
直後、機関音が高鳴る。すでに2千隻はレーダーから消滅しており、我々はその後を追撃する。
それから30分後には、我々もその星間物質内に突入する。レーダーが、全く効かない。頼みの綱は、ダニエラとミズキの2人の「目」だけだ。
「……まるで、霧の中だな。指向性レーダーは?」
「ダメですね。まるで使えません。せいぜい100キロ先までしか届かないようです」
「通信用電波にも、障害が出始めてます。隣の艦までしかつながりません」
「なんてことだ……これでは、目標の捕捉どころではないぞ……」
だが、ここの物資濃度は本当に濃い。指向性レーダーすらも吸収されてしまう。これほど濃い電波吸収剤の中を突入するのは初めてだ。
が、やがて、その星間物質も徐々に晴れ始める。一部のレーダーが、回復し始める。が、そのレーダーの回復の前に、ダニエラが叫ぶ。
「前方にいます! 多数!」
それを聞いて、すぐさまタナベ中尉が指向性レーダーを照射する。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ……3千、いや、4千……さらに増大!」
「なんだと!?」
「指向性レーダーを持つ僚艦からのデータ、来ました! データリンク情報を、モニターに投影します!」
僕とジラティワット大尉は、モニターに次々と現れる無数の点を前に絶句する。
そこにいたのは、さきほどの2千隻ではない。我が艦隊の指向性レーダーをフル稼働して、その規模が判明する。
前方にはずらりと、8千隻の艦艇が待ち構えていた。




