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#68 突破

「敵艦隊、さらに接近! まもなく45万キロ!」

「全艦、回頭! 仰角90度!」


 傘のように襲い掛かる第4艦隊に対抗すべく、90度上方への回答を命じる。だが、我々はすでに3方向をぐるりと囲まれている。このまま撃ち合いになれば、我々は壊滅的なダメージを受ける。

 かといって、唯一空いている後方に向かって逃亡を計れば、その瞬間に負け確定である。


 しかし、グリーゼ411方面へ向かうということまで読まれていたのか?そのうえで、こんな罠を仕掛けていたのか?いや、数が3千隻ということは、おそらくは他にも同様の罠を少なくとも3箇所は仕掛けているのではないか?そのうちの一つに、我々はまんまと引っかかった。第4艦隊の司令官は、存外頭が回る。

 誰がどう見ても、第8艦隊の負けが必須のこの状況下で、僕は考える。なんとかして、この状況を打開できないか?

 この場合、第4艦隊より我々のみが持つ優位さを活かすことが肝要だ。が、第8艦隊の最大の利点である特殊砲撃は、訓練では封じられている。

 となると、我々が有利なものと言えば……

 僕は、ジラティワット大尉に向かって叫ぶ。


「大尉!」

「はっ!」


 いきなり大声で呼びつけられたジラティワット大尉は、びくっとしつつも応える。


「敵陣の、最も分厚いところはどこだ!?」

「えっ!? 分厚いところ、ですか!?」


 一瞬、何を言っているのか腹落ちしていない様子だったが、ともかく、僕の問いに応えるべく、モニターを凝視する。


「真正面! 艦隊中央部が、最も重厚な場所です!」


 それを聞いた僕は、ジラティワット大尉に向かって叫ぶ。


「ならば大尉! 敵陣の猛勢なる中央部へ、全艦全速前進! 急げ!」


 それを聞いたジラティワット大尉の顔色が変わる。


「か、閣下! そのようなことをすれば、集中砲火を……」

「我が艦隊の新型機関にて、中央突破を図る! 回避運動しつつ、全速突破だ!」

「りょ、了解!」


 多分、腑に堕ちてはいないようだが、ともかく艦隊司令官である僕の命令だ。ジラティワット大尉は、僕の意を全艦に伝える。その直後、この0001号艦でも一気に機関音が高鳴る。


「敵艦隊の射程内に入ります!」


 模擬戦闘訓練なのだから、連盟軍と同じ30万キロ設定にしてくれればいいのに、やつらはちゃっかり、自分たちの射程である45万キロで砲撃を開始してくる。艦隊中央部の艦艇が我々の接近を察知し、「ニンジャ」を解いて砲撃に移る。

 といっても、模擬砲撃だ。だから、青白い光の筋などは流れない。代わりに、目には見えないレーザー光が飛び交っている。それが当たった時、こちらが模擬バリアシステムを展開していなければ、撃沈と判断される。もちろん、こちらの砲撃も同様に、あちらに当たれば撃沈となる。

 こちらは、訓練用模擬バリアを張ったまま回避運動しつつ、全速で突っ込む。


 考えてみれば、我々、第8艦隊だけは新型の機関が搭載されている。これを利用して、第4艦隊を振り切ればいい。

 だが、それくらいのことは、あちらも想定しているだろう。しかし、最も分厚い中央目掛けて突っ込むことまでは、想定されているか?


 突然、思わぬ方向に突っ込んできた我々に対して、あちらも動く。

 次々と「ニンジャ」を解除し、砲撃体制に入る第4艦隊。徐々に射撃する艦艇が増えていく。が、こちらはすでに光速の1パーセント程度まで加速、高速な上に、回避運動をしつつ突撃する高速艦隊。そんな目標を、当てられるはずもない。


「移動砲撃、用意! 訓練砲撃、開始!」

「了解! 移動砲撃、用意!」


 駆逐艦という艦種は、目標に対して相対的に静止し、その艦首にある大口径砲で狙い撃ちするように作られている。全速で接近しつつ砲撃など、想定されていない。そんなことをしても、まず当たらない。

 よほど訓練しても、移動砲撃は静止砲撃よりも10分の1程度まで命中率が落ちるとされる。

 が、この状況でも、当てるやつはいる。


「判定、撃沈!」


 早速、こちらの砲撃が当たりと判定された。カテリーナが砲撃手(ガンナー)である限りは、移動砲撃であっても脅威の命中率を誇る。

 一方、敵の砲撃はなかなか当たらない。こちらの500隻に対し、6倍もの艦艇数を持ちながら、その数の優位をまったく活かせていない。

 理由は単純だ。敢えて我々は、敵陣の最も分厚いところに突撃した。あちらからすれば、味方がもっとも密集しているところに突っ込んできた。このため、同士撃ちを避けるため、後方にいる艦艇は無闇に砲撃ができない。数で勝り、重厚な陣形を構える第4艦隊は、その重厚さがかえって仇となる。

 だから僕は、敢えて敵陣の中央突破を命じた。

 もっとも、口で言うほど簡単なものではない。

 我々の突撃を察知して、すでに多くの艦艇が「ニンジャ」を解いた。正面からはおそらく、無数の模擬砲撃を受けているはず。だが、ビームがまったく見えていないために、その実感がない。


「前方の艦隊まで、距離3万キロ!」


 すでにこちらは、魚鱗陣形へと変えていた。敵、すなわち第4艦隊はおそらく、必死に砲撃を続けているのだろうが、ビームが見えないため、実感がない状態が続く。それがかえって、不気味だ。

 その間も、カテリーナだけが粛々と撃沈数を重ねる。すでに7隻が撃沈。この調子ならばもうすぐ、勝利規定の10隻になる。

 だが、これはさすがにノーカンかな。

 そして我々は、ついに敵陣の中央を突破する。


 数百隻が密集する宙域を、あっという間に通り抜ける。しかし、こちらはかなりの速度、第4艦隊の姿など、捉えられない。モニター上は、我々は突破した敵陣中央から徐々に離れていく。


「敵艦隊、反転します!」

「進路そのまま! 速力を維持!」

「了解! 進路そのまま!」


 今が、一番危ない時だ。無防備な後方を曝け出している。あちらが回頭し終える前に、離れられるだけ、離れる。

 が、第4艦隊の動きは鈍い。まだ全ての艦艇が「ニンジャ」を解いたわけではない。指揮命令系統が混乱しているようだ。まさかこっちが中央突破を図るなどとは、想定もしていなかったと見える。

 撃ってきてるのか、それともまだ回頭中なのか、ビームが見えないため、まったく分からない。が、被弾することなく我々は、仮想敵3千隻から40万キロ以上離れる。

 そこで、恐れていたことが、ついに起きてしまった。


「右機関、熱暴走!」

「なんだと! 暴走!? こんなときにか!」


 この報告に、オオシマ艦長が叫ぶ。と同時に、あの熱暴走時特有の、フォーンという唸り音が響き渡る。

 が、これは逆に、良いタイミングだ。僕はそう考える。


「ザハラー!」


 僕は叫ぶ。あらかじめ、艦橋にて待機させていたザハラーが、僕のこの声に呼応して、すぐにあの力を発揮する。


「レーダー、使用不能!」


 お約束の報告が、タナベ中尉からもたらされる。が、僕はジラティワット大尉に命じる。


「大尉! メルシエ隊に連絡! 急速回頭、敵の先頭を撃て、と!」

「はっ! メルシエ隊に連絡します!」


 僕は陣形図を見る。あちらは散発的にこちらを追撃して来たため、まるで薄い膜をピンセットで摘んだような、尖った陣形をしている。

 その先端の数十隻目掛けて、攻勢型のメルシエ隊が砲火を浴びせる。


「メルシエ隊、砲撃開始!」


 ザハラーによるレーダー撹乱と、メルシエ隊の援護に守られ、駆逐艦0001号艦はその間にいつもの冷却作業に入る。


『おらおらぁ!』


 レティシアが頑張っている間に、僕は次の一手を考える。あの尖った陣形の先頭が、メルシエ隊の足止めにより、徐々になだらかに変わる。

 が、その間にもメルシエ隊は、8隻を沈める。機関冷却を終えた我が艦が再び動き出すと、僕は再び命じる。


「ジラティワット大尉! メルシエ隊に後退を打電! 次いで、ワン隊に回頭指示!」


 このまま止まれば、メルシエ隊が集中砲火を浴びせられる。そこでメルシエ隊を援護するように、今度はやや後方に控えていたワン隊が砲撃を行う。

 我が旗艦も、ワン隊の一員だ。メルシエ隊の後方1万キロにて回頭し、砲撃を開始する。その間に、メルシエ隊は後退する。


「敵艦隊、さらに集結しつつあります!」

「よし、ワン隊は後退! 続いてエルナンデス隊、砲撃開始!」


 3万キロ後方にいるエルナンデス隊が、僕の命令に呼応して訓練砲撃を開始する。ビームは見えないが、我々の前方でばらばらと追いつく第4艦隊の艦艇を、各個撃破していく。


 と、この調子で、続いてカンピオーニ隊、ステアーズ隊と続く。各々の隊は、5隻から10隻を撃沈する。このローテーションを2度繰り返したところで、第4艦隊は後退を始める。

 中央突破からの、追撃で伸び切った陣形の艦隊の各個撃破戦術。たった500隻が、3千隻を奔走する。結果として、我々の撃沈数はゼロ、一方の第4艦隊側は、カテリーナの戦果を除いても100隻を超えた。


『無茶苦茶な戦法だな。まさか、中央突破をするとは……』


 と、その6時間後、太陽系に戻った我々に対して、アントネンコ大将が直接通信でこう呟く。


「ですが、判定上は我々の勝利です。しかも、事前に設定された勝利条件の10倍、我々の損害は皆無、それはお認めいただけますよね?」

『分かった分かった、貴官の勝ちだ。だが、次はこうはいかないぞ。では』


 悔しそうに返すアントネンコ大将。いや、あまり悔しそうでもないな。顔には笑みを浮かべ、余裕すら感じる。つまりこの程度はまだ、序の口だと言いたいのか?

 ともかく、第8艦隊500隻は帰路に着く。それから9時間後には、僕はトヨヤマにたどり着いた。


「ぷはぁ、いやあ勝った勝った!」


 スパークリングワイン……風の炭酸ブドウジュースを飲み干しながら、レティシアは勝利に喜ぶ。

 ここは、トヨヤマ宇宙港の最上階にあるレストラン。そこで僕やワン大佐、そしてエルナンデス大佐らが集い、ささやかな帰還パーティを行う。


「おい、勝ったと言っても、まだ先がある。気は抜けないぞ」

「大丈夫だよ、俺がいる限り、あの旗艦は絶対に負けねえよ」


 すっかりのぼせ上がるレティシアだが、今回、我が0001号艦はさほど活躍していない。確かにカテリーナだけで10隻以上を撃沈するが、それはノーカンとしても勝利と言えるほどの戦果を得られた。


「おい! 私の戦隊が一番、撃沈数が多かったんだぞ! 分かってんのか!?」

「分かってる! それぐらいは把握している!」


 と、そこにエルナンデス大佐がやってくる。相変わらず、僕に突っかかってくるな、こいつは。


「おう、ミズキ! お前、大活躍だったじゃねえか」

「えっ!? あ、いや、私はただ、船の場所を見つけただけだから」

「何言ってるんだ、それが良かったんじゃねえか。あの時お前が頭上の艦隊を見つけてくれてなきゃ、俺たちはまた負けてたかもしれねぇんだぜ?」

「そうですわよ、ミズキさん、もっと自身の力を誇るべきですわ」

「そ、そんなものですか……?」


 レティシアとダニエラに持ち上げられるミズキだが、長らく自信などというものとは縁のない生活をしていた。それが、いきなり英雄扱いされて、かえって戸惑っているようだ。


「そうだ、皆が言う通り、タケウチ殿の活躍は今度の戦いの帰趨を決定づける、重要な役割を果たしたのだ。なにも、臆することなどない」


 と称えたのは、意外にもエルナンデス大佐だ。なんだこいつ、他人を褒めるとは、珍しいな。


「そ、そうなのでしょうか?」

「そうだ。そうに決まっている。だいたい貴殿は今や、精強なる我が0210号艦の一員だぞ? どこぞの0001号艦のような軟弱集団とは、わけが違う」

「おい、ちょっと待て! おめえ、もういっぺん言ってみろ!」


 エルナンデスのやつ、盛大に我が旗艦をディスったために、レティシアが突っかかる。だが、そんなエルナンデス大佐の言葉を聞いて、ミズキの顔は少し、紅潮している。自身の存在感をこれほど大きく感じたのは、多分、初めてなのだろう。


 そういえば、カテリーナとザハラーはどこだ?少し遠くに目をやると、カテリーナはナイン中尉と味噌田楽を食べ、ザハラーはドーソン中尉とピザを頬張っている。さらにその向こうには、デネット中尉の腕にしがみつくマリカ中尉の姿がある。

 ジラティワット大尉の姿を探すと、ワインを片手にまたグエン准尉と話し込んでいる。あの2人も、この度の帰還を機に、急に距離が縮まった気がする。


 騒がしいトヨヤマのレストランでは、先日の借りを返したとばかりに、この一度(ひとたび)の勝利に湧く面々が集まる。だがこの勝利は多分、第4艦隊の連中を奮い立たせることとなるだろう。ちょうど我々が、前回の不意打ちに奮起したように。となれば、次はさらに厳しい戦いが待っているはずだ。僕は、覚悟を決める。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少数で敵中突破、島津の退き口ですね!ダイナミックな撤退だ。逃げるついでにきっちりお土産(七隻撃沈)までいただいてからに( =^ω^) 特殊砲撃もあったらえぐいことになっていたかも? […
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